2019年(平成30年4月) 32号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/
編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F
外国製の防護服を着て岱明町の蜂場で内検をする一俊さん
岱明町の蜂場で蜂場の整備をするためにリースしたユンボのシャベルを付け替える一俊さん
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蜂がメインでみかんがサブ
大久保養蜂場は、食の安全を考えたみかん作りをしているが、ミカン作りの方法を急速に有機農法、無農薬栽培に変えたため、みかんの樹がほとんど枯れてしまった。今年(2019年)の春から新しい苗木を植え、新規に有機、無農薬栽培でみかん作りに取り組む予定だ。
「メインはみかんじゃなくて、今は蜂です」と一俊さん。
「みかん作りを無農薬でしよったですもん。だけん、草刈りが間に合わんでですね。マシン油(注1)も使わんでしよったです。自分に問うとですよ。『マシン油を飲みきるや』って、飲める訳がありませんよね。だけん使わんとです。それで、ほぼほぼ(両親から受け継いだ)みかんは駄目になってしもたですもんね。両親から受け継いだみかん園で試行錯誤しながら、ようやくオーガニックの栽培方法を見つけられたように、今年から少しずつ植え替えを進めて、最初から自分の方法で無農薬栽培をしよると、みかんの樹に自己免疫力が強くなってくると思うとですよ。元々、蜂がメインでみかんがサブになってましたからね」
(注1)日本農林規格に定める有機農産物栽培で使用可能な農薬。カイガラムシ類ハダニ類等の防除に有効。
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蜂が強群になれば、もう心配はいらん
一俊さんが、ポリネーション用に貸し出している蜜蜂の内検に行くのに同行させてもらうことになった。
事務所奥の大きな倉庫の一角に置かれた高さ4mほどのタンクから、脚立に乗った一俊さんが、蜜蜂の餌にする異性化糖(高フルクトース コーンシロップ)を持ち運び用のポリタンクに移し替えている。
「餌は、これだけ100%。(異性化糖を)やるのはあんまり良くないという話もありますけどね」
軽トラックの荷台に内検用の道具を積み込んで出発する前、先ほど詰めた異性化糖にオーガニック系の蜜蜂の健康食品といわれる液体「ハイブアライブ」を更に加える。「天然成分由来で、栄養補助食品のようなものなので、使ってみようかなと思ってですね。とにかく蜂を強く元気にですね。蜂くんには香りが大事みたいです」。
イチゴハウスに着き、直ちに燻煙器と異性化糖の入ったポリタンクを両手に下げてハウスの裏側に回ると、イチゴ農家の森川安男(もりかわ やすお)さん(66)が様子を見に出てこられた。森川さんが栽培しているのは、9年もの歳月をかけて開発した甘みと酸味のバランスが良いとされる新品種の「ゆうべに」だ。新品種を早くに導入している森川さんは好奇心が旺盛なのだろう。一俊さんが巣箱を開けて内検をしている間も少し離れた所からじっと見ている。巣板の上を歩く女王蜂を見つけて「ほら、これが女王蜂ですよ」と指を指して一俊さんが教えると、近くまで寄って興味深そうに覗き込んでいる。
一連の内検が終わると、ハイブアライブを加えた異性化糖を餌箱に入れ、巣枠の上に「みつばち活性くん」という乳酸菌入り混合飼料を振り掛けるように与えた。これは女王蜂の生産性を高める成分を含むのだ。
一俊さんが行っている養蜂は、通常より高い到達点を目指す養蜂なのだ。餌は単なる砂糖水ではなく異性化糖で、おまけに栄養補助食品を加えている。さらに乳酸菌入りの混合飼料を与えているのだから、こだわりが伝わる。人間の食事で言えば、通常の食事の栄養価を高めた上にサプリメントで強化している感じだ。
「蜂が強群になれば、もう心配はいらんごつなるけんですね」。一俊さんの「強い蜜蜂群に育てたい」という養蜂技術の信念は相当に強いものがある。
内検の時、巣枠の上に「みつばち活性くん」の白い粉を
振り掛ける
