2016年(平成28年7月) 13号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203

蜂を緊張させると、巣板にしがみついて落ちてくれない

翌朝は、士別市朝日町の岩尾内湖の奥にある「咲留(さっくる)」養蜂場での採蜜だ。

 「今日の蜜は、ほぼシコロ(キハダ)ですね。シコロがある程度入った巣箱を、ここに運んできたんです。その後、アザミが入ったんですけど、アザミが(少なくて餌にも)足らなんで、食べてしまったようですね。だから今日の蜜は粘っこいですね。運んで来たシコロ蜜がそのまま残っていた感じですね」と、周市さん。

 ここでも、周市さんと洋子さんは、小さな青いカヤを張った中で採蜜の作業をしている。全体にゆったりとしたペースで作業が進められていく。巣箱から取り出した巣枠の蜂を払いながら、「あんまり入ってなかったら、(次の巣箱へ)飛ばすでぇ」と、一誠さんが確認するように周市さんに声を掛ける。「うん、飛ばして」と、周市さん。「あんまり(蜜が)入ってなかったら、(餌にも足らなくなるので)可愛そうなんで」と、蜂蜜の入りが悪い巣枠の採蜜をしない理由を一誠さんが説明してくれた。

 巣枠の蜂を払うのには蜂ブラシを使うのが通常だが、一誠さんはステンレス製の蜂払い機を使っている。巣枠を機械の中に沈めると、自動で刷毛の部分が回転し蜂を払い落としてくれる。

 「蜂払うのは難しいですよ。蜂が一所懸命しがみついてるから落ちんでね。タイミングが悪いと、バーッと上に弾けたりしましたね。最初、巣枠を持ち上げた時に蜂に油断をさせといて、サッと払うと落ちるんですけど、巣枠を持った時に急に動かしたりして蜂を緊張させると、巣板にしがみついてしまって刷毛で払っても落ちてくれませんね」

 横で見ていると、片手で巣枠を持って刷毛で簡単そうに蜂を払っているが、実は細かい蜂の心理を読む気配りが必要な作業なのだ。横で一誠さんの話を聞いていた洋子さん。

 「蜂払いが上手だと、仕事の時間も半分で済みますからね」

蜂一匹で一生にスプーン一杯

洋子さんが、巣箱の底に少し垂れていた蜂蜜を大切そうに掬い取っている。

 「蜂一匹で一生に(集められる蜜の量は)スプーン一杯やというんやから」

 採蜜作業が終わって、抜き取っていた巣枠を巣箱に戻しに行った周市さんと洋子さんに蜂が少しまとわりつく。

 「ちょっと、蜂怒っとるやん」

 傍らから洋子さんが燻煙器で煙を吹き掛ける。この日の採蜜は一斗缶6缶。青いカヤも仕舞い終わると、蜜を溜めた青い一斗缶を洋子さんが丁寧に拭き上げてトラックに積み込み、帰り支度が調った。午前10時半だ。

 巣箱が並ぶ蜂場を振り返った洋子さん。「ほうっ」と安堵のため息をついた。

 「何でうちが(仕事が)遅いんか分からんのやけどな」

 独り言のように洋子さんが呟く。

 「養成群を見とこうかな」と、周市さん。「太陽が出ている間は働いて、次はこれや、あれや言うて」。一誠さんが呆れたように言うが、周市さんは我関せずだ。「これから(蜂が増えて)入りきらなくなってくるんで、放っといたら分封(されてしまう)。数を増やしたいんで、増えてきたやつから(次々と)割ってるんですけど」

 「何かしてた方が落ち着きますね。北海道では休みというのはないですね。休みは無くても不自由はない。和歌山でも僕は休まないです。趣味がないとも言うけど」と、周市さん。「養蜂でなくても仕事が楽しいんやな」と、一誠さんが周市さんを見ながら茶化すように言う。

