合同のため一旦巣箱を追い出された蜜蜂が一斉に帰ってきた

巣箱の中まで入り込んでいたキイロスズメバチの死骸

2018年(平成30年10月) 29号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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餓死寸前の群が出てきている

 Z養蜂の一年は、5月に咲く祭畤(まつるべ)のトチの花から始まる。しかし、その前に、越冬の巣箱から解放された蜜蜂は、春の花のイヌフグリやハコベの花粉を食べながら気温と共に成長していく。越冬に耐えた蜜蜂が、本格的に花蜜を採りに行ける体力になるには、岩手県の早春の花だけでは足らない。雪解けの3月始めには、全ての巣箱を開けて越冬に耐えた蜜蜂群の検査をするのだ。

 「ビーハッチャー(代用花粉)を食べさせ、蜜の残り具合を調べると、ここ2、3年、餓死寸前の群が出てきているのがありましたね。代用花粉とダニ剤、それに給餌をします」と、小野寺さん。

 「祭畤のトチは、5月20日頃に花が咲き始めますけど、ここ近年、花の咲くのが早くなってるんですよ。一週間か10日ほど……。そこには熊が居るんですね。電気柵をしてるんですけど、熊も学習能力が高くてね。毎年、雨が降った次の日にやられてんですよ。スナックのお客から聞いたんですけど、雨の日は新幹線でも電圧が下がるんだそうです。それで雨の日に入られたんですね。そんで9000ボルトの電柵に替えましてね、それから入られなくなりました。5月6月には毎年、熊が巣箱をひっくり返しているんじゃないかと心配してましたけどね」

花蜜を採って蜂蜜にするなんて、すごい能力

 「トチとアカシアの花が咲く時期のズレが、以前は一週間ほどあったんですけど、最近は4、5日ほどに近づいてきて、トチの花が咲き始めたというので巣箱を持って行きますよね。一週間ほど置いて採蜜すると、その時にはアカシアがもう咲いていますから。同じ蜂ではトチとアカシアは採れないんですよ。忙しいです。今年、トチは3回採れたんですよ。アカシアは2回。正直なところ今年が一番採れましたね。アカシアが30群で40缶(1缶正味24キロ)でしたから。トチは30群で53缶ですから。すごかったですよ」

 「昆虫といえども生き物ですからね。自然に咲く花からあんなに沢山の花蜜を採ってきて蜂蜜にするなんて、すごい能力だよね。祭畤へ採蜜に行った時には最後に四方に頭を下げて、『今年も蜜をたくさん採らせてもらってありがとう』って、御礼を言って帰るんですよ。『さあて、元の場所に帰ろうな』って蜂に話し掛けながら帰ってくるんですよ。あんまり蜂のことばっかし考えていると、何だろうって名前の判らない花が一面に咲いてる所があるんですよ。蜂を持って行くのが遅れたなって思っていると、夢だったりしてですね」

蜜蓋を切ると巣房に溜められた蜂蜜が光る

巣板全面に溜った蜂蜜が黄金色に輝く

包丁で蜜蓋を切ると蜂蜜が溢れる

稲作の農薬で蜜蜂が大量に死んだ

 「トチの採蜜が終わると、7月末に市内に戻ってきます。8月までずっと祭畤に置きたいのですが、8月10日くらいから農家がダントツというカメムシの農薬を撒くんですよ。稲作の農薬なんです。それで蜜蜂が大量に死んだ年がありましたね。始めは原因が判明しなかったんですが、死んだ蜜蜂を検査してみて判って、農協との話し合いで一時避難するということになってましてね。避難先があればいいんですけど、どこにも田んぼはあるんで結局ここ(弥栄蜂場)まで戻ってくるんです。東北6県の養蜂家が集まるブロック大会でも、毎年話題になるんですけど、今のところ、ほとんど養蜂家は泣き寝入り状態ですわ。これまでは、ダントツかスミチオンと言ってたんですが、今年はまた別の名の農薬が出てきましたね。ここ2、3年はヘリコプターでやることになって蜂には影響が大きいですね。農薬の問題が一番こたえます。それに農薬で弱った蜂にはダニが発生しますからね。農家が田んぼに撒く除草剤の影響もあると考えて、巣箱に給餌器を付けたんですよ。田んぼの水を取りに行かないでも済むように、給水のためにペットボトルで作った給餌器。面倒なんですよ。ペットボトルの水が結構無くなるんです。蜂のためなら何でもやれることをやってやろうということでね」

