2018年(平成30年11月) 30号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

屋根付きの開放的な木造蜂場

 「北上川を上ってきたサケが乙部川で産卵するんですよ。太平洋からここまで上ってきてんだから弱っているだろうと思っていたら、違いますよ。河原に降りて行ったらバーッと逃げていきますよ。橋の上から見ていると、一所懸命川底を掘っているのが見えます。川底のきれいになっている所が産卵場所ですよ」

 乙部養蜂場の君塚忠彦(きみづか ただひこ)さん(60)は、自宅近くを流れる乙部川に私を案内しながら得意顔だ。

 乙部川で産卵を終えたサケの姿を、光る水面下に確認できた勢いのまま君塚さんは、自宅玄関前を通り抜け隣接する蜂場に私を案内した。

蜂場に続く簡易な木製階段を5段ほど降りて見た光景に驚いた。

 屋根付きの開放的な倉庫といった感じで木造建物が向かい合い、整頓された巣箱がずらりと並ぶ。向かい合わせで並んだ巣箱の間にはモミ殻を敷き詰め、歩くとフカフカだ。木立や野原の空き地に巣箱を並べた蜂場を見てきた私には、清潔感のある蜂蜜工場といった印象である。

 

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    隔王板は使わず、

    3段4段と重ね蜜を搾る

     君塚さんが越冬の準備をしている。3段4段に積み上げた継ぎ箱から、たっぷりと蜂蜜の溜まった蜜枠を取り出し、蜜蜂が冬を過ごすための単箱を準備する。越冬の間に食べる餌として巣箱の両側に蜜枠を3枚ずつ入れ、真ん中の3枚は蜜蜂たちが冬を過ごす居住空間だ。

     「隔王板はしないですよ。隔王板をすれば働き蜂が間をすり抜けて行くのは大変ですよ。3段目4段目だけ蜜を搾るんですよ」

     隔王板とは、単箱と継ぎ箱の間に挟んで利用する板のことで、働き蜂は通れるが腹の大きい女王蜂は通れないほどの隙間がある。継ぎ箱(上段の箱)に女王蜂が上って、蜜を溜めている巣板に産卵することを防ぐためだ。通常、養蜂家は2段目の継ぎ箱の蜜を搾るが、君塚さんは3段4段と上に継ぎ箱を重ねていくため、隔王板は使う必要がないと言うのだ。しかし、継ぎ箱を重ねることは蜜蜂に勢いがなければできない。このひと言でも君塚さんの蜜蜂に対する自信のほどが伺える。

    去年の自分が今年の先生

     君塚さんが越冬準備をしている向い側で、叔父の村上正(むらかみ ただし)さん(65)も越冬の準備を進めていた。

     村上さんは、実家がニワトリや乳牛を飼うのと同時に蜜蜂も飼っていて、それを見て小学生の時から蜜蜂を飼うような生き物好きの少年だった。それがこうじて二十歳過ぎには養蜂家になり、40歳を過ぎた23年前に大きな養蜂場にスカウトされ勤務養蜂家になったが、休日には自分でも蜜蜂を飼い、君塚さんと共同の蜂場でお互いの蜜蜂を飼っている関係なのだ。村上さんは、自分と同じように犬や小鳥を飼い、メダカも飼うなど生き物好きである君塚さんを見込んで、20年ほど前に「これを飼ってみろ」と蜜蜂一群を置いていって、それが3段になるまで増えていき、次第に君塚さんの養蜂が始まったのだ。当時はまだ、盛岡市内で飲食店をやっていたが、やがて養蜂業に軸足を移し専業となった。

     「2人とも、毎週月曜日が休みだったんですよ。村上さんが教えてくれたからできるんだけど、そうじゃなければ絶対無理」と、君塚さんは村上さんから教えてもらった養蜂の基礎を大切にしている。しかし、いつまでも村上さんに教わる訳にはいかない。そこで、「毎年記録を付けていて、次の年には前の年の自分を先生としてやってきました。やっぱり大事なのは、去年の自分がどうやったかを知ることです」と君塚さんが言うと、横で聞いていた村上さんは「彼は、ちゃんと系統維持をやってるしね。最近、負けてばっかりですからね」と、目を細める。

    アカシアの花に合わせて越冬の準備

     「同じ蜂場に巣箱を置いているだけで、作業は別々、蜂の所有も別々」と、村上さんはゆっくりしたペースで越冬の準備を進めている。

     君塚さんの作業は順調に進んでいる。両側に蜜枠を3枚ずつ入れた越冬のための巣箱を持たせてもらったが、気合いを入れないと持ち上がらない。

     「20キロほどありますからね。これ位は蜂蜜が入ってないと、桜の花が咲くまでは持たないです。4月20日ごろに桜が咲くんで、それまでは越冬箱に入れたままにしておくんです。そうすると、早いのは2月になると卵を産み始めます。餌の蜂蜜は、自分たちでも食べるんですけど、春になって産まれる子どもたちの餌でもあるんです。早く卵を産み始めてくれないと、アカシアの花の時に間に合わないんですよ」