内検を終えると、「ハイブアライブ」を加えた異性化糖を
餌箱に注ぐ
内検がひと区切りすると、巣門の前の草を引き抜く
巣箱にダニ駆除剤を入れる。「
オーガニック系のダニ駆除剤はないのか」と一俊さん
寒風を巣箱に入れないために巣門を塞いでいた新聞紙が
齧られていた。強い蜂群の証しだ
燻煙器の口を手造りの栓で塞ぐ
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夫婦の絆が食の安全を意識させ
強い蜜蜂群を育てる信念と共に、食の安全安心に対する意識も高い。なにせ、みかんの木が枯れていくの見ながら、無農薬栽培の方向性を曲げようとはしなかった一俊さんのことだから。
「何年か前の花の頃じゃけん、5月頃になっとっとですかね。蜂が活発に動きよる頃ですよ。ある農薬を5000倍に薄めるごつ町内のスピーカーで放送しよったですもん。5000倍に薄めるとなら強か農薬ばいなと思いよったですけど、うちの近所の畑で消毒しよらしたら、うちの蜂が山んごつ巣門から扇状に広がって死んどったですもん。豚やニワトリがこがんしこ死んどったら、大ごとになっとでしょうけど、こまんか蜂だけん、ニュースにもならんとですもんね。そん農薬がダントツとは限らんとですけど、ダントツはネオニコチノイド系の農薬で、みかんにも掛けますもんね」
農薬が原因と思われるこのような被害があれば、無農薬でみかんを栽培しようとする方向へ向かわざるを得ないだろう。それに、妻の真弓さんへの配慮も環境汚染に高い関心を持つ要因ではないかと思えた。
「うちの奥さんは化学調味料の入ってる食べ物を食べると、歯が浮くような感じになってしまうらしいんですよ。すぐに分かってしまうと言いますよ」
真弓さんの敏感な体質が、一俊さんに「食の安全」を強く意識させているのは確かだ。
「うちの奥さんのお父さんは、絶対超せない男でした。商売されていたんですけど、お客さんからの信頼も絶大でしたね。お母さんも、こんな女性が世の中に居るのかと思えるようなすばらしい方でしたからね。お父さんからずっと言われていたのは、信用ということでした。お父さんの話をしとくと泣けてくるけん、こんくらいにしますけど。お父さんは体調を崩して入院された時に院内感染してですね……」
一俊さんは多くを語らないが、真弓さんの両親に対する尊敬の念は、一俊さんと真弓さんの夫婦の絆の強さと対をなしていると思えた。大切な妻の体を思いやることが、食の安全を意識させ、更には無農薬でみかんを栽培しようとする試みに繋がっているのだ。蜜蜂をオーガニック系の餌で世話したいというのも同じ信念から発した考えなのだろう。
ここはよだれん出るごつあっと
餌に対する考え方だけでなく、一俊さんは自分が手掛ける蜂蜜の品質に対しても妥協を許さず絶対の自信を持っている。
「うちは80度超えてからじゃないと(遠心分離機に掛けて)振らんと決めとりますけど、糖度が80度超えると遠心分離機の出口から落ちる時に真下に落ちますよね。前に出るような蜂蜜は80度ないですもんね」
大久保養蜂場の蜂蜜を買ってくれたお客さんにも、蜂蜜の品質管理に妥協していない姿勢は伝わるようだ。
「『みかん蜂蜜はお宅のが最高よ』と、わざわざ言いに来てくれたお客さんがありましたね。それに、以前はあまり評判が良くなかったハゼ蜜も最近は人気が出てきました」
玉名市から「玉名ブランド認定品」に第2号として認定された蜂蜜は、6人の審査員全員が賛成してくれたハゼ蜂蜜だったのだ。
しかし、以前からみかんの産地であるという地域性を考えると、みかん蜜が主力であることは間違い無い。秋則さんの話にもでてきたように、みかんの花の時期には、他所の地域からもみかんの花蜜を求めて養蜂家がやってくる。一俊さんも「ここはよだれん出るごつあっとやな」と、天水町がみかんの産地として特別であると言う養蜂家の言葉を実際に聞いたことがあるそうだ。
夏の蜜源を期待して植えたセイヨウニンジンボクの苗木
岱明町の蜂場の片隅で満開だったミモザの花
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新しい苗木は8月の蜜源
