2018年(平成30年11月) 30号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

やっぱり7系統は稼ぐな

 まずまずの天候になった翌日の午前中、村上さんが管理している手代森(てしろもり)蜂場で越冬の準備をすることになった。手代森蜂場は民家の裏庭を利用し、10群ほどの巣箱を置いた小ぢんまりした蜂場だ。ここも村上さんが管理しているだけあって、何となく清潔感が漂う。

 村上さんが2段3段の継ぎ箱から蜜枠を取り出し君塚さんに渡し、君塚さんが越冬させる巣箱に並べる。巣箱に入りきらない蜜枠は軽トラックの荷台に積んである空箱に保管していく。2人で作業すると、1人よりも3倍は速い印象だ。

 「これは今年の新王なんだ」と村上さん。

 「来年が期待できるな」と君塚さんが応える。

 単箱では収まりきらないほどの蜂の数だ。村上さんは単箱に蓋をするのではなく、継ぎ箱を乗せて巣枠は入れないまま単箱の上に麻布を被せ、その上に溢れた蜂を払って継ぎ箱の蓋を被せた。

 「こうしておくと自然と巣箱に収まりますよ」と村上さん。蜜枠を持ったまま村上さんの作業を見ていた君塚さん。「2段養蜂では、これは絶対無理です。蜂数の多い群は、春の立ち上がりも早いですよ。巣箱の温度も上げられるし」。「やっぱり7系は稼ぐな」と、村上さんが声に出す。

 昼前には手代森蜂場の越冬準備がほぼ終わった。後は、蜂が巣箱のどこに固まっているかなど群の様子を見て、ダニ剤の位置を調整しながら最終的な越冬の態勢に入る。最終的な越冬は、君塚さんが越冬箱と呼ぶ硬質発泡スチロール製の特製の箱で、巣箱一つ一つを中に入れて巣箱の回りにモミ殻を詰めて保温する究極の越冬態勢だ。しかし、この越冬箱に巣箱を入れるのは、12月に入ってからのことで、現在の作業はその前段という訳である。

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    分封しないから段数が上がっていく

     午後からは、再び乙部養蜂場で昨日の作業の続きをする予定だったが、昼ご飯を終えて蜂場に戻ると蜂の様子が騒がしい。君塚さんが「ああっ」と小さな声を上げた。昨日の作業で、越冬するための巣箱に入りきらなかった蜜枠を保管していた空の巣箱に小さな隙間が空いていたらしく、そこから多量の盗蜂が出入りしていた。君塚さんがそっと蓋を開けてみると、その隙間から一斉に蜂が飛び出してきた。相当数の盗蜂が蜜枠から蜂蜜を取っているようだ。君塚さんは燻煙器で煙を噴き掛け、鎮めようとするが蜂はパニック状態にあるためほとんど効き目はない。秩序なく無数の蜂が飛び交う状態が続いた。

    すると君塚さんは、3段4段と積み上げてある巣箱の横に置かれている単箱の蓋を開け始めた。

     「こうなったらお手上げですね。別の仕事をしますわ。今年稼いだ奴(女王蜂)から(新)女王蜂を作っています。この単箱は全部新王なんです」

    その単箱は、稼ぐ、つまり蜜を良く集めてくる群の系統を継承するための養成群なのだ。巣枠を一枚一枚点検して働き蜂に混じった新女王蜂を見つけると、君塚さんはひょいと翅を掴んで小さなプラスチック製のケースに入れた。ケースに入れた新王の頭が隙間から出るように押し上げ、白色のペンでマーキングをする。続いて、隙間から出た翅の片方を切っている。新王のマーキングは内検の際に女王蜂の確認を容易にするためで、翅を切るのは、今後、群の勢いが強くなって、分封の機運ができても女王蜂が飛び出せないようにするためだ。

