2016年(平成28年10月) 16号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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今年のシナ蜜は捕らぬ狸の皮算用

芳野蜂場のローヤルゼリー採取を終えた午後は、美瑛の蜂場から運んできた巣枠の採蜜を自宅の倉庫で行った。巣枠の蜜房には、どれも溢れるほどのシナ蜜が溜まっている。

|「蜜漉しは2つでいいの」と、丹美さんが祥介さんに聞いている。「3つ」と即答だ。康幸さんと祥介さんが蜜蓋を切り、丹美さんが遠心分離器から絞り終わった巣枠を取り出し、下村さんが巣枠を整える。

|「これ一枚でだいたい一升分あります」

たっぷり溜まった蜂蜜が溢れ出しそうな巣枠を持ち上げ、康幸さんが私に声を掛ける。ズシリと重そうだ。どうやら、今絞っている美瑛のシナ蜜は、採蜜の間隔が長くなったので蜜房が一杯になったようだ。

|「今年、シナ蜜不発だったんですけど。捕らぬ狸の皮算用しとったんですよ。最初は匂っとったんですね。うちの息子、無茶苦茶匂いに敏感なんですよ」

康幸さんの言葉を継いで、祥介さんが話し始めた。

|「7月20日前後はものすご匂っとったんですよ、今年はね。それで期待してたんですが、20日過ぎに雨降ったんですよ。その時は、そんなに激しい雨じゃなかったんですよ。だけど、その雨で、3日天気悪かったんかな、ピタッと匂い止まっちゃったんです。本来なら、今の時期、もう赤ジナが満開の筈なんです。むわーっと匂ってくる筈なんですよ。でも匂いが止まったということは、つまり蜜も噴いとらんで、もう(今年は)駄目だろうね」

|「もう蜂が山へ行かないもん」と、再び康幸さん。

素人の私は感じないほどの匂いを嗅ぎ取る動物的な能力は、養蜂家として自然と濃密に接するうちに磨き上げられたものなのだろう。その意味では、祥介さんも養蜂家が天職なのかも知れない。

午前3時45分に蜂場へ出発するため遠心分離器を積み込む

採蜜の作業を進めるうちに明るくなってきた

西里2蜂場で採蜜のために巣枠を運ぶ祥介さん(左)

合理的な流れ作業で採蜜をする康幸さんたち

採蜜が終わり、ローヤルゼリー採取までの間に朝食をとる

近くの木立を利用して蚊帳を張りゼリー採取をする

国の研究機関とも養蜂技術で協力

夕方は、士別市の経営する大和牧場に置いてある巣箱の内検に向かった。康幸さんが養蜂技術で協力しているという国の研究機関が蜜蜂の行動を調べている巣箱を内検するためだ。

巣箱内での蜜蜂の行動を記録するため、巣箱の片面にアクリル板が貼ってあり、中の蜜蜂の様子をビデオ撮影できるようにしてあった。これで、蜜蜂の行動として良く知られる「8の字ダンス」を記録し、その意味を読み解こうとしているのだ。集めてきた花粉から、どこまで行っているのか、その行動範囲を調べ、最終的には、580ヘクタールの公営大和牧場を養蜂に使えるかどうかを判断するためだという。もし580ヘクタールもある大和牧場が養蜂に使えるとなれば、養蜂家にとっては朗報となるだろう。

一滴の蜂蜜も無駄にしない

8月も下旬に差し掛かろうとしていた。

この朝は、午前3時45分に康幸さんの自宅を出発。闇の中を2トントラックと軽トラックを連ねて西里2蜂場へ向かう。白樺の林が傍らにある蜂場に到着する頃には、かろうじて周りの様子が分かるほどに夜が明けていた。薄暗い中で、黙々と採蜜の作業場を組み立てていく。夏のこの時期、何度も何度も繰り返してきた手慣れた仕事であることが、黙々と働く仕事ぶりから伝わってくる。

丹美さんが巣枠を遠心分離器に入れる音に続いて、モーターの回る音がひんやりした空気の中に伝わってくる。康幸さんと祥介さんが巣枠を運び、蜜蓋を切ると斜めにして巣箱に並べていく。丹美さんが遠心分離器にセットし、絞り終わった巣枠を取り出す。遠心分離器で絞った蜜を受けたポリバケツから一斗缶へ移すために漉し器へ入れた蜂蜜が数滴こぼれた。丹美さんは、丁寧に指先で掬い取り、漉し器の布に擦りつけた。「一滴の蜂蜜も無駄にしない」という丹美さんの意志が伝わってくる。絞り終わった巣枠の巣房を整えて祥介さんが巣箱へ戻しにいく。下村さんは、巣箱を点検し巣枠を運び出すための準備をしていた。誰もが手を休める時間がないほどに、合理的な流れ作業だ。

|「蜜蓋が無ければ、巣枠一枚の工程を2分台で終わらせることができます」と、祥介さん。「もう終盤なんで、冬の餌のことも考えて(全ての巣枠を採蜜するのではなく)飛ばし飛ばしで……」と、ここでも次の段取りを考えての作業なのだ。

シナ蜜とソバ蜜が混じった蜂蜜を漉し器に移す

ゼリーを採った後、移虫作業をする丹美さん

巣枠に移された新王の王台。2日後に新王が誕生する

ぴったり72時間でゼリーを採る

阿吽の呼吸で進められた採蜜が終わった。遠心分離器にカバーを掛け終え、康幸さんが「ふーぅ、終わった」と、安堵の声を上げた。時計を見ると6時10分。ようやく明け始めた朝の空気の中で朝食となり、終えたのが6時40分。

