2017年(平成29年2月) 20号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
蜜蜂約50群を越冬させている柳原蜂場を案内してくれた徹司さん。蜂場の雪は溶けて春間近を感じさせる
りんご畑に隣接する柳原蜂場は境にネットを張り農家の仕事に支障がないように気遣いをする
穏やかな日射しに誘われて蜜蜂が巣門を出入りする中、巣箱の温度が上がったためか、一匹だけ尻を上げて翅を振るわせ巣箱に風を送り込んでいた
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巣礎の両面を慎重に確認
翌朝、徹司さんは巣枠に巣礎張りをしていた。ラベルを貼っていた時と同じように座卓に向かって正座し、巣礎を慎重にセットすると、巣枠に張った針金に電流を通し熱を加えて巣礎を固定していく。張り終えた巣礎の両面を慎重に確認して針金が巣礎から浮いている箇所は、細い棒で針金をなぞるように押さえ、巣礎の中に埋め込んでいく。ゆっくりと慎重で確実な作業だ。
「徹司は年の離れた一番下の子どもなんで、亡くなった妻が溺愛したんですね。それで性格が優しいんですよ」と、盛司さんが言う。なるほどと納得のいく面もあるが、基本はやはり仕事に対する誠実さが、正座して行う姿勢や慎重で丁寧な仕事ぶりになって現れているのだろう。
人とのご縁だと思います
この日、昼から「なごみつ」蜂蜜を置いてくれている軽井沢の観光客が集まる「軽井沢ショッピングプラザ」内の店へ納品に出掛けた。長野市から車で片道2時間余。往復5時間掛けて納品しても、軽井沢の店に商品を置いてもらえるのは有り難いと徹司さんが言う。
「人の紹介だと置いて貰える確率は高いですね。軽井沢の店は1年半前から置かせて貰ってますけど、観光客の口コミで緩やかな上昇カーブを描くような商品になればいいなって思っています。紹介して戴いた店にしか今は置いてないです。人とのご縁だと思います。ご厚意なんです」
障子を通して柔らかい冬の陽光が入る作業室で、巣礎を張る徹司さん
蜂蜜のビンの蓋を包む和紙を切るのも、一枚一枚手作業で丁寧に行う
『信州はちみつバレー』構想
徹司さんには、北信濃養蜂場を育てていく戦略の他に、養蜂家としての大きな夢を抱いている。
「今では有名になった信州ワインの醸造所が千曲川沿いに集中して『千曲川ワインバレー』として展開しているんですよ。養蜂家も同じように連携して蜂場のある千曲川沿いに『信州はちみつバレー』を作りたいと思ってるんですよ。長野産のりんごが信州りんごとして名産になっているように、長野産の蜂蜜を全国区にしたいですね。事実、蜂蜜の生産量は北海道を抜いて長野県が全国一ですから、この実績をもっとアピールしたいんです。個々の力は小さくても、まとまれば力を発揮するんですよね。養蜂家の皆さんに呼び掛けるのは、まだです。創業2年目で、おこがましいと言うか、今のところ独りで思っているだけですけどね」
平成28(2016)年10月に発表された農林水産省のデータを見ると、蜜蜂の飼育戸数は趣味で飼っている養蜂家も含めて長野県が最も多い617戸となっている。蜂蜜の生産量と養蜂家の数が最も多い長野県だからこそ、徹司さんの夢見る『信州はちみつバレー』構想は可能性があるように思えてくる。
正座して巣枠に張った針金の状態を確かめる徹司さん
ラベルを貼った後は、和紙で蓋を包み紐で縛る
水より安い牛乳売って儲かるわけねえよ
徹司さんにとって実質的な養蜂技術の先生は、父親の盛司さん以外にはない。しかし、父と息子の間の関係は認識が微妙なのだ。食品会社の営業として長く勤めた経験のある盛司さんには、盛司さんがイメージする養蜂家の道があるのだ。
