2016年(平成28年11月) 17号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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来年、一から出発です

未明から降り始め、11月としては長野市でも記録的な大雪となった24日の朝。長野市隣の須坂市に広がるりんご畑の一角、更科養蜂苑の越冬蜂場も10センチほどの積雪に覆われていた。

危機一髪だった。前日までに、全ての巣箱が遮熱シートを張ったパイプハウスに運び込まれ、「冬囲い」が終わったばかりである。

|「さびしいな今年は」

しょんぼりした調子で美永子さんが呟く。通常養蜂家たちが使用しているダニ駆除剤の耐性ダニが長野県域なのか全国的なのか発生して、蜜蜂の数が激減しているというのだ。

|「来年、一から出発です」と美永子さん。「アピバール(ダニ駆除剤)が効かなかったら、どうしよう」と、香代子さんも心配顔だ。

暴れるくらいだから、蜜集めてくるんだ

千曲川と犀川の合流地点の蜂場から、リンゴ畑の越冬蜂場まで巣箱運びを手伝ったのは、川上光正(かわかみ みつまさ)さん(73)と北村和彦(きたむら かずひこ)さん(71)だ。蜜蜂を飼った経験がある「蜂繋がり」の関係で、養蜂シニア6人のうちの2人だ。

河川敷の蜂場から巣箱を運び出す時、「今年は軽いな」などと言って運んでいたが、最後に残った巣箱の上には、美永子さんが近くの小さなセイタカアワダチソウを引き抜いて載せてあった。

¥「それは暴れる蜂」と、美永子さんが注意を促す。

|「あっ、これは重いや。暴れるくらいだから、蜜集めてくるんだ」と、川上さん。

|「ここに巣箱を返すのは、来年6月1日ごろですかね。アカシアの咲く時です」

千曲川の東北に連なる須坂市の山に、どんよりとした雲が掛かっている。

|「今日から冬ですね。あそこの山は雪降ってますよ。あそこの山が雪降ると平地も雪降るんで」と、美永子さんは幼い頃から育った気候風土に敏感だ。

蜜蜂の越冬準備が終わり畑で作業をする香代子さん

毛布で包みハトロン紙で包む

パイプハウスに運び込んだ巣箱は、18箱。秋口に河川敷で内検した時には30箱近くあったはずだが、2か月でまさに激減したことになる。

ハウスの中では、さっそく冬囲いの作業が始まった。美永子さんと香代子さんの2人が、巣箱の外側に断熱のために発泡板を入れ、越冬用の当面の餌として別にしてあった商品になりにくい蜂蜜を与える。群ごとの蜂の数によって巣枠の数を調整し、蜂たちが寒さに耐えられる密度を保つ。巣枠を覆うように新聞紙を入れて麻布を被せる。最後に、ダニ駆除剤の補助としてガーゼに包んだメントールクリスタル(ミントの結晶)を入れて蓋をすると、巣箱の冬支度は終わりだ。

巣箱の準備が終わると、川上さんと北村さんが2つの巣箱を並べて毛布で包み、その上をハトロン紙で包み紐を掛ける。その上をさらに麻布で覆うと、今の時期の冬囲いは終了だ。寒さが増してくると、この上に布団を被せるなど、追加の寒さ対策も考えてあるのだ。

冬囲いが終わり、安堵の表情をみせる美永子さん

外気と接する巣箱の端には断熱材を入れる

商品にしない蜂蜜を越冬の餌として蜂に与える

ダニ予防で越冬させる巣箱にミントの結晶を入れる

越冬させる巣箱を置くパイプハウスでは七輪で炭を燃す

冬囲いは巣箱を毛布で包み、その上をハトロン紙で包む

冬囲いをしながら、巣箱一つ一つの状況を書き込む

数を増やさないことで小まめな世話

|「巣箱をハウスに入れて、天井と北側だけ囲うんです。冬の間もちょっと暖かくなったら、1か月に1回くらいは巣門を開けてやらないと、便秘でお腹こわしちゃうんで、8℃くらいになれば一番良いんですけど。お日さまが出て6℃ぐらいになったら巣箱の蓋を開けて、上に掛けてある新聞紙とか麻布を七輪の炭火であつあつに温めて、その暖かいのを被せてやるんです。蜜蜂が室内の温度を上げるに体力を使うんで、それを出来るだけ使わないで済むようにしてるんです」

