2016年(平成28年9月) 15号

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大雨でもゼリー採り、親が見守る

8月も中旬に差し掛かった。翌日も午前4時に出発だ。最初の採蜜は国見蜂場。この日、一雄さんは真っ新な燻煙器を持って来ている。

|「10数年間は、お下がりを使ったけど、今日が使い始め」と、口元がほころぶ。「新しいと火の起こりが良いですね。今年は、10年に1回というくらいシナの花は良かったんですけど、流蜜に結び付いてないんですね。不思議な年なんですよ。全国というか、世界規模で今年は(蜂蜜が)採れてないようです。中国、韓国も今年は全然採れてないって聞いてるんで……」。昨日は口数が少なかった一雄さんだが、今朝はなんだか張り切っている。

広い国見蜂場の真ん中に、緑色の網で囲った小屋が建っている。昨日、先に帰った一雄さんは、ここでローヤルゼリーを採っていたのだ。

|「ゼリーは一雄が1人で……。こっちは全然ノータッチだから」と美津子さん。

そりゃ、やっぱり嬉しかったですよね

 巣箱を見てみると、国見蜂場の巣箱には全てに人工王台の巣枠が入れてある。

 「あれ、3段で100から付いとるんですよ。2日やって1日休み。72時間で採ってますから。それの繰り返しをやってます。大雨に当たってもやりますよ」と欣一さん。息子思いの美津子さんも黙っていることはできない。

 「時間で採るからね。可愛そうだなあって思う時もあるけど、もう覚悟して行ってますよね」

 一雄さんは、高校を卒業した後、10年間ほどは勤めに出ていて30歳になった時から一緒にやるようになった。

 「高校卒業して家出る時に、『家の仕事しなくて良いの』って聞くから、『いいよ、したいことがあったらしなさい』って、言ったんですよ。10年経ったら、『やっぱり家に帰ってやるかなあ』って……、フフフフッ。そりゃ、やっぱり嬉しかったですよね。お父さん、どうでした」

 美津子さんは、その当時を思い出したのか嬉しさ一杯である。照れ屋の欣一さんは、喜びを素直に表せないでいる。

小雨模様の中、幌加内蜂場で採蜜の準備を始める

花を一個一個、全部交配してイチゴの形

|「嬉しいというよりも、大変だよなぁっというのは思ったね。ようするに蜜源そのものがね、先細りしていく状況だったからですね。先々になって、跡継ぎの居ない蜂屋さんがだんだん減っていって、残った蜂屋で蜜源を分け合えば喰っていける状況になってくるのかなぁって……」

|「私らは自然界の花と花粉交配の事業などで農家さんと密接に繋がって、共存共栄の関係にありますからね。イチゴなんかは特に蜂が入らないと、綺麗な形のイチゴにならないですよ。イチゴってさ、粒が外にくっついてるじゃないですか。あれ、ブドウの房の一粒一粒がくっついてると思えば良いんですよ。種あるでしょ、あれ、一個一個、全部交配しているからスーッと綺麗なイチゴの形をしてるんですよ。あれ全部交配されてなかったら、あの形にならんのですよ」

照れ隠しもあるのか、一雄さんの話題から離れてしまった。

欣一さんが天に祈るように「3時間降らんでくれ」と声に出す

砂糖の無かった終戦後、巣箱にお札

幌加内蜂場で一雄さん(左)と欣一さん。ピンク色が除菌水

小雨で小休止はあったが、最後まで採蜜できて道具を仕舞う。

明日からはしばらく採蜜は休みだ

|「サラリーマンの時は、SE(システムエンジニア)だったんですよ。今は、自然の中で体を動かして、健康的ですね」と、一雄さん。

巣箱から巣枠を取り出していた一雄さんが、巣房の底を透かすように目を近づけてじっと見た後、次々と巣枠の両面を丹念に見ている。

|「隔王板をしていると、通常は継ぎ箱には卵(らん)は無いじゃないですか。それなのに卵があったので、女王蜂が(隔王板をすり抜けて)継ぎ箱に上がってきているのが分かったんですね」

