2016年(平成28年8月) 14号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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雄蜂は処女の女王蜂を追いかけて行くために

目が大きいんですわ

 この日、午後からはポリネーション(花粉媒介)用の蜂群を増やす養成蜂場の内検を行った。王台の整理だ。新しい女王蜂を誕生させようとして出来ている王台の中で、形が良くて大きな王台を残し、他の王台は潰していく。健康で生命力のある女王蜂だけを誕生させるためだ。「人間の目で見て、ちょっと心配やなあと言う時には、2つ置いとくんです」と忠則さん。

 内検をする忠則さんが被っている面布の帽子の縁を働き蜂より大きめの蜂が這っている。

 「これ雄蜂。処女の女王蜂を追いかけて行くために、目が大きいんですわ」

 養成群は、群が小さいため餌となる蜜を集める能力も小さい。そこで、花が咲く時期でも餌となる砂糖水を与えて、体力を維持させていく必要がある。2トントラックに積んだタンクからホースで砂糖水を与えていた崎山さんが、小さい王台が出来ている群に、他の群で生まれたばかりの未交尾の女王蜂を入れてやると、一匹の働き蜂が、その女王蜂の背中に乗るように寄って行った。私は、親しみを込めて寄り添ったのだと思ったが、忠則さんは「働き蜂が新しい女王蜂を齧りにいきましたね」と、言う。まだ、新しい女王蜂をこの群が受け入れてくれるかどうか判らないのだ。

 働き蜂が女王蜂を齧りに行ったと聞いて、その働き蜂の役割を考えた。働き蜂には、花蜜を採る役、巣門を掃除する役、門番、花蜜を受け取って蜜房へ運ぶ役などがあり、夜になれば皆で揃って翅で風を送って集めた蜜を濃縮している。働き蜂に眠る時間はあるのだろうか。

 蜜蜂の役割を考えていたら、以前に忠則さんに年寄りの蜂の役割について伺ったことを思い出したので、再録する。(4号参照)

 「若い時は、家の中の子どもの飼育とか、家の中の掃除とかする内勤蜂と言うんですけど。ある程度歳を取ると、外へ出て働く外勤蜂っていうのがあるんです。外勤蜂が蜜を採りに出て、内勤の蜂に口移しで蜜を渡して溜めていくんですね。巣箱を触っていても、怒ってくるのは一番年寄りの蜂。経験が豊富なちゅうたらええか、まあ、怒り出したら一斉にお尻を跳ね上げて、蜂毒のとこから液出しもって怒るんですけどもね。刺してしまったら自分の生命っていうのは無くなるんですから。年寄りの蜂は、それを知ってて、仲間を守るために身を挺して襲ってくるんですからね」

 改めて、蜂の世界の奥深さを思わずにはおれない。女王蜂を齧りに行ったのは決死の覚悟の年寄り蜂だったのだろうか。

養成群の巣箱を内検する忠則さん

群の合同をするため巣箱の移動を準備する真志さん

ムダ巣を溶かした蜜ロウを漉す崎山さん

体内時計で帰りの時間を知る

 花蜜を採りに行く外勤蜂は、今飛び出せばいつまでに巣箱に帰られるかを知る体内時計を持っていると、忠則さんは言う。

 「距離と方向は先に働きに行った蜂が帰ってきてから教えてくれるんです。お陽さんが段々沈んでいくでしょ。何時間経ったら、そのお陽さんがどこまで傾くかっちゅうのが分かるんやないかな。飛び出して行く時に、自分の家の入口と家の前に草があったらその草と、それとお陽さんとの三角関数言うんですか、それで方向を定めて。距離の方は、山があると直線の距離でなしに、8の字ダンスで山を上がって下りての実際のコースを教えてくれるみたいです。障害物があったら、それを乗り越えての距離らしいです。それで巣に帰る時間が分かるらしいですよ。それを私ら体内時計言うんですけどね」

