2019年(令和元年11月) 37号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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スズメバチに襲われ蜜蜂が殺られ

 秋口になると、オオスズメバチの来襲が脅威となる。最初は偵察のように一匹でやって来て、最初の偵察役のオオスズメバチを放っておくと次には群で蜜蜂を襲いに来るのだ。蜂球を作ってオオスズメバチを蒸し殺しにする日本蜜蜂と違って、西洋蜜蜂は対抗する術を持っていないため養蜂家が守ってやらなければ、オオスズメバチが群で襲ってくると約4万匹の蜜蜂一群を2時間ほどで全滅させられるという。

 謙竜さんは巣門の前にスズメバチの捕獲器を取り付け、巣箱の上には強力な粘着シートを置いてオオスズメバチの来襲を防いでいるが、完璧に防ぐのは難しい。狩衣蜂場の後で様子を見に行った元岡(もとおか)蜂場では、オオスズメバチの来襲でかなりのダメージを受けていた一群があった。

 「巣箱を運び込んだ後、スズメバチの捕獲器を取りに帰った1時間ほどの間だったんですけどね、一番端の列の巣箱がスズメバチに襲われて、沢山の蜜蜂が殺られました。昨日、買ってきたばかりの蜂だったのに、ちょっとショックでしたね」

 こうやって謙竜さんの話を聞いている間にも、野太いブーンという羽音が聞こえてくる。オオスズメバチが隙を見て蜜蜂を捕らえようと飛び回っているのだ。野太い羽音が聞こえると、謙竜さんは素早くバドミントンのラケットを手にスズメバチを叩き落とそうと構えている。

仕事を始める前に燻煙器を準備する

蜜蜂群を合同するため焼酎を噴霧し

群固有の匂いを消す

薄暗い杉林に囲まれた王丸蜂場の蜜蜂は荒くなりがちである

車の中で弁当を食べる。蜂場に来る途中コンビニで買ったものだ

花が咲き始めようとに蜂が飛んでおらん

翌朝は、曇り空だった。朝早くから、昨日狩衣蜂場で準備した交配用蜜蜂の配達だ。蜜蜂が活発に動き出す前に運び終わないとならない。紐を掛けた巣箱の巣門を折り曲げた新聞紙で塞ぎトラックに運ぶ。イチゴハウスに到着すると、謙竜さんは自分のハウスのように巣箱を設置していく。農家の人が居るハウスもあれば誰も居ないハウスもある。巣箱を高い台に乗せ、或いは、地面にすれすれに置く。

 「イチゴハウスの立地条件は千差万別ですから、同じように設置しても上手くいかないんですよ」と、謙竜さん。

 あまおうを30アール栽培している西原義治(にしはら よしはる)さん(59)の一棟では、ハウスの中に巣箱を設置することになっていた。西原さんが少し離れて心配そうに様子を見ている。

 「おら、えらい蜂は大事にしようと。花が咲き始めようとに、蜂がまだ飛んでおらんごつあったで、手で受粉させよったばい。まだ花が少なかとに丸一日かかっとったばい」

 イチゴ農家にとって交配用蜜蜂がどれほど待たれているかと思わせる言葉だ。謙竜さんも、今では農家の切実さを理解している。

 「蜂の働き一つで収入は100万、200万と差が出るとおっしゃってましたから。今の花は一番花なので、一番お金になる花なんです。農家さんにしてみたら気が気じゃないんですよね」

 設置すると巣箱の蓋に日付を書き込み、控えのノートにも配達の記録を残す。誰も居ないイチゴハウスでも巣箱を設置し、骨組みだけが出来ていてビニールが張られていないハウスでは、巣箱をそのまま置いておく。後で、農家が設置してくれるのだという。確かに農家との信頼関係ができていないと難しい仕事だ。

イチゴハウスに設置した交配用蜜蜂の巣箱にスズメバチの

捕獲器を取り付ける

急斜面に用心しながら交配用蜜蜂の巣箱を配達する謙竜さん

イチゴハウスに巣箱を配達する度に記録をノートに残す

働蜂産卵を起こしてしまってますね

 朝の2時間ほどで配達を終えて少し休憩の後、昨日、オオスズメバチに襲われていた元岡蜂場の様子を見に行く。やはりオオスズメバチの野太い羽音がどこからか聞こえてくる。謙竜さんが巣箱の蓋を開けて中の様子を点検している。昨日ほどの被害はないが、この蜂場はオオスズメバチの標的にされているようだ。しっかりと捕獲器を取り付け、粘着シートも置いてあるが不安は取り除けない。捕獲器の中には、すでに多数のオオスズメバチが捕らえられているし、粘着シートには10匹ほどのオオスズメバチが貼り付いて飛べずにもがいている。

 謙竜さんは続いて杉林の中にある王丸(おうまる)蜂場へ向かった。ここでも交配用に貸し出す蜜蜂群の準備だ。杉林の中の蜂場は曇り空のせいもあって薄暗くひっそりしている。しばらく内検を続けていた謙竜さん、一つの巣箱から次々と巣板を取りだし焼酎を噴霧して群固有の匂いを消した後、別の巣箱に一枚ずつ合同している。

