2017年(平成29年6月) 24号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
採蜜を終えると一旦自宅に帰り、内検のために午後3時半ごろ再び花園蜂場に来た傳農兄弟。この頃になると青空が見え始めた
内検を始めてしばらくした時、拓磨さんが何やら急いで巣箱を離れた。面布の中に蜂が入って、うなじを刺されたようだ。武和さんが針と一緒に残っていた毒袋を抜いてやる
傳農家の自宅入り口に聳えるイトスギの巨木は、途中から何本もの枝に分かれて上へ伸びている
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雄蜂の巣蓋は切らない
「(養蜂を始めて)11年ですけど、過去最高の蜂群ができたのに、この雨ですよ。これで天気さえ良ければ最高だったんですけどね。あれだけの蜂ですから、天気さえ良ければ(1群当たり)最低でも4升は採れます。サクラ、リンゴ、トチ、百花、アカシア、うちはこの5種類。でも、今年は初挑戦で、この後、イタチハギを採ります。アカシアが思ってたように採れなかったもんですから」
負けん気の強い武和さんの一面が顔を覗かせる。
他にも、武和さん独自の考え方が反映していたのは、採蜜を終えて巣板を元の巣箱に戻す時だ。雄蜂の幼虫にダニが付いて増えていくため、多くの養蜂家は巣蓋を切って雄蜂の幼虫を巣房から出して巣箱に戻すのだが、武和さんは雄蜂の巣蓋を切らないのだ。
「雄蜂の巣蓋を切れば、働き蜂は、その始末をするじゃないですか。それは働き蜂にとって余計な仕事なんですよ。ダニ対策として雄蜂を切ると言いますけど、それ以前にダニ対策はしておくべきなんです。それに、ある程度は雄蜂が居ないと新王との交尾率も良くないですよね。働かない雄蜂が余計な餌を食べると言う人も居るけど大した量じゃないですよ」
言われてみればもっともな考え方だが、ほとんどの養蜂家は、こうは考えない。先人や同業者がやってきた慣例の養蜂技術について、武和さんは自らが考え、独自の理論で実践していることが分かる。
花園蜂場で内検する傳農兄弟。巣板を取り出す武和さん(左)を拓磨さんが燻煙器で補佐する
分封を防ぐために巣板に出来ていた王台を潰す
傳農兄弟が二人揃って、女王蜂が巣房に卵を産んでいるかどうかを確認する
花園蜂場での採蜜から2日後、巣箱に腰掛けてのんびりと
喜内野蜂場で内検をする
武和さんの面布越しに巣板に集る蜜蜂の状態を見る
巣板の真ん中に王台が出来ていた場合は、分封したか
王が殺されたかで、女王蜂の居ない可能性が高い
王台を潰しておかなければならない
採蜜を終えて一旦自宅に引き揚げたが、少し休憩しただけで、結局、昼食は取らないまま兄弟二人は再び花園蜂場へ向かった。続いて内検をするためだ。
採蜜の時には上の段の継ぎ箱から巣板を取り出すが、内検は下の巣箱の巣板を一枚一枚点検し、卵を産み付けている状態や王台の有無を確認していく。女王蜂を育てる王台が出来ている場合は、産卵を確認した上で王台を潰しておかなければならない。現在、産卵している女王蜂が居るのに新しい女王蜂が誕生すれば、働き蜂が旧王を伴って分封することになるからだ。
再び産卵をするようになっていた
丹念に巣板を見ていた武和さんが、一匹の女王蜂を見るように私を促す。しかし、その女王蜂は一瞬の間に働き蜂の群の中に紛れて姿が確認できなくなってしまった。
「今の女王蜂は2年生ですね。6日前の内検の時は産卵を確認出来なかったので、女王蜂が居なくなったと判断していたんですが、今日の内検で産卵を確認できたので、新王が誕生したのかと良く調べてみたら、旧王が居ましたね。前の内検の時には、何らかの理由で産卵が出来てなかったんでしょう」
つい6日前には産卵していなかった女王蜂が、その後、再び産卵をするようになっていたのだという。その原因は不明のままだが一件落着である。
継ぎ箱を外して横に置き、武和さんは巣房を覗き込むように丹念に見ていく。内検に気持ちを集中しながも、向かい合って燻煙器から煙を吹き掛け蜜蜂を鎮めようとしている拓磨さんの背中に集る蜜蜂を刷毛でそっと払ってやっている。
この日、武和さん兄弟が内検を終えた時は、午後6時近くになっていた。面布を被ってはいるが、目の前で羽音を立てて蜜蜂が飛び交う中で作業するのは気持ちの休まる暇がない。自然の中での仕事だからこそ天候に左右され、自然と共に生きる蜜蜂の生態リズムは待ったなしである。わずか半日ほどだったが武和さんの働きぶりを拝見して養蜂家の仕事の大変さを垣間見たように思えた。
