2017年(平成29年9月)27号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/
編集:ⓒリトルヘブン編集室〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町10-22-203
阿久比町の横松蜂場で、面布も手袋も付けない浩二さんが、蜂割り後の産卵の状況を確認するために大きく目を見開いて巣房の底を見つめる
常滑市の大曽公園にある「ミツバチ牧場」に満開のヒマワリが咲いていた。毎年初夏に開催される「はちみつ搾り体験」では子どもたちの歓声で賑わう
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一食抜いても蜂を触っとるのが好きな人やった
大きく目を見開いて、巣房の底に産み付けられている卵を確認しようとしている新海浩二(しんかい こうじ)さん(54)は、新海養蜂場の3代目だ。
「祖父の保吉(やすきち)は、ほとんど趣味レベルだったようなんですけどね。自転車の修理をやってたんですよ。日常の足は自転車だったもんですからね。修理の仕事は結構あったようです。その頃、長野県の養蜂家さんが越冬のためにここらに来られた時に、巣箱を置く場所の世話係のようなことをしていたんですね。亡くなったのは81歳か82歳だったと思うんですよ。一食抜いても蜂を触っとるのが好きな人やったもんでね。この祖父に蜂を教えてもらったんですね」
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「私が小学校の3、4年生の時に、父が蜂を持って北海道へ行ってたんですけどね。ある時、一箱置き忘れて行ったんですね。その箱の世話を祖父に教わったのが、私が蜂に触れた最初でしたね」
いざ始めると『えっ』というような
ことの連続
「父の保隆(やすたか)は、ほとんど一生蜂屋だったと思うんですけどね。当時は蜂屋だけで飯喰ってる人はほとんど居なかったと思うんですね。当時はポリネーションがなかったですからね。冬の仕事はなかったですから。たぶん親父は祖父を手伝って覚えたんだと思います。私も当初は、親父から月10万(円)貰っていましたからね。それでも『いいね』と言われましたから。同業他社さんは、盆と正月に小遣いを貰える程度だと言ってましたよ。その親父は70歳で亡くなりました。正確に言うと、私が蜂屋を始めてから1年目でしたね。始める前は出来ると思っていましたけど、いざ始めると『えっ』というようなことの連続でしたけどね。私は37歳でした。それ以前は、通信関係の設備の仕事をやってたんですけど、親父が肺がんになっちゃって、それでまあ、蜂屋一本でやろうかという話で……。親父から教わったのは1年ほどでしたけど、自分の中ではやれるという自信がありましたね。学生の時から採蜜はやってましたからね。前は情報というものがほとんど無かったですからね。同業他社との付き合いもほとんどない。自分のやっていることのレベルが正しいのか間違っているのかも分からない状態でしたから」
南知多町の芋沢蜂場はポリネーションのための蜜蜂群だ。幼虫の餌として代用花粉を与える
蜂割りの後、次々と誕生する幼虫の餌に代用花粉を与える。ドンゴロスを当てて平たく押さえ蓋が
浮き上がらないようにする
大曽公園内の「ミツバチ牧場」での内検を終えて、浩二さんが柵の鍵をする
「ミツバチ牧場」で内検をするため燻煙器を準備する
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人間の都合でやってたんですよね
