2017年(平成29年1月) 19号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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俺がやってきた蜂屋も無駄にならん

 古い農村の佇まいを感じさせる押渕集落の小径を抜けると、突然、真新しく明るい全面ガラス戸の店が現れた。蜂蜜やローヤルゼリーを販売する株式会社長谷川養蜂の店舗兼事務室だ。

 「うちは僕で3代目。親父の跡を継いで12年経ちましたね。ずっと個人事業でやってたんですけど3年前に会社にしたんです。その時に店も造って。親父が生きてれば会長様にしてあげたかったけどね。同じ家に住んでたんですが、『(蜂屋は)絶対やらない』って言ってたんです。蜂を触るのは怖くてできなかったんですけど、巣箱の移動の時だけは手伝ってました。親父が目に見えて弱ってくるんですよね。で、ある時、蜂場へ行く途中に崖沿いの狭い道があって、親父が巣箱を背負ったままそっから転げ落ちたんですよ。その時に、いよいよ親父も限界かなって。自分には蜂屋を継ぐ意識がどっかにあったんでしょうね。福祉関係の仕事を辞めて……。最初の1日目だけは『お前がやってくれれば、俺がやってきた蜂屋も無駄にならんで良かった』と言うてくれたんですよ。今思えば、もう2、3年前に始めてあげれば良かったのかも知れませんけどね」

 長谷川洋(はせがわ ひろし)さん(43)が、祖父確也(かくや)さんから父親の行生(ゆきお)さんへ受け継がれてきた長谷川養蜂を継ぐことになった経緯を話してくれる。傍らで母親の志津代さん(68)が言葉を添える。亡き夫の面影がよぎるのか、すでに涙声だ。

 「お父さん、言い出しかねてたんですよね。亡くなる前には『もう何も思い残すことはねえぞ。あいつはようやる。俺よりもようやるわ』って、病院でそう言いよったで」

行生さんが植えたチューリップツリーの切り株が庭に残っていた

巣箱を点検する洋さんと山本さんを岡崎さん(右)が見守る

蒸殺の可能性がある巣箱を点検する洋さんと木下さん(右)

JA多気郡の農家に貸し出している交配用の蜜蜂を点検に行く

イチゴハウス周辺の農道の水たまりは寒さで凍っていた

子どもが出来たけど、

どうにか食っていかなあかんで

 「僕が一緒に仕事したのは、ほんの2、3か月、結構ギリギリだったです。亡くなったのは、それから2年ほど後なんですけどね。59歳でした。仕事2日目からはもう凄かったですよ。親父は目が見えなくなってましてね。自分ではもう王がどこにおるか分からんのですよ。『王、探せ』言うて、忘れもしない2日目。巣板の中には働き蜂が一杯いるでしょ。その中に一匹の女王蜂じゃないですか。それまで女王蜂を見たことがなかったんですよ。王がどんな形をしているかも知らんわけですよ。それなんで、ずーっと巣板を見とるわけなんですよ。そしたらですね『いつまで見とるんや』って、もういきなり怒鳴られて。イヤイヤイヤ俺見たことないし、みたいな感じですよ。親父に危機感はあったんだと思います。自分が生きとるうちに一人前にしたいと思って、焦っておったんだと思いますね」

 大正5(1916)年生まれの祖父、確也さんが養蜂を始めたのは、昭和23(1948)年のことだ。この年に、長男の行生さんが誕生している。

 「お祖父さんが戦争から帰ってきて仕事がないわけですよ。蜂屋さんの良かった時代ですから、お金を巣箱に入れて運んだという話を僕も聞いたことありますけど、そんな話を聞いてやり出したんですよね。子どもが出来たけど、どうにか食っていかなあかんでって。最初に2箱だかを知り合いの蜂屋さんから譲って貰って、そこが始まりですね。うちの親父もまた、僕が生まれて1歳の時に、勤め仕事をしていた名古屋から帰ってきて、蜂屋を継いだんです。子ども出来たけど、このままで良いのかって感じやないですか」

 祖父の確也さんも父親の行生さんも、長男の誕生が養蜂家になるきっかけとなっている。

春だぞ、そろそろ目覚めろよ

 養蜂家にとって、1月は最も時間に余裕のある時だ。蜜蜂は越冬中で、ほとんど巣箱から飛び出すこともなく、春の日射しを待ちわびている状態だ。日中の気温が10℃ほどになると、「春だぞ、そろそろ目覚めろよって感じですよね。今は嵐の前の静けさで、のんびりしてますけど」と、洋さん。

 それでも1月は、11月初めから4月末までハウスイチゴの交配用に貸し出している中間点であり、蜜蜂を点検する時期が巡ってくる。

 風は冷たいが良く晴れた1月中旬。午前7時30分に出発してJA多気郡のイチゴ農家に貸し出している蜜蜂の点検に回る。蜜蜂の状態を確認し、ダニの駆除剤を入れ替え、餌として砂糖水を与える仕事だ。交配用蜜蜂の巣箱は、本来、巣箱内の温度が上がり過ぎるのを防ぐためビニールハウスの外に設置するのが良いのだが、蜜蜂がハウスの外にも飛び出して行くのを嫌ってハウスの中に設置する農家は多い。JA多気郡の職員の案内で、最初に訪れた岡崎順(おかざき じゅん)さん(66)のハウスでは、巣箱を外に設置して風雨を防ぐカバーまで自前で作ってくれていた。

