2017年(平成29年5月) 23号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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蜜蓋を切る包丁はお湯で温めておく

蜜蓋を切ると蜜房にたっぷり溜まっているミカン蜜が見える

井川さんが遠心分離機で搾った蜂蜜を漉し器に移す

蜂柱の密度はさらに高まる

 蚊柱ならぬ蜂柱とでも言うのだろうか。蜜蜂の群れが一つの塊となって大宅芳信(おおや よしのぶ)さん(77)を取り囲むように飛び交っている。隙あらば攻撃しようとまとわり付く蜜蜂を無視するように、大宅さんが蜜房の巣枠をパッパッと素早く上下に動かし蜜蜂を払うと、蜂柱の密度はさらに高まっていく。

 長崎市新小ヶ倉の自宅から車で40分ほど離れた大村市の蜂場で、採蜜が始まったばかりだ。大宅さんが蜜蜂を払った巣枠を遠心分離機まで運ぶのは長崎バスの運転手をしている郷野等(ごうの ひとし)さん(69)。運ばれてきた巣枠の蜜蓋を切るのは大宅さんの自宅前に住んでいた川下勝好(かわしも かつよし)さん(76)、遠心分離機に蜜房の巣枠をセットするのは元トラック運転手の前田健(まえだ たけし)さん(66)、蜂蜜を搾った巣枠を遠心分離機から取り出し、搾った蜂蜜を漉し器に移すのは蜂場の近くに散歩に来ていて「蜂蜜を分けてもらってから」付き合いが始まった井川龍二(いがわ りゅうじ)さん(64)だ。大宅さんと、色々な係わりを持った男性5人が、役割分担をして採蜜作業を行っている。

漉し布の蜂蜜を採りにきて体中が蜜まみれになった盗蜂

農家から帰ってきた交配用蜜蜂群に女王蜂が居なくなっていた。
「変成王が誕生したのだろうか?」と、大宅さんは具体的に巣箱の蓋に記入していく

今年は粘りが強いごつあるね

 「盗蜂は来んやろ」と、巣枠を取り出している大宅さんが声を掛けると、「来とらんよ。今年は粘りが強いごつあるね。垂れ方の遅かよ」と、遠心分離機を回していた井川さんが返事する。

 数日前に蜂蜜の状態を見るため試しの採蜜はしたものの、本格的に採蜜するのは、この日が今年最初だ。この蜂場で採る蜂蜜はミカン蜜である。ミカンの花が終わった直後の5月中旬から、その年最初の採蜜を始めるのが大宅養蜂場のやり方だ。

 採蜜の終わりが見えてきた頃、巣枠を運んでいた郷野さんに大宅さんが尋ねる。「いま、何ぼいっとるね」。「11です」。「15まではいくね」。「出だしが悪かったけんですね」。

 搾った蜂蜜をポリタンクに溜めている。その本数の確認をしているのだ。最終的に大村市のこの蜂場では14本余を採蜜した。

 「面ば被っとって、ここば刺された。面の中に入っとったですね」と、郷野さんが顎の辺りを指で指す。郷野さんはその他に、頭の上と足の先も併せて3カ所刺されていた。大宅養蜂場の蜜蜂は攻撃性が強いようだ。

倉庫の中の巣枠を入れる空間を冬の間は密閉して、二硫化炭素のガスでスムシの被害を防ぐ

ああ花がさしたなあと思うて楽しかったですもん

 「私は長崎バスの運転手やったんですよ。60歳まで34年間ハンドル握っとったですよ。61歳から69歳まで指導員しとったです。新人を50日ばっか指導して営業所に戻すっとです。バスの運転手は5勤1休で、5日目は午後2時ごろには上がっとです。次の日は公休でしょう。その翌日は午後2時からの勤務ですよ。丸々2日間の休みがあっとです。その2日で蜂の仕事をしてきたです。観光バスやったら遠出や泊まりがありますもんね。それで断って、ずっと路線バスやったとですたい。バスを運転すっ時には、ああ花がさした(咲いた)なあと思うて楽しかったですもん」

