2017年(平成29年4月) 22号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
成長の良い群から蜂を割って新しい交配用蜜蜂の群を作る上村光信さん。他の巣枠と混同しないように女王蜂の居る巣枠は、
先に巣箱の外へ出しておく
元柿畑だった養蜂場の近くに咲く野いちごの花から花蜜を集める蜜蜂
「果樹園」蜂場の一角に停めた2トントラックの荷台で黙々と移虫作業をする光信さん
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ローヤルゼリーを舐め舐め仕事する
ぐいっと枝を横に張った柿の新緑が輝く福岡県うきは市吉井町。眼下の盆地に広がる市街地を見下ろす段々柿畑。その一角に停めた2トントラックの荷台で上村光信(うえむら みつのぶ)さん(46)が背を丸めて黙々と手を動かしている。女王蜂を誕生させるため、移虫針で孵化したばかりの幼虫を人工王台へ移しているのだ。幼虫の餌となるローヤルゼリーを王台に入れる時、光信さんはローヤルゼリーの付いた小さなスプーンを口に含んで舐め舐め仕事している。
「6月の始めに採蜜のために北海道へ移動するんですけど、その前にメロンの交配用蜜蜂を作って送り出しとかないかんのです。それに、地元の農家へ貸し出す柿の交配用蜜蜂も準備しないと。でも、今年は天気がおかしくてですね。まだ蜂の増え方が遅いんです」
光信さんは、どうにもならない天気と、近づく納期に、ジリジリと焦る気持ちを抑えて仕事をしているのだ。
孵化して1日から3日目の幼虫をローヤルゼリーを入れた人工王台に移虫する光信さん
蜂が増えているのを見るのは素直に嬉しい
孵化して1〜3日目の幼虫を移虫した人工王台を巣箱に収め、それから一週間ほどして女王蜂の居ない群の巣枠に一個ずつ貼り付けてやる。そうすると、産卵された日から数えて16日目には女王蜂が誕生し、数日後の天気の良い日に上空へ飛び出して交尾することになる。
女王蜂の交尾が終わると、蜜蜂群は放っておいても増え続けてくれるのだが、ここから交配用蜜蜂群として成長するには、生物の営みが進行する時間を待つしかない。北海道へ送り出す日までの時間と群が育つまでの時間を推し測りながら、光信さんは移虫作業に没頭していた。
「4月になって急に卵を産み始めてくれて、蜂が増えているのを見るのは嬉しいです。ホッとするっていう気持ちもありますね。今は女王蜂が盛んに卵を産んでくれて、一番嬉しい時期ですね。採蜜の時に蜜房が一杯になっているのも嬉しいけど、春、蜂が増えているのを見るのは素直に嬉しいですね」
巣房に卵を産み付ける女王蜂
孵化して1〜3日目の幼虫を人工王台に移虫する
蓋が出来て女王蜂の幼虫が順調に育っている人工王台
未交尾の巣箱をあんまり見ない方が良い
人工王台を数日前に入れた交配用巣箱の内検を始めた光信さん。前屈みになってテキパキと巣箱に向かう姿勢から、蜜蜂群を増やさなければと意欲に燃える気持ちが伝わる。交配用巣箱に入った2枚の巣枠を丁寧に調べ、女王蜂が居ることを確かめると、光信さんは巣箱の蓋に白チョークで「未」と几帳面な字を書いていく。
「未は未交尾の印です。あとは交尾待ちですよね。交尾したら卵を産むように巣を足してやらんとですね。交尾した女王蜂は腹のお尻の方が大きくなるので、すぐ判ります。交尾したら翌日から、もう卵を産み始めますからね。女王蜂が誕生したことだけを確認したら、未交尾の巣箱をあんまり見ない方が良いんですよね。あんまり点検すると交尾しないといいますよね。交尾するまでは放っておけって……。でも、見たいんですよね。交尾終わったかなって」
ほとんどの巣箱の蓋に「未」と書いていたが、時折「台」の文字を書くこともある。
「台の字は、女王蜂が誕生していない巣箱なんです。働き蜂が新しい女王蜂を受け入れてくれなくて、巣箱に入れた人工王台を噛み破るなどして女王蜂が居ない印です」
生き物は目で見て知る他ない