ステンレスタンクから蜂蜜をビン詰めする武和さんの目が真剣だ
作業場と化した自宅座敷で蜂蜜のビン詰めを袋に入れる
ビンの底を右膝の布でクルリと回すように拭いて
翌々日に武和さんを訪ねると、自宅の座敷に一人座り込んで蜂蜜のビン詰めと出荷準備をしていた。「ビンに入れる量や品質管理の面を考え、他人に任せず自分でやるようにしています」と言う。武和さんのこだわりが、ここにも反映しているのだ。ステンレス製のタンクからアカシア蜂蜜をビンに詰めている。ビンの口ギリギリでピタッと蜂蜜を止める。真剣な武和さんの目つきが集中力を物語る。ビン詰めを終えると、ビンの底を右膝の布でクルリと回すように拭いてOPPフィルムの袋に入れてテープで止める。そんな一連の仕草が、武和さんにとって手慣れた作業であることを窺わせた。大きなイベントがあって大量のビン詰めを準備しなければならない場合も、日程を逆算して予定を立てて全て一人でやるのだから「自分でやる」ことへのこだわりは相当強いのだ。それでも、袋詰めしている途中で時折、気分転換を図るように「フーッ」と深く息を吐いている。ひょっとしたら武和さんは、この様な室内仕事を苦手としているのかも知れない。
この日、武和さんは「道の駅なかせん」に併設されている「こめこめプラザ」に出荷した後、喜内野蜂場と栗沢蜂場の内検を行った。
分封したか、旧王が殺されたか
喜内野蜂場での武和さんの内検は、ゆったりとした雰囲気で行われた。採蜜をしている時は蜜蜂もせっかく溜めた食料を盗られているのを感じるのか攻撃的になりがちだが、内検の場合は特に攻撃的になることは少ない。武和さんは巣箱に腰掛けて巣枠を取りだし、じっくりと巣房の中を観察している。
「この群は立派な王台から新王が生まれてますね。この前の内検の時は旧王が居ましたから、たぶん中で蜂が爆発した(急激に増えた)んでしょう。小っちゃい幼虫が居るから、分封してまだ3日目とか、つい最近ですね。自然更新の可能性もあり得るんで」
分封して旧王が居なくなっているようだが、武和さんに焦る様子はない。分封していたとしても、それなりの数の蜂が残っていれば大きなダメージにはならないからだ。別の巣箱を見ている時に、巣板の下の方ではなく巣房が並ぶ真ん中に王台が出来ている巣板を見つけた。
「巣板の真ん中に王台が出来ている時には、分封したか旧王が殺されたかで、王が居ない可能性が高いんですよ。そうなると『あーあ』と言って内検は終わりです。王が居ないので王台を潰す必要がなくなるので、内検をしても意味がないんですね。分封しても、それなりの数の蜂が居るんで、分封したとすぐに分からないんですよ。おかしいなーってもんですよ。今年は、最高の蜂が出来ているんですよ。それでも蜜が採れないっていうのは自然条件が悪かったというしかないですよね。想定の範囲内です。ほぼ採蜜が終わった時なんですけど、それでも分封は痛いちゃ、確かに痛いです。1週間と空けずに見てるのですけど分封する時にはしますからね。蜂がその気になったら止められないですよ」
ビン詰めするためのステンレスタンクに蜂蜜を移す
脚に花粉を付けた蜜蜂がヒメジョオンの花の花蜜を採ろうとしている
武和さんが「うちの主力作物」と言うネギ畑の奥に、スギに囲まれた傳農家がある
この日の作業を終えた午後6時半ごろ、沈む直前の夕陽が主力作物のネギを照らし出す
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「道の駅なかせん」に併設されている「こめこめプラザ」で、容器にラベルを貼って出荷する
楽園へ行く気分なのかも
武和さんは翌日、車を停めてから山の中を1時間も歩かなければならない所まで、山菜の中でも人気の高いネマガリダケ(チシマザサ)を採りに行くのだと言う。
「熊に気を付けないといけない所なんですよ」と、言いながらも表情は心なしか晴れやかだ。ゼネコンでの仕事に馴染めず、故郷の自然の中で養蜂を始めた武和さんにとって、熊が出没するような深い自然の中へタケノコを採りに行くことは、楽園へ行く気分なのかも知れないと思った。
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