 今日の仕事もまだまだ終わりそうもない。おにぎり2個とペットボトルのお茶で昼食を済ませ、次の養蜂場へ出発だ。

採蜜のため午前6時に2トン車で自宅を出発する

「ため池の奥」養蜂場で内検をする

採蜜を終え帰宅途中の国道にキタキツネが

巣礎を張ったばかりの巣枠が陽光で輝く

巣枠に針金を張る一誠さん

針金を張り終わった巣枠を倉庫へ運ぶ

巣礎を張った巣枠に溶かした蜜ロウを塗る

自宅庭の草取りをする洋子さん

採蜜のために一斗缶を準備する

巣枠を運ぶ際に覆う布を洗濯して干す

巣房が増えて巣枠まで繋がってほしい

養蜂家の仕事は蜜蜂の世話だけでなく、巣箱や巣枠を作るのも重要な仕事だ。特に巣枠は、交配用の蜜蜂を巣枠に着いた状態で販売しているので消耗品なのだ。寸暇を惜しんで枠を組み立て、針金を張り、巣礎を貼り付ける作業をしなければならない。この日、周市さんと一誠さんは、巣枠に針金を張る作業と巣礎を貼り付ける作業をしていた。巣枠には「ラ式巣枠」と「ホ式巣枠」の2種類あるが、周市さんが使っているのは「ラ式巣枠」と呼ばれる形だ。

 フォークリフトや2トントラックも入る程の大きな倉庫に、組み立てられた巣枠が平積みされ、その一つ一つに細い針金を通していく。ラジオも音楽もない静かな倉庫で黙々と作業をしていた。しかし、後で洋子さんがそっと教えてくれたことによると、普段は一誠さんが仕事をしている間ずっとしゃべり続けてくれるので、ラジオも音楽も要らないんだとか。気心の知れた親子でする仕事の気楽さなのだ。

 細い針金をピンと張った巣枠に巣礎を貼り付ける作業は、微妙な手の動きが重要だ。平らに置いた巣枠に巣礎の位置を決めて置き、12ボルトのバッテリーのプラス側電極を巣枠に張った針金の端に、もう一方の端にマイナス側電極を当てると、針金が熱を持って巣礎を溶かし、針金が巣礎の中に沈み込むように埋まっていき、巣礎を貼り付けることができる仕掛けだ。電極を当てるのは1.5秒、その後一呼吸のあいだ巣礎を中指で押さえて針金の熱が冷めるのを待ち固定させていく。倉庫の中に蜜ロウが溶ける匂いが漂ってきた。

 一誠さんが巣礎から浮いている針金と巣枠の下木(したぼく)に溶かした蜜ロウを塗っている。蜜蜂の嫌がる金属の部分を蜜ロウで隠そうとしているのだ。それにしても巣枠の下木にまで蜜ロウを塗る必要があるのだろうか。

 「巣房が増えて巣枠まで繋がってほしいと希望を込めて」と一誠さんは、願いを込めて蜜ロウを塗っている。

蜂屋なんて絶対やらない

倉庫の外では、洋子さんが庭の草取りをしている。亡くなった父親の仕事として子どもの頃から養蜂を見てきた洋子さん。

 「蜂屋なんて絶対やらないと思ってましたね。父の時代には、ただ、蜜が溜まるのを待って、蜂蜜だけで生活してましたから大変でしたね。蜜の値段も安かったですから。今は果物などの交配のための蜂が求められ、蜂の数を増やして仕事は大変になったけど、経済的には昔に比べれば楽になってきてます」

 「蜂場を探すのも、昔は農家の理解がなくて、車も入っていかないような所へも巣箱を置いて、長い道を巣箱を担いで行くような養蜂でしたからね。今は、交配用蜜蜂のお陰もあって、農家の理解もあるから、昔ほど苦労しなくなりましたけど」

 養蜂家の娘として産まれた洋子さんは、亡くなった父・義信(よしのぶ)さんの手伝いを母親と一緒にしてきた。周市さんが一緒に養蜂を始めてからは、それまで以上に主体的に蜜蜂に親密の情を持って仕事をしてきたことだろう。そんな洋子さんの蜜蜂への親密さを形にした一つ一つの仕事ぶりが、「丁寧」という言葉を私に想起させてくれた。

 洋子さんは、「何でうちが(仕事が)遅いんか分からんのやけどな」と呟いていたが、そのゆったりとした丁寧な仕事こそが、何よりも蜜蜂への愛情を表しているのだと思う。

▶この記事に関するご意見ご感想をお聞かせ下さい

Supported by 山田養蜂場

 

Photography& Copyright:Akutagawa Jin

Design:Hagiwara Hironori

Proofreading:Hashiguchi Junichi

WebDesign:Pawanavi