2019年(令和元年9月) 36号
発行所:株式会社 山田養蜂場 http://www.3838.com/
編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F
全島に標高200mから300mの照葉樹林の山が連なる対馬は、日本蜜蜂が生息するのに適した風土だ。島内あちこちの山の斜面に「待ち洞」と呼ぶ蜂洞が仕掛けられていた
待ち洞に入った日本蜜蜂を捕らえるため、環境省が特定外来生物に指定したツマアカスズメバチが巣門の前でホバリングしている。ツマアカスズメバチの攻撃を警戒した蜜蜂が巣門の外に出て集団で威嚇している
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神話が崩れた訳ですよ
かつて対馬の日本蜜蜂は、サックブルード病で絶滅寸前の危機を迎えたことがある。
「サックブルード病が対馬に入って、日本蜜蜂は病気を持たないと言われとった神話が崩れた訳ですよ」と、扇さんの口調が少し強くなった。
サックブルードウイルスは感染蜂児の脂肪や筋肉組織に存在し、感染した蜂児は、前蛹期に袋(サック)状になり、頭部側に水が溜まった透明状態になることからサックブルード病と言われる。ブルードは幼虫(蜂児)の意味。サックブルードウイルスは成虫にも感染するが発症はしないため、キャリアとして蜂児に感染を拡げる原因となっている。このウイルスは健常群の蜂児や蛹でも比較的高頻度で検出される。日本蜜蜂では重篤な被害をもたらすことはしばしば報告があるが、西洋蜜蜂では重症例は知られていない。(以上、サックブルード病の説明は一般社団法人日本養蜂協会のホームページより引用)
「対馬は、サックブルード病で大変ですよ。対馬には平成26年に下島から入ってきましたね。厳原、美津島、豊玉の一部。そしたら27年には私のとこ、豊玉、峰が壊滅状態。5群焼いた。28年には3群焼いた。29年には1群になっていましたよ。2年間、対馬を走り回りました。ウイルスを持っているのは親なんです。だけど親は体力を持っとるもんですから死なんじゃないですか。だけど、巣箱の中で幼虫に口移しで餌をやるじゃないですか。幼虫は体力ないから死ぬ。ウイルスは目に見えんじゃないですか。私たちがこりゃ病気じゃなと気付くとは、死んだ蜂児が巣門から運び出されて初めて分かるとです。でも、その時はすでに遅い。隣の(巣箱)に移っとるかも知れん。だから見たら殺せと……。私もね、最初はやっぱり殺しきらんでしょ。そいでね、蜂児を5個出したら殺すことにしたら、翌年にはやっぱり(病気が)残るんです。最初、平成27年は13群、もっとだったですかね。全部死にました」
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ツマアカスズメバチの女王蜂を捕らえるために仕掛けた
トラップが木に吊されている
山から持ち帰った待ち洞の下に重箱型蜂洞を注ぎ足した巣箱が
玄関前に設置してある。
巣房の成長について検討する
扇さん(左)と蜂飼い仲間の作元さん
扇さんが考案した分封板をキウイの棚に吊す
作元さん(中央)と斉藤さん
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洞に3年振りで蜜蜂が入った
「蜂児を巣門から出すというのは、蜂は巣箱の中をいつもきれいにしておきたい。小っさな屑も、死んだ子どもも運び出して捨てるんです。だから朝一番に見れよっちゅうとです。夜のうちは、巣門の傍に出しとるんです。だけど、昼になったら、そこに出したのを遠くへ持って行きますから、感染しているのに気付かないのです」
「趣味の養蜂なもんじゃから、蜂が増えるのは楽しいもんじゃから、どうしても未練を持ちすぎてしまう。でも、あの病気に一度感染すると壊滅状態になりますからね。もうバッタバッタいきますからな。しかし、可哀想で殺しきらん。ある時、三重県の方から電話があって、先生、待ちに待った洞に3年振りで蜜蜂が入ったんですが、子どもを外に出すんですという話です。私は、それはサックブルード病というウイルスの病気で、その界隈全部に感染し壊滅状態になるから、すぐ殺したが良い。そう言ったけど、殺しきらんわけ。そしたら、しばらくして又電話があって、蜜が流れ出したと言う。始末でけんやったですかと聞いたら、ハイと。そうでね、やっぱり殺すのは大変なことですからね。蜜が流れ出しているのは、ハチノスツヅリガが産卵してスムシが湧いているのです。蜂の巣が食い荒らされて蜜がこぼれてるんですよっちゅうて……。暖かくなれば、やがてウイルスに感染した蜂も飛びますから、飛び始める前には殺しなさいって……。そういうことがありましたね。近かったら種蜂はやるけど、三重県ではねえ」
扇さん宅の車庫に準備して置いてある重箱型蜂洞。
虫捕り網はスズメバチを捕らえるため
キウイの棚に吊された分封板。内側には蜜蜂が
止まりやすいように杉皮が張ってある
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強群は自分たちで駆除する
