2019年(令和元年5月) 33号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

王台を見つけて切り取り、分封を防ぐ

 雪解けを待ちかねたように芽吹き始めた木々の新緑が輝く。岩手県との県境、奥羽山脈の真っ只中に拠点を置く秋田県横手市山内の安士(やし)養蜂園には、サクランボのポリネーション用として山形県の農家へ貸し出していた蜜蜂が毎晩のように帰って来ていた。

 「昨日の夜、サクランボ(栽培農家)から持って来たばかり、ちょっと(蜜蜂が車に)酔ったかも知れない。今年は結構蜜が入っちゃったんですよ。2週間がギリギリなんです。16日で(女王蜂が)生まれるからね。時間が経てば経つほど蜂の状態が悪くなります。分封しちゃいますからね」

 堂ノ上蜂場で従業員と一緒に内検をしていた安士養蜂園代表の安士章(やし あきら)さん(64)が、手を休めることなく蜜蜂の状態を説明してくれる。

 ポリネーションに貸し出している間に蜂蜜を溜めるほどの勢力がある群であることは好ましいが、蜜がたくさん溜まると新しい女王蜂を誕生させ、古い女王蜂が群を引き連れて分封しようとするので、貸出期間が長くなると分封が心配になるのだと言う。

 そのためポリネーションから帰って来た巣箱を内検する際、注意するのは王台ができているかどうかだ。見つけ次第カッターナイフで切り取ってしまうのだが、それと同時に女王蜂の存在を確認しなければならない。2人1組になって上段の継ぎ箱と下段の単箱をそれぞれが担当し、女王蜂の存在を確認する。女王蜂が見つかれば下の単箱に移して継ぎ箱との間に隔王板を挟み込む。これにより女王蜂は上段の継ぎ箱に移動ができなくなる。つまり、継ぎ箱には卵を産み付けることができなくなるので、継ぎ箱の巣板はこれから始まる本番のアカシア蜜を溜める専用の巣板になるのだ。

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    蜂数を一定にして品質の高い蜜

     章さんが内検の手を休めずに話を続ける。

     「昨日、山桜の蜜を搾ったんですよ。今年2回目ですね。越冬のため千葉に移動していた時からの蜜なんですよ。最初の採蜜は4月22日かな。今年のように寒暖の差があると、蜜を噴くみたいですね。一箱当たりの働き蜂の数で採蜜量は決まりますからね。ですから、なるべく蜂数は多い方が……」

     ポリネーションから帰って来たばかりの蜜蜂群なのに、蜂の数は巣箱から溢れるように多い。内検を進めると、サクランボの蜜を溜めたムダ巣が巣箱の縁にくっ付いているのが見つかった。勢いが余って巣枠がない空間にも巣を造っているのだ。

     蜂の数が多いだけで満足していては、養蜂家として駄目だと章さんは言う。

     「群の蜂数を一定にしとかないと、蜜の濃度にムラが出たりして、蜜の品質にバラツキが出ますからね。やるからには良いもんを採らないとね」

    オブジェは蜂の道しるべ

     内検をしている堂ノ上蜂場の巣箱が並ぶ中に、何やら変わったオブジェが一定の間隔を置いて立っているのが気になって章さんに聞いてみた。

     「蜂が自分の巣に帰って来る時の目印。やっぱ色々考えるんですよ」

     蜜蜂が何に従って行動しているのか、何に影響を受けているのか、章さんは常に蜂の側から養蜂を考えているようだ。章さんは、この日も午後遅くから山形県にポリネーション用として貸し出している蜜蜂を引き取りに出掛けた。

    熊もいるし魚もいる

    キノコも生えるし蜂もいる

     章さんが出掛けた後、仕事の指揮を執っていたのは、章さんと家が近所で子どもの頃から山や川で一緒に遊んだ髙橋博明さん(63)である。

     「去年まで会社勤めしていて、養蜂の手伝いを始めてちょうど一年。養蜂が大変なことは分かりました。牛豚とは違う。体力勝負ですね。蜂の世界というのは時間が限られているから、蜂に人間が合わせているみたいだ。蜂はやっぱ、生半可な気持ちじゃできないですね。それに、親方は蜂が趣味みたいに熱心なんだから。あの人は、私らでは想像できない哲学を持っているんですよ」

