2016年(平成28年9月) 15号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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午前4時、採蜜は日の出前に出発する

まだ、午前4時だというのに、遠く東の空が白み始めている。北海道の朝は早い。広々とした道道57号線に面した今城養蜂場の店舗兼自宅を出発した今城欣一(いまじょう きんいち)さん(71)と美津子(みつこ)さん(68)は、途中、コンビニに立ち寄り朝食を調達して、この日最初の採蜜場であるカムイユタン蜂場に向かった。

現場に到着すると、熊避け電柵の電源を切ることから仕事が始まる。「熊が一度付いたら、もう離れません」と欣一さんが言う。北海道の養蜂家は、熊対策に細心の注意を払わなければならないのだ。

2トントラックの荷台から足場板2枚を斜めに架け、その上を滑らせるように、遠心分離器を注意深く降ろし設置する。近くに巣箱を並べ、蜜蓋を切る場所を整え、機能的な採蜜工場を造るように作業場を組み立てる。準備が万端整った頃に長男の一雄(かずお)さん(41)が到着した。

直ちに採蜜が始まる。カムイユタン蜂場で採蜜するのは、継ぎ箱21箱。

一雄さんが蜜の溜まった巣枠を取り出し、欣一さんが自動蜂払い機に掛け、美津子さんが蜜蓋を切り、遠心分離器に掛ける。3人の役割は決まっているが、それぞれが作業の遅れている場へ行き手伝っている。

|「ほら、綺麗な蜜でしょう」と欣一さんが、黄金色に輝くシナ蜜が溜まった巣枠を私に見せてくれた。時刻は、午前5時前。周りを取り囲む山の頂きを朝日が照らし始めている。木々の中に、淡い黄色の花を付けた青ジナ(大葉ぼだいじゅ)の大きな樹が2本ひときわ輝く。

シナ蜜人気の秘密

美津子さんが遠心分離器から巣枠を取り出すと、ふわーっとシナ蜜の香りが私を包む。「シナ蜜の香りは、結構、特徴があるんですよね」と、美津子さん。

巣蜜の小さく切ったのを食べさせてもらった。口に含んだ途端に鼻に抜けるシナの香り、濃厚な味が印象的だ。シナ蜜人気の秘密が分かるような気がした。

美津子さんの作業は几帳面だ。蜜蓋を切った巣枠を入れるたびに、遠心分離器の蓋を閉め、蓋を開けたままにすることはない。欣一さんもまた几帳面で、蜂蜜を絞った巣枠を継ぎ箱に戻す時、必ず巣枠の間に除菌水を噴霧しているし、作業をするごとに除菌水で手洗いをすることも習慣化している。

|「除菌水は人畜無害なんですけど、ウィルスなどには効きます。食堂や牛乳の製造ラインなどでも使っていますね。これでチョーク病(蜂の幼虫がチョークのように白く固くなり死ぬ病気)は無くなりましたね。やっぱりやっただけのことはあるんですよ」

午前4時に出発し、近くのコンビニで朝食を調達する

電気ショックはダイエット

|「今日は早かったね」と、美津子さん。遠心分離器で採った蜂蜜を一斗缶の漉し器に移しながら独り言のように呟く。「今年はもう終わりだね」。ふっと腰を伸ばして周りの山のシナの樹を見上げた欣一さん、「ああ、もう終わってるね」。遠心分離器にキイロスズメバチが止まっている。秋はそこまで来ているのだ。

欣一さんと一雄さんが道具を片付けている間、熊避け電柵の下の草を刈り取っていた美津子さんの腕が、すでに電源を入れてあった電線に触れた。「おおっと、ビリッときた。ダイエットに良いかも知れん」。