一雄さんが継ぎ箱の中に女王蜂を見つけて捕り、巣門の前にそっと置いてやると、すぐに巣箱の中へ戻っていった。

午前7時、仕事の区切りを付けて朝食だ。

朝食を終えてトラックの運転席から出てきた欣一さんが、蜂場の真ん中に聳えるアカシアの大木を見上げて言う。

|「アカシアに種が付いてないなあ。ここのアカシアは早くに花が咲いたんですけど、その頃に雨が多かったんですよ。今年は(蜂蜜が)不作ということもあって、アカシアの蜜が高めなんですよ。そうなると一缶増えれば何ぼという嬉しさはありますよね。終戦後の砂糖が無かった時代は、(蜂蜜で儲かって)巣箱にお札を入れて運んだと聞いてますから……。私らも、そんなの一遍で良いからやってみたいですよ」

国見蜂場の採蜜は、午前8時20分に終了した。

レンズに止まった蜜蜂の背中にダニ

農薬の被害と思われる蜜蜂の死骸

農薬で死んだ蜜蜂の体液を吸う蜜蜂

農薬散布で蜂蜜が大量死

この日2番目に採蜜をする中山蜂場へ移動した後、途中で買ったアイスを皆で食べる。短いが憩いの時間だ。一雄さんが蜂場の端で腰を伸ばすような仕草をしている。中腰の仕事が続いている。若い一雄さんにも負担は大きいのだ。

採蜜を始める前に蜂場の様子を見て回っていると、巣門の前に大量の働き蜂の死骸が積み重なるように落ちている。

|「稲の農薬のせいですよ」と、欣一さん。「農薬の空中散布が7月に2、3回ありましたね。蜂屋さん、何とか逃げてくれと言うばっかり。カメムシだけ、ウンカだけに効く農薬は出来ないのかと言うんですよ」

2016年8月11日付朝日新聞で「大量死ミツバチから農薬」の大見出し、「養蜂家 規制が必要」「農水省 工夫で対応を」の中見出しの記事が掲載された。趣旨は、カメムシなどの防除効果が高いネオニコチノイド系農薬が使われるようになった時期とミツバチの大量死が報告されるようになった時期が重なっている。農水省は「水稲のカメムシ防除に使用された農薬が原因である可能性が高い」と結論づけている。しかし、農水省農薬対策室では「規制の必要はない。巣箱の設置場所や農薬の使い方を工夫して」と説明しているのに対し、養蜂家たちは「ハチに影響のある農薬を規制してほしい」との声をあげていると伝えている。

蜜蜂の大量死の原因はネオニコチノイド系農薬の可能性が高いと結論づけながら、「規制の必要はない。工夫で対応を」と説明しているのは、蜜蜂が果たしている生態系での役割に対する認識の甘さの現れだ。また、同じ記事の中で、ネオニコチノイド系農薬は土壌に数年間残留し、ミミズや鳥、魚などにも食物を通して生態系に影響を及ぼすと国際科学者チームが結論づけたとも伝えている。

真剣な目つきで内検する一雄さん。「自然の中で体を動かしていると健康的ですね」

この日4か所目の採蜜を終えて、疲れながらもホッとした表情を見せる欣一さん

ソバ畑の真ん中でもシナソバ

翌朝は、雨模様だった。午前4時、ポツポツ雨の降る中、いつものように出発。見渡す限りソバ畑の中にある幌加内蜂場で採蜜だ。

トラックの荷台で空を見上げた欣一さんが、「3時間降らんでくれ」と、天に祈るように声に出す。

|「ソバがこんだけ咲いているからソバ蜜だ、とは限らないですね。シナが咲いていると、山向いて飛んで行ったりしますからね。中途半端にシナソバだったりしますよ」と一雄さん。

遠心分離器の傍らで美津子さんが何やら焦っている。

|「ありゃりゃ、蜜受けのバケツ積んできとらん」

それを聞いた欣一さん、すかさず除菌液が入ってたバケツを空けて水洗い。何ごともなかったように採蜜は始まった。最初に遠心分離器からでてきた蜂蜜を見た欣一さんがひと言。「今日はソバです」。