     気心の知れた幼馴染みだが、養蜂に掛ける章さんの情熱と知識には一目置いているようだ。奥羽山脈の自然の中で育った博明さんも自然との親しみ方を体で知っている。

     「自然があまりにも一杯あり過ぎるな。熊もいるし魚もいる。キノコも生えるし蜂もいる。山菜はほとんど何でも採れますね」

    道具は惜しんじゃいけない

     この日の夜は、山形県へ蜜蜂を引き取りに行った章さんが帰って来るのに合わせて、蜂場に熊避けの電柵を張るなどして巣箱を設置する準備をしておかなければならなかった。午後9時に外山(そでやま)蜂場に集合だ。

     外山蜂場は、1998年に竣工した多目的の大松川ダムによってできた「みたけ湖」に水没した集落に近い山中にあった。道路脇に残っている雪の塊が車のヘッドライトに一瞬浮かぶ。外山蜂場にはヘッドランプを点けた従業員6人が集まっていた。午後10時ごろに章さんのトラックが到着する予定だ。それまでに電柵を張り終えなければならない。

     闇の中でヘッドランプだけを頼りに、黙々と杭を打ち電線を張り巡らしていく。この時期は毎夜繰り返されている作業なので、自ずと役割は決まっているのだろう、打合せもないまま始まった作業は1時間足らずで終わった。

     トラックが到着するまでの間、皆がヘッドランプを消して闇の中で休憩している。何気なく空を見上げると、木立の間から満天の星空が輝いていた。

     そんな静かな時間も束の間。章さんの運転する4トントラックが巣箱を満載にして到着すると、従業員は一斉に背中に巣箱を担いで蜂場に運び込み、巣門を開け、カバーを被せていく。蜂場は整然と並んだ巣箱でみるみる一杯になっていった。

     「ここの電柵は12000ボルト出ます。運んできた4トントラックはカスタム仕様にしてあるし、空巣を5℃から7℃の間で保存するための冷蔵庫は長さ12m幅2.5mあります。ここは最低でも2mの雪が降りますから、道具を野積みは出来ないですね。道具は惜しんじゃいけないんですよ」

     章さんの意気込みが伝わってくる言葉だ。作業が全て終了したのは深夜12時近くになっていた。

    煙は周りにふわっと掛けなきゃ

     翌朝は、前日の内検作業が終わりきれなかった堂ノ上蜂場で仕事が始まった。

     「昨夜は疲れたでしょう」と、博明さんに声を掛ける。「いゃーっ、何の何の、毎年の行事だから、お祭だと思って」と、深夜の重労働だったにもかかわらず元気な声が返ってきた。

     この日は、昨日体調が悪く休んでいた章さんの長男の安士信章さん(32)も姿を見せていたし、事務職として働く照井紀子さん(58)も蜂場の仕事に駆り出されていた。総勢9人での作業だ。

     章さんと照井さんが組になって内検を進めていく。

     「今年の寒さがいいんですよ。寒いと分封しないんですよ、やっぱり。内検すると王台が沢山出来ているんですよ。もう女王蜂が生まれる直前の王台もくっ付いているけど、分封するまでには至ってないですね」

     照井さんが燻煙器で巣箱に煙を噴き掛け、章さんが巣板を取りだして王台の存在や女王蜂の有無を確認していく。びっしりと巣板に付いた蜂の数に章さんは満足そうだ。

     「巣箱の中に(煙を)入れちゃだめ。周りにふわっと掛けなきゃ」

     仕事に慣れない照井さんの様子を見ながら、章さんが燻煙器の使い方を教えている。ゆっくりと巣板を持ち上げ、太陽の光に照らすように巣板を傾けて巣房の中に産み付けられている卵の有無も確認している。

     

     