この日、一俊さんはイチゴハウスに貸し出している蜜蜂の内検を終えると、車で30分ほど離れた岱明町(たいめいまち)にあるみかん畑に向かった。ここには以前、シメジの栽培をしていた建物がそのまま残されていて、現在は養蜂の巣箱などの道具を置く倉庫として使われていた。
「昔は、収入源がみかん、キノコ、それに蜂って3つあったんですよ。シメジは、ひと晩でグレーに色が抜けちゃうので難しくてですね。シメジを栽培する際に圧力釜の圧を抜く工程があるんだけど、圧が掛かった状態でうっかり蓋を開けようとしたことがあって、爆発はしなかったんですが後で考えたらよくぞ死なんかったなあと思いました。そんなこともあってシメジは止めて、早生のみかん畑だった所にオリーブを植えたんです。今、国産オリーブが人気なんですね。根元に除草シートを張っていたらモグラくんが穴掘ってしもとって、全部だめにしました。全体で一町ほどある畑の早生みかんも晩生のみかんもみんな枯れてしまいました。レモンの木が数本残っただけですね」
一俊さんの話を聞いていると、無農薬でみかんを栽培することや農業そのものの難しさがヒシヒシと伝わってくる。現在は、20箱ほどの巣箱を置いた蜂場になっているが、近いうちに、軽トラックが入れる間隔を取っても100箱ほど置ける蜂場に整備する予定だ。
以前みかんを植えてあった畑を歩いていると、何の木か植えたばかりの苗木が目に止まった。小さな立て札に「セイヨウニンジンボク 平成31年2月21日」とある。一俊さんに確認すると、セイヨウニンジンボクは8月に花を咲かせる蜜源として植えたのだそうだ。今は空き地になっている広い元のみかん畑には、来年の春の蜜源として菜の花とレンゲの種を蒔く計画だと言う。
何らかの新しい試みをしようとする一俊さんに仕事への意欲を感じる。
理想の養蜂技術を模索
一俊さんが巣箱の内検を始めた。卵を沢山産み付けている群の巣箱へ隣の巣箱から卵も蜜も入っていない巣板を1枚入れ、代わりに蜜が詰まっている巣板を返している。
「ほんとは、これに空き巣があれば空き巣をかませてやればよかとばってん。昔はほんと全部こうだったんですよ。2段で越冬させよったんです。上の継ぎ箱には餌の入った巣板を3枚ぐらい入れて越冬させよったんです」
「天然素材のオーガニックで作った蜂さんの栄養剤があればいいんですけど。薬剤関係を使わないで蜂さんが元気になってくれる方法を模索してるんですけどね。ダニもオーガニック系で対策でくっと(できるの)がないかなあと思ってですね。餌の花粉も外国の資料をインターネットで見て、天然花粉と人工花粉の配分量を調べているんです。天然花粉も売ってはいるけど高いですね」
オーガニックをベースにした理想の養蜂技術を模索し続ける一俊さんに、期待と不安が入り交じった日々が続く。
オーガニックベースが養蜂の質を変える
巣箱の内検を終えた一俊さんは、リースしたユンボを運転して土手を削り取り、蜂場の整備を日暮れまで独りで続けた。
「全て完成すれば、巣箱18個が4列、下の段が60個、上が50個ぐらい置けるかな。3、4日あれば……、上の段もあるから1週間ぐらいでできるかな」
一俊さんが現在進めている仕事は、みかんの苗を植え付ける作業も蜂場の整備にしても、未来のための作業だ。今、大きな転換期にあるのが分かる。
自宅前の道路を挟んだ土地では基礎工事が始まり、いずれは作業倉庫が出来る予定だ。
「ここは農振(農業振興地域)の土地なんで、宅地にするのはほぼ無理。だけど、ここに建てるとは作業小屋だけん」と一俊さん。基礎工事が進む作業小屋には、漬物などの加工場と物置、それに採蜜場ができる予定だ。「うちはずっと家に持ち帰って採蜜してましたから」と、採蜜場も新しく建てる計画だ。
期待を形にしていく努力を惜しまない一俊さんと過ごした時間は短かったが、一俊さんが目指すオーガニックをベースにした養蜂技術が、養蜂業の質を変えるかも知れないと思わせてくれた。
内検を終えると、一俊さんが独りでユンボを運転し蜂場の整備を行う。「上の段もあるから1週間ぐらいでできるかな」
道路を挟んだ自宅前の農地に、採蜜場を含む作業小屋を
建てるため基礎工事が進んでいた
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