作業時間は1時間30分。まだ午前6時を少し回ったばかりだ。

蜂場入口は一般車両が入らないように鎖が掛けてある

一雄さんが巣枠を差し込む朝日にかざして、巣房の奥まで見ようとしている

沖里河蜂場の採蜜作業。
美津子さんが蜜蓋を切り、欣一さんと一雄さんが絞った後の巣枠を整える

ソバ蜜がたっぷり溜まった巣枠

遠心分離器で蜜を絞った巣枠を取り出す

絞った蜂蜜を漉し器に注ぐ

作業の手を止め空を見上げる美津子さん

ジプシーだなんて言われた時代も

|「父の虎一(とらいち)は満州で開拓指導員をしてたんですよ。そこで中国人の養蜂家と出会ったのが縁ですね。満州から引き揚げてきたけど、終戦後の農地改革で、自分たちで作っていた1町5反ぐらいが残っただけで、それじゃ喰えないからと蜂屋が始まったんですよ。昭和23、4年頃から父が始めたんです。

最初は、30箱ぐらいの蜂を譲り受けて、それを人の荷物と一緒に載せてもらう形で、九州の鹿児島まで出向いて行って、春になったら蜜を採りながら北海道に引き揚げてくる。深川市を拠点にですね。だから、ジプシーだなんて言われたりした時代もありましたけど。

親父が始めた最初の頃は、それこそ苦労したと、苦労話は腹一杯聞かされましたけど。お袋はお袋で『金無いから金送ればっかり言ってくる』って。小っちゃな何十箱かの蜂ですもん。蜜採っても知れとるじゃないですか。電報が来るたびに、金送れ。その頃、私は小学生で、田んぼの手伝いでしたね。

 私が養蜂を始めたのは、18歳の時ですから、昭和38年の秋から親父に付いて宮崎に行くようになりましたね。ずいぶん長く串間(市)に居ったんですよ。昭和46(1971)年に結婚してからも14、5年は行ってたかも知れないな。

今はもうね、九州の方へ行ったってレンゲはない、菜種もない。今は三重県。伊勢神宮の近くですけどね。フェリーに乗って行って、冬を越したら真っ直ぐ帰って来てます。

平成になった頃からですよ。ポリネーションに蜂を貸し出すという事業が始まったんですよ。この辺でも、農家さんがイチゴだのメロンだのっていうのを作り始めたものですから、ポリネーションが最盛期の頃は、貸し出しが300箱ぐらいあったかな。ただね、問題は、農家の方が年を取ってくると、(仕事を)止めていくんだね。ハッハッハッハー。今になって、しまったですよ」

一雄さんがローヤルゼリーを始めた頃、王台の数が分かるように

巣枠に記入した数字

新しい女王蜂の誕生を待つ巣枠の印として端に草を挟み込む

採蜜しながらも、冬の蜂たちの姿を思い描く

この日、2か所目の採蜜は沖里河(おきりかわ)蜂場だ。午前7時前に到着し、コンビニで調達した朝食を、トラックの運転席で食べてから仕事に掛かった。

ここでも、採蜜の道具を組み立ててから作業が始まった。朝日が射し始めたので、ビーチパラソルのような大きな傘を遠心分離器の横に立てた。欣一さんは、さっそく蜂蜜の溜まり具合を点検している。

|「採るほどは入ってないな。これからのことを考えると、餌を残しておかないかん」

秋から冬を越えて過ごす蜂たちの姿がイメージされているようだ。

新しい女王蜂の誕生を待つ草の印

採蜜を終えた巣枠を巣箱に戻す時、近くの草をちぎって巣枠の端と巣箱の間に挟み込んだ。

|「この巣箱から王さんが居なくなっていたので、卵が(巣房に)入っている巣枠を選んで入れてやったんですよ。こうすると働き蜂が巣房を造り替えて、王さんを作ってくれるんですね。草を挟んでおくと、次にこの巣枠を見れば良いでしょ」

どうやら、(原因は判らないが)女王蜂の居なくなった群に、他の群の女王蜂が産み付けた卵の入った巣房を与えると、巣房の形を王台になるように造り替えてローヤルゼリーを与え、自分たちの女王蜂を誕生させるということらしい。採蜜の時でも、蜂蜜ばかりに気を取られるのではなく、巣箱全体の様子を確認しながら仕事をしているのが判る。