続いてローヤルゼリーの採取をする予定だが、丹美さんが「ゼリーにはまだ1時間も早いよ」と祥介さんに言っている。ローヤルゼリーの採取はぴったり72時間毎に行うのだ。ここでも近くの木立を利用して蚊帳を張り、ローヤルゼリーを採るための作業場を作っていく。

|「ゼリーを採る王台に移虫するのは、2.5日齢の幼虫です。3日齢までいくと王台に蓋が被さるので、ギリギリのラインが2.5日齢なんですね」と祥介さん。技術的な細部はなかなか理解できないのだが、ローヤルゼリーの採取が正確な時間との闘いであることは分かる。ここで採取したローヤルゼリーは、裏ごしして冷蔵庫へ収めなければならない。そこまでの時間をできるだけ短縮することが品質に直結してくるのだ。

巣箱を点検して、移虫するための幼虫を調べていた下村さんへ、祥介さんが声を掛ける。「あと1列分、(幼虫が)足らんね」。ちょうど2.5日齢の幼虫が、なかなか見つからないようだ。自然界の生命のリズムを利用して、その恵みを人間のために戴く仕事だ。工場で作り出す製品とは異なる難しさがあるのは、当然なのかも知れない。

養蜂業は養殖産業

西里2蜂場でのローヤルゼリー採取が終わると、続いて西和11線蜂場へ移動し、新しい女王蜂を作る作業が待っている。自然界の時間と養蜂家の時間が、完全にリンクするように仕事の手順が組み込まれているのだ。

西和11線蜂場は、ヨハンさんの研修の時、隔王板をすり抜けた女王蜂が新王になる予定の幼虫を食い殺してしまっていた因縁の蜂場だ。

 

|「女王蜂を作るというのは、系統を選んで、交尾をさせて、群として完成させるということなんです。採蜜、ローヤルゼリーを採れば良いという仕事じゃないですから。もう何年も前から言ってるんですよ、養蜂業は養殖産業に入ったって。たくさんコロニーを増やして、冬から来春に向けて花粉交配用の蜜蜂を生産していかないと、施設園芸農家はみんな困っちゃうんですよ」

祥介さんが、女王蜂を作る社会的な意味を力説する。新時代の養蜂家を意識せざるを得ない祥介さんの自負がひしひしと伝わってくる。

新王を受け入れて新群が誕生

 「割り出しというのは、1500匹から2000匹くらいの働き蜂を別の巣箱に入れて、2日後に産まれてくる女王蜂が入っている王台を付けてやるんです。うちらのやっている人工王台の女王蜂は正確に16日で産まれるから、14日目に人工王台を一つ一つ切り離して巣箱へ移動させます。そうすると2日後には必ず未交尾の女王蜂が産まれるんです。最初に、王台に移虫する幼虫の日齢を揃えないと、一匹でも早く出ると、一緒に並んでいる王台の姉妹たちを全部殺しちゃうんですよ。うちは、人工王台をびっしり付けて並べるんです。そうすると、隣で生きている生態がお互いに分かるんですよね、隣同士で。そうなると、早く出て自分が生きようとするから、16日の時間通りでなく早く出ようとするんですよ。それぞれが早く出て、みんな自分の仲間、姉妹を殺してやろうと思って、自分が生き残るためにですよ。そのために、成熟していないうちにヨチヨチのまま出てきちゃうんですよ。実際は、そうなる2日前に、王台を一つ一つ切り離して巣箱に分けるから、慌てないでちゃんと成熟して出てくるんですけどね」

 康幸さんが語る蜜蜂世界のリアルは、蜜蜂の性格まで見えるようで興味が尽きない。

 「割り出しのために新しい巣箱に移された2000匹ほどの働き蜂は、箱が変わった、王さんが居らんぞと思うけど、人工王台が付いてて、生態反応ちゅうのかな、新しい王さんが出てきそうだって分かると、受け入れ態勢になるんですよ。新しい未交尾の新王を待ってるんです。未交尾女王蜂が交尾のために巣箱を飛び出すのは産まれてから、早いので5日、だいたい一週間から10日ですよ。それから5日ほどで産卵が始まりますから、そうなったら立派な一群の蜜蜂なんです」

「お前んとこの親父はすげえな」と、見せてやりたい

今では養蜂家として強い信念と自負を持つ祥介さんだが、養蜂家の仕事を継ぐには人知れず葛藤があったようだ。

|「親が蜂屋であることが嫌でしたもん。お前んとこの親は得体が知れんと言われよったですもん。蜂屋は職業として認められておらんかったし、自分が子どもの時は、夏、いつもお祖母ちゃんのとこに預けられて、小学生の頃は寂しかったですね。元々は蜂屋はやらんつもりだったですもん。でも、24歳の時、ちょうど子どもが生まれた時で、『お前んとこの親父はすげえな』という風に見せてやりたいと思いましたね。それでも『お前は蜂に働かせて、ジャブジャブ儲かって、いいな』なんて言う人もいて、ムカッときましたね。今の蜂屋が、昔のような過酷な労働をやってて良いかと言えば、それは駄目なんですよ。ローヤルゼリーをやってる関係上、シーズン中の休みは取れんですけど、オフはきちんと休みを取らんと、職業として認めてもらえん。自分が寂しい思いをしたから、片親は子どもと一緒に居らないかんと思うて、妻は愛知の家に子どもと居りますけどね」

祥介さんが養蜂家として自負している根源を垣間見たような気がする。

先日のニュースで、「株式会社びーはいぶ」の蜂場がある和寒町からほど近い大雪山に初冠雪があったと伝えていた。気温が下がって蜜蜂の移動が可能になる11月上旬には北海道の蜂場を閉めて、蜂を愛知県に移動する予定だと話していた祥介さんだが、心はすでに家族団らんの灯の元にあるのかも知れない。

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