2019年(平成30年4月) 32号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

撮影:塩川陽一

撮影・編集:塩川陽一

吉岡良祐(よしおか りょうすけ)

大阪、福岡の「なだ万」にて修業し5年前に宮崎にて独立。「Japanese Restaurantりょう」をオープン。カジュアル割烹という親しみやすい中にも、こだわり抜いた料理を提供。県外から通う常連ができるほどの店となった。素材の知識や調理法には常に進化を求め、今なお新しいアイデアでお客の「美味しい」を引き出している。現在、宮崎市内で3店舗を経営。

 調理台の盆に、濃口醤油とたまり、砂糖と蜂蜜が小さなボールに準備してある。濃口醤油とたまりの区別が付かない。戸惑っている私をみて、良祐シェフが説明する。「たまりが手に入らなければ刺身醤油でも良いんですけどね。たまりの方がコクが出ますね。たまりは塩分濃度を減らしているので、じっくり熟成させないと傷みやすいんですね。その分、タンパク質量が多いんです。醤油には白醤油、薄口醤油、濃口醤油、それにたまりがあって、白醤油の塩分濃度が一番高くて、順に低くなり、たまりの塩分濃度が一番低いという順番です」。醤油の説明をしながら、布巾を持った良祐シェフの手は無意識に調理台を拭いている。

 「今日は家庭でも簡単に作れるように圧力鍋を使って、豚の角煮を作りますね。フライパンに豚バラのブロックを皮目を下にして入れます。強火でいいです。フライパンに油は要りません。熱が加わると肉のラードがどんどん出てきますから」

 少しすると肉の焼けるジィジィとした音が聞こえ、すぐにバチッバチッバチッと油の弾ける音に変わった。およそ3分。「こんな感じでいいですね。そしたら肉の周りも焼いていきます。焼くことによって臭みが取れていきます。しっかり焼き色を付けることで表面に傷が付き、味がどんどん浸みていきますよね。全体に焼き色が付いたら火を止めます」。ここまでおよそ5分だ。焼き上がった豚肉はフライパンからトングで取り出し、皿に置いておく。

 「まず白髪ネギを作ります。根は取り除き、頭の青い部分は出汁用に使いますね。白い所を7〜8センチの長さに切って開きます。芯は外して、白い部分を細切りにしていきます」

 ザクッザクッザクッとリズム感のある音が聞こえる。切るとすぐにボールに準備した水に入れて晒す。良祐シェフは、指先でさっとボールに浮いたネギを掻き回し、わずかに色の変わっていた数本の白髪ネギを自然と手が動くように拾い出した。料理人の繊細さだ。

 「先ほど焼いた肉を圧力鍋に入れていきます。水、料理酒、ショウガを入れて、ネギの青い部分も一緒に入れて蓋をします。ネギは甘い出汁が出ますからね。そしたら圧力を掛けていきます。沸かすだけですから、強火でいいんです。蒸気が出てきたら温度と圧力は一定なんで、そこからは強火にする必要はないんです。弱火で充分。蒸気が出てくるまで待ちますね」

 しばらく待つと、シューシューと音を立てて蒸気が噴き始める。

 「しっかり沸いて、蒸気が出始めたら弱火にします。ここから20分、圧力を掛けていきます。そうすると豚肉が箸で切れるくらいの軟らかさになっていきます」

 無農薬で栽培し、茶葉を粉末にして飲む冷たいお茶をご馳走になりながら、如何にして産地から直に食材を手に入れるかなど、良祐シェフの経営哲学を伺っている間に時間となった。

 「20分経ちましたので、火を止めます。圧力が抜けるまで、このまま待ちますね」。しばらく待って、圧力鍋の蓋を開けると、豚骨スープのような状態になった煮汁に豚バラのブロックが沈んでいる。「豚肉を取り出していきます」と、良祐シェフは穴のあいたお玉で圧力鍋から豚肉を掬い取り鍋に入れる。「この煮汁をザルかクッキングペーパーで漉して戻し汁600ccを量ります。それを鍋に入れますね。それに砂糖、濃口醤油、たまり、無い場合は刺身醤油でもいいんですよ。そして蜂蜜を加えます。蜂蜜を入れると、きれいな照りが出てコクがでますね。火を点けていきます。強火でいいです。強火で炊き上げていきます」

 間もなく鍋の中は底から湧き上がるような泡で一杯になった。良祐シェフはお玉で煮汁を肉に掛け続け、戻し汁を煮詰めていく感じだ。

 「料理人が圧力鍋を使うことは、ほとんどないんですけど。普通は12時間ほど蒸して同じ状態にするんですけどね。圧力鍋というのは繊維を壊して軟らかくしているんですよ。温度を上げずに時間を掛けて蒸すのは繊維を壊さずに肉汁を外に出さないで肉を軟らかくするということなんです。ジューシーさが全然違います。合わせ調味料で煮るというのは、圧力鍋で軟らかくする時に外に出てしまった肉汁、つまり肉の旨みを再び肉の中に入れてやってるという意味なんです。この場合は肉の繊維が壊れているので中に入りやすいんですよ。強火で煮るのはコクと照りを付けてやってるんですね。手法はあらゆる方法があって、後は目的に向かってどこまで詰めるかということですね」

 良祐シェフは、お玉で煮汁を肉に掛けながら、家庭料理と料理人が作る料理の違いを説明する。

 「お好みの濃さになったら火を止めます。ちょっと濃いめの方が美味しいかと思います。艶々して、見た目も美味しい角煮になっていますね。角煮を切って盛り付けます。ちょっとだけとろみを付けていきます」

 水に溶いた片栗粉を鍋に入れて煮汁にとろみを付ける。「少しトローッとする感じで充分なので……。タレを全体に艶良く掛けていきます。仕上げに白髪ネギを載せ、水溶き辛子を添えて完成です」

 午後遅く、ディナー客を迎える前の良祐シェフの店は駅前に新しく開店したばかりだ。真っ新な内装、真っ新な椅子とテーブルで良祐シェフの「豚の角煮 共地餡」を戴く。

 脂身はスーッと箸で切れるが、赤身はしっかり食感が残っている。噛みしめると肉の旨みと甘辛く複雑な甘さが口一杯に広がる。焼酎の友として最適の味だ。横で良祐シェフが同じことを思っていたようだ。「焼酎が辛いですから、甘みのある角煮は合いますよね。今日のはちょっと濃いめかな。照りを付けたくて……。でも、濃度は人ごとに変えられますから。蜂蜜がよう効いてますわ。あの肉の旨みが全部このタレに入ってますからね」

 結局、南九州の焼酎文化と共に伝わる料理ということだ。今夜の晩酌が一層楽しみになってきた。

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