     君塚さんは「慣れないうちは、いっつも村上さんに翅切ってもらってましたよ」と言うように、翅切りは苦手のようだ。それでも翅切りをするのは分封をさせてはならないからだ。

     「分封しないから段数が上がっていくのだから、旧王がいつまでも居る状態を維持しているんです」

     君塚さんは一群の勢力を大きくすることで採蜜の量を増やし、その結果で女王蜂の素質を見極めて、集蜜力の高い群の女王蜂の子どもから新王を作る戦略なのだ。

     「転地養蜂だと、どうしても群を平均化していくことになるので群の特性が分からなくなりがちです。でも定飼養蜂でやっていると、群を混ぜないで特性の優れた群を増やしてやることができるのです。そうすることで養蜂場全体の勢いを上げてやれるのです」

     系統養蜂にこだわる君塚さんと村上さんが、巣箱が埋まるほど雪の降る岩手県でも定飼養蜂をしている理由が理解できるような気がしてきた。

    母親に責任とってもらおう

     優れた系統を受け継ぐために母親の女王蜂を選んで作った新王でも、中には勢力の弱い群もできる。

     「こいつは8月31日に生まれた新王です。群は小さいけど、体型は悪くないですね。同じ養成群でも、強いのと弱いのとが居るんですよね。強いのはやっぱり春にも強いですよ。特に弱い巣枠2枚ほどの群の新王は、その母親の群と一緒の巣箱で越冬させるのです。その時は巣枠の間に挟み込む縦型の隔王板を入れます。働き蜂はお互いの群を行ったり来たりできるけど、母と娘の女王蜂は行き来できない。そうしてまともな一群として冬を越させます。あいつ(新王)に独りで冬越せっていっても無理だと思います。だから母親に責任とってもらおうと思って。一匹一匹を見ると可愛いんですよ。桜が咲く頃には、3段4段になってないと、一か月後にはアカシアが始まるのに蜜を持って来られないですから」

     この作業は、弱い群を一緒にさせる合同という作業に当てはまる。その際はお互いの群の匂いを消すために酒を噴霧してやると、自然と一体化するのだそうだ。酒を飲まない村上さんは合同の時に大吟醸でも構わず噴霧するそうで、酒好きの君塚さんが「大吟醸はもったいないから、料理酒にしてくれって言うんですよ。大吟醸は俺が飲むからって」と笑う。

    両掌に包んで温めてやると生き返る

     君塚さんが新王にマーキングや翅切りをしている巣箱を見ると、白色のピンと緑色のピンが目に付く。君塚さんに確認すると、白ピンは産卵を確認した群で緑ピンが打ってあるのは、期待できる新王の印なのだそうだ。その他にも赤ピンは未だ新王が生まれていない群で、黄色ピンは女王が誕生したが未交尾の群を表すのだと言う。こうして新王の状態を把握しながら、その群に合わせた作業を個別にしていかなければ君塚さんが目指している群には育たないのだ。自然の中で生き物を扱う養蜂家という仕事は、機械的で均一な作業ではやっていけないのだ。

     先ほどまで騒いでいた盗蜂は、陽が陰り始めると鎮まったのだろうか。君塚さんも気になっている様子で、蜜枠が入った巣箱を積み上げてある場所へ状態を見に行く。盗蜂の数はずいぶん減ったが、乱舞はまだ続いている。

     「ほら早く帰れ、なに、ここで蜂蜜もらって、早く帰れ」と呼び掛け、私の方を向いて「このまま、ここに居ると夜寒くなって死んじゃうんですよ」と、心配している。

     「盗蜂でなくても、今の時期は巣箱から飛び出した蜂が寒さで近くに止まったら、そのまま凍り付いたように巣箱に帰れなくなるんですよ。そいつを捕まえて両掌に包んで温めてやると、又、生き返るんですよ」

