2016年(平成28年11月) 17号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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蜂蜜食べんなら、蜂やるわ

「千曲川と犀川の合流地点の河川敷に、うちの蜂がいるんですよ。国交省は流木になってしまうのが怖いからアカシアの木を伐るんです。でも、うちの蜂がいる所だけは残しておいてくれるんですよ。初夏には花が咲いて、『桜よりも綺麗じゃない!』って言ってるんです。蜂をするまでは気にもしなかったんですけどね」

 岡村美永子(おかむら みなこ)さん(36)が、長野県にあった旧い郡名から名付けた「更科養蜂苑」を始めたのは平成20(2008)年1月だ。

 「元はうちの伯父が退職した後、養蜂を趣味で始めていたんですけども、平成18(2006)年の集中豪雨で千曲川がすごい災害になったんですね。ドロドロになった巣箱を掃除するんで、父が経営する水道ポンプ装置の会社、株式会社アフター工業の裏庭に置かせてくれっていうので運んだんです。その時、初めて巣箱というものを見たんですね。うちは蜂蜜をいただいたり買ったりして食べてたんですけど、『そんなに蜂蜜食べんなら、蜂やるわ』って、蜜蜂いただいたんです。その頃、テレビで庭先の養蜂っていうのを見てて、母が、いいなって思ったらしくって……。そう、母が先なんです。私は反対したんです。学生の頃、スズメバチに刺されて入院したことがあったので、蜂なんてって言って。でも、貰った以上は生き物なんで面倒みなきゃいけない。面倒みているうちに可愛くなってきて、面白い。蜜蜂の生態そのものがすごく面白くって、それで2箱から始めたんです」

蜜蜂飼うのは簡単だって言うから

たまたまその時、建設業が他の事業を始めるのを推進する長野県の補助事業があり、「面白そうなのやってるから、事業として確立できるかやってみないか」と声を掛けられて、養蜂部門を立ち上げたのが更科養蜂苑の始まりだった。

 「うちのアフター工業の社員は定年60歳だったので、年金を貰えるまでの期間が結構空いてるでしょ。その間にできる仕事というのが目標だったんです。母なんかは、蜜蜂飼うのは簡単だって言うから始めたんですけど、結構、体力使います。気も使います。体力使うというのは、飼ってみたら分かったんですけど。蜜蜂が何で同じ花の蜜を集めてこられるかも分からない状態から始めたので、初期の先生は蜂をくれた伯父さん。母の兄になります」

瓶詰した蜂蜜に混入した微細な異物を
取り除く

瓶詰した蜂蜜を光に透かして点検する
美永子さん

越冬の餌ために保管しておいた蜂蜜を
準備する

蜂場の端に蜂蜜が残っている巣枠を置き、

蜂に与える

結晶化しちゃうと、捨てちゃうって

美永子さんが「製蜜室」と呼ぶ更科養蜂苑の作業場は、アフター工業社屋の裏にひっそりと建っている。

製蜜室では、瓶詰めされた「アカシアはちみつ」や「りんごはちみつ」「はちみつ この実」などがテーブルに並び、美永子さんが一つ一つの瓶を光に透かして、不純物が混じり込んでないかを点検している。横で母親の香代子(かよこ)さん(68)が瓶を拭き上げていく。

蜂蜜の貯蔵タンクは、周囲にヒーターを入れて保温材で包み込み、気温が下がっても中の蜂蜜は3℃〜4℃を保つ特別製だ。毎日のようにファックスで届く注文書に応じて、その都度、蜂蜜を瓶詰めするのだ。

|「蜂蜜の瓶のサイズは、130グラムがメインなんです。小っちゃいんです。以前は600グラムとかやってたんですけど、お客さんの声を聞いていたら、結晶化しちゃうって言うんですね。そうすると捨てちゃうって……。やっぱり核家族化で、ジャムやなんかも色々な種類が今、お店にあるので、皆さん、ちょこっと買いたいって言う。じゃあ300グラムになり、130グラムになってということで」

