2017年(平成29年7月) 25号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203

川の向こう側はずーっとアカシア

 八乙女山蜂場の採蜜は順調に進んでいる。1時間30分ほど経ったところで小休止。三郎さんがすぐ近くを流れる玉川へ私を誘ってくれた。

 「サクラマスとアユで有名だ。もうちょっと若い時は、木の船があったからな、アユ捕りしたよ。奥羽山脈の水がここへ来(く)んだ。水が綺麗だから、ここの蜂蜜は美味しいって言うよ。川の向こう側はずーっとアカシア」

 採蜜を再開して間もなく、芳行さんが巣板を巣箱から取り出しながら、私に教えるように呟いている。

 「蜂児が多いな。ちょうど良い蜜の量だと、蜂児が多くなんだ」

 遠心分離機を担当している恭子さんは、蜜蓋を切っている三郎さんと直美さんを励ますように声に出している。

 「最高だ。こりゃ今年一番だ。昔は、こういうのばっかりだったね」

 蜜蓋を切った巣板を恭子さんへ渡すことに気を取られた三郎さんが、巣箱から運んできた巣板が並べてある中ほどから引き抜いて蜜蓋を切ろうとすると、直美さんから「真ん中からすれば、どっちやったか分かんねべ」と、注意されている。少しは疲れが出てきたのかも知れない。

 「ラスト10」と、皆に伝わるように芳行さんが大きな声を出す。恭子さんが軽トラックの荷台から下り、近くのオオバコの葉をちぎってしぼった蜂蜜を溜めている一斗缶の把手に挟み込んだ。

 「あれ一個だけ、蜜があけく(赤く)なってたもん」

 八乙女山蜂場での採蜜は全て透き通った色のアカシア蜂蜜のはずだったが、他の花の蜜を集めてきた変わり者の一群が居たようだ。恭子さんは、遠心分離機から流れ出てくる蜂蜜の微妙な変化にも敏感に対応している。

実家の納屋が芳行さんの仕事場になっている。採蜜したばかりの一斗缶に入った蜂蜜もここに運び込む

王さんが居ない

寿命が尽きたんだな

 巣板を取り出し、蜂を払ってトラックの荷台まで運ぶ作業を1人でやっている芳行さんが、巣板を見つめて首を捻っている。

 「蜜だけ入ってて卵が無いもん。王さんが居ない。寿命が尽きたんだな。だから、王台を一つだけ残したんだ」

 独り言の後の方は私に説明するように話す。

 一般的に養蜂家は採蜜の時期には、下の巣箱と上の継ぎ箱との間に隔王板を挟み込み、働き蜂は通過できるが体の大きい女王蜂は通過できなくして、産卵を下の巣箱に限定することで、働き蜂が蜜を溜める継ぎ箱のスペースをより多く確保しようとしている。しかし、芳行さんは隔王板を使わず、巣板の中央付近に卵が産み付けられ、その周辺に蜜を溜めさせるようにしている。

 「採蜜がトチから始まってアカシア、イタチハギ、それにクリと、期間が一ヶ月以上と長いもんだから、その間、隔王板を掛けていれば卵が少なくなって、夏過ぎると群の勢いが弱る可能性があるもんね」

 蜂蜜を効率的に採ろうとすると隔王板は有効だが、地域性を考慮すると芳行さんのやり方にも一理あるようだ。

糖度82.5度、すごいな

採蜜を終えて実家に帰り着くとすぐ、採蜜の道具や衣服も
全て洗う

八乙女蜂場の地主さんが近くの栗畑の仕事に来ていた

トラックの荷台で作業台にしていた合板も洗って干す

八乙女蜂場で採蜜した蜂蜜の糖度を測ると82.5度だった

再び産卵をするようになっていた

  丹念に巣板を見ていた武和さんが、一匹の女王蜂を見るように私を促す。しかし、その女王蜂は一瞬の間に働き蜂の群の中に紛れて姿が確認できなくなってしまった。

 「今の女王蜂は2年生ですね。6日前の内検の時は産卵を確認出来なかったので、女王蜂が居なくなったと判断していたんですが、今日の内検で産卵を確認できたので、新王が誕生したのかと良く調べてみたら、旧王が居ましたね。前の内検の時には、何らかの理由で産卵が出来てなかったんでしょう」

