2017年(平成29年1月) 19号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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材料のええ方から取っていきたいんで

 翌日は、巣枠作りに忙しくしている長谷川養蜂木工部を訪ねた。責任者の田中一典(たなか かずのり)さん(55)は、大亀住建の社長で現在は巣枠作りを専業としている。

 「僕は木工部の3代目になるみたいやで。今の長谷川養蜂の社長(洋さん)の叔父さんの長谷川浩二さんがやってたのを受け継いだんやな。冬場は、蜂屋さんが蜜採りしませんやろ。その時に巣枠作ったりするんで、それで僕らが今忙しいんやな」

 田中さんは、工場の庭に積み上げてある巣枠の材料の寸法取りをしている。

 「材料のええ方から取っていきたいんで、根元の方から寸法を測っていくんですな。根元の方から寸法を取るんは、僕のクセかも知れんけどな。乾燥させた材料が来とんで、湿らしたくないんでね。早いとこ寸法取りを終了しとこ思うて」

 定規を当てて赤ペンで印を付けると、電動ノコで次々と切り落としていく。

 すぐ横の室内では、小林民奈(こばやし みな)さん(36)が、出来上がった巣枠の材料を検品しながら箱詰めをしている。小林さんが作業している後ろの壁に「×の見分け方」と書かれた白板が掛かっている。小林さんが自分で書いた検品の時の注意書きだ。

①キズとわれの区別注意 ②フシは多少OK ③われが微妙な時は手で広げてみる

④われ以外は×をせず2番 ⑤やすりでこすってなるべく1番、とある。

念入りに見らんとお客さんに悪い

 「巣枠の材料は、巣枠の上に使うオヤと下のシモザン、それに両側に使うタテの3種類です。オヤを101本、シモザンは103本、タテは205本を一箱に入れるんですけど、昔は杉とサワラを別々にやってたみたいですけど、今はミックスになったみたいですよ。杉材の場合は、色によって赤味を帯びた材はミックスにしないで、杉材として一箱にまとめて出荷します。ミックスが一番、杉はその次で、2番は半額。割れと虫喰いを一本一本点検して箱に詰めていきます。結構念入りに見らんとお客さんに悪いから。見過ごしたらどうしようと思って、プレッシャーですけどね。でも、1日はすぐ終わりますけどね」

 小林さんは、針の先で突いたような虫喰いも見つけ出す。根気のいる仕事だ。大きめの段ボール箱が一杯になった時、ふっと目を上げてすぐ前を流れる小川の対岸の茂みに目をやった小林さんが、弾むような小声で教えてくれた。

 「あそこの川の向こうに猿の軍団が居ることもあるんですよ、動物園みたいに。鹿が来ることあるし」

越冬するための巣箱を置く場所を整地する。

1年の間に孟宗竹が伸びていた

木工部の責任者田中一典さんがオヤに溝を付ける

巣枠のタテを作る行生さんの弟長谷川浩二さん

オヤの溝を一本ずつ田中さんが確認する

巣枠の材料を作る木工部の作業場

巣枠の材料を丁寧に点検する小林さん

昔の長男いうたらおかしいけどさ、絶対的

 翌日は、木工部がフル稼働していた。前日休みだった前の責任者長谷川浩二さん(64)も作業場に入ってヨコの材料を整えている。

 「この仕事をやりかけた(始めた)んは、53歳かな。その時には、もう、おいぼし(甥・洋さん)が養蜂の仕事しよったな。わしが来た時分に、ちょうど代替わりみたいなことやったな。兄貴(行生さん)は体が悪かったでな。おいぼしは、えらい(つらい)ことはえらかったでな。教えてもらう人がおらい(いない)での。直には教えてもらえへんでさ。わしらは5人兄弟で、一番上が行生、その下が女で次が僕。そいで又、女で、一番下が弟なんよ。男兄弟3人は端(はた)に居んのやけどな、女は名古屋と大阪に居んのや。兄貴は高校行ってんやけどさ、あとはみんな高校行ってえへんもんで。まあ、中学卒業と同時にもう就職して出てたわな。そいで家には居らへなんだわさ」

 「兄貴が(養蜂を)やっとる時には、全然手伝いに行かへんかった。その当時は僕は他の仕事しよったで。昔の長男いうたらおかしいけどさ、絶対的。長男坊はさな、兄貴兄貴で、ここらはみんな育っとうでさな。ほいでワンマンやったわな。糖尿が出てきて、気い付いた時には遅かったんさ。免許証の書き換えに行って、もう目が見えんでさ。書き換えが出来んでさ。それで目医者へ行ったら、糖尿の影響で病気になっとったんかな。それでもう、あっちゃこっちゃ悪なってきてんさな。気い付いた頃には手遅れやったんさな。あったんやろうでな自覚症状は。なんせ病院嫌いな人やったでな。歯医者も行かへなんだでな。わしらの時代は皆、我慢強かったでな。兄貴は、話は好きでな。1時間でも2時間でもしゃべっとんのや。その代わり、ちょっとカチンとくると怒りたくってくるでな」

