2017年(平成29年5月) 23号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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「柔」がボリュームを上げて流れている

 さすがに長崎市である。上り下りの坂道が入り込む住宅地の一角に大宅さんの自宅は在った。翌朝、午前6時に集合すると、大宅さんはすでに全員分の弁当を準備して待ってくれていた。川下さんも真っ白の繋ぎ服を着て白長靴を履き、準備万端で待機している。「以前は、ここに住んどったと、家のすぐ前やから頼まれて5年前から手伝いよったつさ」。大宅さんの自宅前のアパートを指して言う。

 この日は、「大草1」と呼ぶ蜂場の採蜜だ。大宅さんの軽トラックに同乗させてもらい蜂場へ向かう。運転席では、美空ひばりの「柔」がボリュームを上げて流れている。「昔んとがね、私たちゃ良かと思うとですよね。美空ひばりの他は天童よしみや鳥羽一郎なんかが入っとうごとあっよ」と、大宅さん。蜂場までの4、50分、道中の楽しみなのである。

自主性を重んじる採蜜技術集団

 途中で、前田さんが合流し、郷野さんと井川さんは現地集合だ。作業が始まった時は午前7時になっていた。大宅養蜂場の蜂場は採蜜のための遠心分離機を設置する土台がコンクリートで造ってあり、四方を金具で固定すれば設置作業は完了する。蜜蓋を切る担当の川下さんは包丁を温める湯を沸かし、遠心分離機を担当する前田さんと井川さんは燻煙器を準備し、巣枠を置く継ぎ箱を設置する。大宅さんがミカン蜜の溜まった蜜房の巣枠を取り出し、郷野さんがその巣枠を一輪車で川下さんへ運ぶのだ。

 役割分担は決まっているようだが、誰に言われることもなく作業の遅れているところへ寄り添うように手伝いに行っている。自主性を重んじる採蜜技術集団である。自分の分担をこなしながらも全体の作業の流れを各人が把握しているのだ。

 全員が作業の配置に着いてから5分もすると、遠心分離機が回り始めるグッグッグッグッという音が聞こえてきた。

 「3分ちょっと回しよっですね」と、井川さん。年齢の若い井川さんは、遠心分離機で搾った蜂蜜を漉し器に移し、漉し器を通した後、ポリタンクに溜めた蜂蜜を軽トラックに積み込む力仕事が担当だ。

蜜蓋切りを担当する川下勝好さんが防具を着け道具を持って蜂場へ向かう

自家製の面部を付けて採蜜作業をする大宅芳信さん

郷野さんはうな垂れている

 「大草1」蜂場の採蜜は、午前10時前に終わった。続いて「伊木力・元釜」蜂場へ移動しようとした時、事件は起こった。

 郷野さんが林道の脇に停めた自分の車のキーを、トランクに入れたままロックしてしまっていたのだ。皆と一緒に「元釜」蜂場へ移動しないと作業に支障をきたすため、郷野さんが焦っている。携帯電話もキーと一緒にトランクの中だ。井川さんの携帯電話を借りてディーラーに連絡しようとするが、「気が動転して、ディーラーの電話番号も担当者の名前も思い出せない」と、郷野さんはうな垂れている。ようやくディーラーと連絡が取れて、JAFを呼んでくれることになったが時間が掛かりそうだ。大宅さんと川下さん、前田さんは先に「元釜」へ移動し、できるところまで作業を進めておくことになった。井川さんは携帯電話での連絡もあるので郷野さんと一緒に「大草1」に残りJAFの到着を待つことになる。

蜂場の権利を120万円で

大宅さんが皆のお茶と菓子パンを準備して農道で休憩する

 「元釜」蜂場は入口の農道から一段高い所にあるため、軽トラックでも入ることができない。遠心分離機をはじめ全ての採蜜の道具を運び上げなければならないのだ。巣枠を入れて運ぶ空の継ぎ箱、採った蜂蜜を入れておくポリタンク、燻煙器や包丁や漉し器などを運び上げ、最後に遠心分離機を3人で担ぎ上げて採蜜が始まった。大宅さんが巣枠の蜂を払い、前田さんが蜜房の巣枠を運び、川下さんが蜜蓋を切ると、前田さんが遠心分離機にセットする。やはり5人でやっている仕事を3人では忙しそうだったが、1時間ほどで井川さんと郷野さんが駆けつけた。