 つい6日前には産卵していなかった女王蜂が、その後、再び産卵をするようになっていたのだという。その原因は不明のままだが一件落着である。

 継ぎ箱を外して横に置き、武和さんは巣房を覗き込むように丹念に見ていく。内検に気持ちを集中しながも、向かい合って燻煙器から煙を吹き掛け蜜蜂を鎮めようとしている拓磨さんの背中に集る蜜蜂を刷毛でそっと払ってやっている。

 この日、武和さん兄弟が内検を終えた時は、午後6時近くになっていた。面布を被ってはいるが、目の前で羽音を立てて蜜蜂が飛び交う中で作業するのは気持ちの休まる暇がない。自然の中での仕事だからこそ天候に左右され、自然と共に生きる蜜蜂の生態リズムは待ったなしである。わずか半日ほどだったが武和さんの働きぶりを拝見して養蜂家の仕事の大変さを垣間見たように思えた。

 「あと7つ」と、芳行さんが大きな声で3人に伝える。

 「お、おっ」と、誰ともなく声が上がる。

 「明日もアカシアだべ」と、直美さん。

 「大曲もアカシアだ」と、恭子さんが応えている。

 八乙女山蜂場の採蜜は終盤に掛かっている。頭の中はすでに明日の採蜜の段取りに移っているようだ。

 最後の巣箱から巣板を運んできた芳行さん、トラックの荷台に積まれた蜜の入った一斗缶の数を見て「よく採れたな」と、誰に言うともなく声に出す。

 それに応えるように恭子さんが、「C組、よく働いたわ」。芳行さんも「今年は川端が良い。山、だめだ。リンゴも川端良かったもん」と、満足そうである。

 採蜜を終えた巣板を巣箱に戻しに行った芳行さんが、新王が生まれたばかりの群の王台から新たに、まさに今、顔を出す女王蜂を偶然発見した。その生まれたばかりの新王を、先ほど女王蜂が居なかった群に移した芳行さんは、「新王だから、馴染みますね」と、ホッとした表情だ。

 最後の蜂蜜が遠心分離機から出ているのを見ていた芳行さん、「粘っこい。流蜜は細かったけど、期間が長かったから。糖度は限界83度ぐらいあるんじゃねえか」と、採蜜が終わった安堵感もあるのか声が弾んでいる。

 糖度計を覗きながら芳行さんは、「82.5度、すごいな」と、嬉しそうだ。

 その間にも、蜜蓋を切っていた三郎さんと直美さん、遠心分離機を担当していた恭子さんは後片付けに集中している。

 「仕舞うの早えなぁ」と、直美さん。皆が一斉に笑い声を上げる。

 「手ぇ洗う人」と、水の入ったポリタンクを傾けて、直美さんが呼び掛ける。面布をとり手袋を外しながら、誰もがほっとして、晴れ晴れとした表情を見せている。

花館蜂場で採蜜した翌日、芳行さんが産卵の状態を内検する

花館蜂場はA組だけあって、巣枠の端まで蜂児の巣房が出来ている

明日でアカシア蜜は終わりですね

午後からは、2回目のアカシア蜜を、明日採蜜する予定にしている大仙市(旧大曲市)花館蜂場の内検を行った。大仙山に源流を持つ雄物川(おものがわ)がすぐ近くを流れる花館蜂場は、6年ほど前の大雨で増水し、蜜蜂50群ほどが流されたことがある蜂場だ。周りにアカシアの大きな木が数本並木になっている。

 並べられた巣箱の巣門を見ていると、オレンジ色の大きな花粉を両脚に付けた蜜蜂が次々と帰ってきている。

 「あのでかいオレンジ色の花粉がイタチハギなんですよ。これを付けてくると、アカシアは終わりなんです。明日でアカシア蜜は終わりですね」

 作業は、内検というほどでもなく、明日の採蜜のために蜂蜜の入り具合を確認したといった感じだ。作業を終えてから、雄物川の河原に下りてみると、群生しているイタチハギの花は咲き始めの感じだった。

 「まだまだ、これからですね。まだ入るかも知れんねぇ」

 芳行さんは、恐らく次の採蜜のスケジュールを考えているのだろう。しばらく一緒にイタチハギに寄って来る蜜蜂の様子を見ていた芳行さんは、コイン精米所の糠を集めに行かなければならないからと、一足早く帰って行った。

女王蜂が居なくなっている群に移すため王台を切り取る

まさに今、王台から女王蜂が誕生しようとしている

(女王蜂は動いているためブレている)

