2019年(令和元年5月) 33号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

輸入自由化で蜂が必要に

 ポリネーション用の蜜蜂を引き取りに行った山形県東根市長瀞(ながとろ)のJA集荷場へは、まだ日暮れまで時間のある頃に到着した。サクランボ栽培農家へ貸し出す窓口となっている株式会社山形養蜂場の熊谷守さん(67)が待っていてくれた。農家が蜜蜂を返しに来るのは、日暮れて蜜蜂が巣箱に帰ってからのことなので、しばらくは時間がありそうだ。

 「3日間の気温の低い日があったよね、あれで押さえられちゃったのよ。3日間続いたもん。それで(交配の期間が)長引いちゃったのよ」

熊谷さんは、貸出の期間が長引いた理由をそれとなく説明している。貸出期間が長引けばそれだけ分封する可能性が高くなると、安士さんが心配していることを知ってのことだ。

 「蜂でポリネーションをやるのは、うちが日本で最初に始めたのよ。もう40年になるかな。山形のサクランボは、以前は缶詰に使っていたナポレオンという品種だったの。それが輸入自由化で生食になったのよ。ナポレオンはすっぱくて生食では食べられないのよ。佐藤錦になったのよ。それで蜜蜂が必要になったの。昔は、そこら辺にたくさん昆虫がいたけど、今は農薬で昆虫がいないのよ。それで蜜蜂が要るのよ。ポリネーションを全部お金にしたら3兆円産業だというのよ。私、もう蜂をいじくって50年だよ」

 熊谷さんの話を聞いているうちに、ポツポツとサクランボ農家が軽トラックに1箱2箱と巣箱を積んで返しに来始めた。サクランボのポリネーションに貸し出していた蜜蜂の回収は、この日で全て終りになる。

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    蜂が強群になれば、もう心配はいらん

     一俊さんが、ポリネーション用に貸し出している蜜蜂の内検に行くのに同行させてもらうことになった。

     事務所奥の大きな倉庫の一角に置かれた高さ4mほどのタンクから、脚立に乗った一俊さんが、蜜蜂の餌にする異性化糖(高フルクトース コーンシロップ)を持ち運び用のポリタンクに移し替えている。

     「餌は、これだけ100%。(異性化糖を)やるのはあんまり良くないという話もありますけどね」

     軽トラックの荷台に内検用の道具を積み込んで出発する前、先ほど詰めた異性化糖にオーガニック系の蜜蜂の健康食品といわれる液体「ハイブアライブ」を更に加える。「天然成分由来で、栄養補助食品のようなものなので、使ってみようかなと思ってですね。とにかく蜂を強く元気にですね。蜂くんには香りが大事みたいです」。

     イチゴハウスに着き、直ちに燻煙器と異性化糖の入ったポリタンクを両手に下げてハウスの裏側に回ると、イチゴ農家の森川安男(もりかわ やすお)さん(66)が様子を見に出てこられた。森川さんが栽培しているのは、9年もの歳月をかけて開発した甘みと酸味のバランスが良いとされる新品種の「ゆうべに」だ。新品種を早くに導入している森川さんは好奇心が旺盛なのだろう。一俊さんが巣箱を開けて内検をしている間も少し離れた所からじっと見ている。巣板の上を歩く女王蜂を見つけて「ほら、これが女王蜂ですよ」と指を指して一俊さんが教えると、近くまで寄って興味深そうに覗き込んでいる。

     一連の内検が終わると、ハイブアライブを加えた異性化糖を餌箱に入れ、巣枠の上に「みつばち活性くん」という乳酸菌入り混合飼料を振り掛けるように与えた。これは女王蜂の生産性を高める成分を含むのだ。

     一俊さんが行っている養蜂は、通常より高い到達点を目指す養蜂なのだ。餌は単なる砂糖水ではなく異性化糖で、おまけに栄養補助食品を加えている。さらに乳酸菌入りの混合飼料を与えているのだから、こだわりが伝わる。人間の食事で言えば、通常の食事の栄養価を高めた上にサプリメントで強化している感じだ。

     「蜂が強群になれば、もう心配はいらんごつなるけんですね」。一俊さんの「強い蜜蜂群に育てたい」という養蜂技術の信念は相当に強いものがある。

     

    帰ってきた蜂が蒸殺

     午後8時に山形県東根市長瀞のJAを出発して、ほぼ2時間で福万蜂場に到着した。待ち構えていた従業員が、闇の中でヘッドランプを点け、背中に巣箱を担いで蜂場に規則正しく並べていく。

