2019年(令和元年8月) 35号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/
編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F
面布を着けて防護服を着て内検作業をする光栄さんを真夏の太陽が容赦なく照り付ける
真夏の太陽を避けて寺分蜂場の傍らにあるアカシアの木立に入り小休止している祐太さんにレンズを向けると戯けたポーズをとった
合同した群の内検は女王蜂が誕生しているか、交尾はできているか、卵を産み始めているかを点検する
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箱が汚れるのが嫌なんです
割り出した蜜蜂群に新たな女王蜂を迎えさせた巣箱を置く寺分蜂場。黒く塗られた巣箱の側面に丸いプラスチックの円盤が2つ付いている。山形県養蜂協会で開発したハイブリッド巣箱と呼ばれる新型巣箱で、丸い円盤が空気の流れを良くするための換気口になる。円盤が多様な色にしてあるのは、女王蜂が交尾のためや働き蜂が採蜜のために巣箱を飛び出して帰ってきた時、自分の巣箱を間違えないようにするためだ。
巣箱の側面にメモ用紙がピンで止めてある。「箱にチョークで書くのは嫌なんですよ。箱が汚れるのが嫌なんです」と、光栄さん。ほとんどの養蜂家が内検の情報を次の内検の際に参考にするため、巣箱の蓋に直接チョークなどで書き記すのだが、光栄さんは直接巣箱に書くのではなく、メモ用紙に書いてピンで止めている。
写真にあるメモの意味を尋ねると、6月10日に新王の王台を入れた。6月18日には新王が生まれた形跡があるので、単箱にできる。しかし、6月29日の内検では王が居なかったので再度王台を入れた、となる。その後の内検でも女王蜂が居なかったので、未交尾の女王蜂を継ぎ箱に入れて、単箱と継ぎ箱の間に青いネットを挟んで、新女王蜂の匂いに馴染んだ頃にネットを取り除いて一つの群に合同するのだ。
祐太さんが「もう10日以上も経っているので……」と呟いて、巣箱の間に挟んであった青いネットを外している。
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分封して近くのアカシアの枝にぶら下がった蜜蜂の群
女王蜂を合同して日数が経ち、群が匂いを受け入れると
継ぎ箱に挟んでいたネットを取り外し一つの群となる
養蜂を始めて5年目の祐太さん。
この日の仕事を終えると夏休みだ
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梅雨明けて初めての風だな
朝8時から始めた内検だが、炎天下では長く続けられない。面布の中に入れたタオルを網の上から掴んで、流れ落ちる顔の汗を何度も拭く。祐太さんが蜂場の端のアカシアの木立の陰に逃げ込んでいる。日陰と風が、火照った身体を冷やしてくれるのだ。木陰で一息付いている祐太さんにカメラを向けると、照れたように戯けたポーズをとった。光栄さんはトラックの運転席の陰に入って面布を外し、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んでいる。
「何日ぶりだべ、梅雨明けて初めての風だな」
光栄さんは防護服の胸のボタンを外し、木立の間を吹き抜けてきた風を火照った身体に取り入れている。
死骸はどこにあるんだ
置賜盆地では、7月25日からカメムシ防除のためにネオニコチノイド系農薬の空中散布が1か月間続く。例年のことだが、土屋養蜂では空中散布が始まる前までに農薬の影響を受けない飯豊山系裾野の蜂場へ巣箱を移動させておく。
