2019年(令和元年7月) 34号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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空からフワッと降って巣門に入る

 遠心分離機で搾った蜂蜜を漉し器に移していた賢一さん。

 「今日の蜜は赤いですわ。アカシアは終わって、他の蜜が入ってきているということですね」

 それまで気付かなかったが、確かに昨日搾っていた蜂蜜と比べると少し赤みを帯びているようだ。蜂蜜の色の小さな変化も周りの自然の変化の現れなのだ。養蜂家がちょっとした自然の変化に敏感なのも分かるような気がする。

 1時間ほど採蜜をしていたが盗蜂が増えてきたため、賢一さんの判断で盗蜂避けのテント型蚊帳を張ることになった。盗蜂は、採蜜した蜂蜜を採りに来る蜜蜂のことで、周りに蜜源が少ないと当然盗蜂は増えることになる。

 蚊帳を張り終わると、中でしばし休憩だ。福留さんは蚊帳の中でも面布を取らないで面布の下から手を入れてペットボトルのお茶を飲んでいる。蚊帳の中にも数匹の蜜蜂は入ってきているので不安なのだ。

 休憩の間に賢一さんが蜜蜂の面白い様子を教えてくれた。

 「蜜を採りに行った蜜蜂が、腹に一杯の蜜を持って巣箱に帰ってくるでしょ。その時すぐに巣門に入らずに、近くの木の上なんかでハァーハァーと肩で息をするように休んでから巣門に入っていくんですけどね。その休んでいる間というのが、ちょうど29秒なんですよ。蜜で体が重くなってますからね。可愛くて可愛くてね。ありがとうねって気持ちになりますよね。29秒休むと、空からフワッと降ってくるように巣門に入っていくんですよ」

 賢一さんは仕事を忘れて夢を見ているような表情である。

まとわり付く蜜蜂を追い払うために福留さんが燻煙器の煙を顔に掛ける

盗蜂を避けるために張った蚊帳の中で休憩する賢一さん(左)と福留さん。

福留さんは蚊帳の中に数匹の蜜蜂が入ったため面布を脱げない

煙の掛け方が一番大事

 採蜜を再開してしばらくすると、蜂が落ち着いてきた。賢一さんが呟く。「何かの花が蜜を噴いてるね」。賢一さんは、蜜蜂の僅かな変化に周りの自然の様子を重ね合わせて仕事をしているのだ。

 「蜂を見たくなる感覚が分かりますかね。蜂を見るのが楽しみ。良い蜂をみると、よしよしという気持ちになって元気になるんですよ。ちゃんと管理しとけば、蜂というのは温和しいですからね。小さい頃から親父の仕事を見てきて手伝いもしてきましたけど、31歳の時に独立して自分でやってみると、5年間は失敗続きでしたね。何でも蜂のことは分かっているつもりでしたけど、煙の掛け方が一番大事なんですよ。蜂を荒くするのも温和しくするのも扱い方ですね」

 福留さんを見ると、先ほどと同じように蜜蜂がまとわり付く中で、気持ちが引けることなく黙々と仕事をしている。そんな姿に何としても一人前の養蜂家にならなければという福留さんの決意を感じた。

分封して近くのアカシアの枝にぶら下がった蜜蜂の群

賢一さんが枝を引き下ろして分封した蜜蜂の群を巣箱に回収する

さとう養蜂園では採蜜を終えた巣板に母成と塩を溶かした栄養剤を噴霧する

母成と塩の栄養剤を噴霧した巣板に水滴が光る

綺麗やなぁ、売りたくない

 荒い蜂や盗蜂で苦戦した西村蜂場の採蜜だったが、当別町の倉庫に帰り着いたのは、まだ午前11時ごろだった。これで、今年のアカシアの採蜜は全て終わったことになる。クローバーの採蜜が始まるまでには10日間ほどの余裕があるので、福留さんの表情にようやく開放感が漂う。いよいよ明日からは蜂の割り出しが始まる予定だ。

 道内で仕事をしている同業者から「アカシア蜜を分けてほしい」と連絡があったとのことで、急遽、採蜜をした蜂蜜を溜めている一斗缶の中身を規定の量に合わせなければならない仕事が入った。福留さんが計りをセットして一斗缶の蜂蜜を足したり引いたりしているアカシア蜂蜜を見て、賢一さんの口から言葉が漏れる。