燻煙器を準備して勇んで採蜜作業に掛かろうとする
前田健さん

各蜂場に設置してある土台に遠心分離機を金具で止める

巣枠を運ぶ係の郷野等さんの背中に体温を求めて蜜蜂が
集まる

私たちも刺されれば痛かとは一緒

「親父が日本蜜蜂を飼いよったですたい。その時の蜜の味を覚えとって今でも忘れんですもんね。俺どんが12、3歳の時ですかいね。前から(養蜂を)しようかとは思うとったですね。始めたとは22、3歳ぐらいやったな。バス会社に入る前だったから。伊木力(いきりき)の農家にミカン採りの加勢に行きながら、日本蜜蜂を庭先で飼うとったけんね。蜂は好きだったですね。養蜂は4群から始めたです。最初の年は割るばっかしですよ。蜜採り屋さんじゃなくて、蜂飼いさんとして頑張りよったです。次の年の3月になったら8群ぐらいになっとですたい。その時分はダニはそがんおらんやったですもん。その年にも少しは蜜が採るっですけど何升ぐらいですもんね。5、6年経ったら車の保険金を払うぐらいは採れよったかもね。その頃から仲間どんが加勢してくれよらしたもん。帰りには採った蜂蜜がもらわるっし、ドンチャンして帰らせよったですけんね。養蜂の先生ちゅうとはおらんとですよ。本なんか見てですね。見たり聞いたりですたい。やっぱ好きやったけん、できたっでしょうね。私たちも刺されれば痛かとは一緒と思うよ。でも、痛かとは言わんですもんね。日本蜜蜂は耳ん中にも入っていくとですたい。そがん時にはじっとしとっとですたい。どがんしようもないですもん。耳の穴が真っ直ぐしとるけん、剣(けん)が立たんで刺しやせんけん。そのうち出ていくとですよ。西洋蜜蜂は太かけん私の耳には入らんごつある」

鼻水や涙まで出てきた

 大村市の蜂場で採蜜が終わると、大村湾を見下ろす高台の蜂場へ移動して採蜜が始まった。ここの蜂場は、大宅さんが「大草2」と呼ぶ元ミカン畑だった所で、巣箱を置いた周辺に数本の大きなミカンの樹が終わりかけた花を付けていた。蜜源が直ぐ近くにあるにもかかわらず、ここの蜜蜂は大村市の蜂場よりもさらに攻撃性が強いように感じる。巣枠を巣箱から取り出している大宅さんや、巣枠を運ぶ郷野さんの周りには唸るような羽音を立てて蜂柱が立っている。少し離れて撮影している私の周りにも、密度は薄いが蜂柱が立つほどだ。ファインダーを覗く顔とカメラの間に蜜蜂が入り込むため面布が役に立たない。少しずつ静かに後ずさりして大宅さんとの距離を広げるのだが、移動する方向に2、3匹の蜜蜂が追ってきて顔の周りに纏わり付く。嫌な予感がする。

 花を付けたミカンの樹の近くへ行けば蜜源に気を取られて私から離れてくれるだろうと期待し、ミカンの花の傍らまで行くが、蜜蜂は私の顔から離れないでブンブンと羽音を立てて飛び回っている。仕方なく、大きなミカンの樹の下に潜り込みじっとしていると、やがて羽音は聞こえなくなった。

 しばらくして、蜜蜂の攻撃に耐えるようにうつ向いて巣枠を取り出す作業をしている大宅さんの近くへ行くと、再び顔の周りに蜜蜂が寄ってきた。いつまでも蜜蜂から逃げているわけにはいかないので、撮影を再開した途端、鼻の頭にピッと激痛。遂にやられた。急いでその場から離れたが、鼻の頭の左側がズンズンと重っ苦しい痛み。間もなく鼻水や涙まで出てきた。左顎にも厚ぼったい違和感を感じる。せっかく見晴らしの良い蜂場で採蜜作業をしているのに大宅養蜂場の仕事ぶりを撮影する意欲を奪われてしまった。

「労働」より「お手伝い」が馴染む

 大草2蜂場は、ミカン収穫作業の名残を示す農業用モノレールが設置されていた。遠心分離機を始め採蜜の道具類は農業用モノレールで運搬している。採蜜が終わり、道具を農業用モノレールで運び降ろすと、大宅さんが採ったばかりのミカン蜜を1キロ瓶に詰め始めた。大宅さんは、お手伝いへのお礼として、その日採ったばかりの蜂蜜を1キロ瓶で5本持ち帰ってもらうのだ。この日、4人の皆さんが一緒に行った採蜜作業は「労働」ではなく、大宅さんの仕事の「お手伝い」なのである。大宅さんが以前勤務していた長崎バスの後輩や近所の人や偶然に蜂蜜を介して知り合った人びとの協力は、確かに「労働」より「お手伝い」が馴染むのかも知れない。

 この日、午前6時集合で始めた蜂場2カ所での採蜜を終え、倉庫に蜂蜜を納め終えたのは午後6時30分だった。蜜蜂に刺された鼻の頭は、それ程大きな腫れにもならず痛みも和らいできた。この分だったら明日の採蜜も同行できそうだ。

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