     我が子のように慈しみ、愛情を掛けて育てているのだ。

    アカシアが咲くとユリノキが咲く

     翌朝は、秋晴れの清々しい天気だった。この日は、自宅から車で40分ほどの距離にある滝沢市の巣子(すご)蜂場へ行くことになっていた。蜂場に着く前に君塚さんが案内してくれたのは岩手県滝沢森林公園だ。駐車場から少し歩くと、一抱えも二抱えもありそうなユリノキの大木が森になっている。君塚さんはユリノキの梢を見上げて、「ほら、あれが花芽なんですよ。沢山あるでしょ。乳白色でオレンジ色の模様があるチューリップのような大きな花が咲くんですよ」と、現在では実になっている枝先を指差す。現在は実であっても、君塚さんにとってはそこに花が咲いていると見えているのかも知れない。

     「6月に入ってアカシアが咲くと、ほとんど同時にユリノキが咲いて、花の時期は長いね。6月一杯は咲いている。ユリノキの蜜を搾った時には白い泡が出るんですよ。1日置くと収まって、色は少しあるけどアカシア蜜よりは透明度が高いですね」

     ユリノキに対する君塚さんの思い入れは深く。サケが産卵に遡ってくる乙部川の岸辺に、自分で苗木を買って植えたほどだ。

     すっかり葉の落ちてしまったユリノキの並木の下を歩きながら、「ユリノキ咲いたぞ、採れよ採れよ」と、小声で見えない蜂に呼び掛けている。君塚さんには満開の花が見えているのだ。

    平和な暮らしを侵され怒っている

     君塚さんの滝沢巣子蜂場は、自動車修理工場の奥から急斜面を降りた一角にあった。蜂場専用の軽トラックで急な坂道を降りていくと、3段か4段積みの巣箱が30群ほど見えてきた。君塚さんは軽トラックの助手席に置いてあった巣箱の位置図に書き込まれた群の情報を復習するように見て、ただちに越冬の準備に掛かった。近くで写真を撮影していると、絡みつくように蜂が寄ってきて攻撃的だ。

     「寒いとこ(巣箱を)開けられたからだろ。平和な暮らしを侵されて怒っているんだ」と、君塚さんが蜜蜂の心境を代弁する。

     君塚さんが蜜蜂を相手に作業している様子を傍で見ていると、心の中で常に蜜蜂と会話を交わしているように感じる。

     3段4段に積み上がった巣箱でも、継ぎ箱を取り除くと巣枠の上に溢れるように蜜蜂が居る。強い群の証しだ。

     「お母さんが、3年稼いでくれましたから、稼いでくれたお母さんの系統は残してあげるんですよ。すると、ちゃんと応えてくれますから。まだ、今の時期、卵を産んでるわ」と、君塚さんは巣箱から溢れるような蜜蜂の様子に満足そうだ。

     「オオスズメバチの時期は、毎日来てるんですよ。偶にしか来ないで、来たらオオスズメバチにやられていたっていうんじゃ、なんか嫌ですもんね」

     自宅横の乙部蜂場で仕事をしながら、片道40分余りの巣子蜂場に毎日来るのは大変なことだが、心の中で常に会話を交わすほど親密な存在の蜜蜂だからできるのだと思えた。

    10時の休みはねえ、昼休みは短けえ

     自分の家族のように手を掛け親密に育てている蜜蜂を、先には引き継いでくれる人が居るのかと気になるところだが、実は、君塚さんの息子の雅裕(まさひろ)さん(30)は、村上さんが勤める大手養蜂場で養蜂家として働いているのだ。それなら当然、時間がある時には君塚さんと一緒に蜜蜂の世話をしてると思ったが、「『10時の休みはねえ、昼休みは短けえ、3時の休みはねえ、5時過ぎてもまだやってる』と言って手伝ってくれねえですもん」と、君塚さんは愚痴っぽく言う。しかし、世の中に数知れず職業がある中で、敢えて養蜂業の会社に勤めようと決めた時点で後継者になることを決意したと思えるが、いかがだろうか雅裕さん。

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