     近くで博明さんと組になって内検をしていた堀内陽子さん(41)が、章さんに尋ねる。「女王蜂いねっ時、新巣を入れ替えねくたっていいんですか」。章さんが答える。「入れ替えなくたっていいよ」。堀内さんは、安士養蜂園の職員の中では只1人の女性蜂場作業員だ。丸4年が過ぎたところで、もうベテランの域である。同じ防護服を着て言葉遣いが男性のようなので、私は最初男性と勘違いしていたほどだが、他の職員に対する細やかな気遣いを見ていると、安士養蜂園に無くてはならない存在となっていると感じた。

    蜂、花、天気の三拍子

     堂ノ上蜂場の内検を終えると、昨夜巣箱を運び込んだ外山蜂場に移動して内検だ。昨夜は暗くて地形が分からなかったが、改めて周辺を眺めると蜂場は深い山の中の切り拓かれた平地だ。「奥羽山脈の中でも熊はここがメッカだと思いますよ」と、博明さんが深い山中であることを教えてくれる。

     ここでも2人1組になって、お互いに「せーの」と声を掛けて継ぎ箱を持ち上げ、後ろのビールケースの上に載せる。継ぎ箱と単箱とを、それぞれで確認し、継ぎ箱の巣板は女王蜂が居なければ巣門の前で払って、もう一度継ぎ箱に戻す。単箱の巣板は王が居なければ、そのまま元の単箱の位置に戻すを繰り返す。その際、王台が出来ていれば、それを切り取る。女王が確認できなかった場合は、リスク回避のために成長の遅い一個の王台を残しておく。間もなく始まるアカシア蜜の採集の準備として、そんな内検作業が続く。

     「今年はしこたま(蜜が)入っていますよ。こんな入る年は少ないですよ。(越冬のために巣箱を移動させていた)千葉で入ったんですよ。やっぱり波がありますからね。人間の思うようにはいかないですね。蜂、花、天気の三拍子揃って蜜は採れるんですけど、蜂屋ができることは蜂を良くすることぐらいですからね。でも、良い蜂は手間が掛かる。分封しちゃいますからね。分封しようとしている蜂は蜜を溜めないですからね」

    春の蜂は秋、秋の蜂は夏

     章さんは、この日もポリネーション用に貸し出していた蜜蜂を引き取りに山形県まで行くというのに同行させてもらった。4トントラックの助手席で章さんの話を聞いた。

     「うちの親父は50(群)とか100(群)とか(蜜蜂を)飼っていたんで、厳密にいうと私は2代目ですね。蜂は飼ってもね、使いこなせないと駄目なんですよ。親父は使いこなせてはなかったですね。基本は同じだけど、応用が必要になってくるんですよ。今(4月)までの時期に巣を作らせます。若い蜂は巣を作りたいみたいですね。勢いのある蜂がないと巣礎も盛らないですけどね。巣が新しいと蜜がきれいなんですよね。私らの仕事は一斗缶に蜜を詰められるまでが勝負ですからね」

     「最盛期には1日で一斗缶で72、3本、それが最高ですかね。車が買えますね。農業の中では儲かる部類じゃないですか。一番採った時には、年間一斗缶で1200本採りましたよ。蜂場は2町5反ぐらいあるんじゃねえかな。今朝行った堂ノ上蜂場が元の自宅なんですよ。あそこは戦後の開拓地なんですよ」

     「この世界は先を見られないと駄目なんですよね。気が利かないと駄目なんですよ。春の蜂は秋、秋の蜂は夏でしょう。だから年間通して良い蜂を育てないと駄目なんですよね。やっぱ若者を育てないと駄目だなっと思って、それで法人化を考えているんですよね」

     「妻は3年前に56歳で亡くなりました。小売りをやってくれてたんですよ。暮れに亡くなったんですけど、3月まで何も手に付かずでしたね。それで、その後が大変で、翅切りの時期だったですからね。何とか餓死させないで済みましたけどね」

     「趣味がキノコ採りなんですよ。主にマイタケ。47、8(歳)から同じ山に入ってるんですよ。山の斜面をジグザグに歩くんですよ。あれば採るじゃないですか。だから、だんだん10㎏20㎏と採ると、体が付いてこなくなりましたよ。趣味なんで、蜂も同じですけど、何をやっても苦じゃないですよ。従業員が付いてくるかどうかですけどね。マイタケ採りはもうやめらんねえね。時期になると夢に出てくるもんね」

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