2018年(平成30年9月) 28号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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森の仕事したいなと思って、嬉しかったですもん

 川端養蜂園を訪ねたのは「羽音に聴く」7号の取材から3年ぶり2度目になる。あの時は、蜜蜂に惚れてしまった川端優子(かわばた ゆうこ)さん(56)がひとりで早朝から重労働をこなし頑張っていた姿が印象的だったが、今回は状況が少々変わっていた。好奇心に溢れ自然好きの田髙里美(ただか さとみ)さん(31)が一緒に働いていたのだ。

 「18歳からアメリカで1950年代のお洋服を探して仕入れる仕事を10年間ほどしていて、その後、カナダの森の中で生活してたんですよ。何でもある生活がしっくりこなくて、水を探して、食料を探してという生活をしてたんです。そこで、北海道ってめっちゃいい所だなと気付いて、それで去年、(故郷に)帰って来たんです。森の仕事をしたいなと思っていた時、『すごい朗報がある。ふたりは合うと思うよ』って、友だちから優子さんを紹介されて、会ってみたらスムーズでしたね。今年の5月からですね。ちょうどワンシーズン過ぎたところですかね。嬉しかったですもん、初めて採蜜やった時は、こうやって蜂蜜を採るのかって。この歳で出会えて良かったなと思ってて……。これまで自分のやりたいことをやってきたけど、これからは出会いを大切にしていけば、私の人生は自然とできていくのかなって思っています」

 里美さんはアッシュベージュのロングヘアで、鼻にはリングピアス。およそ一般的な養蜂家のイメージとは異なるが、働く姿はキビキビと心地良い動きをしている。

キイロスズメバチの羽音を聞いて網を手に

軽トラの運転席でおにぎりの昼食

セイタカアワダチソウの蜜を吸う蜜蜂

ノシメトンボが巣箱の上に止まり、秋の深まりを告げる

蜜蜂は停電関係ないですもんね

 今号の取材は、震度7を記録した北海道胆振東部地震(ほっかいどういぶりとうぶじしん)から一週間ほどが過ぎてからだった。大きな被害を受けた地域を除けば、生活はほぼ日常を取り戻しつつある状況だ。

 「揺れは下からドンときましたね。家でも震度6弱だったから、すぐ、蜂はって、巣箱が倒れているんじゃないかって心配になって、その朝は近くの蜂場へ行って、その翌日は歌志内市のカモイ蜂場に行きましたね。人間は停電で参っていましたけど、蜜蜂は停電関係ないですもんね。元気に飛び回ってくれていて」と、川端さん。横で聞いていた里美さんが、その時の様子を思い出したようだ。「地震の後で蜂場へ行ったら、ふたりとも朝一で刺されて、『蜂たち変わらず元気だわ』って、帰りの車の中で、『幸せだね私たち』って、ゲラゲラ笑いながら帰ったんです……。被害で大変な人も沢山おられるのに不謹慎ですけど」。

 親子ほど年の離れたふたりだが、呼吸はぴったり合っている。

夜中12時に巣門閉めて

 取材初日は、札幌市外れの土場(作業場)にある蜂場から歌志内市の蜂場へ合同する蜜蜂の巣箱を運んだ。越冬のための強い蜜蜂群を作るためだ。

 「昨日は、夜中12時に一度来て巣門を閉めて、今朝は、その残りを閉めていたのね。行く所が片道2時間掛かるんですね」

 前日の昼間、土場の蜂場で巣箱の内検をして、採蜜できそうな蜜巣は取り出しておいた。花の流蜜期ではないので、一斉に採蜜するほど蜜蜂たちが蜂蜜を溜めることはできない。そのため、一つの巣箱から充分に蜂蜜の溜まっている巣板だけを抜き出して別に保管しておき、ある程度の量になってから一斉に採蜜することになる。

 朝6時に集合だったが、川端さんは夜中も早朝も仕事をして、この日の仕事の段取りをしていたのだ。日の出から日暮れまで太陽が出ている時間帯は、働き蜂が採蜜のため巣箱を離れているので、巣門を閉じることはできない。そのため川端さんは、深夜や早朝の働き蜂が巣箱に帰っている時間帯に巣門を閉め、巣箱を移動するための準備をしなければならなかったのだ。