「ほんとは親父から技術的なことを教えて貰ってるんだろうけども、今、考えてみると滅茶苦茶なことをやってましたな。結局、技術的なことは聞いてたってタイミングが分からない。蜂蜜を搾るというのは、ある意味のブレーキなんですよね。給餌器で餌を与えるのはアクセルなんですよ。4月ごろに桜蜜が入りますよね。それを人間が採っちゃうと全然(蜂の勢いが)伸びません。人間の都合でやってたんですよね。菜の花、ビシャ(ヒサカキ)、桜、この時期、蜂はどんどん膨らんでいってますからね。その時期に蜜を採るということは、アクセルを踏まなければならない時期にブレーキを踏むようなもんですから」
蜂蜜は蜜蜂の主食、花粉は離乳食
8月中旬、浩二さんは午後遅くから阿久比町の横松蜂場で、蜂割り作業を済ませた巣箱の現況確認とダニ対策の効果、それに無王群の有無をチェックするための内検を行った。
蜂割りを終えた後なので、正常に女王蜂が誕生して交尾を終え、産卵を始めていることを確認できれば、この時期は花が少なく働き蜂が花粉を集めることが出来ないため、幼虫の餌として代用花粉を与えなければならない。
面布を被らず手袋も付けず、頭にタオルとキャップを被っただけの浩二さんは、手慣れた様子で巣箱の蓋を開け、巣房の底の卵や幼虫の状態を確認すると、巣枠の上に置いた代用花粉にドンゴロスを被せ、素早く蓋をする。
「蜂蜜は蜜蜂の主食、花粉は離乳食。花粉があれば産卵は進みます。祖父が元気な頃、巣箱の蓋を開けずに巣門の蜂の様子を見ただけで、今日は機嫌が良いとか悪いとか言うんですよね。当時は、何を言っているのか意味が分からなかったですね。内検は地味でお金にならない仕事なんで、やりたがらないんですけどね。でも、一番大事な仕事で、そこを手を抜くと、翌年以降に絶対悪影響が出ますね。蜂っていうのは、手を入れれば入れるほど良くなります。マメな人の蜂っていうのは良いですね」
新海養蜂場で今年採集した蜂蜜。左からアワダチソウ、リョウブ、ミカン、クロガネモチ
「蜂蜜は蜜蜂の主食、花粉は離乳食」と浩二さんが言うように、産卵が盛んな夏は代用花粉を
積極的に与える
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定地養蜂という有利な条件
内検と同時進行で、ダニ剤の効果を上げるために蜂児の居る巣板を下の単箱に集める作業も行う。一年を通して蜜源がある自然豊かな知多半島があるから定地養蜂という有利な条件での養蜂ができる。蜂が温和しい要因にもなる。恵まれた場所で蜂を飼っているということなのだ。
「目先のお金に走らない。突き詰めていくと、そこへ行くんですよね。定地化することで、移動途中での蜂の事故を考えないで良いし経費が要らない。その分必要以上に稼がないで済むということですからね」
浩二さんはが養蜂を始めてからは、北海道などへの転飼養蜂をしていない。
養蜂の仕事は原始そのもの
翌日、浩二さんは南知多町の芋沢蜂場と芋沢東蜂場で、同じ蜂割り後の内検を行った。
「養蜂の仕事は、仕事そのものが原始そのものなんで、馬鹿みたいに見えるんですよ。以前はローヤルゼリーの採集をやってたんですけどね、20年経っても進歩ないんですよ。通信設備の仕事って5年経ったら浦島太郎ですからね。こんな気楽な仕事があって良いんだろうかと思いましたね。蜂屋は絶対に気楽です。まずは人間関係。一般的な仕事は発注元があって元請けがあってというようにピラミッドのように連なっているんですよ。それが上からの圧力がなく、ほぼ全部を自分でやれるんですから良い仕事だと思いますよ」
蜂任せで養蜂をやっては
いけないんです
「父親は私が養蜂を始めてすぐに死んじゃったもんで、師匠というものがないんですよね。最初の2、3年は滅茶苦茶なことをしていましたからね。知識があるのは当たり前としても、状況がちょっと変わると技術よりも経験がものを言うんですよ。タイミングが大きい。それで全てが決まっちゃうもんだから。最初の段階では地域の自然を読むことだけど、自然に流されていたのでは成り立たないのです。自然に逆らう訳じゃないけど、ある程度は自分で(蜂を)コントロールしなきゃ駄目なんですよ。もちろん営利が目的だけど、蜂任せで養蜂をやってはいけないんです、人間主導じゃないと。そもそも何十群もの蜂が一か所に居ること自体があり得ないじゃないですか」
