2017年(平成29年8月) 26号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/ 編集:ⓒリトルヘブン編集室
〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
浦山蜂場で蜂割り作業をする西川真一さん。太陽光に透かすようにして巣板を見つめ女王蜂の存在を確かめる
産卵が確認できた女王蜂を捕まえて翅を切ろうとしている真一さん。逃げようとする女王蜂の翅を切るには集中力が必要だ
産卵が確認された女王蜂は、分封を防ぐために翅を切っておくのが西川養蜂場のやり方だ
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ずっと卵を産み続けるってすごい
採蜜の期間が終わると九州には酷暑の夏がやってくる。今夏、九州北部を襲った集中豪雨の被害を辛うじて免れた熊本県荒尾市の西川養蜂場では、「蜂割り」の作業に追われていた。
「ほらほら、この女王蜂は立派でしょ。尻(けつ)がでかいと立派に見えるでしょ。先がちょっと黒いけど、こんだけ尻のでかい女王蜂は滅多に居ないですよ。ずっと卵を産み続けるってすごいですよね。もう翅を切ってるので、飛ぶこともないのに」
従業員の今村俊介(いまむら しゅんすけ)さん(28)が、巣板の上を歩き回る女王蜂を指差して、自慢げに私に言う。自分が面倒を見ている蜜蜂を愛おしく思う気持ちが伝わってくる。
「30箱のうち未交尾は5箱だけ。ここは交尾の成績が良かったですね。早いうちから卵を産み始めて強い群になってくれていると、冬を越すのも楽ですね」
電気関係の仕事をしていた今村さんが、蜜蜂の世話を始めてまだ2年余だが、すでに一人前の養蜂家として自負を覗かせる。
「小さい頃から虫は好きだったんで、自分には向いている仕事なんです。『蜂がでけん』と言う人に限っていえば、蜂をあんまり見てないですもんね」
翅を切った女王蜂にマーカーで印を付ける
翅を切った女王蜂の居る巣箱に書かれた記号
内田山蜂場へ続く雑木林の道を今村さんが行く
印の付いた女王蜂を取り囲むように集まる働き蜂
蜂割りは財産を殖やす仕事
蜂割りの作業によって、養蜂家は管理する蜜蜂の群数を増やしていく。養蜂家にとっての財産を殖やす意味で重要な仕事なのだ。
女王蜂が産まれようとしている王台が付いた巣板と蜂の集った巣板3〜4枚とを、別の空巣箱に移す。こうして女王蜂の居ない小さな群を作ると働き蜂は、間もなく生まれる女王蜂を自分たちの王様として迎え入れてくれるのだ。
新しい群が構成されて間もなく羽化した女王蜂は、一週間ほどで食料をローヤルゼリーから蜂蜜に変えて体重を減らし巣箱を飛び出す準備を始める。やがて、ある晴れた日の午後、新女王蜂は交尾のために巣箱を飛び出していく。それを上空で待ち構える数百匹の雄蜂が我先にと群がる。新女王蜂が無事に交尾を終えて巣箱に戻ると、働き蜂からローヤルゼリーを与えられ、早ければその後2日ほどで卵を産み始めることになる。真夏の高温期や真冬の厳寒期を除き2年から4年もの間、毎日1500個〜2000個ほどの卵を産み続け、越冬できるほどの大きな群へと成長していくのだ。
分封を防ぐために翅を切る
西川養蜂場を訪ねたのは7月中旬。新しい女王蜂が誕生して2週間ほど過ぎた頃で、社長代行の西川真一(にしかわ しんいち)さん(50)と今村さんは、新女王蜂が交尾を終えたかどうかを確認する作業に追われていた。
巣箱の前に座り込んだ2人は、巣箱から抜き出した巣板の底を覗き込んで、卵の有無を丁寧に確認している。卵が確認できれば、新しい女王蜂は順調に交尾を終え、産卵が始まっていることになる。産卵を始めた女王蜂は、分封を防ぐために翅を切り、次からの内検の時ひと目で女王蜂と分かるようにマーカーで背中に印を付けておくのが西川養蜂場のやり方である。一群の作業を終えた今村さんが、巣箱の蓋に「29OC」と書いた。その意味を尋ねると、「平成29年の王(O)さん(翅を)カット」と教えてくれた。
この日内検をした内田山蜂場に置いてある31個の巣箱のうち、26箱の女王蜂が交尾を無事に終えて産卵を始めていることが確認された。
