2016年(平成28年4月) 11号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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岐阜県岐阜市福富 美濃養蜂園

何にも考えない頭の中は空っぽ

蜜蜂を助けなきゃと思うもんでね

翌朝は、イチゴハウスに貸し出している約50群のうち返ってきた3群の手入れが、自宅に近い養蜂場で始まった。蜂蜜のたっぷり溜まった巣板を返ってきた巣箱に入れて、弱った群の回復を促す作業だ。巣箱に3枚ほどしか入っていない巣板を女王蜂が落ち着き無く歩き回っている。

|「女王蜂が不安なんです。群が弱って、思うように蜂が増えてないで、統制が取りきれないもんでね」。和男さんは、たっぷりの蜜を与えたので女王蜂は落ち付くだろうと考えているようだ。お多賀様を祀った小さな祠が、蜂場前の道路を挟んだ斜面に見える。この地域に伝わる古くからの暮らしぶりが感じられた。

ユリノキの聳える谷間の蜂場へ移動して巣箱をテーブルに昼食をとっていると、キイロスズメバチが羽音を立てて私たちのすぐ後を飛んで行った。ますえさんは黙って箸を置き横のコンテナから防虫網を取り出し、ゆっくり歩いて盆地状になっている養蜂場の隅にある蜂の水飲み場へ向かった。フワッと防虫網の白いネットが揺れたと思ったら羽音が消えた。白いネットの中で、キイロスズメバチがもがいている。ますえさんの鮮やかな捕獲技だ。

|「何にも手なずけてないんやけど、スズメバチが挨拶に来て周りをフーッと飛んでいくんよね」

ますえさんが、少しおどけたように言う。

|「昔は、スズメバチの巣を潰しに行きよったよね。近くに来たオオスズメバチに旗付けて、山の方で待ってるお父さんに今行ったよって……。止まってるオオスズメバチの胴に輪っかにした旗を付けるなんて今考えたら出来ないね。あの時は、無になっとるね。何にも考えない頭の中は空っぽ。スズメバチの元を絶とうと思うて……、蜜蜂を助けなきゃと思うもんでね。あれだけは自分を褒めてやりたいね」

|「西洋蜜蜂は自分が一番強いと思ってるんで、スズメバチに向かって行ってしまうんですね。それでやられてしまうんだけど」と、和男さんが私に説明するように話し掛ける。

幼虫にダニが付いていないかを
調べる

働き蜂の巣房にもローヤルゼリーが見える

和男さんは燻煙器に新聞紙を使う

周りの自然を楽しむますえさん

 

 

スズメバチの巣を退治する話題から、ますえさんは若い頃の暮らしぶりを思い出したようだ。

|「結婚してすぐの時、養蜂場へ行くというのに、ミニスカート履いて付いて行ったんやわ。簡単に考えてね。昔は忙しいて、子どもらを旅行に連れて行ったということもなかったね。ザリガニ捕りに連れて行ったぐらいやね」

和男さんもしゃにむに仕事をしていた時代を思い出したようだ。

|「親が元気な時代、採蜜する時は養蜂場の夜が白々と明けてくる頃には、分離器を据えて採蜜できる状態にしとかないかんと言われよったけどね。子どもが幼稚園に行く頃には、眠っている子どもを置いて出かけて、朝になったら『(長男の)勝弘(まさひろ)ちゃん起きてた。幼稚園の準備してあるから(妹の)早富(さとみ)ちゃんも起こして幼稚園行ってね』って、公衆電話から家に電話してね。そんな生活をしてましたね。その勝弘が、今では『養蜂を継ぎたい』って言ってくれてますから。でもね、うちの息子は3世なもんで、アナフィラキシー(※)が強く出るんですわ」和男さんは、体質を心配しながらも息子のそんな気持ちが嬉しそうだ。