女王蜂の居なかった群の巣箱を空に
話し始めると話に集中するが、一旦巣箱に向かうと黙々と内検を進めていた浩二さんが、巣板を見つめながら「ん?」と疑問の小声を発する。「ん、ん、居ない」。巣板には王台が幾つも出来ている。丹念に巣板を探すが女王蜂は居ないようだ。浩二さんは、隣の巣箱に巣板を一枚移し、更に隣の巣箱に出来ていた王台を潰して一枚移動。前の列の巣箱にも一枚の巣板を移して、女王蜂の居なかった群の巣箱を空にしてしまった。
「今の時期は、小さな群を増やすより大きな群にしといた方が良いので。早い時期であれば、迷わず残すんですが。蜜は入ってこない時期なので、群としては大きい方がスズメバチなどの外敵には有利でしょ。このまま春までもたせなければならないのだから」
ポリネーションのための蜜蜂群を飼う芋沢蜂場で代用花粉を巣箱へ持って行く
採蜜群の蜜蜂を飼う芋沢東蜂場では夕方になっても出入りする蜜蜂で巣門が賑やかだ
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混血にしたくないんです
芋沢蜂場の群はカーニオランという血統で、中央、東ヨーロッパに分布する蜜蜂を浩二さんは導入している。温和しく集蜜性が高いと言われる血統だ。しかし、見た目はカーニオランの黒っぽさがなくイタリアン血統のように黄色い蜜蜂が混じっている。
「ここにはイタリアンが居って欲しくないだけで、イタリアンがいかんと言う訳ではないんですよ。混血にしたくないんです。女王蜂は確実にカーニオランなんだけど、交尾した相手がイタリアンだった可能性は否定できないんで」と、少々残念そうだが巣箱の内検を続けていく。
蜂蜜のど真ん中のストライクを
超えるもの
この日最後の内検は、常滑市の大曽公園内にある「ミツバチ牧場」の巣箱だ。公園の一角に真っ白い巣箱が13個ほど置かれてあった。年に2回開催される「はちみつ搾り体験」イベントのために浩二さんが管理している蜜蜂群だ。内検は他の蜂場と同じ。30分ほどで全て終了だ。
帰りに車の中で、浩二さんが目指す蜂蜜の品質について熱っぽく話してくれた。
「蜂蜜のど真ん中のストライクを超えるものを採っていきたいんです。消費者が良いと言ってくれる蜂蜜ですね。糖度が高い蜂蜜が良いというのは養蜂家の趣味の域ですよ。蜂蜜なんですから、味にクセがあっても良いんです。匂いや色があるのは当たり前なんです。試食販売だと、色が付いていても売れていきますから。食べ比べて、これが良いと言ってくれる蜂蜜を採っていきたいんです。上百花というか。クロガネモチやミカン、リョウブ、アワダチソウなども花のピークの時だけの蜜を採ることで、品質を高めることはできるかも知れないけど。私はビワをやろうと思ってますよ。真冬に開花する花ですよ。蜂が帰ってこれなくなる可能性もありますけどね」
養蜂家として理想の蜂蜜とは何か。そんな命題を考え続ける3代目養蜂家としての浩二さんの面目躍如たる熱っぽさだ。
うちより可愛い蜂はゼロ
「妻は一日だけ手伝って『絶対やらない』って。子どもは今、中学生なんですけど、今は養蜂を継ぐようなことを言ってるけど、本人がやりたいと言うならやったら良いと思うけど、労働力が欲しいからやらせようとは思わないですね」
「他所さんと比べる訳じゃないけど、うちの蜂は可愛いと思いますよ。うちより可愛い蜂はゼロとは言わないけれど、ほとんど居ないと思いますよ」
蜜蜂について語り始めたら留まるところを知らないエネルギーの原点は、浩二さんが『可愛い』と思う蜜蜂に注ぐ愛情の深さにあったのだと知った。
芋沢東蜂場で内検を終えた浩二さんがスズメバチの捕獲器を見回り、捕獲したスズメバチをバーナーで焼く
夕暮れ前、芋沢東蜂場の入口にクサギの花が満開だった
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