2017年(平成29年8月) 26号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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雨が降っとよこわれるとに

 現在、西川養蜂場の社長を務める洋治(ようじ)さん(77)は、蜜蜂との係わりでは3代目に当たるが、養蜂業として確立させた初代である。

 「昭和40(1965)年ごろに2箱から始めました。一箱買(こ)うてきて、巣板4枚入って何千円かだったと思います。蜜を採った後ですよ。それと分封群が、裏の養蜂場の南の方にですわ。杉のとっぺんに止まったのを登って捕って、それで2群から始めたとです。その時には、蜂に興味はあったけど商売にするつもりはなかったです。1群で3.8缶ぐらいは(蜂蜜が)採れたですもん。雨が降っと、よこわれる(休まれる)とにと思うごつあるとですたい」

 「レンゲ(の蜜)を採って回るでしょうが。それで最初の巣箱に行くと、こりゃ蜜は採ったちゃろかと思うごつ、又、蜜が入っとりましたもん。最初はナタネ(の蜜)ば採って、レンゲ、ミカンば採って、ハゼからモチの蜜が入って、だいたい終わりですたい。栗も一回採ってみたことがあっとですが、臭(くそ)うして食べられんかったですもん。みんな餌として給餌器の中に入れてやったですもん」

自宅前で記念写真に収まる洋治さんと妻の和子さん

巣板に出来ていた王台を切取り他の群に移そうとする
真一さん

切り取った王台を産卵が確認できなかった群の巣板に付ける

産卵している女王蜂の居る群で未交尾の女王蜂を見つけ

王籠に入れる

巣礎が油紙に包んで置いてあった

 「祖父(頼國・よりくに)さんの代に日本蜜蜂を6〜7箱飼うとって、父(武徳・たけのり)は洋蜂も地蜂も置いとったばってんですね。1回(蜜を)採ったくらいで2年か3年かしよったちゃなかですかね。お友だちが近所におってですね。一緒に色々研究しよったごつあるばってん。そん時の洋蜂の巣箱は改良箱言うてですね。下は今と同じばってん蓋が片屋根で大きかなっとっとですと。そん時の巣箱と巣礎がきれいに油紙に包んで置いてあったですもんね。もう何十年か経っとったばってんきれいにしとったですもんね。それがあったもんで、やってみろかって気になったです。それが昭和40年だったと思うばってん。その当時は蜂場があっちこっち一杯あったですもんね。もっと増やそうとしとったですけど、お袋が倒れ込んでしもてですね。その時にあっちこっち蜂場が押さえられてしもたですけんね。採蜜群が110群ぐらいまではいったですね。年間を通じて230群ぐらいおったですかね。2王蜂(上下2段の各巣箱に女王蜂がいる)ですね」

 「祖父さんの時代には、『子どもが口の中にできもんができとるので舐めさせるから分けてくれ』っちゅうて遠か所からでも来よったですよ。大事に大事にとってあったとを分けてやりよったですもん」

未交尾の女王蜂が居ることを発見

 真一さんの自宅前に菜切川という名の小さな川が流れている。

 「私が子どもの頃は、もっと水位があったんですけどね」と、真一さんが川と親しんだ幼い頃を懐かしんでいる。菜切川に架かっているコンクリート製の小さな橋に太いパイプで作られた欄干があり、青や黄色、赤などの色で塗られていて可愛らしい。

 「私が高校生になった頃、この橋を通って通学する小学生のためにあの色に塗ったんだと思いますね」

 地元の子どもたちへ注がれる愛情が伝わってくる橋だ。

 この日は庄山蜂場で、蜂割り作業が続いた。巣板を取り出して巣房の底を見つめていた真一さんが嬉しそうに言う。

 「ガンガン産んでますね」

 卵を産んでいる群では、女王蜂を見つけて翅を切り、マーカーで印を付ける。一連の作業を続けていた今村さんが、卵を産んでいる群なのに未交尾の女王蜂が居ることを発見した。このまま巣箱に置いておくと、一群に2王の状態になるため殺されてしまう。今村さんが、そっと未交尾の女王蜂を摘まみ王籠に入れた。この未交尾の女王蜂は、王籠に入れたまま同じ巣箱に預けておき、何らかの理由で女王蜂が居なくなっている群れがあった場合などに、新しい女王蜂を受け入れてもらえるかどうかを慎重に見ながら、その群れに投入することになる。

捕獲器は自分で造っとっと

 庄山蜂場では2王箱という飼い方で、本来ならば蜂蜜を溜めるための巣板を入れる上段の継ぎ箱と産卵のための下段の巣箱との間に隔王板と仕切板を入れて、女王蜂はもちろん働き蜂も行き来ができなくして、上下2段の巣箱として使っている。今年は特別で、群勢が良く巣箱が足りなくなったため、洋治さんが養蜂を始めた頃にやっていた方法を教えてもらったのだ。

 「仕切板はベルトコンベアに使うシートですたい。これが蜂が噛み破らんけえ良かちゅうて持って来たとです」と、手伝いに来ていた洋治さんは得意げだ。

 洋治さんは、蜜蜂を噛み殺す大敵スズメバチの捕獲器を巣箱に取り付ける作業に専念している。

 「捕獲器は、他の人が使いよって評判の良かとを借りてきて、自分で造っとっとですもん。3種類か4種類、改良型がありますよ。スズメバチにも困りますが、数年前までは毎朝、猪にやられよったです。ここ3〜4年は来たごつなかっですが、数が少なくなったっでしょう。今年も猟期には、20頭ばっか獲りましたもん。趣味で鉄砲もしよっとです」