蜂蜜の特長で使い分ける

|「うちでは、それぞれの蜂蜜の特長をお伝えして、お客さんに使い分けていただけるようにしてるんですね。例えば、アカシア蜂蜜は、果糖の割合が高く冷やしても甘みを強く感じるので、アイスクリームなんかにひと匙掛けてもらうとすごく美味しくなります。りんご蜂蜜は、逆にブドウ糖の割合が高いので暖かいものと合わせると美味しいんです。お醤油に蜂蜜をちょっと入れて、鶏肉なんかの下味を付ける時に……。すると皮がパリッとしてお肉が柔らかく美味しくなるのでお勧めです。バターやチーズとも相性が良いので、皆さんワインのおつまみとかに使われるんです。コクがあるので、赤ワインの渋みと相性が良いんですよ。百花蜜は、味は一番濃いんですけど、マスカットのような酸味のある後味なんです。なのでグレープフルーツとかフルーツに掛ける。それとチョコレートと相性が良いです。特にダークチョコなんかに良く合います。アカシアでも良いんですけど、味が薄いので強いものと合わせる時は負けちゃうので、百花ぐらいの強さがないと……。ココアと混ぜても美味しいです。基本は甘いものだから、砂糖と合うものは絶対合うんですけど、そこに、それぞれの花の香りとか味がプラスされてくるので、蜂蜜の素材となった花を選ぶという奥深さがありますね」

若い女性養蜂家ならではの視点だ。花の種類によって蜂蜜の色や香りが異なるのは誰にも感じられるが、それを料理などの使い分けにまで言及する養蜂家は珍しい。それもそのはず、美永子さんが養蜂部門を立ち上げると決めてからは、従業員の給料を出すために商談会などで販売先を模索していたという。

会社が休みの日は、和勇さんもスズメバチ捕りで加勢する

香代子さん(右)が巣箱を内検する。巣枠は地面に置かず、巣箱側面に吊り下げる

餌として与えた蜂蜜を群がって吸蜜する蜜蜂たち

蓄えが特に少ない群には蜂蜜を餌として与える

商談会に出させてもらって、期待外れのものは作らない

|「立ち上げの頃の最終目標は、社員が二次雇用で給料がとれるようにと考えていたので、やっぱり物を作って売るには売り先を確保しないと、どうしようもないと思ったのです。それで知り合いのホテルさんへずうずうしく行って、販売の棚へちょっと置かせてもらえないかって……。そこからスタートでしたね。もうちょっとちゃんとしたルートを作らなきゃいけないと思った時に、地元銀行さんや信金さんの商談会に出させてもらって、そういう縁から少しずつというのも一つの方法でしたね。せっかく期待していただいたら期待外れのものは作らないようにというのでやってます」

ただ「蜂が可愛いから養蜂をやろう」では無かったことがひしひしと伝わる話だ。

女王蜂から殺されてしまった幼虫が居た移虫枠

蜂流さないだけよかったなあ

葦やセイタカアワダチソウ、名を知らない背の高い草、灌木などが密生している千曲川と犀川が合流する地点の河川敷。その一角を切り開いた養蜂場は、3日前に通過したばかりの台風16号の影響で増水した痕が生々しい。

|「一昨日の夜、緊急で巣箱を移動したんです。夜8時過ぎ、雨量が半端ないなと思って、夜9時から軽トラ2台とトラック1台に載せられるだけ載せて運んだんですよ。手伝いの人が『酒飲まないで待機しているから』と言ってくれてましたから。うち、養蜂シニアが6人居てくれるんですね。それで昨日、巣箱を元に戻したんですけど、置いてあった場所が増水して完全に川に入っちゃったんです。石灰撒いて土壌消毒をしているんですけど、移動で蜂にだいぶ負担が掛かったのと、それ以前から長雨が続いていたので、蜜しぼりはできるかなって感じですね」

|「でも、蜂流さないだけよかったなあと……。2回ほど流したことがあるんですけど、あれは切ないですね。やっぱり河川に置くというのは、そういうリスクもありますね。河川はですね、アカシアと秋の百花蜜を採る時、それとホワイトメリロートというハーブの一種なんですけど、それも河川に咲くので。日本名は白花品川萩というんですよ。その蜜を7月に採蜜するんですけど、桜餅みたいな良い香りの美味しい蜂蜜なんです」

河川敷の茂みに咲くアレチウリの花で吸蜜する蜜蜂

真剣な眼差しで巣箱の内検をする美永子さん

丁寧な仕事ぶりが形に

青緑色に塗られた更科養蜂苑の巣箱は、逆さにしたコンテナの上に一箱ずつ載せ、上に発泡スチロールの板を被せてビニール紐で丁寧に縛ってある。たまたま昨日戻したばかりだから縛ってあるのだと思い込んでいたが、蓋が飛ばないように常時この状態だというのだ。丁寧な仕事ぶりが形になっている。

