2016年(平成28年6月) 12号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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島根県浜田市高佐町 中山農園株式会社

糖度80度以上の熟成蜂蜜にこだわる

空はどんよりとした梅雨空。6月初旬、島根県浜田市。中山農園株式会社は採蜜の最盛期を迎えていた。

糖度計をじっと見つめる社長の中山正(なかやま ただし)さん(57)。周りは緊張に包まれている。妻のゆき子さん(39)と社員の財津直美(ざいつ なおみ)さん(31)、それに助っ人の櫛本修平(くしもと しゅうへい)さん(66)が、作業の手を止め正さんの次の言葉を待っている。

|「やりましょう」

正さんのひと言で、皆にホッとした安堵の表情が現れた。正さんが手にしている糖度計を横から覗くと、80.7と表示されている。

日本養蜂協会の基準では、糖度が78度以上あれば天然蜂蜜として認められる。しかし、中山農園は糖度が80度以上になった熟成蜂蜜にこだわっている。

巣箱の蓋を開け、蜂蜜がたっぷり溜まった巣枠を取り出すのは正さんの役目。継ぎ箱から巣枠を1枚1枚、素手で取り出し、蜂ブラシで蜜蜂を払い落とすと、巣枠の両側を持って水平にしたまま、膝を折るように勢いを付けて巣枠を振り下げてピタッと止める。こうすると、この朝早くに蜜蜂が集めたばかりの糖度が低い花蜜は雨のように下の巣箱の中に振り落とされ、蜜蜂が自分の翅で扇ぎ水分を飛ばした濃い蜂蜜だけを採ることができるのだ。

 

咲き始めたばかりのアカメガシワの花に寄る蜜蜂

蜜の溜まった重い巣箱を腰に乗せて運ぶゆき子さん

遠心分離器を担当するのは櫛本修平さん

養蜂場に着いて最初の作業は雨対策のテント張りだ

一箱4升でご褒美のアイス

|「巣箱一箱で4升以上(蜂蜜が)出たら、皆でアイスクリームを食べるんです。今日は(一斗缶で)9缶出れば良いんかな」

作業をしながら、中山農園楽しみのご褒美ルールを私に教えてくれる。

ゆき子さんが蜜蓋(蜜で一杯になった巣房を蜂が塞いだ蓋)を刃の長い包丁で削ぎ落とすと、黄金色の蜂蜜がこぼれ落ちんばかりに溜まっている。櫛本さんは、その巣枠を遠心分離器に入れて75秒回転させ、さらに、逆方向に75秒回転させて蜂蜜を絞る。

蜂蜜を絞った後、空になった巣枠を元の巣箱に戻すのは財津さんの役目。財津さんも素手で作業をしている。巣枠を3枚ずつ掴んで、箱の縁に止まっている蜜蜂を潰さないよう気遣いながら、ゆっくり箱に収めていく。黙々と作業をしている財津さんの横で、巣枠を取り出している正さんは賑やかだ。時折、鼻歌も聞こえてくる。巣箱の蓋を開けた途端、「あっ、これは弱い。ん、そうでもないか」と、独り言。別の箱の蓋を開けて巣枠に群がる蜂を蜂ブラシで払いながら、「あっ、今、女王蜂が居ましたね。ぶっ飛ばしてしまった。これ弱い蜂だったんだよ。箱が空(す)いとるやろ、弱いけん、空けたんやけん。良い蜂になったなぁ。良い蜂児になっとる」。

蜜の入った巣枠を取りに来たゆき子さんへ話し掛ける。「今日、4箱目だよ、王台。下箱にある隠れ王台。人間に見つからんようにしとるんかどうか、判らんけど。見落としたら大変や」。

女王蜂が卵を産み続け、働き蜂が蜜や花粉を運び込んで巣房が一杯になり、産卵する場所や蜜を溜める場所が無くなるので、分封の準備を始め、新しい女王蜂を誕生させるための王台を作るのだ。