 「綺麗やなぁ。もったいない。売りたくない、こういう奴は」

 よく出来た作品を前に手放すのを惜しむ画家の心境なのだ。賢一さんが思い出したように糖度計を持ち出して、採蜜してきたばかりのアカシア蜜の糖度を測ってみる。「80度」とホッとした声で呟き、糖度計を福留さんに手渡して覗くように促した。完全に蜜蓋が掛かる前の採蜜だったので、賢一さんには糖度が足らないのではないかという一抹の不安があったのかも知れない。日本養蜂協会の規定では、糖度は78度以上あれば良いことになっているので充分な糖度だった。

風邪引いたら蜂蜜

透明感のある綺麗なアカシア蜜を目の前にして思い出したのか、以前は採蜜に行っていた富山県の忘れられない蜂蜜の話を始めた。

 「富山県の八尾市で採れるトチと柿、それにレンゲが混ざる蜂蜜をちょっと舐めてみるでしょ。すると、もっと舐めたい、もっと舐めたいと思わせるように美味しいんですよ。こっち(北海道)のアカシアが早くなったもんだから、富山へ行くと、こっちのアカシアが間に合わないので最近は行きませんけどね。それに富山県は水島柿の蜜が美味しいですよ」

 続いて賢一さんの蜂蜜礼賛だ。さすが養蜂家3代目である。

 「風邪引いたら蜂蜜、モノモライが出来たら蜂蜜、赤痢も止まりますよ、殺菌力はすごいですもんね。美味しいからね、皮膚も欲しがるんじゃねいですか。樵夫が怪我した時に蜂蜜を付けとけば治る。胃潰瘍はコップ一杯くらい飲むと3日で治る。私も前にトラックのドアに人差し指を挟んでしまって、肉が剥がれて骨まで見えていたんですよ。

この日採蜜したアカシア蜜の糖度を調べると80度だった

それで剥がれた皮膚を元に戻して蜂蜜をどっぷり付けて包帯を巻いて、1週間そのままにしておいたら治りましたよ。傷口も分からないほどです。でも美容のために皮膚に付けるのは良くないですね。黒くなります。それと驚きはローヤルゼリーですよ。働き蜂の寿命は4、5か月(注4)、女王蜂は8年(注1:前述)。この違いはローヤルゼリー、食べ物だけなんですよ」

(注4:一般的には活動が活発な夏期は40日足らずで、越冬している冬期でも4、5ヵ月と言われている)

同業者に蜂蜜を販売する一斗缶の中身を規定の量に合わせるため慎重に蜂蜜を計る

同業者に販売するため賢一さんが倉庫から一斗缶を運び出す

当別町の拠点となっているさとう養蜂園の倉庫兼自宅

倉庫の前を通り掛かった近所の髙橋俊男さん(93)は蜂蜜を販売してくれている。

「この歳になっても元気なのは蜂蜜のお陰なんだよ」

養蜂家3代目を楽しんでいる

 翌日は、石狩川と当別川の河川敷で河川管理事務所の許可を得て使わせてもらっている場所の草刈りだ。蜂の割り出しをする前に、割り出した蜜蜂群の巣箱を置く蜂場を整備しておかなければならない。

 小型飛行機のようなエンジン音を響かせて、人影のない河川敷でひたすら草刈りをする賢一さんと福留さんは、10月末まで家族と離れて暮らすことになる。

 「夫婦の倦怠期はないですよね。嫌になった頃に離れるし、恋しくなった頃に会えるし。養蜂家の仕事は不規則ですけど、季節によって色々な仕事をせないかんから飽きないですよ。デスクワークだったら、もうとっくに止めてますよ。私が生まれたのは札幌、育ったのは九州。ちょこっと来ているって感じなんですよ。当別町に来始めて30年になりますけど、こんだけ面白い世界ですから止められないですよ」

 確かに賢一さんの仕事振りからは、蜜蜂の小さな命を慈しみ、その神秘に敬意を払うと共に、蜜蜂を通じて知る自然の移ろいに合わせ仕事をする養蜂家3代目という生活を楽しんでいることが伝わった。それにしても、50歳にして、まったく新しい仕事に挑もうとしている福留さんの決意は、ぜひとも実現して欲しいと願わずにはおられない。

 「来年また、福留さんが養蜂家としてどれほど成長しているか取材に来てくださいね」と、賢一さんに念を押されて当別町を後にした。

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