2019年(平成30年3月) 31号

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撮影:塩川陽一

撮影・編集:塩川陽一

 カウンターの上の大皿にきれいに並べたスパイスが置いてある。「今日はカレーを作ります。ビーフカレーなんですけどね、スパイシーカレーと言った方が良いのかな。カレーと言うと、みんなの顔がほっとほぐれますよね。この皿の5種類のスパイスは最初にピュアオリーブオイルで炒めるためで、左上がカルダモン、その上がクローブ、シナモン、手前左がローリエ、右はタカノツメ」。こんな説明を聞いているうちに、料理と撮影が始まった。

 研郎シェフは包丁を研いでから、玉ネギのみじん切りを始めた。シャッシャッシャッと小気味の良いリズムで玉ネギを切る音が響く。

 「次は、深型フライパンに油を入れてスパイスを炒めますけど、タカノツメは種を抜いておきます。弱火でじっくり炒めて香りを出しますね」

 しばらくスパイスを炒めた後、研郎シェフはみじん切りにした玉ネギを深型フライパンに加えた。ジッジッジーッと油の弾ける音が響く。フライパンを前後に揺すりながら、丁寧に木ベラで玉ネギを掻き混ぜる。

 「これ、結構長く炒めます。最初は強火で炒めて、だんだん火を弱くしていきます。玉ネギの水分を出し切るように、色が変わるまでじっくり炒めていきます。ここで塩を小さじ一杯ほど入れます」

 ジッジッジッーッ、玉ネギを炒める音が続く。ガス台とフライパンのぶつかる音が響く。

 「シナモンが入っているので甘い香りがいいですね。焦げるんじゃないかと心配になるぐらいまで炒めます。ほんと地味な作業なんですよね」

 木ベラがフライパンに当たる音が、炒める作業のリズム感を伝える。

 「ニンニクとショウガの摺り下ろしたのを入れます。更に炒めますよ」

 研郎シェフは30分ほども玉ネギを炒めていただろうか。

 「玉ネギは炒め終わりましたので、次にホールトマト400gを入れます。ここでも小さじ一杯ほどですかね、塩を入れます」

 再び、フライパンとガス台がぶつかり合う音が激しくなった。

 「水分が無くなるのが目安ですね」。そう言うと、研郎シェフは左手を腰に当て、ガス台に置いた深型フライパンに向かって木ベラを動かし続ける。「ペースト状になってきたらオーケーです」。ボッと大きな音を立てて火を止める。「スパイスを入れて再び炒めます。ターメリック、チリペッパー、コリアンダーをそれぞれ小さじ2杯ずつです」。ボッと火を点ける。少し炒めて、すぐ火を止める。「お肉を入れます。角切りの宮崎牛に塩、コショウをして良く混ぜておきます」。再び、ボッと火を点ける。フライパンに材料を入れる時は、必ず火を止めてからなのだ。1分ほどで火を弱火にし、更に炒める。「水を400cc入れます。蜂蜜大さじ2杯もここで入れます。これから1時間ほど弱火で煮込みますね」

 ピィピィピィピィと電気炊飯器から音がする。ターメリックライスが炊き上がった音だ。「米3合を研いで、ローリエ2枚とターメリック、後は無塩バター20gですかね。これを混ぜます。お米が黄色くなります」。炊飯器を仕掛ける時の研郎シェフの説明だ。炊飯器の蓋を開けるとフワッと湯気が立ち上がった。黄色いご飯の中央に一枚のローリエが美しい。

 しばらくすると、研郎シェフが深型フライパンを覗き込んだ。「50分煮込んでますね。大量に水気が減っています」と言うと火を止め、最後のスパイスとしてガラムマサラを加えた。いわゆるカレー粉だ。それをサッと掻き混ぜ、スプーンで味を見た研郎シェフ。「よしっ」と満足そうである。

 「こんな風に時間を掛けてカレーを作る主婦は少ないでしょうけど、ホールスパイスを油で炒めて、スパイスの香りを油に移し、玉ネギをじっくり炒めるだけで市販のカレー粉の味もグンと良くなりますからね。そこはぜひ真似てやってほしいですね」と、研郎シェフ。

 研郎シェフが腕を振るったスパイシービーフカレーをいただく。

 牛肉がゴロゴロと入っている。牛肉の塊を一つスプーンに載せ口に運ぶ。

 最初に感じるのは、ほんのりした甘みだ。続いて、ジワッとスパイスの香りが広がり、上顎にスパイスの刺激が迫ってくる。最後に残る酸味はホールトマトなのだろう。不意にカルダモンの粒が弾け、口の中を香りが支配した。若い頃にインドを貧乏旅行した時、泊まるホテルがなく雨の中を歩き廻った切なく寂しい思い出が蘇る。

 「カレー屋さんのカレーは欧風カレーですよね。これはアジア風カレーですけど、スパイスを使った煮込み料理を作りたいなと思ってて、これは色々なスパイスを足し算した香り高いカレーなんですよ。煮込みをしていると、すごく料理をしている気分になれるんですよね。楽しいですね」

 研郎シェフが、何気なくシェフ魂の神髄を言葉にした。

桑原 研郎(くわはら けんろう)

1976年生まれ。2003年に宮崎市で開業した「ボンターブル」のオーナーシェフ。イタリア料理を中心に、欧州料理を書籍や食べ歩きをして独学で学ぶ。「県産野菜のバーニャカウダ(北イタリア料理・温かいソースの意)」が、宮崎市健康増進課の「伝えたい健やかなおとなメニュー」に選定。地産地消にこだわり、安心で健康な料理を作ることを目指している。

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