「ネオニコチノイド系農薬が出てから女王蜂の寿命が短くなってしまって、それから養蜂がずいぶん変わりました。こういう仕事をしていると、自然の変化を直に感じますね。蜂が減っていくのが分かるんですよ。この養蜂という仕事は波がすごいですもん。ネオニコチノイド系の農薬が出始めた頃には、200群ぐらい居なくなったのかな。最終的には30箱ぐらいしか残らなくて、その当時は、ネオニコチノイドがそんだけ悪さするとは知らなかったですから。内検すると、1週間ごとに巣板1枚分ずつ減っていって、どんどん減っていって、死骸はどこにあるんだと思ってました」
ネオニコチノイド系農薬は神経系の正常な働きを阻害するため蜜蜂の帰巣本能が狂い、一旦飛び出した働き蜂が自分の巣へ戻れなくなって死んでしまうのだといわれている。そのため死骸は無いのに蜜蜂の数が減ってしまう現象が起こっているのだ。
光栄さんは、長年、稲作農業を父親の清蔵さんと一緒にやってきた立場上、蜜蜂には悪影響を及ぼしていると分かっていながらも、カメムシ対策にはネオニコチノイド系農薬以外に見当たらないことも承知している。ましてや集落のほとんどは稲作農家で、農薬の被害を声高に訴えるには微妙な立場でもある。空中散布が始まる前に影響の少ない山中に巣箱を移動させることで、被害を最小限に抑えるのが現在のところ最善策なのだ。
雲に遮られて日射しが弱まった。ホッと一息つく
バテ気味の祐太さん
朝8時から始めた炎天下の内検作業で疲れ切った光栄さん
祐太さんは夏休みで不在のため、一人で炎天下での
内検をする光栄さん
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腹が大きく良い姿の女王蜂
寺分蜂場での内検は昼頃まで続いた。祐太さんは明日から夏休みをとる約束なので、この日のうちに寺分蜂場の内検は終わらせておきたかったのだ。
「変成王台から誕生した女王蜂にしては、腹が大きく良い姿の女王蜂だな」と、光栄さん。
「ハウスメロンの交配に出す時、うちは無王で出すんですよ。それで変成王台を作って、新王が生まれてくるんです。今すぐ働く蜂と2週間3週間先に働く蜂で作っているんで……」
内検を続けていた光栄さんが、巣板を斜めに構えて困った様子だ。
「ちょっと前まで栗の花蜜が入ってきていて、今も何かしらの花蜜が入ってきている状態ですね。これからは新王が卵を産んでほしい時期なので、蜜が溜まるのは女王蜂が産卵する巣房がなくなるので困るんですよ。10月頃に遠心分離機を回して一遍蜜を搾る必要があるかも知れません」
花蜜を集めてほしい時期は花蜜を集め、卵を産んでほしい時期には卵を産んでほしい。同じ巣房を子育て、花粉貯蔵、蜂蜜貯蔵に使い分けるのは蜂の仲間でも蜜蜂だけなので、養蜂家が巣房の状態をコントロールする必要がある。そうしなければ、これから越冬の準備に向かう蜜蜂たちは、餌を貯めるための努力をすることになり、越冬後に行う来春の採蜜を企図している養蜂家が望まない状態になってしまうのだ。これを避けるためには、養蜂家は人工花粉などの餌を与え、越冬の準備のための餌を貯める必要はなく、今から卵を産んでも越冬は問題なくできることを蜜蜂に伝えなければならない。そこが養蜂家の技術ともいえるところなのだろう。
この日の仕事は、午前中で終了した。昼食が終わると、祐太さんはいそいそと自分用の乗用車で出掛けて行った。数日間の祐太さんの夏休みが始まったのだ。どうやら長岡市で開催される大花火大会へ友だちと行ったようだ。
巣門を飛び出した瞬間の景色
翌日は、光栄さんが一人で上高野蜂場の内検である。この蜂場は、女王蜂を養成するのが役割の蜂場だ。ここの蜂場では、それぞれの巣箱の下に色カードが敷いてある。