庄山蜂場での作業中に真一さんが水分補給をする

内検をする真一さんの顔から汗が滴り落ちる

羽音で女王蜂が居ないと気付く

 次々と捕獲器を取り付けていた洋治さんが、急に巣箱に耳を近づけた。

 「ワーンといいよるごつある。(女王蜂が)居らんとかも知れん。卵は働産(働蜂産卵:女王蜂が何らかの理由で居なくなり、危機を感じた働き蜂が無精卵を産んでいる状態)しよっとかも知れんで、王台を付けとった方が良かかもな」

 近くで巣房を覗き込んで女王蜂の産卵を確認していた今村さんに、指示を出す。長年の経験から、ちょっとした羽音の違いも敏感に聞き分けられるようになっているのだ。

 しばらくすると、「うわっ」と小さな声を真一さんが上げた。

庄山蜂場でスズメバチの捕獲器を取り付ける真一さん

庄山蜂場で自分が作った捕獲器を取り付ける洋治さん

「汗をかき過ぎた。ふらっときました」。見ると、真一さんの顔からポタポタと汗が滴り落ちている。蜜蜂の侵入を防ぐためつなぎ服を着て、頭から面布を被り、ゴム手袋を付けている。養蜂家にとって重要な蜂割りは、真夏の作業であり、蒸し風呂の中と同じ程の暑さなのだ。

交尾をしないまま日数が過ぎている

 女王蜂を見つけることができなかった巣箱へ、産卵の始まっていた巣箱から王台の付いている巣枠を移動させるべきかどうかと、真一さんと今村さんが相談している。女王蜂が居なくなっている原因は解明できないが、結論としては王台だけを切り取って女王蜂の居なくなっていた巣箱に入れてやることで落ち着いたようだ。

 しばらくすると、こんどは今村さんが真一さんに相談している。女王蜂は居るのだが交尾をしないまま日数が過ぎている群があるようだ。

今村「6月から処女」

真一「そりゃおかしかね」

今村「卵ば入れてやろかねと思って」

 他の巣箱の産卵している巣板を入れてやることによって、現在は処女の女王蜂がこれから交尾できれば、そのまま今の女王蜂の群として成長していけるし、逆に交尾できず無王群になる可能性があるならば、他の巣箱から移した産卵している巣板に働き蜂が変成王台を造り、新しい女王蜂を誕生させることができるという今村さんの提案なのだ。

 各々の家庭に事情があり物語があるように、同じ蜂場に置いてある巣箱の群でも各々に状況は異なる。それらの微妙な違いに気付き、適切な対応を出来るようになるために、養蜂家に求められるのは蜜蜂への愛情なのだと、経験は浅い筈だが今村さんの仕事振りを見ながら思った。

産卵の確認はできるが女王蜂を見つけられず、真一さん(右)と一緒に探す今村さん

浦山蜂場で内検を続ける今村さん

ちょうど内検の時、上空に飛び出す偶然に驚きの声

 午後からは、幹周りがひと抱えもありそうな桐の自然木が聳える浦山蜂場でも同じく、産卵の確認と女王蜂の翅切り作業が続いた。

 「この蜂場も消石灰を撒いて土壌改良をしています。ここは例年、スズメバチが多いんですよね」

 真一さんが、そう言う傍からスズメバチの羽音が聞こえてきた。すると真一さんは、虫捕り網を手にする暇もなく掌ですばやく打ち落とした。

 巣箱の列の奥から内検を始めていた今村さんが、「ここは3つ連続交尾しとったです。7月5日までは未交尾だったんですけど」と、嬉しそうに声に出して私に教えてくれる。

 一方、手前から内検を始めた真一さん。「この群は潰れてますね。原因を断定はできないけど、7月3日には処女を確認しているんで、その後に交尾できなかったのか、他の原因があったのか。スムシが入った痕もありますね。こういうのはガックリしますね」

 巣箱の蓋を開ける度に一喜一憂だ。

 「今の時期は、およそ一週間に一回くらいの間隔で内検するんですけどね。さっき内検していた巣箱は、前々回の内検の時は処女って蓋に書いてあったのに、次の時にはどう探しても王さんが見つからなかったんですよ。それで今日見たら、交尾して卵を産んでいる王さんがちゃんと居るので、前回の内検の時には、ちょうど交尾するために巣箱から上空に飛び出していたのかなって思うんですよね」

 そんな偶然があるのだろうかと、今村さんが驚きの声を上げている。

自然の恵みに癒やされ、自然の神秘に喜びを感じる

 「片足突っ込んでやり始めたのは7〜8年前。本気でやり始めてから3年ほどになります。医療関係の仕事をするうちに職場環境の問題もあって、人に疲れていたのだと思います。蜂だったら人と付き合わないで済むなと、少しずつシフトしてはいたのですが」と、初めて真一さんをお訪ねした時の言葉は養蜂家としての覚悟に不安を感じさせた。しかし、その数日後。

 「暑い中で繰り返し同じ作業をしている時、ふわーっと吹いてくる自然の風には癒やされるなーって思いますね。一つの巣箱から蜂割りして、王台を造らせて、処女の新王が産まれて……。ある時に、自分で作った新王が交尾していたのが分かった時は、やっぱり嬉しいですね」

 蜂割り作業をする傍で聞いた言葉からは、人間の意志ではままならない自然の変化に翻弄されながらも、自然の恵みに癒やされ、自然の神秘に喜びを感じる養蜂家の仕事の魅力に、真一さんもすでに虜となっていることが伝わってきた。

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