2016年(平成28年7月) 13号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
巣箱が並ぶ森の一角。サーカス小屋のような青いカヤの中で採蜜作業が行われる
来春の交配用に販売する蜂の群を増やすための養蜂場で、周市さん(右)と一誠さんが作業の打合せをしている
アザミの花に寄った蜜蜂。北海道のアザミは背丈が約2メートルまで伸び、一本のアザミに100個ほども花を付ける
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10年ぶりアザミ蜜採った。「緑色の蜜って珍しいな」
|森の中に小さな青いテント小屋。遠い街からサーカスがやって来たようだ。青いカヤで、遠心分離器を荷台に載せた軽トラックごと覆って、坂東周市(ばんどう しゅういち)さん(56)一家の採蜜作業が行われている。北海道幌加内町の朱鞠内湖畔の「湖南」と呼ぶ養蜂場だ。
周市さんが代表を務める株式会社坂東養蜂場は、和歌山県田辺市に本拠地を置くが、6月中旬から9月末までは北海道名寄市風連町北栄町を拠点に採蜜をしている。
巣箱から蜂蜜の溜まった巣枠を取り出し、蜂を払うのが長男の一誠(かずなり)さん(36)。カヤの中で蜜蓋を切って遠心分離器にセットするのは妻の洋子(ようこ)さん(61)だ。
「緑色の蜜って珍しいな」。遠心分離器から出てくる蜂蜜を見て、周市さんが洋子さんに声を掛ける。
「ほんとにアザミか、味見してみよか」「甘い、美味しい」。洋子さんが納得したように、周市さんに報告している。
「今日が初めてのアザミ。これまでは採るほどの量が入ってなかったから採ってなかったけど、10年ぶりぐらいでアザミ蜜を採ったな」
周市さんは、久し振りにアザミ蜜が採れたのが嬉しそうだ。7月下旬に入り、すでにアザミの花も終わりかけているが、それまでに蜜蜂が溜めてくれたアザミ蜜の採集がこの日なのだ。
「ため池の奥」養蜂場で内検をするため、一誠さんが燻煙器の準備をする
包丁を入れる容器の底にタオルを敷く
青いカヤの中で作業する「湖南」養蜂場での採蜜
|周市さん一家の採蜜作業を見ていると、「丁寧」という言葉が浮かんでくる。盗蜂が来る来ないに係わらず、大きなカヤを張って作業をするのも、その一つ。蜂蜜の溜まった巣枠を入れて遠心分離器まで運ぶ巣箱の底には、蜂蜜がこぼれても箱を汚さないように新聞紙を敷いておく。巣枠を運ぶ際に巣枠の上を覆う布は、一般的にはドンゴロスを使うが、ここでは洋子さんが着物地やカーテン地で作った専用の覆い布を使っている。
「お母さんの時代はドンゴロスを掛けてましたんやけど、洗ったら、なかなか乾けへんから、すぐ乾く布にして毎日洗いたかったんです。なるべく清潔にしたいですからね」と、洋子さん。ちょっとした工夫は、この他にもある。遠心分離器から蜂蜜が排出される筒にネットが置いてある。「簡単なことやけど、お母さんの時は思い付かんで、蜂蜜の漉し器が作業の途中で詰まってしまって、網を取り替えないかんことがあったんやけど、今はネットを替えるだけで良くなったし、蜜蓋を切る包丁を入れる容器の底にはタオルを敷いて、使いやすい包丁の先が傷まんようにしてるですよ」
確かに、一つ一つは細かいことかも知れないが、その細やかさが作業全体の丁寧さに繋がっているのだろう。
「一誠、一服しよか」と、巣枠を取り出していた一誠さんに周市さんが青いカヤの中から声を掛ける。時刻は、まだ午前8時前だ。
周市さんが採蜜の終わった巣枠の雄蜂蓋を切る
「咲留」養蜂場で採蜜をしている巣箱にミヤマクワガタが
「一誠、一服しよか」と周市さんが声を掛けて休憩
安堵するまでには5、6年掛かった
