2017年(平成29年6月) 24号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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遠心分離機を買ったんです。

高いんですよ

 大人4、5人が両手を広げて抱えられるほどのイトスギ(糸杉)の巨木が、自宅入り口でロータリーの役割を果たしていた。樹齢は定かでないが、この巨木に宿している歳月が傳農家(け)の歴史でもある。

 傳農武和(でんのう たけかず)さん(40)が、田植えを終えた水田の広がる遠方を指差し、「小さくお墓が見えるでしょ。元は、あそこが家だったらしいです」と教えてくれる。

 6月中旬のこの日、花園蜂場で2度目のアカシア蜜を採蜜する予定なのだが、あいにくの天候だ。ポツポツと小雨が落ちている。

 「天気予報だと、もう雨は上がる筈なんですけど……。今年は、まったく天気に恵まれない。良い天気の下で仕事をした記憶がないですね。去年、投資したんですよ。遠心分離機を買ったんです。食品を扱うものなんで、やっぱりステンレス製なんですよ。70万円です。高いんですよ。今年、唯一良かったのはトチですかね。トチ蜜が終わってアカシア蜜なんですよ。アカシア、アカシアとアカシア主力でいってるんですけど、今年も見事に転(こ)けました。アカシアの花の匂いがしたというのは、今年は1日だけですね。蜂だけだったら、今年は食えないですよ。うちは農業もありますから……。こうして待っている間にも、蜜は減っていってるんですよ。(蜜蜂が餌として)食っちゃってますから。この雨が上がったら行きますよ」

 遠心分離機を積んだ軽トラックは車庫に入ったままだ。降り続く雨を眺めていた武和さんがため息交じりに呟く。「ああ、参った。参りました。前回、採蜜した時は良い天気で25℃超えましたね。正味2日間でしたね。アカシアの時に、こんだけ雨が続くのは初めてじゃないかな。今日と、明日と、もう2回やったら採蜜は終わりなんですよ。そうしたら、来年の準備と交配(ポリネーション)用の蜂作りなんですよ」

傳農家入口にそびえ立つイトスギ(糸杉)の巨木。

この巨木の樹齢が傳農家の歴史を物語る

倉庫前で採蜜の準備を終えても小雨が降り続くため、出発を見合わせて自宅に引き揚げる傳農兄弟

蜜蓋を切った巣板を受け取る悦子さん

拓磨さんが蜜蓋を切った巣板を手渡す

時代は健康ブーム、高齢化ですよ

 武和さんは、地元の国立大学工学部を卒業して大手ゼネコンに7年間勤めたが、転勤生活に馴染めず「三十にして立つ。うん、辞めよう」と、30歳を期して故郷に帰り、5歳違いの弟・拓磨(たくま)さん(35)と農業をしながら出来る仕事を模索した。

 「生き物自体には以前から興味があったんですよ。クワガタの養殖でも良かったんですよ。しかし、時代は健康ブーム、高齢化ですよ。参入する価値は充分あると踏んで養蜂を始めたんです。最初は、父親との繋がりで知り合いだった養蜂家の高橋芳行(たかはし よしゆき・次号で紹介予定)さんから2群だったか4群だったか、蜂を買ったんですね。それから蜂を増やしていったんですが、全滅したこともあります。手入れが悪かったためですね。10群ぐらいの時だったかな。それから、又、増やしていって……。そういう事があったからじゃないですか、蜂を見られるようになったのは……。忙しい時は忙しいけど、ずっと付きっきりでなくても良いじゃないですか。農業と養蜂を併業でやっていこうと……」

 武和さんは、スマートフォンの速報天気図を見て、「この雲が過ぎたら出発です。今日は27(群)あるんで、半分終わったところで休憩します。家族でやってると、1日(遠心分離機を)回しても50(群)。限界があるんですよ」