     巣箱の蓋に耳を当てるとウォーンと羽音が聞こえる。巣房に溜まっているサクランボの蜜を翅で扇いで水分を飛ばしているらしい。背中に巣箱を乗せた従業員が、「なしてこんな重いんか」などと声に出して運んでいく。

     章さんがその理由を説明してくれた。「トラックに積み込む時は蜂が翅で蜜を扇いでいるので巣箱は軽いが、トラックで運んでいる間に巣箱の内部が冷えると蜂の動きが鈍くなり、翅で扇がなくなる。そうすると蜂場に着いて巣箱を運ぶ時には重く感じてしまうんだよ」

     昨夜と同じように黙々と作業は進んでいたが、設置作業の終わり頃に一つの巣箱に異変が見つかった。蒸殺だ。全滅である。運の悪いことに、貸し出していた農家の名札が外れてしまっていて、その原因を聞くこともできない。

     「しょうがないな、これじゃ保険も出ないな。今日に限って積み込む時にきちんと調べておかなかったからな」

     章さんが自らを慰めるようにポツリと言う。

    分封した蜂が帰ってきた

     翌日の朝、山形県から運んできた蜂群を福万蜂場で内検していた章さんが声を上げた。

     「おっ、王台がない。これが理想です。王台を造らないように言っているんですけど、なかなか言うことを聞いてくれない。蜜を溜めすぎるんですよ。蜜はいいから蜂が欲しい。一箱当たりの働き蜂の数で(蜜が)採れるかどうか決まってくるから……。分封しようとする時には、女王蜂の体は前もって小さくなっていきますね。ローヤルゼリーしか食べていないのに、どうやって体の大きさをコントロールしているのか」

     首を傾げている章さんに信章さんが聞きに来た。

     「今朝、分封してた蜂が帰ってきているみてえなんだけど、そのままにしといて良いのかな」

     「新王は居るんか」

     「分かんねぇ」

     「そんならそのまましとけば……。隔王板は入れておいた方が良いぞ」

    蒸殺直前、真っ直ぐ上向いて

    飛んで上がる

     内検を続けていると、昨夜に続いて蒸殺していた群が見つかった。全滅ではないが、8割ほどの蜜蜂が死んで巣箱の底に死骸が積み重なっている。生きている蜂を新たな巣箱へ移し、死骸をビニール袋に入れる。重苦しい空気が流れる。

     「酸欠で窒息でしょうね。苦しがって穴という穴に入るんだよね。餓死の時もそうなんですよね。巣箱と継ぎ箱で3、4万匹はいたでしょうね。巣板も使い物にならんですよ。蒸殺直前になると巣箱の中でキーンという音がするんですよ。その時にやべぇっていうんで巣門を開けてやると、真っ直ぐ上を向いて飛んで上がるんですよ」

    女王蜂2匹は要らねえ

     整然と並べられた巣箱の外側にびっしりと蜂が付いている一箱があった。巣箱に帰る時に目印になっていた福万蜂場の周りの杉の頭を切ってしまったため迷っている蜂と、一旦は分封したけど帰って来て行き場のなくなった蜂群が合流して巣箱の周りに溢れるようになっているのだと、章さんが説明してくれる。

     従業員の山本健介さん(38)が章さんに聞きに来た。

     「社長、生まれたばかりのような女王蜂がいたので、下の巣箱に入れたんですけど、上の継ぎ箱にも、又、生まれたばかりのような女王蜂がいたんですけど、どうしたら良いんですか」

     「そんなのためらったってしょうがない。上の女王蜂は殺さなきゃ。女王蜂2匹は要らねえ」

    夏は養蜂 冬は除雪

     午後からは、集落の上にある南郷蜂場へ移動して内検を続ける。見晴らしの良い蜂場で太陽光が降り注いでいる。

     章さんは「元気な羽音でしょう」とご機嫌だ。

     「一戸建てから長屋のアパートに引っ越してきたようなもんだから、今朝の福万蜂場の蜂の羽音はどこに行ったら良いのか迷っているような羽音だったけど、ここの蜂の羽音は元気の良い羽音ですよね」

     午後のお茶の時間に従業員に聞いた。8年前から安士養蜂園で働き始めた小原勝さん(50)は、ハローワークでの募集を見て養蜂の仕事を始めたのだと言う。

     「最初はどういうことをやるのか興味本位でやり始めたんですけど、変わったことをやるのが好きなんで……。刺されても、そんな腫れねぇし、今になってみると相性がよかったんでねぇかな」