「スムシが一番の敵じゃと言う人がおりますけどね。スムシは蜜蜂の敵じゃないとよ、蜜蜂の同居人やっとよと、私はこう言いましたね。スムシは巣箱の中に蜜という餌があるから、そこに産卵しようとするんです。命がけで産卵しようとするんです、子孫を残すために。ツヅリガは成虫が入って蜜蜂の巣に産卵をするんですから、小っさい蜜蜂の群だったらスーッと入られる。強群だと入られんとです。それでも隙間に入るとがおったら、強群は自分たちで駆除する。大きな巣箱で大群にして蜜蜂を飼えばツヅリガは決して敵ではないですよ。巣箱を大きくすれば群は増えるとです。蜜蜂の生活は、蜜蜂が自分たちで守るんです。誰が育ててくれるかと言えば、自然です」
分封板を付けろですよ
決定的なサックブルード病の対策がないまま、時間が過ぎていく中、伝統的な待ち洞が、ウイルスを媒介する拠点になっているのではないかと、扇さんは考えた。これまで自然に任せ、いつ入るとも知れない待ち洞を据えるよりも、分封群を自分で確保して自分の蜂洞に入れれば、効率良く蜂群を増やせるし、病気対策にもなるという積極策だった。
「山に待ち洞を据えて置いとる人が亡くなったりして、管理のできない蜂洞が増えてしまう。そしたらスズメバチにやられる、ウイルスに感染する、挙げ句にウイルスをばら撒いてくれる。分封群を自分で確保するために、現在は分封板で捕るようにしとるとですよ。私がしとりますのは、分封板で90%以上の確率で確保できますから、今は、分封板を付けろと指導しとります。4月中の分封では分封板に止まるのが100%。4月より遅くなると分封板に止まらんとがおるな。分封して蜂が止まりたい場所は分かりますよ。だいたい木の枝の角度が重要ですね」
分封板に止まった蜂群を再び簡単に蜂洞に戻すため、
扇さんが考案したアクリル板の装置
重箱型蜂洞に蜜蜂が作った蜂洞が落ちないように巣箱の
内側には竹ひごが仕組んである
扇さんが巣箱の内側に仕組む竹ひごを山小屋で削る
杉の木をくり抜いて作った待ち洞を愛おしそうに
撫でて説明する扇さん
山で拾った鹿の角が車庫の壁に掛けてある。
山の暮らしを楽しもうとする扇さんの気持ちが伝わる
農産物品評会に出品した自然薯が獲得したグランプリの
トロフィが自宅応接間に飾られてあった
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ありゃ入っとる、ここにも入っとる
翌日は、扇さんが重箱型蜂洞を作ったり、分封板を作ったりするという集落外れの山裾に佇む山小屋へ案内してもらった。小川沿いの未舗装の山道を軽トラックに揺られて到着したその小屋は、作りかけの蜂飼いの道具が散らばっていて扇さんの秘密基地といった雰囲気だ。
「蜂飼いは熱心にしよったですけど40歳代の話ですよ。小さな孫が居ったもんで、蜂を家に置いとくことはでけんですがね。それで蜂を山にやっとったら、もう駄目ですよ。1群も居らんようになって。そん時に、漁に出て船に乗っとったら、友だちの金比羅丸から無線が掛かってきて『蜂の先生と言われよるあんたが1群も蜂を持たんとはでけん。今晩でもうちんとを(我が家の蜂を)取りに来んね』と言われたですけどね。申出は嬉しかったけど、うちには蜂が付いとると、すぐに蜂はでくっと、と言うたですよ。とっておきの場所にとっておきの蜂洞。私の待ち洞は入るんですよ。山の中腹がいいぞ、目印になる所がいいぞ、大木の根元や大きな岩の元がいいぞって言いよっとですよ。当時は、庭の端に鶏小屋を持っとりまして、食べて美味しい鶏を飼うとりましたからね。おい、蜂が入ったから飲むぞと、皆が集まってくれよりましたよ。浜の生け簀に行けば、生きた魚をすぐに捌けるし、対馬は良いところですよ。桟橋に生け簀を持っとったら、いつでん生きた魚を食べらるっとやけん。昭和の時代には、ものすご蜜が採れたんですよ。1群で4升平均採ってましたよ。そう言うと、年長者から『この大ぼら吹きが』と言われましたけどね。あと3年間やり切れればなあ、75歳までやれればと思いよっとですけど。これまでは、楽しく人生送りましたよ」
「待ち洞に蜂が入った時の嬉しさはすごいですよ」と、
待ち洞で蜂を飼う面白さを語る梅野弘師さん
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蜜蜂一匹一匹に名前を
扇さんを良く知っている定置網網元の作元義文(さくもと よしふみ)さん(69)が、扇さんの蜂飼いの様子を言い当てている。
「扇さんは、蜜蜂一匹一匹に名前を付けとっとちゃないと。お、今、誰と誰が帰ってきたと蜂洞見て言っとるんじゃないと」
国境の島対馬に継承されてきた日本蜜蜂の養蜂文化は、趣味の養蜂として多くの島民に親しまれてきたからこそ独自の技術が生み出され、対馬の自然に適合してきたのだ。扇さんは、蜜蜂と言葉を交わし蜜蜂の気持ちを読み解きながら、その成果を普遍のものとしたリーダーなのだ。
山小屋に置いてあった杉の木をくり抜いて自分で作った
丸洞を嬉しそうに説明する扇さん
待ち洞で蜜蜂が入るのを待つより分封した群を分封板で
捕らえる方が蜂群を増やすには確実と考える扇さんは、
最近、自作の丸洞を使っていない
集落の外れの未舗装の山道を軽トラックで案内してもらって
辿り付いた扇さんの山小屋は、自由な心の時間を過ごす
隠れ家の雰囲気を漂わせていた
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