光信さんは、地元の高校を卒業した後、自宅から通える範囲にあった大手ハウスメーカーの工場に19年間勤めた。しかし、その工場が閉鎖されることになり、遠くの工場へ転勤を迫られた際、中間管理職の立場ではあったが退職を選択した。祖父の代から続く3代目の養蜂家となったのは、9年前のことだ。
「姉が2人居ますけど男は1人。長男坊は出ていくもんじゃないという意識はありましたね。周りの家も長男坊は残ってますもんね。勤めを辞めて蜂屋をやろうとした時、親父に『蜂屋やるわ』と言った覚えはないです。何と言ったのかな、良く覚えていないですね。工場の閉鎖がなかったらあのまま勤めていて、親父は蜂屋を止めていたかも知れんですね」
祖父の方次(かたじ)さんは、光信さんが高校生の時に亡くなり養蜂技術を直に教わることはできなかったが、父親の晋司(しんじ)さん(78)からはどの様に教わったのだろうか。
「3、4年は親父と一緒に養蜂をやったけど、親父からは言葉で教わったというより、実際にやってるのを見て覚えたという感じですね。親父もしゃべらないし、ぼくも話し掛けないから。本も読んだしネットでも調べたけど、生き物は、ほんと、実際に目で見て知る他ないですね。自分の経験が一番ですね。本というのは常識的なことしか書いてないですから。上手くいかない時の対応は、知り合いの蜂屋さんに聞いたりしますけど、親父には聞きたくないというのがありますね。何なんだろうね」
光信さんが養蜂家としても先輩の父親との微妙な距離感を吐露する。
女王蜂の幼虫が順調に育つ人工王台を見て顔がほころぶ
「北海道行くぞ」いう時には皆が手伝い
福岡県養蜂組合うきは支部に6軒の養蜂業者がある。
「近所に父の弟の叔父がやってる蜂屋と祖父の家系の蜂屋があって、うきは市の市街地に3軒養蜂屋があるんですよ。街の方が養蜂を始めたのは先ですね。皆が、仲が良いんですよね。『北海道行くぞ』いう時には手伝いに来てくれて、帰ってきた時にも皆で降ろしてくれて……。そんなんが、ほんと大切ですね。その後は宴会ですけどね」
女王蜂の誕生が間近になった人工王台を蜂を割った群に
入れる
晴天を無駄にしたくないので休憩なし
交配用蜜蜂を作る巣箱は、巣枠2枚と給餌箱を1箱入れただけの小ぶりの巣箱だ。「果樹園」と光信さんが呼ぶ見晴らしの良い段々柿畑の蜂場には、巣箱が23箱と25箱の2つに分けて並べてあった。交配用蜜蜂の内検を終えた光信さんは、時間を惜しむように富永地区東屋形(ひがしやかた)集落にある倉庫に帰り、昨秋まで使った巣箱の掃除を始めた。何日も雨が続いた後の貴重な晴れ間。休憩する間もなく働く光信さんは、この晴天を無駄にしたくないのだ。
「性格上、一つのことをずっと続けるのは苦手なんですよ」
コツコツと仕事をしながら冗談とも自嘲ともとれる言葉をぽつりと呟く。
花が遅れとるから蜂も遅れて
「昨年は結構蜂が悪くて、空き箱がいつもより多くて……。毎年、夏には北海道に居るんですけどね、昨年はその時から、もう蜂の状態が良くなくてですね。特にひどくなったのが、ここ3年ぐらい前から。蜂が居なくなったりして、どんどん蜂の数が減っていってですね。ウィルス説とかもあるらしいですよ。ダニが特に大きな要因ですね。ほんとは2段の継ぎ箱になって蜜を採る準備ができとる時期なんですけどね。今年は花が遅れとるから蜂も遅れて、まだ一段の状態ですもんね」
倉庫の庭に積み上げてあった空き巣箱の内側に付いた汚れを、バーナーの炎で焼いてハイブツールで掻き取っていく。
「巣箱には、蜜ロウやプロポリスなんかが、こびり付いているんです。蜂が噴いた時には蜂がムダ巣を作るんですよ。それがくっ付いていたりするんで、それを焼いて溶かすのと殺菌効果もあるんで掃除するのはバーナーが良いですね」
ボーッというバーナーの燃える音とハイブツールで巣箱を擦るシューシューという音が東屋形集落に響く。
小径を挟んだ向い側にある自宅から母親の直美(なおみ)さん(75)が、お茶とお菓子を持って倉庫の庭で作業している光信さんの傍に来て、黙って巣箱の上に載せて帰った。
女王蜂が正常に誕生した人工王台は丸くきれいな穴が開いている
誕生したばかりで未交尾の女王蜂が居る巣箱の印として
「未」を書く
太陽の光に透かすように卵を確認
「どうか?」と叔父の上村琢磨さんが「お宮の上」蜂場に