巣房の状態を見ながら蜜蓋を切る武和さん

巣箱から蜂蜜の溜まった巣板を取り出す武和さん(左)と拓磨さん。巣板からはみ出したムダ巣は蜜蜂群の勢いが良い場合に作られる

巣箱から離れた玉川の堤防まで移動し、面布を脱いで少しの間休憩する

採蜜作業の間、武和さんと拓磨さんはお互いを気遣い補佐するように仕事する

家族は仕事のリズムが合っていく

 空には雨雲が広がっているが、もう待ちきれないという感じだ。武和さんが拓磨さんに声を掛ける。「まだだか、(雨は)落ぢでるか。もう一息か」「ん、だな。おらは、バンで行けば良いべ」と、拓磨さんが応える。「んだ」。小雨が残る中、兄弟が先に出発すると、母親の悦子(えつこ)さん(64)が軽自動車の箱バンで続く。

 岩手県境の大深岳に源流を持つ玉川のほとりの花園蜂場には出発してから10分ほどで到着したが、すでに昼近くになっていた。拓磨さんが燻煙器を準備している間に、武和さんが遠心分離機の周りに蜜蓋を切る包丁や採集した蜂蜜を運ぶ透明のポリバケツなどを配置する。蜂場に到着するや、雨を気にする素振りもなく、熊避け電気柵の電源を切ると一気に採蜜モードに突入だ。

 軽トラックの荷台に設置されているステンレス製の遠心分離機は、昨年、武和さんが投資したという最新式のものである。回転を始めると同時に巣板をセットする内枠がパタンと側面に貼り付くように動き、回転時間の半分を過ぎたところで内枠が逆に回転して、反対側の蜜房から蜂蜜を搾る方式である。

 「これを導入するまでは9枚掛けで手回しですよ。一旦回し始めると止められないっすよ。それで巣を壊したことが何度もありますよ」

 武和さんにとって念願の遠心分離機だったのだ。武和さんが巣箱から巣板を取り出して蜂を払い、それを拓磨さんが燻煙器で煙を吹き掛け援護する。巣枠9枚一箱分の蜂を払い終わると、一輪車で遠心分離機まで運び、蜜蓋を切って悦子さんへ手渡す。巣板9枚の蜜蓋を切り終わる頃に、ちょうど武和さんが次の9枚を一輪車で運んでくるタイミングである。家族で仕事をするということは、意図せずに仕事のリズムが合っていくのかも知れない。蜂蜜の溜まった巣枠が3人の手を巡るように伝わって採蜜され、再び元の巣箱に返されていく。誰も声を発しない。声を出す必要がないのだ。

武和さんは人差し指で巣箱の周辺をそっとなぞり蜂を払ってから蓋を被せる

巣板を取り出す武和さんの表情が真剣味を帯びる

歳が離れてるからね。仲良いですよ

遠心分離機で採蜜したアカシア蜂蜜を漉し器に移す

採蜜の後の内検でも、お互いの頭をくっつけるようにして拓磨さんが、燻煙器で蜂を鎮め、武和さんの作業を補佐する

 採蜜が半分まで終わったところで休憩だ。巣箱から離れた玉川の堤防へ移動して面布を外した武和さん、「フーッ」と深く息を吐く。悦子さんが準備していたクーラーボックスの飲み物を、腰を下ろした兄弟二人が黙って飲んでいる。まもなく午後1時半になろうとしているが、昼食をとる様子はない。このまま最後まで採蜜を終えるつもりらしい。

 採蜜の後半も、武和さんと拓磨さんの呼吸はぴったり合っていた。武和さんが採蜜の終わった巣板を巣箱に戻すと、その上に拓磨さんが蜂の集ったドンゴロスをそっと被せる。続いて、拓磨さんが燻煙器の煙を吹き掛けて巣箱の周辺に居る蜜蜂を追い払うと、武和さんは人差し指で軽く巣箱の周りをなぞり、残っている蜜蜂を追い払ってから蓋を被せる。そのタイミングが兄弟ならではの阿吽の呼吸なのだ。

 遠心分離機から巣板を取り出していた悦子さんに、「普段から二人の仲は良いんでしょうね」と尋ねると、「歳が離れてるからね。仲良いですよ」と、そんなの当然でしょという感じで応える。

 採蜜は終わったが、武和さんの顔は冴えない。「書かないでくださいね」と、念を押された。武和さんには不本意な量の採蜜だったようだ。

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