2017年(平成29年6月)24号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

 編集:ⓒリトルヘブン編集室〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203

 宮崎市の繁華街にあるボンターブルを約束の時間に訪ねると、桑原研郎シェフは心なしか不安げな顔をして「今日は自信ないです。もし失敗したら明日もありですか」と、いきなり弱気な事を言い始めた。

 「今日、ちょっと時間が掛かるかも知れないんです。オーブンでじっくり焼く料理なんで、だから失敗しないようにしないと……」

 何やら新しい料理に挑戦しようとしているらしい。

 「これ豚の肩ロースのブロックなんです。ブロック肉を切り離さないように右と左から水平に交互に包丁を入れて、平たい1枚肉にします。その上に詰め物を置いてクルクル巻いて、オーブンで焼きます。料理の名前ですか。今から考えます」

 まだ名前もない料理なのだ。

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    「今回は食材が多いです。ハーブがタイムとローズマリーそれにディル。ニンニク、タマネギ。今日はちょっとおしゃれに紫です。後はパン粉とレーズン、赤ワイン、いや、白ワインにします。それに蜂蜜と塩、コショウですね。豚の肩ロースは600グラムありますからね、結構な量ですよ」

     研郎シェフが調理台の上に次々と食材を並べていく。ハーブを袋から出して皿に置いただけで香りが漂ってきた。

     「順番としてはレーズンをワインに浸けて、柔らかくしておきます。続いて豚の肩ロース肉に包丁を入れて平たく広くしたいんですが、切り離してしまったら失敗。慎重にいきます」

     ブロック肉の厚みの面が上になるように置いて、研郎シェフが縦に包丁を入れる。切り離さないように慎重に真ん中を切ると、パカッと左右に開いた。それを上下逆さにして、右半分の真ん中と左半分の真ん中に、同じように包丁を入れていくと、4枚が繋がり、平たく広い肉が出来上がった。研郎シェフは「フーッ」と大きい息を吐いて、ひと安心の表情だ。

     「巻きやすいように縦に切れ目を入れてから、塩、コショウをします。塩はゲランドの塩です。裏もします。これでしばらく置きますね。その間に詰め物を作ります。オリーブオイルを熱して、ニンニクのみじん切りを炒めます。香りが出たらタマネギのみじん切りを炒めます。ハーブを細かく切っておきますね。ローズマリーは自宅で作ったものですけど、タイムとディルは買ってきました。うん、良い香りがしてきた。ディルはめっちゃ香りが良いですね。ハーブを炒めます。レーズンと白ワインも入れます。そして、ここに蜂蜜を大さじ1杯くらい入れます。塩味と甘味のバランスですよね」

     詰め物は短時間で完成だ。

     「もう出来ました。これからですね、心配なのは。ああ、不安。もう後戻りできない。香りは最高。エイッてやっちゃいますね」

     平たく広げた豚の肩ロース肉の上に出来たばかりの詰め物を置き、ロールケーキの要領で巻いていく。しかし、巻くたびに横から詰め物が飛び出してくる。

     「溢れちゃうもんな。よし、溢れても良い。巻いちゃう」

     たこ糸で縛りながら「よし!」と、研郎シェフが自らを鼓舞するように声を出す。

     「だいぶ詰め物が溢れましたね。ワイルドなイメージになりました。これで焼きます。天板でなく、深バットで焼くんです。このバットに香味野菜のニンジンとタマネギとセロリを乱切りにして敷き詰め、そこに野菜がヒタヒタになるくらいの水を入れるんです。その上に肉を乗っけてスチーム状態で焼きます。敷いた香味野菜は食べないですよ。香り付けです」

     深バットに香味野菜の乱切りを敷き詰めてから水を入れ、たこ糸で縛り円筒形になった豚の肩ロース肉を載せ、蜂蜜をたっぷり掛けていく。

     「これで照りが出るんです。大さじ2杯くらいかな。これにディルを細かく刻んで上から振り掛けます。この香りが良いんですよ。野趣溢れる料理になったな。けっこう優しい香り。もうちょっと肉を薄くしたら巻きやすかったですね」

     ようやく安心したのか、研郎シェフが饒舌になったような気がする。

     オーブンの予熱は200℃に設定し、見当を付けて30分にタイマーをセットした。

     「様子を見ながら時間延長もあります。こんなに沢山のハーブを使って料理をすることって、そんなにないですよね。これまでローストビーフを作ってきたんですけど、マンネリ化してきて、つまんないから、何かないかって思ってたんですよ。そしたらイタリア人シェフのレシピに蒸し焼きにするローストポークを発見して、自分なりにアレンジしてみたんです。『水か!』って思いましたね。料理への好奇心は尽きないですもんね」

     そんな話を聞いていたら、30分はすぐに経った。オーブンの扉を開けると、ハーブの香りが一気に厨房に満ちてきた。研郎シェフが竹串を刺して火の通りを確認している。

     「良い香りがしますね。火は通っていますけど、もう少し焦げ目が付いても良いですよね。もうちょっと加熱しましょうか。あと15分いきましょう」

     焼き上がった円筒形の「豚肩ロースのスチームロースト」を盛り付けようと、輪切りにしていた研郎シェフが「ありゃ、詰め物が片寄ってる」と呟いた。

     赤身の部位と脂身の部位を別々に戴いた。率直に言って、赤身は少々パサつく感じがあったが、脂身はとろけるようで濃厚な存在感を示しながらもしつこくなく胃に負担を感じさせない。ハーブの力なのか、驚きだ。後で研郎シェフが、深バットに残っていた肉汁や野菜汁が溶け出した液を煮詰めてソースを作ってくれたが、これも又、コクのある良い味を出していた。このソースを赤身に添えることで完璧な1品になってると思えた。料理で香りの果たす役割の大きさを再認識させてくれた研郎シェフの挑戦だった。

    桑原 研郎(くわはら けんろう)

    1976年生まれ。2003年に宮崎市で開業した「ボンターブル」のオーナーシェフ。イタリア料理を中心に、欧州料理を書籍や食べ歩きをして独学で学ぶ。「県産野菜のバーニャカウダ(北イタリア料理・暖かいソースの意)」が、宮崎市健康増進課の「伝えたい健やかなおとなメニュー」に選定。地産地消にこだわり、安心で健康な料理を作ることを目指している。

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