     小原さんの他、山本健介さんと横山雅彦さん(35)、高橋章則さん(34)の3人もハローワークでの募集で安士養蜂園に働き始めて3年になる。全員が冬の期間は除雪車のオペレーターをしていて、春から秋の期間に安士養蜂園の仕事をしているのだ。

    採蜜専用トラック乗り付ける

     1日置いた日曜日、福万蜂場で山形県から運んできた蜜蜂群の採蜜が、午前6時から始まった。気温は4℃だ。

     昨日の内検の時、分封していた群を巣箱に入れたが、今朝は巣箱が空になっていた。

     「元居た巣箱に戻ったか、どっか行っちゃったかだな。結局、ものになんなかったな」「この箱は羽音がうるさいでしょ。翅の震わせ方が違う。女王蜂居ないんですよ、変成王台を作ってる」と章さんが、事務職の照井さんと組んで採蜜前の内検をしていて教えてくれる。

     安士養蜂園の採蜜は、遠心分離機を荷台に載せ、盗蜂避けのネットを張った採蜜専用のトラックを蜂場に乗り付けて行う。

     「(搾った蜂蜜の糖度が)82度あった」と、搾った蜂蜜を一斗缶に移していた横山さんが皆に教えている。「流れねっす、硬くて」。蜜蓋を切って遠心分離機に巣板をセットしている堀内陽子さんが少し嬉しそうな声を出す。日本養蜂協会の基準が78度と決められている中で、より熟成が進んだ糖度82度という蜂蜜は、養蜂家には嬉しい数字なのだ。

    だめだめ、転がる

     採蜜に先立って内検を進めていた章さんが、養蜂はどうあったら良いのかを言葉にする。

     「だいたいどの巣箱を開けても、金太郎飴みたいに同じになってないといけないんだよね。それが基本だよね。そうすると管理もし易いんだよね。良い蜂じゃなきゃ、蜜を集めないんだから」

     電動蜂払い機で巣板に付いた蜂を払うのは小原さん、その巣板をトラックまで運ぶのが高橋章則さん。淡々とした流れ作業で採蜜は進む。採蜜を終えた巣板を巣箱に戻す前、章則さんは消毒のために次亜塩素酸水を噴霧して元の継ぎ箱に戻している。

     何ごともなく採蜜が進んでいるかに思えていたが、昨夜分かった蒸殺の群で生き残っていた蜂の幼虫が死んでいた。「これは採蜜しない方がいいな」と章さん。一旦事故にあった群を再生するのは難しいようだ。

     「あーっ、だめだめ、真っ直ぐに持たないと(王台が)転がる」

     切り取った王台を入れたプラスチック製の箱を照井さんが運んでいる時、箱を傾けて運んでいると章さんが注意する。女王蜂の居ない群の巣箱に、他の群で切り取った王台を入れてやると、新しく生まれた女王蜂をそのまま受け入れて、新しい群として活動を始めるのだ。その際、王台が転がるような扱いをしてしまうと女王蜂の誕生に支障が出る可能性があるためである。

    体で覚えた自然を活かす天性の養蜂家

     朝食時間を兼ねた8時過ぎの休憩。それぞれが自分の車でパンやおにぎりを食べている。聞こえてくるのは鳥の声と風の音だけ。幼い頃から自然を遊び場にしていた博明さんがしみじみと言う。

     「何もねぇ、鳥の声だけが聞こえてくるとこに居ると、幸せ感じるな。スーパーの見えるような生活は好みでねえから」

     内検が終わり章さんの姿が見えなくなったと思っていると、両手にウドを抱えて蜂場脇の土手から上がってきた。「天然のウド。お土産に持って帰ってください」と、私に差し出してくれた。「分封した群が、そこの土手に居ますね。巣箱持って行って置いときますか」と、章さんが空の巣箱を分封した群の傍らに置くと、自然と巣門に吸い込まれるように蜂が巣箱に入っていく。

     「こういう所に分封しているってことは、翅を切ってある旧王でしょうね。一箱分くらいの数がいますね。一から巣を造るつもりで分封しますからね。体の中に蜜を持って出るんですよ」

     章さんの養蜂を見ていると、幼い頃から馴染んだ自然との付き合い方が、そのまま蜂との接し方になっているように思える。章さんは、養蜂という特別な職業を営んでいるのではなく、幼い頃から自然の中で遊び体が覚えた知識、風や気温、地形、天候などによって移り行く自然界の変化を蜜蜂に当てはめているだけなのかも知れない。章さんは天性の養蜂家なのだと思えてきた。

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