2016年(平成28年10月) 16号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203

一滴の食料を皆で分け合う蜜蜂

|「40歳くらいの時、うちのカミさんが言いましたもん。『あんたの天職じゃないの』って。蜂さん大好きですから、私。いや蜜蜂はね、ほんとに面白い昆虫ですよ。確かにお金も稼いでくれますけどね。一番すごいのはね。一滴の食料があったらね、蜜蜂が一万匹いるなら、一万分の一にしてみんなで分けるんですよ。これはね、蜜蜂と蟻だけだそうです。地球上の生物では他にいないんじゃないかと、昆虫学者が言ってましたね。だいたいは共食いをするか、自分だけが生き残るという行動をとるんですけど。蜜蜂は、種の保存のためにみんなに平等に分け与え、なおかつね、凄いのはね、一万匹の働き蜂と一匹の女王蜂が居るとしますね。その時、9990匹の働き蜂がほとんど同時に死んでいっても、10匹ぐらいの働き蜂と女王蜂が少し長生きするんですよ。仮にその後、何かの拍子で餌が手に入った時に10匹の働き蜂が居たら、女王蜂の世話をして、自分の種が継続できると本能的に思っているんでしょうね。群として再生できるギリギリの戦力を残しておく。女王蜂だけでは生きていけんですから」

康幸さんの話を聞く研修生ヨハンさん

巣房の径の大きさで雄雌を産み分ける

|「蜜蜂は知れば知るほど面白いですよ。春、群が伸び盛りの時、分封したがる時期ですよね。もう巣をどんどん変形させていっちゃうんです。雄蜂用に巣房の径をどんどん広げて。隙間があれば雄蜂の巣にするし、へたすると巣枠のど真ん中に巣を作り変えて、どんどん雄蜂の巣にしちゃうんですよ。女王蜂はお尻から卵を産むんですよね。雄蜂の巣は径が大きいですよ。だからお腹を圧迫せずに卵を下へ産み落とせるんです。働き蜂の巣は径が小さいですね。一番下に卵を産み落とそうとすると、お腹が圧迫されるんですよ。ここで精子が掛かり、有精卵になります。有精卵が働き蜂です。そういうメカニズムなんです」

|「交尾する時に、雄蜂は精子を入れちゃうんじゃないんですよ。精嚢を入れちゃうんです。女王蜂は、精子の袋を貰っちゃうんですよ。それが、腸に繋がり体の内臓に繋がってるんですね。だから雄蜂は腹上死なんですよ。女王蜂は平均8匹分の精嚢を体に貰って巣に帰り、卵を産む時に巣房の径の大きい時には無精

卵を産み落とし、径が小さい時には受精させた卵を産み落とし、それが雌、つまり働き蜂になるんですね」

|「株式会社びーはいぶ」の羽佐田康幸(はさだ やすゆき)さん(65)が語る蜜蜂世界は、聞けば聞くほど神秘が募り驚きが増していく。

トラックの荷台に蚊帳を張ってローヤルゼリーを採る

ローヤルゼリーを採るために王台から幼虫を取り出す

ローヤルゼリーを採った後の王台に幼虫を

移虫する

蚊帳の中で移虫の研修を受けるヨハンさん

人工王台の付いた移虫枠を運ぶ康幸さん

巣門を出入りする蜜蜂を見つめる康幸さん

トラックの荷台の蚊帳の中で研修

この日、康幸さんは、ニュージーランドからの養蜂研修生ヨハン・アンダーさん(22)を受け入れていた。ヨハンさんは15歳からこの仕事に就いていて、既に一人前の養蜂家なのだが、ニュージーランドでは採蜜中心の養蜂なので、ローヤルゼリー採取の方法や蜜蜂の群を増やす技術を習得し、養蜂の幅を広げたいと望んでいるのだ。

ヨハンさんと通訳の藤木陽子(ふじき ようこ)さん、それに案内役の山田満生(やまだ みつお)さん(26)の3人と一緒に芳野蜂場に到着すると、「びーはいぶ」のメンバーは、蚊やアブ、それに盗蜂(蜂蜜をとりにくる蜂)を避けるため、ただちにトラックの荷台に蚊帳を張り、2トントラックはローヤルゼリー採取の作業所に早変わりだ。

|「今日は湿気がなくて爽やかで、これが今の時期の北海道ですよ」と、清々しい気候に康幸さんの顔が晴れ晴れとしている。トラックの荷台の蚊帳の中で、さっそくローヤルゼリー採取が始まった。従業員の下村勝俊(しもむら かつとし)さん(44)が巣箱から移虫枠を運んでくると、康幸さんが人工王台の蓋を削り、王台の中でローヤルゼリーに浮かぶように丸まっている幼虫をピンセットで取り出す。その移虫枠を受け取った妻の丹美(あけみ)さん(64)が小さなヘラでローヤルゼリーを掻き出すように採っていく。長男の祥介(ようすけ)さん(40)が、卵から孵って2日目の幼虫を、ゼリーを採り終えた人工王台へ移虫し、再び巣箱へ戻すという作業が連続して行われる。

ヨハンさんは、蚊帳の中で康幸さんの家族に挟まれるように説明を聞き作業を見つめていたが、実際に移虫作業を試すように促されると、真剣な目つきで巣房の底で白い点のように見える孵って2日目の幼虫を移虫針で取り出し王台へ移していく。何年も蜜蜂の仕事をしているだけあって、一連の作業の理解は早い。