午前8時30分過ぎには、沖里河蜂場の採蜜が終わった。。休憩することもなく次の豊泉閣蜂場へ向かう。

他所から蜂を導入し、能力を保つ

豊泉閣蜂場に到着すると直ちに遠心分離器を降ろし、蜂場を見ていた欣一さんが誰に伝えるということでもなく声に出す。

|「もう黄色(キイロスズメバチ)が来てるね」

この蜂場には巣門の横にオレンジ色の鋲が差し込んである巣箱が幾つか並んでいる。

|「今年、他所から導入した蜂群の印です。これはイタリアンゴールドという種類。自分の蜂場の蜂だけを飼い続けていると、蜂の能力が落ちてきますね」

一雄さんが説明してくれた。蜜蜂の状態を管理しているのは、一雄さんのようだ。採蜜のために巣箱から巣枠を取り出しながら、時折、じっと巣房の奥を見つめていることがある。「蛆(蜂児)を見てるんです」と一雄さん。卵の状態、幼虫の状態を把握することで、女王蜂と群の勢いが判るのだ。

午前7時、トラックの運転席で朝食

息子の声に、いそいそと小走りで

一雄さんが、「一枚持って来て」と大きな声で美津子さんへ伝えた。新しい巣枠を一枚ほしいということなのだ。母親の美津子さんが小走りで新しい巣枠を取りに行く後ろ姿を見ると、両の手首をちょっと外へ向けて広げ、いかにもいそいそといった感じだ。息子に注がれる母親の気持ちが伝わってくる。

分封見つけても、達者で暮らせーっ

さて、欣一さんはというと、採蜜の終わった巣枠を継ぎ箱に収めようとしていた。その時、巣枠に王台が出来ていることに気付き、

|「危ない、危ない。分封させるとこだった」と、胸をなで下ろす。

|「女王蜂の巣というか、王台は子孫繁栄という時になったら造りますから。王台を造って女王蜂に促すわけですよ。ここに卵を産めと。勢力が強ければ強いほど、5つも10も造りますから。我々は、女王蜂を常に一匹に管理しているわけですよ。ま、見落としがあって分封したりというのもありますけどね。偶々分封を見つけることが出来てもね。この歳になって高い所に群を作られたら、達者で暮らせーっですよ。昔はね、腰にロープを括ってね、枝の細い先まで行きよったですよ。それで蜂が群れている枝の先を切って、ロープで吊して下へ降ろしよったですよ。奥さん、下に居って、それを巣箱の中に収める。でも、もう60歳を過ぎてからは登るんでないと言われてね」

養蜂家の性(さが)とでも言うのか。苦労して増やした蜜蜂の群が、一群でも逃げていくのを見過ごすことはできないのだ。

ゴクゴクと息も付かずに水を一気飲み

ゴクゴクと息も継がずに水、一気飲み

今城養蜂場の採蜜作業は、一気呵成に進む。この日、4番目に採蜜するのは出合沢蜂場だ。遠心分離器の設置が、ガタ付きもなく一回で終わると、美津子さん。「ベリーグッド!上手だよ。欣一さん」。少しおどけたように欣一さんを励ます。「辛いのは嫌だから、自分で鼻歌唄ったり、口笛吹いたりね、するんですよ。どうせするなら、楽しくできたら良いなって思ってね」。

ここで一雄さんは、「ぼく、別の仕事があるから」と帰って行った。欣一さんと美津子さんは、採蜜作業を始める前にブルーシートを広げて小休止。欣一さんが2リットル入りペットボトルの水をゴクゴクと息も付かずに飲む。そのペットボトルを受け取った美津子さんも、ゴクゴクと一気に飲んでいる。「2人で3リットルは飲みますね」。

女の人は包丁さえ使えれば良いから

蜜蓋を切っていた美津子さんが、大きな声を出して遠くを指差す。

|「あーあ、銜(くわ)えて行った」

キイロスズメバチが蜜蜂を捕らえて上空へ飛んで行くのが見えた。

蜜を絞った巣枠を巣箱に戻しに行った美津子さん、巣箱の上に座り込んでぼんやりしている。今日だけで午前4時から4か所の採蜜。採蜜は夏の重労働。そろそろ疲れはピークのようである。

|「結婚する時、欣一さんの母親に女の人は包丁さえ使えれば良いからと言われたんですよ。でも、2人でやってれば、そうも言ってられないしね」

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