2017年(平成29年3月) 21号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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6年目には200万円超えたけんな

 試行錯誤を繰り返して16年。養蜂を続けてきた、その原動力は哲さんのどこにあるのだろうか。

 「思わんほど沢山蜜が採れた時には、ああ、えかったいうんがあるわな。蜂を飼い始めて5年目に100万円あって、6年目には200万円超えたけんな。こんだけ採れるんか思ったけんな。その時はやっぱ勢いがあったな。それが続けば良かったけど、ここ5年ぐらいは温暖化で採れんようになったけん。養蜂は皆がまねができん仕事なんでな。奥の深い仕事じゃ。誰にでもできん仕事というところが魅力があると思う。ぼくは職人じゃけ、技術的には自分なりに変えてやってきとるけんな。職人じゃなかったら色んなやり方はようせんと思う。百姓は駄目じゃけどな。百姓は女房の方が上じゃ」

 収入の為だけならば、他の仕事も選択肢にあっただろうが、偶然見かけた瓶詰の蜂蜜に惹かれて、養蜂の世界に入っていくには導く何かがあったはずだ。

 翌朝、ようやく巣箱の内検に付き合わせてもらった。昨日案内してもらった自宅前の丘にある杉岡蜂場の巣箱も12センチブロックの上に整然と載せられ、4箱か5箱ずつ段々に置いてある。段の北側に風避けの丈夫そうな衝立が建ててあった。

 「毎朝、巣門の蜂の状態を見て回るんです。女王蜂が死んだりすれば、ここへ出てくるしね。朝、大工の仕事へ行ったりするまで、ぐるーっと見て回る。家に居ったら、昼も見るし、晩も見るしするんじゃけどな。冬、寒い時には、蜂の死んだんが、ここへ固まってくるんじゃ。寒さでやられて餌が無くなった時には全部死んどるな。春、3月10日頃が一番餌がのうなって失敗することが多いんじゃけど、今年は何とか乗り切ったけん、もう大丈夫やろ思う」

 哲さんが、燻煙器で煙を吹き掛けながら巣箱の蓋を開ける。軍手の指先のような物の中に何かが入って、巣枠の上に置いてある。

 「ハッカ系のものが入っとる。匂いじゃな」

 アカリンダニ対策として、メントールを入れてあるのだ。

 「寒い時にゃ、ダニでな蜂がいっぱい死によったんです。それが今年は固まって死んどらんな。効果があるのかも知れん。温度が18℃まではええんじゃけど、それ以上になったら、(メントールを)外さないけんのです。これはちょっと気が荒い奴なんじゃけど、今日は寒いけん、温和しい。上の段の右側の群はちょっと傍に寄れんな。近くに寄れんぐらい刺す時には刺すな」

 「中学1年生の夏休みにな、ガラスは買うてくるんじゃけど、(標本)箱はお父さんが下駄を作るのに使いよった桐の板で箱を作って、箱の下に画用紙貼って、チョウチョやら捕ってな、針で刺してな、ナフタリン入れて昆虫採集を学校に持って行ったことはあるな。元々、昆虫は好きやったんかな」

今年は何とか乗り切った

哲さんの妻、神田美佐子さん

神田家の菩提寺である観音寺の賽銭箱は哲さんが自作して寄贈したものだ

神田哲さんと妻の美佐子さん、自宅庭で

自宅庭で哲さん。盆栽は妻の美佐子さんが買ってきたものだ

木工技術で表彰された時の楯を披露する

これが女王蜂です。ええ体しとるでしょ

 採蜜の時期ではないが、すでに重ねてあった継ぎ箱を外して、哲さんは横倒しに置いた。

 「こういう風にしとったら、蜂が下に落ちてこんのです。寒いけん、蜂が中へ中へ寄っていくんです。温い時にはドンと置けるんじゃ、蜂が下に落ちても這うて箱へ入るんじゃけど、皆とやり方を変えてやらにゃな」

 巣箱から巣枠を引き出してみると、巣房に蜜が溜まっている。

 「昨日は天気が良かったでしょ。それで蜜が入っとんのです。巣房の中で光っとんのが蜜です。砂糖水と採ってきた蜜とで、この春は卵を産んで増やすんです。去年の秋の蜜も残っとる。これは食べさせとかな、きれいな蜜が採れんですけん。これ、これが女王蜂です。ええ体しとるでしょ。こういうのがなかなかできんのです。これが一番ええ感じの女王蜂です。こういう蜂でなかったら卵をようけ産まんのです。これ翅切っとるんです。動きがゆっくりしとるでしょ。卵を産まん女王蜂は動きが速いんです。ちょちょちょちょ動くんです。そういうのは卵産みやせん、全然」

赤いんが入っとんが梅の花粉

神田木工所で鉋の刃を研ぐ哲さんに凜とした気配が漂う

研ぎ終えた鉋の刃を金槌で調整する

「駐在所だった建物を町の払い下げで5万円で買うた」と
哲さん

指物大工として独立して47年間、その間使った道具が並ぶ

 巣枠を引き出し、一枚一枚を丹念に見ていく。

 「よう見ると巣房の下が白うなっとる。卵を産んどんです。桜が咲き出したら、これが全部卵で埋まってくるんです、もうちょっとです。新しい女王蜂が誕生した時、卵を確認したら女王蜂の翅を切るんです。これを確認せなんだら翅を切ったらいけんです。交尾が終わって一週間か10日ぐらいしたら卵を産むんです。これが3日ぐらいしたら、幼虫の格好ができてくるな。卵を産む前はな、巣はきれいにします。ここらはまだ蜜が入っとるけど、蜜を取ってきれいに掃除して、それから卵を産み付ける。働き蜂が掃除をするんじゃ、きれいにな」