|「麻布を炭であぶってて、うっかりすると、たまに燃やしちゃうことがありますよ。たぶん、こんなことやってるのは、うちぐらいだと思います。巣箱の数は30から50ぐらいの間をウロウロしてるんですけど。数を増やさないことで、小まめな世話ができるというメリットもありますね。真冬には、要らなくなった布団を巣箱に被せて囲うんです。熱すぎるんじゃないかと言う人も居るんですけど、ほんとに試行錯誤なんです。うちはアカシアがメインでなくて、りんごをメインで始めるので、割りと早い時期にスタートするんですね。それで、立ち上がりを早くしたいというのもあって、そういう風にですね。1月中旬には女王蜂が卵を産み始めてますね」

美永子さんの蜂に対する愛情と営業戦略が一体となった越冬対策なのだ。

巣箱の冬囲いが終わってから、畑に残っていた大豆を皆で片付ける

冬囲いを手伝った養蜂シニアの川上さん(左)と北村さん

少し暖まると、お尻をヒクヒクさせ始めた

炭を燃やしている七輪で巣枠を温め、香代子さんが蜜蓋を削って餌として巣箱に入れている。「こうしないと(蜂が)蜜を囓れないから」。

作業をしている香代子さんのピンク色のヤッケに止まった一匹の蜜蜂。巣箱を飛び出したものの寒さで飛ぶことができない。美永子さんが人差し指で軽くピンとはね飛ばして巣箱に戻した。

美永子さんは巣箱の作業を終えるたびに、白板の図表に何やら書き込んでいる。冬の間の巣箱の戸籍簿である。巣枠の数や蜜蜂の状況、気になったことを書き込んで、来春に向けての巣箱の情報を管理するためだ。

白板に数字を書き込んでいた美永子さんの指に、巣箱を飛び出した蜜蜂が止まった。美永子さんは指を伸ばして、じっと蜂の様子を見つめている。

勢い込んで巣箱を飛び出したのは良いが、寒さで体が硬直しているのだ。ちょうど雲の切れ目から日光が差し込んできた。日光に当たって少し暖まると、お尻をヒクヒクさせ始めた。「次に触覚を掃除したら、飛び出して行きますよ」と美永子さんが言うと同時に、前脚で触覚をなぞるように2、3回擦ると、パッとハウスの外に飛び出して行った。

 巣箱18個の冬囲い作業は、ほどなくして終わった。安堵の気持ちが美永子さんの表情に現れる。昼食は、自家菜園の大根を煮込んだ香代子さん心づくしのおでんだ。

|「明日からマイナスだよ」。川上さんが誰に言うともなくパイプハウスの外を眺めて呟く。この日の夜は、犀川河川敷で第111回の歴史を誇る「長野えびす講煙火大会」が開催される予定だ。「だいたい、えびす講煙火大会には、雪がちらついたりするんですよ」。この朝、和勇さんが言っていたのを思い出した。

 

翌朝、りんご畑の中で蜂たちが越冬しようとするパイプハウスを訪ねてみると、一面を白い雪が覆い、昨日の風景とは別世界のように輝いて見えた。巣箱の様子をしばらく眺めていたが、物音一つしない。ぬくぬくの巣箱の中で蜂たちは、りんごの花咲く楽園の夢でも見ているのだろうか。

「第111回長野えびす講煙火大会」を見るため犀川堤防に案内してくれた美永子さんと家族

1万3千発の花火が打ち上げられ、約40万人が厳寒の犀川河川敷で拍手を送った

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