※生命を脅かすほど重症化することもあるアレルギー反応

雄蜂の幼虫に付いていたミツバチヘギイタダニ。体長1ミリほど、6本の脚が見える

公衆電話から家に電話して、

幼稚園行ってね

和男さんの内検は、急ぐことなく巣板一枚一枚を丹念に観ていく

自宅近くの蜂場でイチゴハウスから返ってきた蜜蜂の世話をする

ミニスカートで養蜂場へ行った新婚の頃を懐かしそうに話すますえさん

女王蜂の周りには寄り添うように働き蜂が集まる

山は自然の花もあるけど、熊も出るんでね

昼食の後も和男さんの内検とますえさんのダニ検査は日暮れまで続いた。

|「3日から1週間の間隔で丁寧に内検することが、後悔しないためには最も大切ですね。養蜂場は今、3か所やね。年間を通すと養蜂場は20か所になるんかな。表番裏番というのがあるからね。今から一週間ぐらい経ったらレンゲのある養蜂場に転飼する訳です。15日間か20日間で引き揚げて、5月20日頃にトチノキの山へ持って行きます。6月下旬からは梅雨にどーっと入りますんでね。山は自然の花もあるけど、熊も出るんでね。牧柵掛けない時に限ってやられるんですわ。離れれば離れるほど、ほんだけ心配がアップするんですわな」

巣箱の蓋を開けては、巣板を取り出して点検する。巣箱の中にある給餌箱の口がガムテープで塞いである。花の蜜が採れる季節になったので砂糖水の給餌は必要無くなり、給餌箱を空気の層にして保温材として使っているようだ。

|「これはもう少し蜜を溜めてもらおうかなという巣板やね」

和男さんが誰に伝えるともなく呟く。横では、ますえさんが無心に雄蜂の幼虫をピンセットで引っ張り出してダニを調べている。

2007(平成19)年頃から蜜蜂が巣箱からいなくなる蜜群崩壊症候群(CCD)といわれる現象が世界的に発生している。殺虫剤、害虫、病原体や生息環境の減少などが要因として疑われているが、ミツバチヘギイタダニは蜜蜂にとって最大の敵だ。「あっ、居た」と、ますえさんの声がした。近寄ってみると、柔らかく白い幼虫の体にポツンと赤黒い点が見える。じっと顔を近づける。その赤黒い点の片側から6本の脚が出て動いている。ミツバチヘギイタダニだ。このダニが蜜蜂の血液にあたる血リンパを吸い、免疫機能を弱らせる。蜜蜂は巣房と呼ばれる間口5.2ミリから5.4ミリの小部屋で育つ。卵から幼虫、幼虫からサナギになる時期に巣房は蜜ロウで蓋をされるが、ダニはその寸前に巣房に入り込んで産卵し、幼虫の血リンパを吸って生きる。この段階でダニを発見し、撲滅しておけば蜜蜂の成虫がダニの被害に遭う確率は格段に抑えられる。

和男さんが「ダニは99.9%居ない」と言う確信は、蜜蜂が幼虫の段階でダニを撲滅している面倒な仕事に基づいているのだ。

横で、ますえさんが「うちは蜂が一番偉いで、蜂のやりたい通りやっているだけです」と言うと、和男さんが小声で私にだけ聞こえるように言う。

|「僕は孫悟空、妻はお釈迦様。掌の上で動いている」

うちは蜂が一番偉いで、

蜂のやりたい通りやっているだけです

地元農協に頼んで休耕田に蒔いたレンゲを点検する和男さん

地元の和男さんの知り合いは、彼のことを「ハッチ」と呼ぶ。「みつばちハッチ」のハッチだ。何となく「ハッチ」の雰囲気が伝わってくる。

ユリノキの養蜂場は小さな盆地になっているので、陽が落ちると闇になるまでの時間が短い。内検の仕事に区切りを付けて道具を片付けている間に辺りは闇となった。人家の灯一つ見えない山中で闇に包まれる。頭上を見上げると、深い紺色の空がぽっかり開いている。大きな自然がヒシヒシと押し寄せてくる感じだ。古くなった巣板をドラム缶で燃やしていた和男さんが、唐突に私に言う。

|「自然の有り難さを感じるのは蜂屋ばっかりじゃないけどね。やっぱり蜂屋やっとって良かったと思うね」

やっぱり蜂屋やっとって良かったと思うね

レンゲの花蜜を吸う蜜蜂

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