 確かに遅い時間に遠くまで花蜜採りに飛べば、日没までに巣へ帰れなくなることはあり得るが、蜜蜂の体内時計がそれを回避しているのだ。蜜蜂の能力に驚く。

夕方にはニジマス釣り 趣味は3台のバイク

 この日の仕事がひと区切り付いた夕方、忠則さんと崎山さんは近くの川にニジマス釣りに出掛けた。

 「時間がある時は、ミミズを餌にニジマスやヤマベを釣るんですけどね。こないだは、50センチを超えるニジマスが釣れましたよ、この川で」

 長閑な時間を感じさせるのは、忠則さんの暮らし方にあるのかも知れない。倉庫にはバギーカーやバイクが何台も停めてある。暮らしの中に時間のゆとりを感じさせるのは、多趣味で生活を楽しんだ祖父周一さんの影響なのか。

 「父から単車だけは乗ったらいかんと言われてたんで、買ってくれんかったんです」

 横で話を聞いていた娘の悠貴さんが「一人息子やさかい違うん」と、両親の心情をおもんばかって茶々を入れる。

 「それが最初、息子(真志さん)が400ccのバイクを買ってきて、それを見て自分も欲しいな思って、ホンダマグナー750ccを買ったんです。48歳の時、初めて。今はホンダスティード650ccとホンダグローブ125ccの3台持ってます」

 どう見ても、仕事一筋ということではなさそうで、佐藤春夫が「雁の旅」の中で描いた自然と自由を愛する風流な生き方を忠則さんも実践しているようだ。

 

養成群の蜂場で女王蜂の状態を点検する忠則さん(右)と崎山さん

女王蜂の状態を示す小石の代わりに、近くのクローバーの葉を載せた

大きな王台だけを残して他の小さな王台は潰しておく

自分たちの家の匂いを仲間に知らせるため外に向けて翅を動かす

巣箱の蜂に向かって「働きなよ」

 翌朝、忠則さんを訪ねると、ジェット洗浄機で遠心分離器を洗っていた。昨日の採蜜には姿を見せなかった妻の貴美子(きみこ)さん(61)が、倉庫で燻煙器に入れて燃やすドンゴロスを裁断している。ここでも長閑な時間が流れている。

 「春先の最初の採蜜の時は、前の年に餌として残してあったソバ蜜が残って混じっているので、継ぎ箱だけでなく下の巣箱の蜜も回す(採る)ので、人手が欲しいんで私も行きます」

 30歳代の働き盛りが3人も居るので、普段は裏方の仕事と家事を担当しているようだ。しばらくすると、同じ敷地に家を建てている養蜂家中村悌(なかむら やすし)さん(4号参照)がやって来て、忠則さんと北海道養蜂業界の情報交換をしている。話が終わると、「今日は日曜日で皆まだ寝てるし、時間があるから青シナの花に案内しましょう」と、忠則さん。

 2トントラックで昨日採蜜した日進九線蜂場前の林道を通ると、蜜蜂が勢いよく飛び交っているのが見えた。「働きなよ」と、忠則さんがハンドルを握ったまま愛おしさを込めて声をかける。採蜜の時に遠心分離器から漂ってきた青シナの蜂蜜の芳醇な香りを思い出した。

 「やっぱり採れたての蜜が一番美味しいですね。日が経つとビタミンとミネラルは段々抜けていきますしね。香りも抜けていきますから」

 林道を山の上まで上り、満開の花を付けた青シナの大木を数本見たが、花蜜を吸う蜜蜂を見ることはできなかった。蜂たちは、どこの花の花蜜を吸いに行っているのだろうか。

少しでも時間があると、巣枠に巣礎を張るなどの室内仕事に精を出す

分封の蜂群を巣箱に受けて捕獲する

 帰り道で再び日進九線蜂場の前を通り掛かった時、「んっ、分封ですね」と忠則さんが言う。見れば、蜂場のすぐ前の低木に蜜蜂が小さな塊となっている。すぐに蜂を捕らえに行くのかと思ったが、忠則さんは落ち着いたものだ。

