2017年(平成29年9月)27号

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 「良かったです。昨日まで台風18号の影響で無花果(いちじく)がどこにも無くて、もう最悪、リンゴでしようかなって思ってたけど、今朝やっと見つけて。無花果は今の時期だけだから」

 整理整頓された厨房のテーブルに並べられた無花果タルトの材料を説明する桑原志織さんから、無花果への強いこだわりが伝わる。

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    「無花果タルトは思い出せないくらいずっと前から作っていましたね。無花果が好きなんですよ」

     簡単な工程の打合せを終えると、急に改まった口調で「まずはタルト生地を作ります」と宣言するように言い、タルト生地の材料をボールに入れ始めた。

     「生地にはグラニュー糖を使うんですよ、サクサクなるように。それと卵黄と無塩バターです。小麦粉を120グラムとグラニュー糖60グラム、もう全部、順番は関係なしに。そしたらひと塊になるまで手で混ぜます。結構あっという間にまとまりますよ」

     志織さんはボールの中のタルト生地の材料を、最初はギュッと握っては放すように混ぜ合わせ、まとまり始めると親指の付け根の膨らみをボールの曲面に沿わせて材料を押さえつけるように捏ねていく。わずか5分ほどでマンゴーほどの大きさのしっとりした生地の塊ができた。

     「これを伸ばしていくんですけど……。これ打ち粉なんですけど、分量外で。丸く均一にしてから……」

     何かに集中したのか、志織さんの言葉が途切れてしまった。クッキングシートを広げた上に打ち粉をし、捏ねた材料の半分ほどを麺棒で円形に伸ばし、その上にタルト型の底板を乗せて沿わせるように、クッキングシートごと丸く包丁の先で切り取っていく。

     切り取った生地を型の底にはめ込むと、捏ねたタルト生地を10センチほどの紐にして型の側面に押し付けるように貼り付け、型の上に飛び出した材料を包丁で切り取る。

     「私は、この縁が薄い方が好きなんですよ。中身とのバランスで縁が薄い方が絶対美味しいと思ってて、少しずつ縁に貼り付ける方が薄くできるんですよね。だけど、薄すぎると割れてしまうし……」

     再び、志織さんの言葉の最後は呟くように小さくなった。

     「型に材料を貼り付け終わったら、これを10分でも15分でも良いから冷凍庫で冷やします。じゃないと生地がだれるっていうか、焼いた時にバターが溶け出してきたりするから、一回キーンって冷やします」

     生地を冷やした後は、180℃に予熱したオーブンで15分間焼き、もう一度冷やさなければならない。その時間を利用して、タルトに流し込むフィリングを作る。

     「順番は特になくて材料を全てフードプロセッサーに入れていきます。タルトの中に入れるピスタチオクリームを作るんですけど、ピスタチオペーストが入ってます。このピスタチオクリームにキビ砂糖と一緒に蜂蜜を入れようと思っています」

     フードプロセッサーの容器が材料で一杯になるため、何回かに分けて回転させながら少しずつ材料を加え混ぜ込んでいく。材料全てが滑らかに混ぜ合わされればフィリングは完成だ。

     さて、その前にタルト生地を焼かなければならない。オーブンは180℃に予熱してある。志織さんは冷やしておいたタルト生地を冷凍庫から取りだし、オーブンに入れる前にタルト生地の型底に銀色の玉をバラバラと入れた。

     「タルトストーンといって、焼いている時にタルトの底を浮き上がらせないための重石なんですけど、アルミの玉」

     タルト生地をオーブンに入れて15分間焼いた後、フィリングを流し込む前に再び冷やさなければならない。

     「タルトが熱々だと中に入れるピスタチオクリームが溶けてしまうので、タルトはしっかり冷やしてからフィリングを入れ平に伸ばします。そしたら無花果をくし形に薄く切ります。できるだけフィリングのクリームの中に埋もれさせるように押し込んでください。ピスタチオクリームのグリーンと無花果の赤が綺麗でしょ」

     「で、焼きます。予熱は170℃で、だいたい30分くらい。でも、一遍に30分焼くんじゃなくて、上の段でまず10分くらい焼きます。時々見ながら、最後の方はもう5分くらいでオーブンを開けてみて、前後をひっくり返したり、ムラの無いように焦げないように気を付けながらトータルで30分ぐらい焼きます」

     実を言うと、志織さんは「無花果タルト」を今回の取材のために3枚作ってくれていた。普段、ピスタチオクリームに入れるのはキビ砂糖だけなのだが、今回は特別に蜂蜜を入れるためテストとして事前に一枚。それと、冷凍庫で冷やす時間やオーブンで焼く時間を短縮するため、工程の途中までのタルト生地を一枚。それに、撮影と同時進行で作った一枚の計3枚である。

     最後にフィリングを入れて焼き始めた「無花果タルト」の完成を待たずに、最初にテストとして作ってくれていた一片を戴く。

     無花果の赤色とピスタチオクリームのくすんだ緑色が、日本古来の美しい色彩感覚を想い起こさせる。12片に切り分けた扇型の先にフォークを差し込む。パキッとタルトの底が割れる。そのままピスタチオクリームを掬い取るように口に運ぶ。ピスタチオナッツの香りが印象的だ。タルトの硬さとクリームのねっとり感が舌の上で絡み合う。意外に甘さがある。

     初めて蜂蜜を使った「無花果タルト」を志織さんはどう感じたのだろうか。

     「何か蜂蜜を入れると立ち上がりが悪いというか、重く沈んでしまったというか。味は悪くないのですが、食感が……」

     どうも今日は歯切れが悪い。ピスタチオクリームにもっと軽みが欲しかったようだ。私に違和感はなかったが、しっかりと自らの味覚を持っている志織さんには僅か20グラムの蜂蜜でも大きな変化となったようである。ケーキ作りは奥深く繊細だ。

    桑原 志織(くわはら しおり)

    栄養士。1976年宮崎市生まれ。福岡女子短期大学 食物栄養科卒業。観光で訪れたフランスで出合った食材や菓子の色鮮やかな魅力に取り憑かれ、料理と菓子の勉強を始める。その後もパリ近郊の料理教室を受講するなどして、研究を続けている。現在は一女を育てながら、宮崎市の欧州料理レストラン「ボンターブル」のデザートとケータリングを担当。現在は、ケータリング料理ラボを立ち上げるため準備中。

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