寒いから温和しいね。全然羽音しないもん

 ここで初めて小野寺さんは腰を上げ、自作したペットボトルの給餌器を見せてくれた。小ぶりのペットボトルの飲み口に平たい樋を取り付けた形で、巣門の横に簡単に取り付けられる仕様だ。作業室を出たその足で、「蜂の様子を見ますか」と内検の準備を始めた。私はあわてて面布と手袋を付けて後を追う。

 小野寺さんは、巣箱の蓋を開けると黒いビニールに覆われガムテープでグルグル巻きにした噴霧器で微酸性電解水を巣箱全体に噴き掛けてから、巣板を持ち上げて巣房の状態を点検し始めた。

 「微酸性電解水は光が当たるとただの水になっちゃうんで……。チョーク病に効くと聞いて今年から内検の時に使っているんです。今日はちょっと寒いね。寒いから温和しいね。全然羽音しないもん。本格的に雪が降って積もれば3、40センチかな。3月半ばまでは雪があるから、巣箱の前は雪掻きしてやるけどね。あまり寒い日に蜂をいじって、かえってダメにしちゃうことがあるからね。巣箱に帰ってこられない蜂が出てくるから。気温感じて、蜂は敏感だからなあ」

9月にできた女王蜂は盛んに産卵

 一つだけ残っていた継ぎ箱の蓋を開けると、もう蜂蜜の溜まった巣板はほとんどなかった。この時点で、小野寺さんは隔王板を外し単箱に切り替えた。

 「これが全部蜂児。この巣箱の女王蜂は9月になってできたので、まだ盛んに産卵していますね。これが成虫になって出てくれば、かなりの数になりますね。この時期にこれ位蜂が居るといいね。女王蜂の中には交尾に出て行ったまま帰って来ないのもいるんですよ。ツバメやオニヤンマなど外敵が居りますからね。7月末になると、帰って来る率が悪くなるね」

 巣箱の中の状態に満足そうな表情の小野寺さんが、こう言って見せてくれた巣板には蓋の掛かった蜂児の巣房が全面にできていた。

 「蓋が掛かって入ってる蜂が、越冬する蜂だからね。これが多い方がいいんだよね」

今年最後に採蜜した蜂蜜が遠心分離機から流れ出る

遠心分離機で搾った蜂蜜を漉し器で不純物を取り除く

お腹が重くて、到着台を歩いて渡る蜂

いよいよ今年最後の採蜜をする日の朝だ。彼女の博子さんも蜜蓋切り役としてすでにスタンバイしている。天候は相変わらずどんよりとしているが雨は降っていない。

 「岩手県でも県南の方だと、秋でも蜜が入るようになったんですよ。アレチウリと言って蔓性でね、土手だろうが樹だろうがどこまでも延びていくんですよ。外来種で駆除の対象なんですけど、あれは駆除は不可能ですね。近ごろは秋になると、そのアレチウリの蜜が入りだしてね。アレチウリだけではないですから、葛とか萩とかね。越冬用の蜜が溜まっている巣板を残して、余ったのを採蜜するんです。夏からの延長線上で溜まった蜜ですから、アレチウリとは言わないで百花蜜で出しているんですよね。巣門の前に橋を架けてるんですけど、到着台というんですけどね、お腹が重くて、それを歩いて渡る蜂の姿を見るのが2、3日前で終わりましたもんね」

 いよいよ秋の深まりが現実味を帯びてきたのだ。

小指で掬い取るように蜂蜜を糖度計に

 気温が上がらないため、蜂蜜が硬くなっていて蜜蓋を切る包丁が表面を上手く滑っていかない。小野寺さんが博子さんに蜜蓋を切る手本を見せて、今年最後の採蜜は始まった。小野寺さんが何か違和感を感じたようだ。