深い絆で結ばれた養蜂家

 翌朝は、北海道の羽佐田康幸さん(「羽音に聴く」16号参照)が、越冬のために近くに蜜蜂を移動してくるというので巣箱を置く場所の整地に出掛けた。羽佐田さんは、洋さんが実質的に養蜂の技術を教えてもらい、北海道へ採蜜に行く時には面倒を見て貰っている深い絆で結ばれた養蜂家の仲間だ。洋さんと山本さんの2人で、一年の間に成長した孟宗竹を切り倒し、伸びたカヤを草刈り機でなぎ倒していく。雑草の伸びていた荒れ地が見る見るうちに蜂場の空間に様変わりしていく。

 「3か月は取りあえず親父と一緒にやったけど、全然分からんわけですよ。親父の仲間の人たちが色んなことを教えてくれたんですよ。僕の面倒を見てくれて、一人前になるまで3年4年と、時には羽佐田さんや他の蜂屋さんの所に手伝いに行ったりしながら。それで、ま何とか、自分で飯が喰えるようになったんですけどね。有り難かったですね。お世話になった蜂屋さんとは一生の付き合いをするでしょうし、夏に僕が北海道へ行けば一緒やし、越冬にはこっちに来てくれるし、言えば一年を通して一緒に居るんですよ。今の時期はのんびりしてますけど、結構しんどい商売なんですよね。一番しんどい5月6月とか、たまに電話して『おい、生きとるか』みたいな話が出来るんで。たぶんね、一人でやってたら、もうようせんかも知れんですね」

白滝権現近く。流れ落ちる清流が白滝となる

鬼ヶ城洞窟横で岩板が重なったような地層が見える

木工部作業所裏の空き地で雑草が夕陽に輝く

問屋が求めている蜂を持って行く

 のんびりした1月が終わろうとしている。1月下旬からはダニの駆除を始め、巣枠の上に花粉団子を乗せて、餌の砂糖水を少し与える。

 「春だぞ、そろそろ目覚めろよ、っていう感じですかね。餌をやって、団子をやれば、蜂はちょっと『春だ春だ』みたいに勘違いをするわけですよ。うちらの所だと、梅が2月の頭ぐらいには咲いてくるので、それに合わせてというところですね」

 2月3月になると、花粉交配用の蜜蜂を問屋に出荷する仕事が始まる。びっしりと蜜蜂が付いている巣板5、6枚を一組で出荷していく。その年の天候がどんなに悪かろうと、蜜蜂がどんな状態であろうと、問屋には約束の蜜蜂を必ず届けなければならない。

 「蜂は生き物なんで、それに天候も色々あるじゃないですか。そこは技術でカバーして、決められた日に、決められた数で、問屋が求めている蜂を必ず持って行く。そこが結構プレッシャーなんですけど、それを納めて帰る時は、すげぇ嬉しいですよね。やったったぜぇ、みたいな」

俺の掌の上で踊っとるだけやないか

 4月には、長野県へリンゴの花粉交配用に蜜蜂を運び、1週間で帰ると、いよいよ採蜜に突入する。

 「ターゲットにする花が、最初はミカンなんですよね。地元がミカンなんで。ミカンの採蜜の時に蜂の準備は完全に出来てないと。言い方は悪いですけど、蜂が一番大切な道具なんですよね。蜜蜂が準備出来てなかったら、蜂蜜は絶対採れないんで……。どんな年であっても花が咲く時には、蜂は準備万端でないと」

 「最初は課題だらけなわけじゃないですか。あれもこれも全部が課題ですよ。それを一個ずつ潰していって、5年ぐらい経った頃に、ああ、結構良い感じになったやんかと思える瞬間があって、ほんとに必死だったんですけど。でもね、親父が今、生きとったら、『お前一人前みたいな顔してるけど、俺の掌の上で踊っとるだけやないか』って、絶対言うんですよ。でもね、親父の頃からの課題が結構解決出来てるんで、生きてれば喜んだやろなと思いますね」

暖地性羊歯の北限地は蜜蜂の楽園

 木工部建物の傍らの小径を山の方へ少し進むと、左手の山の中腹に鬼が住んでいたという伝説が残る鬼ヶ城の洞窟と清流の流れ落ちる白滝の脇に白滝権現がある。鬼ヶ城付近は、昭和3年に国指定の天然記念物となった「鬼ヶ城暖地性羊歯」のアツイタ、キクシノブ、ナンカクラン、リュウビンタイなどの群落があり、この土地がそれらの分布の北限地となっている。

 長谷川養蜂の周りを見渡せば、山深い地域と勘違いしがちだが、南伊勢町は紀伊半島の先端に位置し、すぐ近くを流れる暖流黒潮の影響を受けた温暖の地だ。暖地性羊歯の北限ということは、冬に雪が降ることはなく気温が0度を下回ることのない証だ。蜜蜂にとっては越冬するに絶好の楽園と言える。そんな土地で養蜂を始めた長谷川養蜂の先人に先見の明があったのだ。

 山の小径を少し散策し、薄暗くなった頃、木工部に帰ると、小林さんが声を掛けるのをためらうほど真剣に一人で巣枠の材料の検査を続けていた。

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