内検の際に飛び出した蜜蜂が巣箱に帰ってきた

「地べたでは可哀想」と巣門の前に敷いた麻布の上を

蜜蜂が巣箱へ帰る

ムダ巣の蜂蜜を吸う蜜蜂たち

芋焼酎で女王の匂い消し

 合同する先の蜜蜂群は、歌志内市の学校裏にある蜂場だ。土場の蜂場から運んできた女王が居ない群の巣板を、遠く離れた歌志内市の群と合同するため、強い弱いを見極めながら全体的に強い群にすることで、越冬できる強い群に育成するのが目的だ。女王蜂が居る群の場合は、その群を2群に分けて、女王蜂の居ない方の群を合同群とする。

 距離の近い群同士を合同させようとすると、自分の巣があった場所を覚えている蜜蜂は元の場所へ帰ってしまう。そのため合同する蜜蜂群は蜜蜂の飛行距離である約2キロ以上は離れている蜂場でなければならないのだ。

 蜜蜂は、自分の群の女王蜂固有の匂いを持っているため、そのまま他の女王蜂の巣箱に巣板を入れると、他の群から侵入してきた蜂だと判断され攻撃されてしまう。そのため、合同する巣板に芋焼酎を噴霧して元の群の匂いを消してから巣箱に入れてやると、やがて受け入れてくれるのだという。

 「前はエアサロンパスでやっていたんだけど、すごい騒ぐんだわ。焼酎の方が温和しい」と、川端さんが教えてくれる。すると、すかさず「人間でも焼酎の方を喜ぶんじゃないですか」と、里美さん。良いコンビだ。

 合同を進めていると、巣箱の中でキイロスズメバチの死骸を発見。

 「堂々と巣箱の中に入ってくるんだよね。図々しいにもほどがある。この時期は、オオスズメバチは来るわ、蜜源が無くなると盗蜂(他の群の蜜蜂が巣箱の中の蜂蜜を奪いに巣箱を襲うこと)は始まるわ、蜜蜂も闘いですよね、生きるために」

 川端さんは、怒りとも諦めともつかない表情だ。

毛虫をアクセサリーにして

 合同するための巣箱を軽トラックから降ろしていた里美さんが、突然、大きな声を出した。「モヒカン、可愛い」。里美さんの作業用手袋の上を、からだ全体が黄色い毛虫が這っていた。頭の真ん中の毛がピンと立った毛虫だ。毛虫が腕を伝わって面布まで這い登っても、里美さんは珍しいアクセサリーを付けた時のような表情で嬉しそうに作業を続けている。

 そんな自然界の小さな命に興味を示す里美さんだからこそなのだろう。運び込んだ巣箱を地面に置く時、中の蜜蜂に震動を与えて驚かせないように配慮して優しくそっと置いていた。

休憩時間を終えて作業を再開する

越冬のためのダニ剤を準備する

駐車場でも蜂が飛び出す心配を

 この日、学校裏の蜂場で合同の作業を終えると、同じ歌志内市のカモイ蜂場へ向かった。ここは、川端さんが最初に歌志内市に巣箱を置いた大切な場所で、養蜂家として独立するきっかけとなった蜂場である。

 ところが、その蜂場が今年の台風21号の大雨で浸水し、巣箱が水に浸かってしまったのだ。「あの台風の時は、ほんとに嫌になった」と川端さんが、まだ記憶に新しい当時を振り返る。今では、蜂場の土地を管理している温泉の支配人がバラスを入れて蜂場の土地をかさ上げし、周辺に溝を掘り、今後は水害に遭わないように対策をしてくれた。

 川端さんは、その蜂場が気掛かりで様子を見に来たのだ。巣箱一つ一つを内検するのではなく、蜂場の中を歩くと気が済んだようで、ここで昼ご飯となった。途中のコンビニで買ったおにぎりを軽トラックの運転席でほおばっている。

 そのおにぎりをコンビニで買う時のことだ。地震の影響で空の商品棚もあるが、店内は大勢の客で混み合っていた。店内に入った川端さんは、何かを思い出したように急いで買い物を済ませると、一人だけ先に軽トラックで駐車場から出て行った。里美さんに理由を尋ねると、思っていたより客が多かったため、軽トラックの荷台に積んでいる合同のための巣箱から蜜蜂が飛び出して、駐車場の客を刺すようなことがあれば大ごとになると心配したのだという。

 なるほど、養蜂家ならば「あ、刺された」で済むが、一般の人が巣箱から出てきた蜂に刺された場合はただ事では済まないだろう。養蜂家の気苦労は尽きないのだ。

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