燻煙器で燃やすのは杉の生葉

蜂蜜を濾過器を通して一斗缶に溜める

蜜蓋を切る刃の長い包丁は湯で温めておく

採蜜済みの巣枠を巣箱に戻す。

作業は素手で行う

出会って指導を受けた途端、10倍

正さんは養蜂業を始める前、高校で生物の先生をしていた。

|「高校の教員だった時に、蜂の8の字ダンスってありますよね。あれ必ず生物の教科書に出てくるんですよ。8の字ダンスを発見したカール・フォン・フリッシュ博士がノーベル賞を貰いました。近くは円形ダンスで、遠くは8の字ダンスで、方角とか距離とか色々な情報が分かりますよって書いてあって、いつも、それを教えるだけだったんですよ。それで、ぼくも一度見たかったし、じゃ生徒に見せようかなって一箱飼い始めたのが平成7(1995)年なんですよ。だから趣味とかじゃなくて……、それがこんなことになっちゃった。結構、ぼく自分の血を抜いて、血は何故固まるかっていうようなことをやるタイプの教員だったので……。蜜蜂を飼うのが特別という訳じゃないんですよ。飼ったら1箱を2箱に増やしてみたいじゃないですか。そうなったら蜂蜜も採ってみたいですよね。で、(養蜂の)本を読むわけですよ。しかし、採れない。養蜂の本は、(基本的に)岐阜を中心にした本ですので、そこの食草とか植物の種類とか、そこの天候で時期が決まっているわけで、この石見地方の浜田には、浜田の植物が生えてて浜田の天候があるわけじゃないですか。それを知っているのは、何と、地元の養蜂家だったんですよね。それで、出会って指導を受けた途端、10倍ぐらい採れるんですよ。もうびっくりして、こんなに違うんだと思って、それでのめり込んでいくわけですよね」

|「地元の養蜂家というのは、私が師匠と呼ぶ浜田市で50年間養蜂をされていた山本徹さんという方なんです。『中山さん、まあ、やっていけるところまでいったぞ。今だったら、あんたやっていける』と言っていただいて、その4日後、平成26(2014)年2月に急死されたんですよ。10年間教えていただいて、運命的なものを感じますよ。山本師匠のお墓には蜜蜂の絵が彫ってあるんですよ。完璧にぼくの師匠ですよね。師匠は、小学校しか出ていないから、蜂だけは絶対ひとに負けないと思って、鹿児島へ行ったり、色んな所で勉強されてました。ある時、テレビの天気予報を一緒に見ながら、師匠が『明日、蜜噴くな』って言うんですよ。えっ、何でですかって聞くと、浜田の上を高気圧が通って、もうちょっとしたら風が変わるからだと言うんですね。みんな独学。気象の本買って、高気圧と低気圧の動きと流蜜との関係が分かっていたんでしょうね。師匠には、いつも『観察が足りん観察が足りん』と言われましたもん。それに『蜜蜂が分かったと思ったら、絶対間違いだからね』ってことも言ってましたね」

移虫する人工王台を取り付ける財津さんの目は真剣

移虫した人工王台で女王蜂が育っている

 

腐蛆病を防ぐため予備巣箱の表面を焼いて消毒する

単純に蜂が好き

空になった巣枠を巣箱に戻している財津さんの蜂を払う動作を見て、正さんが感心したように呟く。

「上手くなったなぁ、蜂を払おうとすると、ほとんどの人は手首が硬くなっちゃうんですよね。(蜂を)落とそうとしたらだめなんだよな。落ちてくださいなんだよな」

財津さんは、正さんが高校教員時代の教え子だ。財津さんは大学で民俗学を勉強し、学芸員を目指して大学院を卒業したのだが、恩師である正さんに誘われ養蜂の道に入ってから丸4年が過ぎた。

「面白いですね。分かるようで分からないんです。探れは探るほど、蜜蜂の世界の何とも言えない奥の深さが分かってきたし、単純に蜂が好きというのもあるんですけどね。でも、仕事ですから、蜂を家畜として扱うスピードも必要なので、趣味ではなく仕事として蜂と付き合っていきます」