「新王が交尾のために巣箱を飛び出す時、巣門の右側を記憶して飛び出し、そこを目指して巣箱に帰って来ると聞いたので、今年から色の異なるカードを巣箱の下に差し込んでみたんです。結構、一発で付いている(交尾に成功して帰り着いている)のがあるんだなあ。良い傾向ですね。巣門の前の色紙の影響があるのかな。それに、女王蜂が交尾のために巣門を飛び出した瞬間の周りの景色が、女王蜂が元の巣箱に帰って来るための情報になると、息子も言うんだ。『お前が好きなようにやってみろ』とやらした方が、交尾率が上がっているから、これまでの自分のやり方が絶対という訳じゃないんだよね」
光栄さんは謙虚に新たな方法を評価している。
養成箱をきちんと並べて置くと、却って交尾率が悪いと聞いて、巣箱の向きが少しずつずらして置いてある。良いと聞けば試してみるのは、光栄さんの思考の柔軟性なのだ。
びっしりと巣板に群がる蜜蜂の中から女王蜂を探し、
状態を確認する
トラックの日陰で水分補給する光栄さん
上高野蜂場の電柵に止まったオニヤンマ。
動きの遅い女王蜂をオニヤンマが捕らえることがある
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もう産卵が始まってる
内検をしている光栄さんが「交尾前」と呟いて、巣箱の蓋の下に押しピンを刺す。次々と内検を続け、蓋の上にも押しピンを刺す。「交尾に失敗した奴」と、口先をちょっと尖らせる。餌の人工花粉を巣枠の上に載せながら「もう産卵が始まってる」と、少し明るい声を出す。内検は、巣箱に3枚入っている巣板の真ん中から点検を始める。女王蜂がこの巣板に居る可能性が高いからだ。継ぎ箱の巣板をもったまま、作業を止めて少しの間、何やら考えを巡らせている。思ったより産卵が進んでいるため、できるだけ卵や蜜の入っていない巣板を入れたが、考えていた以上に女王蜂の産卵が進んでいて、巣板が足りない状況だ。「一発で交尾したんだな」と呟いている。光栄さんは内検の途中で、空巣板を取りに倉庫へ車を走らせた。嬉しい誤算である。
「今年は旧王を持ち越すというようなことはないです。新王が充分卵を産んでいますからね」
汗が噴き出す炎天下の内検でも、来春の採蜜に実りある成果が期待できる蜜蜂群の状況があれば元気が出るというものだ。
蜂場の電柵にオニヤンマが羽を休めている。
「もうオニヤンマが飛び始めたんだ。結構、女王がオニヤンマにやられるんですよ。女王の飛ぶのが遅いんで」
心配の種は尽きないものだ。お盆過ぎには蜜蜂の天敵ともいわれるオオスズメバチが群を全滅させることもある。どこまでも気が抜けない生き物相手の養蜂家の仕事なのだ。
この仕事だけは好きじゃないと
11月10日から千葉県夷隅郡(いすみぐん)へ越冬のために巣箱を移動する予定である。一旦巣箱を移動させると、12月と1月は何もしない。「給餌もしないんですよ。ただ見回りに行って、1泊か2泊で帰って来ます。盗難はないか、イノシシは来ていないかを見に行くだけなんです」
養蜂家の長い冬休みはまだ先の話だが、素質ある3代目養蜂家は越冬の準備をする晩夏から冬が来る前まで蜜蜂と触れ合い、絆を深めていくことだろう。
「この仕事だけは好きじゃないとできないですよ。儲かるからやるじゃ逆に財産を無くしてしまいますよ」と言う光栄さんの言葉に呼応しているのが、祐太さんが何気なく口にした言葉だ。「蜜蜂って生き物じゃないですか。生き物って、すごい素直じゃないですか」。蜜蜂の健気な素直さに感動する心こそが、蜜蜂と接する時の「基本の基」だと、祐太さんはとっくに感じ取っていたのだ。
女王蜂を養成するための上高野蜂場で内検をする光栄さん。この蜂場から山を3つ越えた所に以前土屋家が暮らしていた新沼集落があった
アカシアの花の時期は、この白川に巣箱を置いて採蜜する。「川沿いがアカシアの蜂場なんですけど、そこに熊がでるんですよ」と光栄さん
飯豊連峰の裾野にある貯水地上蜂場の日暮れ。ここの蜂場では巣箱の下全面にシートを敷き、蜜蜂の状態を観察し易く工夫している
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