 「女王蜂が交尾したのかどうか分からなかったので様子を見ていたのですが、女王蜂は死んでしまったようで、働蜂産卵を起こしてしまってますね。こうなったら、もう群として立て直すことはできないんですよ。それで、巣板の蜂を別の群に合同して馴染んでくれれば良いんですけどね。敵とみて争いが起こることもあるので、怖いんです」

 ちょっと深刻な状態だ。女王蜂が死んでしまったために卵はない、幼虫も居ないという状態が1〜2週間続くと、雌である働き蜂が産卵を始めてしまう現象が起きる。しかし、働き蜂は交尾していないので無精卵から生まれてくる蜂は全て雄蜂だけだ。つまり、この群は崩壊への路を進むしかなくなっているのだ。

 謙竜さんが全ての巣板を他の群に合同し終わって、空になった巣箱を蜂場の端に移動させた後も、巣箱が無くなった場所に戻ってきた蜜蜂たちが行き場を失って空中を飛び交っている。

やっぱり手袋しようかな

 謙竜さんの仕事は穏やかで静かだ。内検が終わって蓋を閉める時には、巣箱の縁に蜜蜂が居ないことを確かめてから、そっと蓋を被せている。

 「ここの蜂場は暗いけんが、蜂が荒いですね。ずいぶん刺されてしまって、休憩の後はやっぱり手袋しようかな」

 ずっと素手で作業を続けていた謙竜さんだが、荒れた蜂に刺されて我慢を続けることはないのだ。蜜蜂に刺されながらも、王丸蜂場で交配用に貸し出す蜜蜂群の準備は進んだ。帰り道もう一度、元岡蜂場に寄ってスズメバチの襲来状況を確認する。群では来ていないようだが、どこか近くにスズメバチの巣があるのか野太い羽音が途切れることはない。

雨に濡れて一段と重くなった交配用蜜蜂の巣箱を狩衣蜂場から運び出す謙竜さん

ハウスの中に巣箱を設置する様子をイチゴ農家の西原義治さんが心配そうに見守る

ネズミモチ蜜に期待

 自宅に帰り着くと、飼い犬の小夏が迎えてくれる。最初訪ねた時には、今にも噛みつくように吠えていたが、少しは温和しく迎えてくれるようになった。保健所に捕らえられていたところを友人の紹介で貰い受けた雌犬だ。「アナグマを仕留めましたもんね。びっくりですよ」と、謙竜さん。

 自宅で道具類を片付けている間にも、蜂蜜を直販してもらっている店から注文の電話が掛かってきている。

 「九州大学が近くに移転してくる時、この付近の植生を調べるとネズミモチの木が多いことが分かったそうなんです。5月下旬から6月始めぐらいにネズミモチの花が咲くんですけど、その時期はこの花だけなんですよ。祖父が『苦みがなく綺麗で美味しい』と言っていたと聞いて、ネズミモチの花が終わるタイミングで採蜜の時期を区切れるように大事にしてるんです。うちではレンゲ、ミカン、クロガネモチ、それにネズミモチを採り分けていて、各地方それぞれにそこでしか採れない蜂蜜があると思うんですよね。そんな特徴のある蜂蜜としてネズミモチ蜜に期待してるんです。可能性のある蜂蜜を考えていると楽しいですね」

蜂が増えていく時は頑張れって気持ち

 取材の最終日は朝から冷たい雨が降っていた。それでも交配用蜜蜂の配達に行くという。

 「こういう日のことを博多では『しろしか』って言うんです。雨で何とも嫌だなという気持ちを表す方言ですね。草場は周りの集落と比べて気温が2度低いと言われてますから」

 謙竜さんは、スズメバチに狙われている元岡蜂場の巣箱を、交配用に貸し出して巣箱が少なくなった狩衣蜂場に移動させることにしたようだ。最初に元岡蜂場で移動させる巣箱を積み込み、狩衣蜂場に降ろすと、交配用に貸し出す巣箱とスズメバチの捕獲器を積み込む。雨の中、独りでの作業が続く。

 「交配用で貸し出すのは全部で210群。採蜜群は別ですけど、しっかり餌を持たせておいて、冬はあまり触らないようにしています。もっと寒くなったら蓋の内側に新聞紙を入れて寒さを防いでやります。九州はそれぐらいで冬越しが出来るんですよ。2月になって越冬した蜂がわーっと増えていく時は、頑張れって気持ちになって嬉しいですね。養蜂をしていて一番好きなのはこの時期です」

 

 謙竜さんは「怖い」という言葉をよく使った。それだけ蜜蜂という小さな命の儚さを実感しているということなのだ。その儚い命を預かる責任感と儚さを感じ取れる優しさこそが、3代目として受け継いだ養蜂家としての素質なのだと思う。

草場集落の氏神として祀られている白木神社

謙竜さんの自宅で飼われている小夏

謙竜さんと妻の良子さん。楢﨑養蜂園の蜂蜜を販売している

良子さんの実家前で

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