女王蜂が誕生した直後の王台には丸く切り取った蓋が
付いている

女王蜂が居ない 働き蜂居ないもん

 私が再び花館蜂場を訪ねたのは、最後のアカシア蜜を採蜜した翌日だった。芳行さんが採蜜直後の内検をしているのだ。

 巣箱から巣板を1枚抜き出して、下の方に出来ていた王台をカッターナイフで切り取っている。始めに切り取ろうとした王台2つは、ナイフで傷つけてしまい失敗。3つ目の王台を根元から綺麗に切取ることができ、それを別の巣箱の巣板に貼り付けた。

 「この巣箱は女王蜂が居なくなって日数が経っているから、自分たちで王台を作ることが出来なくなっているんですね。ローヤルゼリーを出すことができないでしょう。ローヤルゼリーは若くないとだめなんですね」

 女王蜂が居なくなっている理由は、私には分からなかったが、新しい女王蜂を誕生させて新しい卵を産む群にしなければ、この群は消滅していく運命にあるのだ。そこに少しの手を添えることで、新しい世代の群として継続することができるのだから、ここは養蜂家の出番なのである。

 採蜜時期が連続しているため、継ぎ箱を載せた状態が続いている。採蜜は継ぎ箱の巣板だけを取り出して蜂蜜を採るが、内検は逆に、下の巣箱に入っている巣板の卵の状態を観察するのが目的である。携帯ラジオを聴きながら、キャンプ用の小さな椅子、それに継ぎ箱と燻煙器を持って巣箱を移動し、次々と内検を進めている芳行さんが、継ぎ箱を取り除いた途端、「逃げられた」と呟いた。

 「女王蜂が居ない。(蜂の)数が少ないもん。雄蜂ばっかし、働き蜂居ないもん」

 分封されてしまったのだ。

 「蓋の掛かってない蜂児がありますもん。まだ、自分たちで王台作りますね」と、一瞬焦った芳行さんだったが落ち着いたものだ。

自宅ベランダで芳行さんと直美さん

花館蜂場近くの畑に熊の足跡を見に行く芳行さん

誰も居ねえ山ん中に財産置いている訳だから

 花館蜂場の周りには電柵が張り巡らされ、監視カメラも設置されている。

 「熊なんです。最近なんですよ、ここ、月の輪熊が歩いてますよ、ここ」と、芳行さんが電柵のすぐ脇を指で示す。

 「カメラで記録しているでしょう。昼間でも歩いてますよ」

 そんな話を聞いているところに、蜂場の地主さんが軽トラックでやって来た。蜂場の一段下の畑に熊の足跡があると言うのだ。耕したばかりの畑を一緒に見に行くと、くっきりと直径15センチほどの足跡が残っている。足跡は、畑を横切り雄物川の茂みに消えていた。「子熊だ」と、地主さん。しかし、何の手立てをすることもできず、ただ、そっとその場を離れるしかなかった。

 「昨日の採蜜が一番入ってました。やっぱり、さすがA組だなあ。糖度は83度ありました」

 A組の花館蜂場は、実績通りの成果を上げたのだ。6月にはイタチハギの蜜も終わり、7月上旬にはクリの蜜が入ってくるのだと言う。そうなると、すぐに越冬の準備が始まるのだ。

 「越冬させる時にも、外気から遠い内側に巣板がくるように2箱を並べて置くなど細かい対策が必要ですね。蜂は養蜂家にとっては道具ですね。だから、道具の管理はきちんとします。蜂の作り方なんて、その地域ごとで違いますよ。工業製品じゃないでしょ。ここ17年間、他所から蜂を買うってことはないから、うちの血統が残ってると思うんです。うちの蜂の飼い方に馴染んだ蜂なんです。それにしても、誰も居ねえ山ん中に財産置いている訳だからね。心配ですよ」

 「ふっと思うんですよね。文句も言わねえ蜂相手に、山ん中で独り、面布被ってよ、周囲に人間は居ねえ。俺って浮き世離れしちゃってねえかって……。不安になりますよ」

▶この記事に関するご意見ご感想をお聞かせ下さい

Supported by 山田養蜂場

 

Photography& Copyright:Akutagawa Jin

Design:Hagiwara Hironori

Proofreading:Hashiguchi Junichi

WebDesign:Pawanavi