 洋さんが蜂の状態を点検しダニ駆除剤を入れ替えると、長谷川養蜂の従業員山本周作(やまもと しゅうさく)さん(43)がすばやく砂糖水を餌箱に注ぐ。気温の低いこの時期、巣箱の蓋を開けておく時間をできるだけ短くしなければならないのだ。

蜜蜂は巣箱を出たら、まず紫外線のある方向に飛ぶ

 2番目に訪ねた林勝一(はやし かついち)さん(48)のハウスでは、巣箱を中に設置していた。それも3箱ともハウスの東側に設置してあるため、蜜蜂がハウス全体に飛んでいないことが判明。洋さんが巣箱の置き場所をアドバイスする。

 「蜜蜂は巣箱を出たら、まず紫外線のある方向に飛ぶんで、できれば太陽の出ている反対側に置いてもらえると、イチゴ全体に蜜蜂が飛んで行きますよ」

今の時期は、夏に使う巣枠を大量に準備しておく必要がある

巣枠の針金張りが今の時期の山本さんの主な仕事である

新しく作った店で父親の行生さんの思い出や養蜂の夢を語る洋さん

氏神穂原神社に参拝し「今年も一杯採れますように」と
願う

蒸殺という現象が起こったようだ

 3番目の木下清次(きのした せいじ)さん(68)は、洋さんたちが到着するのを待ち構えていたように蜜蜂の状態が良くないと訴える。さっそくビニールハウスの入口近くに設置してあった巣箱を点検すると、巣箱の中で大量の蜜蜂が死んでいるのが見つかった。木下さんの口調から、初めから状態の良くない蜜蜂を貸し出したのではと、不信感を持っている様子が窺える。実は、木下さんのハウスでは11月に蜜蜂を貸し出してから、すでに一度、蜜蜂を入れ替えているのだ。木下さんは、蜜蜂の状態が最初から悪いのに追加の蜜蜂の分まで費用を払うのは納得がいかないと訴えているのだ。洋さんは、仔細に巣箱を点検して原因を探ろうとしている。どうやら、蒸殺という現象が起こったようだ。蒸殺とは、何らかの原因で巣箱の中の温度が上がり過ぎて蜜蜂が熱死してしまうことだ。蜜蜂を運搬する際には巣箱の巣門を閉じるため、蒸殺の危険性と隣り合わせとなる。そのため養蜂家は巣箱の上に大きな氷の塊を載せるなど細心の注意を払うが、木下さんの例は原因が特定できない。

ほう、初めて見た。大きいな

 洋さんは、木下さんの訴えを聞きながらも、根気よく巣箱を置いてある状態や管理について、納得してもらえるように説明している。JA多気郡の職員も「うちの農協で50箱ぐらいお世話になってる中の2箱やから」と、助け船を出してくれている。巣箱の底に溜まっていた蜜蜂の死骸は取り出し、残っている蜜蜂でしばらく様子を見ることになった。

 木下さんが納得したのかは分からないが、巣箱を点検している洋さんに「女王蜂はどんなんか」と巣箱を覗き込むようにして話し掛けている。洋さんが探して教えると、「ほう、初めて見た。大きいな」と興味を示す。ようやく穏やかな雰囲気が漂い始めたところで、次のハウスへ移動だ。

 次のハウスでは辻美佳子(つじ みかこ)さん(62)が、巣箱を点検する洋さんの様子を心配そうに後ろから覗き込んでいる。蜜蜂の状態一つでイチゴの収穫に影響が出るので、農家にとっては気になるところだ。

 最後に訪ねた森田貴浩(もりた たかひろ)さん(51)のハウスでは、2番目に点検した巣箱の蜜蜂の数が減っていた。ここでも「巣箱はできるだけ外に設置するように」とお願いをすることが対策だ。帰り際に森田さんが、いかにも悔しそうに話し掛けてきた。「7年ほど前に猿にハウスに入られて、イチゴの先っちょだけ、美味しいとこだけ喰っていくんですよ」。農家の苦労が目に浮かぶ。

巣門を開け放しにするのは抵抗がある

 交配用蜜蜂の点検を終えた帰り道、途中の食堂で昼食をとっていると、店員さんが「お客さんの軽トラックの荷台から煙が出てますけど、大丈夫ですか」と、わざわざ伝えに来てくれた。荷台に置いてあった燻煙器から出ている煙だ。「大丈夫、大丈夫」と、洋さんと山本さんが苦笑いしながら顔を見合わせている。

 木下さんのハウスで蜜蜂が大量死していた原因について、洋さんの推測では、イチゴに農薬を掛けてから3、4日間は、蜜蜂をハウスの外に出して置かなければならないのだが、その時に何らかの事故が起こったのではないかということだ。農家にしてみると、巣門を開けておくと蜜蜂が逃げてしまうのではと不安があって、ハウスの外で巣門を閉じたままにしたのかも知れない。それは、蜜蜂は自分の巣箱に必ず帰る習性を知らないための不安なのだが、蜜蜂の習性を理解してもらうためには根気強い付き合いが必要なのだろう。

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