「安心安全な食品を生産する。それから、自然との共生の中で生産していることを消費者に認知してもらうことが大事だと思うんですね。この辺の山手の村がどんどん寂れているんですよ。もう休耕田になっているから、そういう土地を買ってアカシアなどの蜜源の樹を植えて、山林を育てろと、今ね、息子にね、言ってるんですよ。そうすると、理想的な安心安全な、消毒もない蜂蜜が採れるんですよ。アカシアの樹なんて4、5年も経てば大きくなっちゃいますよ。蜂の商売というのはね、案外いい商売だと思いますよ。付加価値高いし、生産性も高いですよ。私は乳業メーカーにいたんですよね。牛乳は、牛を飼って、牛が生産してくれるんですよね。私、言われたことがあるんですよ。『あんな大きな牛を飼ってね、水より安い牛乳売って儲かる訳ねえよ』って。そこまで考えなかったですよ、私。確かにそうだよな、あんな大きな牛に餌をくれて育てて、スーパーで売る時は水より安いよね。あれを見た時は、ほんとに愕然としましたね」
軽井沢のショッピングプラザに蜂蜜を納品する徹司さん。陳列もポップも全て自分で行う
柳原蜂場の片隅に咲いていたイヌノフグリが春の訪れを告げている
力士がね、他の相撲部屋に行って体で覚えてくる
「蜂もそうだな。蜂を働かせるというのは、蜂は自分で自分の餌を採ってくる。それが蜜なんですよね。それを人間がいただいちゃうわけですよ。ええ、それで収入を得るというのは、蜂さんに申し訳ない。蜂は可愛そうなもんですよね。大事にしてやらないとね。愛情持ってね。そういう気持ちがある限りは、蜂は幸せだと思うんですよ。力士がね、他の相撲部屋に行って体で覚えてくるように、息子もね、自分の業として苦労して学びたいと、そうなってくれると頼もしいけどね」
盛司さんの徹司さんに対する期待も心配も混じった微妙な心理が滲んでくる。
手がない家は蜂だけで授粉できる
取材最終日は、盛司さんの仕事の繋がりで花の時期に巣箱を置かせてもらう長野市大字吉(よし)地区のりんご農家倉澤昭光(くらさわ あきみつ)さん(74)を訪ねた。標高410mほどの吉地区の畑もまだ一面の雪に覆われていた。
雪を踏み締めてりんご畑に入ると、樹齢40年の大木が目に飛び込んできた。大地に両足を踏ん張って、体全体をうねらせて天を突くように枝を張っていた。どのりんごの木を見ても個性的で力強い。
「ここの畑に、りんご30本ぐらいだね。例年1月に雪の中で剪定を始めますね。今年は雪がなかったから、12月から剪定始めたけど、1月4日に大雪が来て、それからしばらくは休み。蜂を置いてもらっているから、近所からも大助かりだと言ってもらってますよ。蜂に任せるだけでなく人の手でも授粉はしますよ。でも、人手がない家は蜂だけで授粉できるから、有り難いって言ってますよ。蜂のお陰で全般的に実が付いていてくれるよね」
りんご畑に案内してくれた倉澤さんの言葉の端々に、盛司さんとの交流の深さが伝わってくる。ポリネーションのために蜜蜂を貸し出しているのではなく、りんごの花の時期だけりんご蜜を採集するために20箱ほどを、倉澤さんの畑に置かせてもらっているのだ。農家にとっては花粉交配をしてくれて、養蜂家にとっては蜜を集めてくれる。双方にウインウインの関係が成立しているのである。
花の季節に徹司さんが巣箱を置かせてもらうりんご農家の倉澤さん。「近所の農家からも大助かりだと言ってもらってますよ」
自宅2階の作業室で巣礎を張る徹司さんの眼差しは真剣だ。一つ一つの仕事を急がず誠実にするのが徹司さんの流儀である
倉澤さんのりんご畑でひと際存在感を示す樹齢40年のりんごの樹は、役割を終えて間もなく伐られる運命にある
標高410mの倉澤さんのりんご畑はまだ雪に覆われていた。例年、1月から雪の中で剪定を始める。画面左から倉澤さん、徹司さん、盛司さん
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