 「巣箱を出て行く時には、働き盛りの蜂ばっかり連れていきますんでね。新しい何も無い新居へ行って、巣というか家から作らなきゃなんないですからね。巣を作るのに、ロウというのを出すわけ。蜂蜜を食べてロヘンというのを出すんです。魚のウロコの小っちゃいような物を出して、それを巣に組み立てていくんですけども、お腹のちょうど波になったところから出すんです。丸いような片、それを口にくわえて溶かしながら巣を盛り上げていきます。今日は、たまたま通り掛かって上手いこと見つかったけど、普通だったら見逃して捕り逃がすことが多いですね」

 一旦家に帰り、少し休憩してから貴美子さんに声を掛けた。

 「お母さん、箱持ちに行ってくれるか」

 再び、2トントラックで日進九線蜂場へ行き、忠則さんは勢いを付けて蜂球の出来ている小さな木の傍までトラックの荷台を突っ込んだ。荷台に乗れば、もう手が届くほどだ。荷台に乗った忠則さんが、剪定鋏を手に分封した蜂球に近づき細い木の幹を切ろうと引き寄せる。貴美子さんは、それを受けるために下で巣箱を構えた。その瞬間、幹が切れたのか、折れたのか、ザッザッザーと音を立てて木に着いたままの蜂球が巣箱に落ち込んで、無事に捕獲を終えることができた。

倉庫に溜めておいた蜂蜜を漉し器に移す

倉庫で燻煙器に使うドンゴロスを裁断する

貴美子さん

養成群に与える餌の砂糖水を作る崎山さん

養成群の蜂場で餌の砂糖水を与える

ドングリの木を蹴飛ばしてクワガタを捕る崎山さん

それぞれの群の欲求を読み取るために

長閑でゆったりとした時間

 7月下旬だというのに翌朝も、清々しく北海道らしい朝だった。採蜜は午前4時とか5時ごろから始めるのが通常だ。蜂が花蜜を採って帰ってくるまでに採蜜を終わらせようとするためなのだが、坂東養蜂場では採蜜の朝でも午前8時に集合だ。このゆっくりさが長閑な雰囲気を醸し出すのかも知れない。

 それでも忠則さんは、蜂場へ出発する僅かな時間に昨日巣礎を張った巣枠を巣箱に詰めている。少しの時間も無駄にしない合理性もあるのだ。

 この日の採蜜は一番通り蜂場。採蜜のために巣枠の蜂を払い、遠心分離器で待ち構える悠貴さんと崎山さんに運ぶのは、ここでも真志さんだ。女王蜂が居ない場合には、採蜜群の働きを増やすために合同を行っている。他の蜂場から女王蜂を連れてきて、女王蜂の居ない群れに入れてやる。この時、匂いの異なる群の女王蜂が入ってきたため攻撃されたりすることもあるが、エアサロンパスを吹き付けて匂いをごまかすと、すぐに馴染むのだと言う。

 一箱一箱丹念に内検していた真志さん。

 「この巣箱は、卵を産み始めたばかりの女王蜂が居ますね。その隣の巣箱には女王蜂が居なかった。交尾に失敗したんですわ。途中で死んだか、隣の箱に入って殺されたか。こっちの箱には、古い女王蜂は居たんですけど、翅が傷んでたんで抹消しました。新しい女王蜂の出た跡は残ってたんですが姿が見えませんね。ひょっとしたら古い女王蜂に殺されてしまったのかも知れない。もし、殺されていたなら、古い女王蜂が卵を産み付けていたので、その中から働き蜂が巣を加工して女王蜂を誕生させてくれるでしょうね」

 一つとして同じ状態の群はいない。その一つ一つに細かな対応を求められている。

 「蜂児の多いのを一つ作って」と、採蜜が終わった巣枠を整えている悠貴さんへ声を掛け、蜂児が多く産み付けられている巣枠を探してもらうのだ。「前回の内検の時から王さんが居ない状態ですから。すぐ生まれる蜂を欲しがっていたもんでね」

  巣箱の状態を観て、その群が何を欲しがっているのかを読み解くことが養蜂家の仕事なのだ。そのためには、急がずゆったりと観察する時間が必要なのかも知れない。4代に渡って物言わぬ蜜蜂と共に過ごした坂東養蜂場の人びとが、小さな生命の発するメッセージを読み解く術。それが「長閑な時間」だったのだと気付かされた。

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