     来年5月のアカシアの花に合わせて、今、越冬の準備をしているのだ。

    花粉が混じった蜂蜜を食べる蜂は元気

     君塚さんの作業を見ていると、3段目4段目の蜜枠を下の巣箱に移動させるだけでなく、蜜枠を6枚入れた残りの入りきらない蜜枠は、空の巣箱に入れて保管している。

     「やっぱり(蜜を)集めない子たちもいるから」と、自分たちが溜めた蜜だけでは来春まで食べられそうにない群に入れてやるためなのだ。君塚さんは砂糖水のような人工的な餌は与えていない。それは、村上さんの考えによるところが大きい。

     「私はね、『秋に給餌を必要とするような群はつくらない』ことを養蜂の指針にしているんです。餌が足らなくて砂糖水を与えるような群は、春になった時には勢いが無くなっていますけど、花粉が混じった蜂蜜を食べている蜂は春になっても元気がいいんですよ」

    やっぱりダニ対策が難しいな

     越冬のための準備作業は、素人の目から見ると、蜜枠を巣箱へ移動させているだけの単純な作業を繰り返しているとしか見えない。しかし、2人は意外に細かいところに気遣いをしているのだ。

     君塚さんは蜜枠を移動させる時、蜜枠にしがみついている蜂を払うのにめったにブラシを使わない。「ブラシで蜂を落とすと、蜂が攻撃的になるんですよ。手で巣枠を叩いて落としてやらないと」と、君塚さん。

     蜜枠を取り出していた君塚さんが、ふっと作業を止めて巣房の様子を見つめ、ハイブツールで巣房の蓋を一か所だけ剥がした。

     「これは産卵力が抜群にある奴(女王蜂)なんですよ。今の時期でもサナギの状態の子どもが居たので、生きているか死んでいるかを確認したんですよ。生きてもがいていたから、そのまま生かしてやりました」と、ちょっとした異変にも注意を払い、確認をしながら作業をしているのだ。

     この他にも、ダニ剤をどう使うかは養蜂家泣かせの難問らしい。

     「やっぱりダニ対策が難しいな。同じ所で飼っていても、夏以降(採蜜が終わって)すぐにダニ剤を入れたか、遅く入れたか。ダニ剤の種類を違えてみたとか、色々やってはみるけど……」

     ダニ剤は60日間しか効果が続かない。それ以上の期間を過ぎると巣箱の中に、耐性を獲得したダニができてしまうので、60日を過ぎたダニ剤は除去しなければならない。採蜜を終えた後に入れたダニ剤が、ちょうど今の時期に60日目を迎え、次の対策を思案中なのである。

    私の出番は搾る時だけですから

     パラパラと小雨が降るような空模様の下、午後3時を過ぎたばかりなのに夕暮れの雰囲気が漂う。妻の恵美子(えみこ)さん(58)が、お茶の準備をしてくれていた。

     「私の出番は搾る時だけですから。お父さんが頑張っているし、こだわりの人だから。自分のやり方があるんで、私が手を出すと嫌がるんですよ。他の人が巣箱の近くに来るのも嫌がるんです。色々な病気は外から持って来ますからね」

     問わず語りのその言葉を聞いて、清潔感のある蜂場の様子に符が落ちた。それにしても「他の人が巣箱の近くに来るのも嫌がる」君塚さんが、よくぞ私の取材を許してくれたものだと驚き、感謝の気持ちが湧いた。

    欲を持って育てると、応える蜂が出る

     お茶の時間は、村上さんと君塚さんの養蜂技術論になるのが常のようだ。

     口火を切るのは村上さんである。

     「養蜂をやるんだったら、結果を求めて手を掛けなければ面白くない。手を掛けておれば、その群独特の特徴が見えてくるんです。飼うんだったら、どんな蜂に仕上げたいかを考えながら世話すると、面白さが増すんですよ」

     「少しでも血統の良い女王蜂がいると、その卵を貰ってきてうちのオスと交配させると、良い血統を受け継ぐ蜂ができる。人間が欲を持って育てると、それに応える蜂が出てくるんですよ。花の時期には子どもを産む。花が咲けば蜜を採る。花が無くなれば又、卵を産むというようなことをキチキチとやってくれるような蜂が良い蜂なんです」

     君塚さんが実感を込めて言う。

     「良い奴(女王蜂)の子どもはやっぱり良いよな。その姉妹も良いもんな。良い親から良い子ができるとは限らないが、悪い親から良い子は産まれないですから」

     君塚さんの実感に呼応するように、村上さんが私に話す。

     「系統繁殖を意識的にやっている人は成功していきますよ。カーニオラン種と交配したことで冬を越せるようになったと言われていますが、すぐに分封したがる性格があるんです。産卵力があって蜜をたくさん集める蜂が一番良いんだけど、それで固定できるかということなんです。何かまずいことがあると、やる気になってくるんですけどね」

     寒さで蜂も気が立っているのか、蜂場のすぐ横の自宅玄関前でお茶をいただいている私たちに向かって突っ込んでくるように蜂が纏わり付いていたが、養蜂技術の話に夢中になっている間にいなくなっていた。

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