 「ちょっと赤いんが入っとんが梅の花粉。紅梅の花粉は赤いんですな。白いんも梅じゃけどな。菜の花とかカボチャの時は、黄色いわな」

 巣枠一枚一枚を丹念に見ていくと、蜜蜂の働く様子が浮かび上がってくる。養蜂家は、巣房が発している情報を読み取り、これからの作業の段取りを考えるのが仕事なのだ。

 

 巣枠を巣箱から出していくと、底に湿った砂状の汚れが少し溜まっていた。その汚れをヘラで掬い取りながら哲さん。

 「こういうことが養蜂は楽しいわな。ゆっくり自分のペースで落ち着いてできることがな。ま、ストレスも溜まらんしな。やっぱり人の仕事をやるいうのは難しい。やいやいやいやい言われる。これは自分のペースでゆっくりとやる年寄り仕事じゃ。誰が見ても、やってみたいないう感じがするわな。40年以上もやっとる人はゴムの手袋もせずに素手でするな。ようやるな思うて。最初に蜂を分けて貰うたおっさんも何にもはめずに一番安い面布をパサッと被っとるだけでやるんじゃ。見よったら手に刺したんじゃ。腫れる、やっぱしそりゃ腫れる。あの時に70歳代のおいさんじゃったんだけど。ようやるな思うて。息子は私にようするな言うけど。蜂を扱うのはやっぱしな勇気はいる。怖れると刺す。ちょっと手を引くようにしたら、そっちへくるな。今日ら寒いし、それほどでもないんじゃけどな。80歳までは、こがんして出来るからな。元気やったら。熊さえ来にゃ出来る。熊が来だしたらどうしようもない」

 

蜂を扱うのはやっぱしな勇気はいる

長年使うてきて愛着がある

 哲さんが鉋の刃を研ぎに行くというので、本業の指物大工の仕事の一端を見せてもらうために同じ町内にある工場を訪ねた。タイヤの丸い形に合わせた一文字看板が5つ「神田木工所」と大きく出ている。

 「建物は100年以上経っとんです。古いとこなんです。駐在所だったのを町の払い下げで5万円で買うたんです。5万円じゃったです。土地はうちのおかんの実家が持っとったんで祖父から100坪の土地も分けてもろて。結局、安う付いて。建物はボロです。わしがしただけでも47年になりますから。

 工場の中には、カバーで覆われた電動の木工機械が幾つも据わっている。哲さんが鉋を取り出した作業台の下には、他にも20丁以上がズラリと並んでいる。

 「使えんようになった鉋ばい(ばかり)じゃ。捨てるのが勿体ないけんな。押さえの方が長ごなってきて、研いだって使えりゃせん。もうここまでちびて、皆が見てびっくりしよるけんな。捨てるのは勿体ないけん。並べとうだけじゃ。長年使うてきて愛着があるというか。5、6万円出して、ええ鉋がもう一丁欲しいなと思うとる。女房に叱られるけどな」

死ぬまで指物大工の仕事

 哲さんは、金槌でカンカンと叩いて鉋の刃を外すと、窓際の砥石に向かってシューシューと鉋の刃を研ぎ始めた。静かな工場に砥石の上を滑る刃の音だけが聞こえる。砥石に向かう哲さんの背中が、気軽に話し掛けることをためらわせるように厳粛な雰囲気を漂わせている。その凜とした姿に、改めて哲さんの本業は指物大工なんだと認識させられる。哲さんは19歳の時、技能五輪に岡山県代表として出場したことがあるのだ。

 「岡山駅前の歓送会では県知事と握手したり警察音楽隊の演奏があったり、『神田哲くん頑張れ』と書いた大きな幟旗が出たりして恥ずかしいほどやった。両親の他に修業先の親方や仲間も見送りに来てくれたんじゃ。良い思い出です。修行しよった親方の厳しいんが良かったんじゃろな。その当時は、設計図の代わりに板にイロハを書いただけで家がでけよったんじゃけん。私らは家に入って目通りでスーッいったら、これはええ仕事しとるというのがすぐ判ります。ほんとは鴨居をちょっと上へ吊っとかないけんのです。その隙間があるかないか。木の使い方の善し悪しも出てきますし、鉋がよう切れとるないう感じも出てきますからね」

 「自分は死ぬまで指物大工の仕事をしてみたいんじゃ。それでも先輩の仕事を見ていたら、どっかで区切りを付けんと、ええ仕事はでけん。引き際いうんがある。職人は特にな」

 生まれ育った故郷を慈しみ、幼馴染みが暮らす近所との付き合いを大切にし、一つ一つの仕事と誠実に向き合ってきた哲さんの半生。それは単に指物大工や養蜂家という職業の枠を超え、哲さんが木や蜂と接する姿を通して、人の生きる範を現しているように思えた。

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