「31のうち26なら上等」と、真一さんは上機嫌だ。
いま点検している「29OC」の女王蜂が率いる群が、短寿命の働き蜂は世代交代を伴いながら越冬し、来春の採蜜群になるのだ。
蜂蜜が溜まって蜜蓋ができた巣板
日本では珍しい桐の蜜も採れる
内田山蜂場の作業を終えてから、真一さんは私を小岱山(しょうだいさん・501m)の蜂場に案内した。
「小学校の頃に遠足で登っていた山で、親しみのある故郷の山なんです。その麓にある蜂場なんですけどね。レンゲ、ミカン、百花蜜など、戴いている蜂蜜は小岱山の恵みなんです。全国で自生地は3カ所だけといわれるトキワマンサクの花も咲いて、歩いて見に行けるのは小岱山だけなんだそうですよ。ここは砂を採る山だった所で、砂の採集が終わった場所を蜂場にしてるんです。うちの土地なんですけどね」
そんな話をしながら、真一さんが案内してくれたのは高さ4メートルほどの細い桐の木が3本立つ根元だ。
「ニュージーランドでは桐の蜜があるらしいですね。植えて3年目からは桐の花に蜂が行くということだったので、今年が3年目になるので楽しみにしているところなんです。桐は地下茎で増えていくので、ここが桐の林になれば日本では珍しい桐の蜜も採れるんじゃないですかね」
真一さんは西川養蜂場の実質的な責任者となって年数が浅いこともあって、父親から受け継いだ方法だけでなく自分なりの新しい養蜂業の姿を模索しているようだ。
ムダ巣に溜めた蜂蜜が溢れている
土壌改良の結果で去年の4倍採蜜
「今年は去年の4倍の量の採蜜がありました。いつもより花が咲いている期間が長かったですね。それと土壌の常在菌の影響があるんじゃないかと思っているんですよ。去年から土壌改良をしたんです。消石灰を土壌の中に染み込ませて雑菌を殺し、良いといわれる菌を散布したんです。この土地に何があるのかと考えたのが一番悩んだところですね。その効果だと思うんですが、蜜蜂の群勢が良くなりましたね。長い間、採蜜の時期に蜜蜂の勢いが無かったけど、今年は採蜜が4倍。点検や気候など他の要因もあるかも知れないけど、群勢の影響も大きいと思ってます。それに、養蜂家としてダニ剤の耐性にどう対応していくかと考えれば、蜂の勢いだと思うんですよ。勢いを持った蜂はダニにも対抗していけると思うんです。ダニだけが問題ではなく、ダニが媒介して他の病気を運んでくる可能性もありますから。仮説を立てて理論付けして治療に入る医療機関で理学療法士をしていたから、そんな考え方をするのだと思いますけどね」
真一さんが期待を込めて植えた桐の木
蜜蜂を襲ったオニヤンマ
雄峰の幼虫に取りついたダニ
蜂はぐんぐん蜜を持って来てるんです
真一さんは、自らが考えている養蜂のあり方を溢れるように話し続けた。今年の採蜜の結果が自信にもなっているようだ。
「父は、何年か振りで蜂の栄養剤をやったのが良かったと言うんですが、私は冬の間はあまりしてなかった内検を、昨冬はきちんとやったことが良かったと思っているんです。内検のサイクルを短くすることで、早めの対応ができるメリットは大きいですよ」
「山を見ても花はないんですけどね。蜂が温和しいんですよね。餌を持ってるせいだと思います。例年だと今の時期までに2〜3回は餌をやってるんですが、今年はまだ一回もやってないんです。どうかすると、ムダ巣に蜜を溜めている状態ですね」
巣箱の中には3〜4枚の巣板と給餌箱が入っているだけなので、巣箱の半分は空洞になっている。元気の良い蜂群は勢い余って、その空洞にムダ巣を作り蜜を溜めているのだ。今村さんが、ムダ巣にたっぷり溜まった蜂蜜を指で掬い取り面布の上から口に含んだ。
「うまい。濃ゆい」「巣板全部に卵を産んでますもんね。これくらい強いといいんですけどね」
内田山養蜂場で女王蜂の産卵を確認しようとする西川洋治さん。真一さんに養蜂場を任せてから蜂場に出ることは少なくなった
浦山蜂場で女王蜂の産卵を確認しようとする真一さんと今村さん(後方)
菜切川に架かるコンクリート製の小さな橋の欄干は黄色や青のペンキで塗られ子どもたちへ注ぐこの地域の愛情が伝わる
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