ニュージーランドと日本の養蜂の違いをヨハンさんに尋ねると、①ニュージーランドではローヤルゼリーをほとんど採取していない。②日本では蜜蜂を輸入できるが、ニュージーランドではできない。③日本は蜜蜂を輸入していることによって、ダニも一緒に国内に入ってくるため、ダニの駆除剤を使わなければならない状況だが、ニュージーランドにダニは余りいない。④巣箱の形や色が異なる。そんな違いを教えてくれた。この他に、ニュージーランドでの養蜂に関する法律は消費者の健康や安全のためにあるが、日本の法律は養蜂家を管理するためにあるようだとか、日本では採蜜シーズンに、巣箱に継ぎ箱を重ね2段にして採蜜をするのが一般的だが、ニュージーランドでは採蜜期に4段5段と重ねて採蜜し、冬場は単箱にして餌を与えるのだと言う。日本の蜜蜂は動きが速いのにも驚いていた。ニュージーランドの蜜蜂は、おっとりしているのかも知れない。

|「私もニュージーランドでローヤルゼリー採取をやってみたい」と、ヨハンさんが言うと、康幸さんが「ニュージーランドで沢山採ると、価格が下がるので沢山採らないでくれ」と、冗談を言って笑わせている。

 

蜂を潰すな

下村さんの移虫枠を巣箱から取り出す作業が間に合わなくなって、康幸さんが巣箱へ取りに行く。

|「かっちゃん、こっち3枚抜いたよ。王台バッチリ、すばらしい」

巣箱の日常管理は、「びーはいぶ」に入社して4年経つ下村さんが担当しているようだ。下村さんは、巣枠一枚一枚を太陽に照らして丹念に覗き込み、幼虫の大きさを確認しながら、移虫する幼虫のいる巣枠を選んでいるのだ。ふっと、巣箱横の草をむしり取り巣枠の端に挟む。3日後のローヤルゼリー採取の際に、移虫するのに丁度良い大きさになる卵があったようだ。ローヤルゼリーの採取は、きっちり72時間毎にしなければならないので、次の作業の段取りも頭に入れておかなければならないのだ。

「基本的に社長から言われるのは、『蜂を潰すな』だけですね。他の細かいことは言われないんですけど、最初の年には、シーズンになると蜂が巣箱から溢れてしまって、それをどう潰さないで収めるか、焦ったことがありました」

一時的に女王蜂を隔離しておく王籠を持つ
ヨハンさん

巣箱の中の状態を研修生ヨハンさんに
説明する

少しでも時間があると移虫作業をする
祥介さん

この隔王板を抜けた女王蜂が幼虫を
食い殺した

新王の幼虫を女王蜂が食い殺す

午後からは、女王蜂を作る技術の研修だ。西和11線蜂場に移動し、面布を着けるなど皆が作業の準備を始めていた時、巣箱を点検していた下村さんが「あっ」と声を上げて、手が止まった。下の単箱に居るはずの女王蜂が、単箱と継ぎ箱の間にある隔王板を潜り抜け、王台の幼虫を食い殺していたのだった。王台の幼虫は今日の女王蜂を作る技術研修に使おうとしていたが、このような事故は滅多に起こることはない。

|「今日みたいな時に、こんな事にならなくても良かったのに」と、下村さんがしょげ返っている。

|「こういう事もあります。それが養蜂家の経験の一部です」と、しょげる下村さんを歳は若いが大人びたヨハンさんが慰めている。

この日に予定していた研修は、一瞬にして中止となった。

|「旧い王さんは、後継者を養成されるのがよっぽど嫌だったんじゃない」と丹美さんも下村さんを慰めるように呟く。

女王蜂から殺されてしまった幼虫が居た移虫枠

国産ローヤルゼリーを意地でも採り続ける

この日から一週間ほど康幸さんの研修を受けた後、ヨハンさんは帰国した。

|「帰る時、ヨハンに優秀だと言ったら、『勇気が湧きました』と喜んでましたよ。『ニュージーランドの養蜂家は商業的で蜂の扱いが荒いけど、日本の養蜂家は蜂の命を大切にしているのが伝わった。私も見習いたい』と言ってましたし、『ニュージーランドでは採蜜とローヤルゼリー採取と割り蜂(女王蜂を新しく作って群を増やす作業)を同時にやっているのは考えられない』と言ってましたけどね」と、康幸さんがヨハンさんと過ごした時間を懐かしんでいる。

|「秋風が吹いてくると、蜂に分封しようとする気持ちが無くなって、ほんとは蜂に聞いてみないと分からないけどね、ゼリーを与えなくなるんで、ゼリーの採取はもう終わりですね。今は、王台があるんで仕方なくゼリーを与えている状態ですもんね」と、康幸さんはシーズンの終わりを感じている。

ローヤルゼリーの採取は、祥介さんが段取りをしている。

|「移虫に2日齢を入れとるもんで、ゼリーは5日齢から6日齢で採るのがベストなんです。採蜜を午前8時までには終わらせて、その後、72時間でゼリー採りをやってるんで、それで時間的に計算するとトータルバランスが良いんですよ。日本の国産ローヤルゼリーを意地でも採り続けると決めていますから。手間と収入を考えると割に合わないけど、そうしないと、その他大勢の仲間入りしちゃいますから」

祥介さんのローヤルゼリーに掛ける熱意とプライドは並々ならぬものがある。

今シーズンのローヤルゼリーの採取を終えた巣箱に、ヨモギの葉が載せてある。ローヤルゼリー採取も採蜜もしない冬の間にダニの駆除剤を入れて、春には健康な蜂を迎を入れるための印なのだ。

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