訪ねて来た
光信さんにお茶を運んで来た母親の直美さん。
「写真はだめ」
「門の下」蜂場のある柿畑で草刈りをしていた
父親の晋司さん
翌朝は、果樹園蜂場のさらに上にあり、光信さんが「本隊」と呼ぶ採蜜のための蜜蜂群がいる屋部蜂場の内検に向かった。2トントラック車幅で一杯になる柿畑の山道を、まるで乗用車を運転するように上っていく。山の中腹にある屋部蜂場も眼下にうきは市の市街地を見下ろす展望の良い場所だ。
「本来なら、これが皆2段(継ぎ箱)になってないといけないんですけど……」
単箱の巣枠を太陽の光に透かすように斜めに傾け、巣房の底に産み付けられている卵を確認している。準備してきた継ぎ箱を重ねると、下に巣枠を5枚、上に6枚入れて蓋を被せる。光信さんは蓋を被せる前、蜂を払うように巣箱の上縁をサーッと手でなぞっている。
どんどん卵産みよるから今月中には満杯
「ほんとは下の巣箱に卵を産ませるための空の巣枠を6枚入れて、上の継ぎ箱には蜜を溜めるための巣枠をボンと7枚入れたいんだけど、予備の巣枠が少ないんで、今のところは下に1枚だけ巣枠を足してるんですよ」
何箱目かの内検が終わると、光信さんは傍らの小石を拾って巣箱の上にそっと置いた。
「この子は増えきらないので、採蜜用には無理かなと思って、このまま交配用に行くかも……」
内検する光信さんは、蜜蜂を自分の子どものように思っていることが「子」という言葉から伝わる。横から巣枠を見ていると、巣房の中が光って蜜が溜まっているのが分かる。「桜(の蜜)が入ったから」と、光信さん。そして、「挿しとくか」と呟き、蜜が溜まるのを期待して空の巣枠を継ぎ箱に1枚追加した。
「こないだ1枚足して、今日1枚足して、もうどんどん卵産みよるから、今月中には満杯になるでしょう」
巣箱の色や形に歴史や地域が反映
光信さんが使っている巣箱は全て、真っ黒な防腐塗料が塗ってあり、板の年輪が浮き上がって見えるほど使い込まれている。「蓋に『方』の字の焼き印がある巣箱は、祖父の方次の代から使ってるものなんです。昔のものの方が材質がやっぱり違うんでね」。
巣箱に浮き上がった年輪が、上村養蜂園3代の堅実な仕事ぶりを映し出しているのだ。
上村養蜂園の巣箱には、もう一つ大きな特徴がある。蓋に大きく「7」と白い字で書かれてあるのだ。
「地元の柿の交配用蜜蜂は、うちら組合でまとめて出すんですよ。それで箱が分からなくなるんで、うきは地区養蜂組合のうちの番号を書いとくんです」
巣箱の色や形、書かれている数字に、養蜂家の歴史や地域の事情が反映されていることが分かる。
掃除の終わった巣箱を倉庫に運び込む
品質にうるさいメーカーで良かった
次に内検に向かった所は、久留米市田主丸町にある採蜜群の蜂場だ。筑後川河川敷の密生した竹林をぽっかり切り開いたような秘密基地を思わせる。光信さんの表情を見ていると、ここの蜜蜂群も増え方はもう一つのようだ。竹林の中の空間を真上から照らす明かりの中で、蓋を開け巣房の卵の状態を確認し、給餌箱に餌の砂糖水を補給し、次の巣箱へ移動する。次々と同じ作業を繰り返す。「無理やり」と呟いて、トラックの荷台から継ぎ箱を持ってきて単箱に載せる。継ぎ箱を載せて2段にした蓋の上に、落ちていたスギの小枝をポキンと折って載せた。「今日やったという印で、次に来た時に注意するため」と光信さん。
内検を終えた光信さんは、ここでも蜂を払うように巣箱の縁をサーッと手でなぞり蓋を閉め、念を押すように上からグイッとひと押しする。一つ一つの作業を確実に終わらせようとする作業習慣なのだ。
「品質にうるさいハウスメーカーで働いていたのが良かったのかも……。スピードも大事やけど、一つ一つをきっちりやっていく会社だったから」
「果樹園」蜂場で仕事を終えた光信さんが交配用蜜蜂の巣箱を数える
光信さんが「本隊」と呼ぶ採蜜用蜜蜂の育ち具合を見て継ぎ箱を重ねる
「お宮の上」蜂場で内検を終えた光信さんが、燻煙器と餌の砂糖水が入った一斗缶を持って次の蜂場へ移動する
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