|「私、婿養子なんですね。30歳ぐらいまで梅干加工場の工場長としてサラリーマンしてたんですよ。ところが、養蜂業をしていた洋子の父親が突然、交通事故で亡くなったんですね。その時にどうするかだったんですよ。結局、義父が亡くなった翌年、平成5年から養蜂業を継いだんですけども、最初は、もう我武者羅にやらなければ仕方がないですよね。サラリーマン辞めて養蜂業に入ったんですから、続けなければいけないという気持ちだけだったですよ。義母と妻が、義父と一緒に仕事してたんで、私が現場で教わるのは、義母と妻からですよね。それと、坂東の本家筋にも蜂屋さん(坂東忠則(ばんどう ただのり)さん・14号に掲載予定)がおるんです。忠則さんの父親は亡くなった義父の兄で、その父親が養蜂業を始めたんですね。その本家で色々と教えてもらったりして、その後は、もう我流ですよ。養蜂業に入った当初は、この蜂を来春までうまく養って蜂蜜を採ると、そればっかり考えてましたね。この道でやっていけると安堵するまでには5、6年掛かったように思います」
「採蜜量の豊作不作は、当然ありますから。それ以外は、ま、普通に淡々とですね。やはり、蜂がたくさん蜂蜜を集めてくれた時は喜びですね。それまでは、ただ緑にしか見えなかった山ん中から、こんなに蜜を集めてくれるんか思うた時、すごいなと思いますね。今は、この道に入って楽しいし、やってて良かったですよ。収入がどうのこうのじゃなくて、仕事してて楽しいんですね。亡くなった義父が、この仕事を遺してくれて良かったなあと思いますもん」
10年ぶりに採蜜したアザミ蜜を漉し器に注ぐ
洋子さんが蜜蓋を切って遠心分離器にセット
する
「咲留」養蜂場で採蜜したシコロ蜜
遠心分離器を載せた軽トラごと青カヤの中
サラリーマン辞めて養蜂 30にして立つ
|服の中に外気を取り込む小型ファンを付けた空調服を着て、巣箱から巣枠を取り出している一誠さんも、サラリーマンを辞めて6年前から両親の養蜂業を手伝っている。
「小さい時から蜂との生活に馴染みはありましたから、時機の問題だったですね。30歳の時に、自分から両親に一緒にやると伝えました。30にして立つということかな。それまで一緒にやるように強制されたことはなかったんで、両親は他所の飯喰って来いって感じやったんと違いますか」
アザミの採蜜は、午前9時過ぎに終了した。
「シコロ(キハダ)の花が終わって、今、端境期なんでね。シナ(菩提樹)の花の匂いがしてたんで、あっ咲き出したなぁと分かるんです。シナには、青ジナと赤ジナがあるんですな。青ジナが先に咲き始めるんです。採れる量からしたら、北海道ではシナ蜜がメインですね。最初はシコロ蜜採って、入ってくれる時にはアザミ蜜を採り、それからシナ蜜を採ります。その後、ソバ蜜が採れればソバを採りますけど、ソバ蜜は蜂を越冬させるための餌として採ってる感じですね」
周市さんの話を聞いていると、わずかに漂ってくる花の匂いを感じて、採蜜の段取りを決めていることが伝わってくる。自然界のわずかな変化の兆しに敏感に対応しなければ養蜂家は務まらないのだ。数日後にはシナ蜜の採集ができるのだろうが、この日は期せずしてアザミ蜜を採ることができた幸運な日だったことになる。
どの幼虫を女王蜂にするかは働き蜂が決める
|養蜂家の主たる仕事は採蜜だが、それ以外の蜜蜂の健康管理や蜂の群を増やすための蜂を割る作業も重要な仕事である。
内検(巣箱を開けて蜜蜂の状態を調べる作業)に出掛けた朝、「ため池の奥」と呼ぶ養蜂場に到着した途端、洋子さんが呟いた。
「未交尾(の女王蜂)に餌やるの忘れてた」
内検の時、何らかの理由で女王蜂が不在で産卵していない群があった場合は、(他の群に居た)未交尾の女王蜂を群に入れる。その女王蜂が新しい群に受け入れられたなら、新しい女王蜂として産卵を始めさせることができる。そのために保育しておいた未交尾の女王蜂に餌を与えるのを忘れて、死なせてしまったというのだ。