腹ん中が煮えるぐらい糞を我慢

|「最後は、冬場の餌に巣箱に残しますね。ほんとはソバでない方が良いんですよ。ソバはアクがあるんですよね。アクが多いと、蜂は糞をしたいんですよ。巣箱の中では糞をしないじゃないですか。北海道内で冬越しをしようとする人も居ますけど、ソバの蜜を抱えたまんま冬越しというのは無理なんですよ。蜂は外に出ることができないから、糞をしたいのを我慢して、腹ん中が煮えるぐらい我慢しますから。春先に我慢しきれなくなって、巣箱の中に糞して死んでしまうんですよ。だから、砂糖水なんかに入れ替えるんですよ。秋に咲くキリンソウとか、もう咲いているオオハンゴンソウとかも冬の餌になりますけど、アクの無いもの、これが一番ですね。そうすると、春、雪解けて、蜂が飛んで糞ができるまで我慢できるんですよ。」

自宅居間で欣一さんと美津子さん。美津子さんの体の傾き加減が愛情の深さを示している

体を小さくし体力を温存

|「越冬は、もう体力維持だけ、体小っちゃくしてね。3分の2くらいまで小っちゃくなりますよ。それで体力を温存し、餌も少量ずつ食べて春を待つんですわ。2月の頭、人間でいえばまだ寒いのにと思うけど、蜜蜂は自然のもんですよ。微妙に春を感じるんでしょうね。女王蜂が卵を産み始めますからね。秋、10月に入ったら卵産むの止めますから、それから2月までの間、卵産みません。越冬してますよね。だから、最後に産まれた働き蜂が長生きして、春産まれてくる蜂と入れ替わるんですよ。働き蜂は、通常一か月半、4、50日の命ですから。越冬時期になると、10月末から2月の頭までですから、約3か月は生きるわけですね」

愛の手綱で、夫と息子が頑張れる

雲が低く垂れ込めた空模様だったが、とうとう小雨が降り始めた。午前7時だ。朝食を兼ねて、小休止となった。スピーカーで外に流していたカーラジオの天気予報が、北海道には珍しく台風が上陸しそうだと伝えている。

|「今の時期に土砂降りされたら、山の花は終わり。蜂屋にとっては大打撃ですよ。これで、だいたい終わりましたね。あとソバが採れれば少し採れますかね。ここ(幌加内蜂場)が、順調であれば中5日でもう一回」と欣一さんが言うと、「そこまではいかないかな。1週間か10日掛かるんじゃない」と美津子さん。

いよいよ、この夏の採蜜は、終わりに差し掛かっているようだ

|「おかん、おかん、ちょっと」と、道具を片付けていた一雄さんが美津子さんを呼ぶ。「おかん、蜂入ってるか?」。「入ってる、入ってる」。一雄さんの面布の中に蜜蜂が紛れ込んだようだ。美津子さんが面布の中の蜜蜂を捕まえて潰してやる。「あれ、糞が付いた。ごめんよ」。

その様子を見ていた欣一さん。「おっかさんが面倒見すぎるからね。息子の面倒は100%みるもんだから、(一雄さんは)楽で何もせんでいいんだもの。私も助かっとるだよ。面倒見のいい人なんだよ、この人」

|「何するでも、おかん、おかん、だからね」と美津子さんも、息子への面倒見の良さは自認しているようだ。

今城養蜂場の経営と蜜蜂群全体の管理を欣一さんが担当し、ローヤルゼリーの採集と個別の群の状況を一雄さんが把握して、車の両輪のように運営しているが、夫と息子に愛情の手綱を付けているのは美津子さんなのだと思えてきた。

今では採蜜が全て終わり、越冬のために三重県へ転飼に出発するには、まだ少し猶予がある。今城さんの家族は、一年間で最ものんびりしたときを過ごしていることだろう。

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