 「蜜蓋を切りながら感じたんやけどね。蓋が掛かってるのに、切ると蜜がドロドロと流れ出してきましたね。次々と蜜が来ないと蜜蜂が扇がないんだね。日数が経ったから糖度が上がるというものでもないね。私の実感ですけどね」

 蜜蓋を切る包丁を通して手に伝わる感触や見た目の印象が、小野寺さんにこう言わせているのだ。こんな感性が養蜂家には必要なのかも知れない。

 蜂蜜の詰まった巣板8枚をセットした遠心分離機の中枠がゴッゴッゴッと回り始めた。排出口から薄いオレンジ色の蜂蜜が流れ出してきた。すかさず小野寺さんが小指で掬い取り、搾ったばかりの蜂蜜を糖度計にセットする。

 「糖度は80度だね。トチやアカシアの時にも79度、80度まではいきますね」

 まずまずの糖度だ。小野寺さんも博子さんも満足そうだ。こうして、今年最後の採蜜は遠心分離機を1回だけ回して終わった。

巣箱の前に取り付けた捕獲器に入った

スズメバチ

スズメバチを網で捕らえる

捕ったスズメバチはホワイトリカーに

漬けて友人にプレゼントする

捕ったスズメバチをホワイトリカー35度の

瓶に入れる

作業日誌は内容が多いと良くない

 採蜜の道具を簡単に片付けたら、小野寺さんがコーヒーを淹れて再び作業小屋でお茶の時間だ。

 小野寺さんが何やら細かい字で書かれたノートを覗き込んでいる。

 「作業日誌です。3月に巣箱を開け始めたら、毎日5、6行書いてますね。平成20年からはずっと書いてるね。去年は今ごろ何をしていたのかなって読み返してね、今年の作業の参考になってますけど……。それと、巣箱一つ一つに全部番号を付けて、巣箱ごとの観察記録を付けてるんですよ。内検の記録ですよね。蜜蜂の状況と巣板の数、皆まちまちですから。例えば、最後まで継ぎ箱で置いてあった西中の4番という巣箱は、ビーハッチャーを2回入れてますね。巣板に蜜があまりなかったということです。巣枠は9枚入っているんですけど、蜂児が残っていたので、巣枠はまだ外せないことが分かりますね。どこに居ても、このように巣箱一つ一つの状況が分かるんですよ。それで次の内検の準備ができるんです。一日一行の時もありますけどね。内容が多いと状態はあまり良くないですね」

 この誠実な仕事ぶりが60群の蜜蜂を独りで管理することを可能にしていたのだ。

 小野寺さんと博子さんが力を合わせてやり遂げた仕事は、やはり『パブスナック Z』なのだろう。現在は店を閉じたが、博子さんの心には今も輝く店なのだ。

 「一関の街に出かけると、今でもママとマスター。『マスターを守る会』を女性のお客さんが作ってね。市内の方々に本当に助けられました。お客さんの方から帰り際に『ありがとうございました』と言われるような店でしたからね。貸し倒れは一件もなかったのが自慢でした。飲まないで25年間やりましたね」

 お客に慕われ愛された『パブスナック Z』の魂は、そのまま『Z養蜂』に受け継がれているからこそ、蜜蜂に寄り添う養蜂ができるのだと思えた。

 

 出稿した後だったが、小野寺さんから弾んだ声で電話があった。

 「ちょっと自慢話みたいなことなんで報告するのを迷ったんですけど、10月20日に盛岡市で開催された岩手県養蜂組合主催『第2回 はちみつフェア』の品評会で、3点出品していた私の蜂蜜が3点とも大賞の岩手県知事賞を受賞して、賞状と金杯を頂きました。トチ蜜とサクラ蜜、それに百花蜜部門のアレチウリ蜜なんですけどね。よし、来年も頑張ろうっていう気持ちになりましたね」

 蜜蜂に恋するように寄り添う小野寺さんの仕事ぶりは、そのまま蜂蜜の品質にも現れてくるのだと、彼の弾んだ声を聞きながら私まで嬉しくなった。

 

街に出かけると、今でもママとマスター

毎日5、6行記録している養蜂作業日誌は翌年の作業の参考になる

巣箱一つ一つに番号を付け、巣箱ごとの観察記録を付ける

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