 「元釜」での採蜜も無事に終わった。すると、大宅さんが青い蜂蜜用の一斗缶を軽トラから持って来て、「これに蜜を口まで一杯に入れて」と井川さんに頼んでいる。「大草2」の蜂場に巣箱を置かせてもらっている地主さんへのお礼として渡すのだという。

 「一斗缶1本は24キロあれば良いんですけど、やる分はですね、口まで一杯に入れとくんですよ。他の地主さんには、その蜂場で採れた蜂蜜を3升差し上げて、借りてるお礼にしとるんです。巣箱を置く権利はお礼とは別で、大草1と2を併せた蜂場の権利を120万円で買ったんですよ。蜂場の近所にもお礼はしとかんとですね。ハウス蜂(交配用蜜蜂)を置いている野田蜂場近くの人には、蜂の糞で汚れるからと差し上ぐるし、元釜の奥の牛飼いさんに2キロを1本やるとは、蜂が行きやせんかなあと思って。早坂蜂場の地主さんには2キロを1本、地域の人には1キロを1本ずつ差し上ぐっとですよ。蜂がご迷惑を掛けるかも知れんですから、ご挨拶として持っていってます」

採蜜作業を終え手伝いのお礼として渡す蜂蜜を大宅さんが

瓶に詰める

この日の採蜜作業を終え安堵の表情を見せる大宅さん

採蜜の手伝いを終えて帰宅する郷野等さん

会社が我が家んごつあっとね

 人里から遠い蜂場では気にしなくても良い近所や地主さんへの配慮は欠かせないのだ。特に大宅さんの気配りには繊細さを感じた。それは、長年路線バスの運転手として勤めた経験に基づいているのかも知れない。

 「勤めに出よった34年間、無遅刻無欠勤でしたたい。その間に社長が2回変わって、2人の社長から従業員表彰をもらったですね。従業員表彰を2回もらった人はおらんでしょう。接客はですね。会社の責任ですからね。気を付けんとですね。仕事は真面目にすったい。私がお客さんからお褒めの言葉をいただいたとは研修資料に綴じてあっと。新入社員に読まするですとたい。辞めてかい何十年てなっとにね、まだ、会社が我が家んごつあっとね」

面布は自家製ですけんね

 大宅さんが長崎バスの運転手として勤めていた当時の凜とした姿が浮かんでくる。大宅さんが自らに厳しいのは会社勤めをしていたからという訳ではないようだ。養蜂一本の仕事になってからも自らへの厳しさは変わらない。

 「この面布は6、7年使いよっとじゃなかですか。もういっちょんとは、10年使いよりますけん。自家製ですけんね」

 多くの養蜂家が既製品の面布を使い捨てにしているが、大宅さんは自家製の面布を修理しながら10年余も使い続けているのだ。休憩時間や昼食の時のお茶も、自宅で淹れたお茶をペットボトルに詰めて蜂場に持って来ている。仕事への誠実な姿勢が、そのまま倹約精神になっているようだ。

遠心分離機を軽トラックから倉庫に降ろす

コンテナを利用した蜂蜜の貯蔵室で採蜜した日付と場所を
記入

採集した蜂蜜を貯蔵室に納め、この日の仕事は全て終えた

ミカンの蜂蜜が一番良か。さわやかで

 翌日は「伊木力・へこ」と呼ぶ蜂場での採蜜を行い、午前中で終了した。この日も手伝いの皆さんへ採集したばかりの蜂蜜を1キロ瓶に詰めて持ち帰ってもらっていた。

 「ミカンの蜂蜜が一番良か。さわやかで」と、嬉しそうに井川さんがひと言呟いて帰って行った。

 大宅さんも一巡の採蜜がひと区切りついたようだ。安堵の表情を浮かべている。

 「レンゲは済んだ。今、ミカン。ミカンが終われば百花蜜。百花蜜になれば蜜が黒くなっとたいね。1群で4升ぐらい入っとっですね。やっぱ4升か5升にならんと採られんですもんね」

 採集する蜂蜜の糖度を充分上げようとすると、同じ蜜蜂群の採蜜のサイクルを長くする必要がある。蜂蜜の品質へのこだわりも、バス運転手として勤めていた時代の誠実さをそのまま反映している。

 それにしても大宅さんは、現在77歳だ。採蜜用の蜜蜂群が140群。交配用蜜蜂が300群。これから大宅さんの養蜂場はどうするのだろうか。

 「あとは女王蜂さんと心中するんじゃないでしょうかね」

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