巣枠の端を巣箱に掛けようとした時、枠の下でウロウロとしている蜜蜂がいると、財津さんは巣枠を細かく前後に揺らし蜜蜂が気付いて逃れるようにしている。それでも逃げ遅れる蜜蜂には、人差し指をスーッと巣箱の縁に沿わせ指先で蜜蜂を掬い上げるようにして逃してやっているのだ。その仕草に財津さんの蜜蜂に対する愛おしさが現れていた。

財津さんが遠心分離器を回している櫛本さんに話し掛ける。

「今日、10缶いくかもと(正さんが)言ってるよ」

「それじゃ、今日はジョイフルだな」

知足って言葉がありますよね。あれ大事

正さんの鼻歌が流れる採蜜の現場は、穏やかな時間が流れている。正さんが巣枠を取り出す作業をしながら私に話し掛ける。どうやら今日の仕事の目処が立ち、気持ちに余裕が出来たのかも知れない。

「1日に100種から400種の種が消滅しているって知ってましたか。100年くらい前までは4年で1種の生物が絶滅していたのが、1975年以降は1年に4万種の生物が絶滅し続けているという資料(出典:国立環境研究所 五箇公一氏)がありますよね。熱帯降雨林なんかの話ですけどね。この辺はいっぱい自然があるんで自然が消滅していることが分からないんですけど、知足(ちそく)って言葉がありますよね。あれ大事だと思うようになりましたね」

この日の採蜜は9.8缶だった。

「おおかた10缶近いですね。頑張ってくれてますね、蜂が」と、正さん。

蜂蜜の入った一斗缶の上に貼ったガムテープに、採集した日付と養蜂場の場所をゆき子さんが記入すると、採蜜作業が終了だ。

帰り道にある小さな商店で買ったお約束のご褒美100円アイスが皆に配られ、私もお裾分けを戴いた。

2時間余の昼の休憩の後、財津さんは女王蜂を育てるための移虫作業を予定している。ゆき子さんと櫛本さんの養蜂の仕事は午前中で終了だ。

 

山本師匠が使っていた倉庫に
蜜の詰まった一斗缶を運ぶ

50年間養蜂一筋だった山本徹師匠の墓に
蜜蜂の彫刻

蜜蜂が採ってきた蜜は全て蜂の餌

財津さんが「会長さんとこ」と呼ぶ養蜂場で、女王蜂に育てるための幼虫を人工王台へ移虫する作業が始まった。山本師匠は元石東養蜂組合の会長を務めておられたので「会長」の肩書きがそのまま残り、亡くなるまで山本師匠が使っていた養蜂場を中山農園が引き継いでいるのだ。

卵が産み落とされてから3日で幼虫になり、その後3日で女王蜂となるか働き蜂となるかの境目がくる。そのため、産卵から6日までに移虫を終えなければならない。

「できれば幼虫になった1日目を移虫したいんですけど、(幼虫が)小さくて難しいですね」

そう言いながらも、巣枠に張った巣礎の中央部を切り取った所に人工王台を埋め込み、そこへ卵から幼虫になったばかりの体長1ミリにも満たない小さな白い生命体を、移虫針で一匹ずつ移していく。

「現在は、採蜜など他の仕事もあるので、一箱に巣枠一枚だけで30匹の女王蜂ができるようにやっております」

ここでも移虫した巣枠を細かく前後に揺らし、蜜蜂が巣枠の下から逃れられるようにして巣箱に収めている。

「ここの養蜂場は文字通り蜂を育てる場なので、採蜜はしないで蜜蜂が採ってきた蜜は全て蜂の餌になってます」

養蜂家の仕事は、単に蜜蜂を飼って花蜜を集めさせるということではなく、その年の気象の変化を知り、その地域で咲く花の種類を知り、ほとんど一週間しかないその花の流蜜期にぴったり合わせて、最も勢いのある蜜蜂群を作り上げることなのだ。花も蜜蜂も、人間の自由にはならない生物。養蜂の難しさはそこにある。

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