通常でも、女王蜂が居なくなると働き蜂は、その時に産まれている幼虫から女王蜂に育てる候補を選び出して変成王台を作り、ローヤルゼリーを与え続けて、12日間掛かって未交尾の女王蜂を誕生させることができる。養蜂家は、その12日間を短縮させるために、すでに誕生している未交尾の女王蜂を群に与えるのだ。
「無王の状態に蜂が気付いたら、女王蜂を創ろうと、巣房の中の産まれたばかりの幼虫から変成王台に仕立て上げていきますね。どの幼虫を女王蜂にするかは、恐らく働き蜂たちが決めるんでしょうね」
周市さんと洋子さんが一組になって、次々と巣箱の蓋を開けて蜜蜂の内検をしていく。7月下旬はシナ蜜採りが始まる時期だが、来春の交配用蜜蜂を増やしていく時期でもある。午前中は採蜜、午後は内検と「蜂を割る」作業を同時進行で行っていく。
蜂割の仕事は養蜂家の財産を殖やす
|内検を続けている周市さんと洋子さん、巣箱から取り出した巣枠の両面を丹念に見ている。「居(お)った」と洋子さんが小さく声に出す。巣箱に残さなければならない女王蜂を探していたのだ。
採蜜をする群には、通常の巣箱に重ねて載せる「継ぎ箱」と呼ぶ巣箱を置き、この継ぎ箱の巣枠の巣房に溜った蜂蜜を採集していく。一方、交配用の蜜蜂を増やす群は、元気の良い働き蜂の巣枠3、4枚を別の巣箱に移し、その巣箱を無王のまま離れた養蜂場へ運び、元の巣箱に蜂たちが戻れない状態にしておいて、働き蜂が新しい女王蜂を誕生させることで、蜂群を一群増やすことができる。このように群を分けて増やしていく作業を「蜂を割る」と言う。蜂を割って、蜜蜂の群を増やしていく作業は、養蜂家の財産を殖やす基本的な仕事なのだ。
「ため池の奥」蜂場で割った蜂群は、次の「影の沢」蜂場に設置し、「影の沢」で割った蜂群は、次の「本間さん」蜂場に設置するといった具合だ。
「ため池の奥」養蜂場の巣箱に木陰が
ダニが着く雄蜂の巣房蓋を切る
雄蜂の宿命、一網打尽にダニを退治する
|周市さんと洋子さんとは別に、一誠さんは一人で継ぎ箱の内検をしている。継ぎ箱の内検は、蜜の溜まり具合や産卵の状態を確認し、次に行う採蜜の時期を判断するために行うのだ。その他、女王蜂は居るのに、新しい女王蜂を誕生させるための王台を作っているかどうかも確認していく。蜜がたっぷり溜まり、卵も順調に産み付けられていると、養蜂家は警戒が必要だ。新しい女王蜂を自分たちで創って、分封しようとする動きが出てくるからだ。女王蜂が居るのに王台を見つけたら、分封を防ぐため、その王台は潰しておかなければならない。
一誠さんが内検している継ぎ箱を覗き込んでいると、巣箱に「U」と書かれた巣枠がある。この巣枠は、ダニが雄蜂の幼虫に着く習性と、径が僅かに大きい巣房には雄蜂だけが産まれる習性を利用して、ダニを巣箱全体に拡散させず一網打尽に退治しようとするものだ。巣房の蓋を切り落としてダニが着いた雄蜂の幼虫を殺し、ダニを退治する仕組みである。
蜜蜂世界での雄蜂は、知れば知るほど可愛そうな存在に思えてくる。雄と産まれた蜂は、幼虫の頃はダニに襲われ、ダニと共に人間に殺されてしまう。運良く成虫となった後では、その生涯で唯一度、よく晴れた日の午後、地上から20〜40メートルの上空で女王蜂と交尾する機会を与えられるが、一生のうち役割はこれだけだ。交尾に成功した雄蜂は、その後は死に至るし、交尾の機会を逸した雄蜂は巣に帰って餌は貰えるけれど仕事はなく、越冬支度をする秋には巣から追い出され凍死するしか道はない宿命だ。
国道から入り込んだ国有林の狭い林道を縫うように走って「ため池の奥」養蜂場に向かう
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