|「ほんとうは蜜しぼる時期だったんですけど、あそこまで長雨が続くと、ちょっと予想していなかったですね」

美永子さんと香代子さんの2人が一組となって、内検を始めた。

|「ワーッ、ここまで入ったんだ」「台風の雨はダテじゃなかったんだ」「ワーッ、これ何。どこから入ったの」と、母娘の会話が賑やかだ。

巣箱の中にまで、雨が入ったようだ。大きな蛾が入り込んで死んでいた巣箱もある。この日は、最初に蜜蜂2群を譲り、更科養蜂苑発足のきっかけを作ってくれた伯父の宮下豊次(みやした とよつぐ)さん(78)が内検の様子を見に来ていた。

|「中に入られちゃ駄目だよ」「どれだけ面倒見てなかっただよね」

さすがに養蜂の先生。2人には耳の痛い言葉が聞こえてくる。

スズメバチが仲間を助けに来るからさ

もう一人、巣箱の内検には関知せず、巣箱の周りで虫取り網を持ってスズメバチ捕りに専念している飄々とした男性がいる。美永子さんの父親、アフター工業社長の岡村和勇(おかむら かずお)さん(68)だ。和勇さんは、虫取り網で捕まえた一匹のスズメバチを粘着板に貼り付け、それを巣箱の上に置いた。

|「おびき寄せるため、スズメバチが仲間を助けに来るからさ」

週末のこの日、会社が休みなので更科養蜂苑の助っ人として養蜂場に来ていた和勇さんは、自らの役割をスズメバチの退治と決め込んでいるようだ。スズメバチ退治が一段落すると、次には、逆さにしたコンテナの上に蜂蜜の入った巣枠を組み合わせて立て、蜂蜜を蜜蜂に与えている。せっかく蜂たちが集めた蜜を、何故なのかと疑問に思っていると、美永子さんが説明してくれた。

|「匂いや味が、ちょっとねというような蜂蜜を別にしておいて餌として与えるんです。不思議なことに、巣箱の外に働きに行く場所があれば、蜂たちは温和しく機嫌良くしてくれてるんです」

花のない時期は、蜜蜂が荒れるため内検の作業がやりにくくなるが、品質の劣る蜂蜜を再度、蜂に与えることによって蜂が温和しくなり、蜂蜜は越冬準備の餌となるため、一石二鳥なのだ。

人気商品「はちみつ この実」に使うストライプペポカボチャの
種を採る

巣枠を決して地面に置かない

巣枠に直接、蜂蜜を垂らして餌として与える群もある。

|「この群は、他の群より蜜が極端に少なかったのでね。やっぱり、蜂も働きに行くには、ちょっとご飯を食べないと」

ゆっくりしたペースで進む美永子さんと香代子さんの内検を見ていると、巣箱から取り出した巣枠を決して地面に置かないことに気付いた。もちろん巣枠を地面に直接置く養蜂家は少なく、大多数の養蜂家は地面に巣箱の蓋や麻布を置き、その上に巣枠を立て掛けている。しかし、更科養蜂苑のやり方は、巣箱の端の両側から突き出す金具を取り付けて、その金具に巣枠を引っ掛けている。この方法だと、地面とまったく触れることなく、土壌を通して感染する病原菌から蜂を守るには良い方法だ。

蜜蜂を越冬させる時に巣箱の上に掛ける布団を干す

ずぼらな蜂が居るんだなって

|「蜂を見てると、巣房の作り方が群によって違うんですよ。巣箱の掃除の仕方がね、ゴミをただ下へ固める蜂も居てね。ここまでずぼらな蜂が居るんだなって驚きですよね。ゴミを巣箱から持って出て、巣門の下に敷いてある板、あれ発射台っていうんですけど、その端まで持って行って捨てて、巣門の所まで帰って来て、ふっと立ち止まって気付いたんでしょうね。もっと遠くでなくちゃ駄目って。また、ゴミの所まで引き返して、もっと遠くへ持って行った蜂が居ましたね」

美永子さんが蜂を見る目は細やかだ。

蜜を採るより、蜂を飼うことを楽しむ

|「『元気だね』『どうしちゃったの』とかね、声掛けながら蜂を見てるのは好きなの。蜜しぼりはあんまり好きじゃないんだけどね」と、香代子さん。

蜜を採るより、蜂を飼うことを楽しんでいるのに、夏から続いた長雨のため、ダニにやられ、スズメバチに襲われていた。

岐阜の養蜂家から分けてもらった女王蜂の巣箱を覗き込む二人。

|「ちょっと気は荒くて色は黒いけど、アカシア系の蜜は良く採るから」

|「いやだーっ、温和しくて黄色い蜂が良かったのに」

採蜜する前から販売先を探すようにして始めた割りには、母娘の呑気な会話が続いている。

内検の結果、越冬のための餌を残せば、採蜜するほどの蜂蜜は溜まっていないことが分かった。今年の採蜜は全て終了ということである。

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