仕事を始める前に燻煙器を準備する

蜜蜂群を合同するため焼酎を噴霧し

群固有の匂いを消す

2020年(令和2年1月) 38号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

ダニの駆除剤を使わない養蜂

 石垣島で養蜂を行うのに最も困難な事は何かと聞くと、畝日さん。

 「台風ですよね。とてつもないのが来てしまうと、対策の立てようがないですよね。夏は蜂場に屋根を掛けないと人間がバテてしまいますよ。蜂の気持ちが分かりますよね。唯一の良さは、ダニの駆除剤を使わないで養蜂ができるということですかね。今、採蜜群と交配群と併せて200群ぐらいあるんですけど、ダニで駄目になったのは一箱もないんですよ。石垣島では30年から40年、ダニの薬を使わないで飼ってきた血統の蜜蜂なんで、ダニに対する何らかの遺伝子を持った血統ができているんじゃないかと思ってまして、それは、有り難いと思ってますね。内地の養蜂家は蜜量の多い蜜蜂を望んでおられるのかしれませんけど、ぼくは病気や自然災害に強い蜜蜂を育てたいと思っています。ダニ駆除剤を使うことによって、却って免疫力を弱めている可能性だってあるのではと思いますね。その他には天敵として、蜜蜂を食べるカエルとクジャク、それにグリーンイグアナですかね。ツマグロスズメバチも来ますけど、多勢で襲って来ることはないですから」

 「石垣島でもネオニコチノイド系農薬は問題になっていますけど、最近は農薬を散布する日にちを教えてもらって対応するようにしています。普段は水飲み場を設けておいて危険な水田の方には蜜蜂が行かないようにしています。それに、遺伝子組み換えなどの遺伝子操作による農作物の花の蜜を採ってきた蜜蜂が全滅したニュースを見て怖いなと思いましたね」

交配用蜜蜂を内検する池上さんの仕事は丁寧でゆっくりだ

この日の仕事を終えて帰宅する池上さん

強い台風に牛も飛ぶ

 畝日さんの話を頷きながら聞いていた由香さんも台風の怖さを強調する。

 「強い台風だと牛も飛んじゃいますからね。そりゃ巣箱も飛んじゃうでしょ。家よりも巣箱を大事にという感じですね。実は、私が蜂場に出られないので内勤担当で、蜂蜜と蜜蜂関連の化粧品、それに今年初めてミード(蜂蜜酒)ができたので酒類販売管理者の免許を申請中なんです。石垣島の蜂蜜は特定の花の蜜ではないんですけど南国の香りが漂っていて美味しいんですよ。蜜蜂はずっと見てても飽きないですよね。台風で巣箱がびしょ濡れになっていても、あのちっちゃい翅をパタパタやって乾かそうとしているんですもの。健気ですよね」

 間近に蜜蜂を見ることはできなくなった由香さんだが、蜜蜂への愛情はひとしおのようだ。由香さんの話を受けて、畝日さんが何やら不思議なことを言い始めた。

 「蜜蜂に何種類かの鳴き声があるのは分かっているんですけど、ただ意味は分からないんで会話という訳にはいかないんです。虫で言葉を持っているのは蜜蜂ぐらいじゃないですかね。蟻も言葉を持っているんですかね」

 こう言ってしばらく沈黙した後、畝日さんは「蜜蜂は何を考えているのか」と、小声で呟いた。

パンナ公園近くの蜂場はコンクリート造りで台風でも大丈夫

内検を終えた蜂場で畝日さんが傷んだ巣箱の修理をする

救い出した女王蜂にローヤルゼリーを食べさせる役割の若い蜜蜂を探す
畝日さんの目が真剣だ

一日の仕事を終えた池上さん

同時に2匹の女王蜂が生まれた

 翌日は穏やかな晴天だった。石垣市バンナ公園近くの蜂場で、交配用蜜蜂を内地へ出荷できるかどうかを確認するため内検を行う日である。元は酪農の牛舎だったコンクリートの建物を蜂場にしている。

 「毎週一回内検して出荷できるかどうかを確認します。3、4枚の巣板で出荷するんですけど、サナギと卵の巣枠が3、4枚揃わないと出荷できないですね。出荷した後もできるだけ早く復活させるためには、別の群から孵化したばかりの幼虫を女王カップに入れて移す移虫作業はある程度必要ですね。強い群だと自然王台を作りやすいんですけど、自然王台は卵から女王蜂が出てくるまでに時間(日数)が掛かるのが問題なんです。移虫に比べると10日間くらいは差が出るのかなと思いますね。女王蜂の寿命は2年から3年はあるんですけど、古くなった女王蜂は出荷用に回しちゃうんです。だから常に女王蜂を更新している感じで、うちは古い女王蜂は居ないですね」

 次々と内検をしていた畝日さんが、巣板の上で沢山の蜜蜂に包み込まれていた女王蜂を見つけた。「恐らく同時に2匹の女王蜂が生まれたんですね。それで1匹は殺されようとしていたんだと思います」と、働き蜂を指で払いのけて女王蜂を救い出し王籠(おうかご)に入れた。

 その後、ピンセットを右手に持って巣板の上を歩き回る働き蜂を見続けているが、なかなか生まれたばかりの若い働き蜂は見つからない。若い働き蜂を女王蜂と一緒に王籠に入れて、女王蜂の居ない群が見つかるまでの間、女王蜂の食料であるローヤルゼリーを食べさせる役割を務めてもらおうということのようだ。

 ようやく1匹の若い働き蜂を見つけて女王蜂と王籠で同居させ、畝日さんはひと安心。ローヤルゼリーは花粉を原料として、若い働き蜂の乳腺から分泌されるため同居させる蜜蜂は若くなければならないのだ。

蜜蜂は一所懸命の姿が可愛い

オレンジ色はシロバナセンダングサの花粉

 この日は、アルバイトの池上千秋(いけがみ ちあき)さん(39)も畝日さんと並んで内検作業を行っていた。2018年の9月から働き始めたので丸1年間余り養蜂は体験している。

 東京都出身の池上さんは20歳代には東京でマッサージ師の仕事をしていたが、33歳の時に思い立ち、4月から10月は北海道の農家でトマトやメロン、アスパラの収穫や芽掻きの仕事をし、11月は小豆島でオリーブの収穫、12月から3月までは温泉旅館やスキー場のレストランで働く季節労働者として、旅を楽しみ農業を手伝う仕事をしてきた。

黄色はカボチャの花粉

 「旅行が好きだったので、そんな仕事の仕方が合っていたのかも知れません。東京でのマッサージの仕事にもちょっと疲れていたのかな。一昨年の冬、今年は暖かい所で過ごそうと思って石垣島のペンションに住み込みで働き始めて、ダイビングショップの手伝いやモズクの養殖を手伝っているうちに楽しくなって、もう1年このペンションで働いてと思っている時に、ある男性と運命の出会いがあって、石垣に住むことになって2年経ったですね。富良野で働いている時にメロンの交配用蜜蜂の姿を見ていて、可愛いなって思っていたので石垣でも養蜂の仕事はないのかなって思っていたら、ちょうど枝並さんの求人があって……。蜜蜂は一所懸命の姿が可愛いと思います。頑張れって応援したくなります。刺された時には、痛いっこの野郎と思うけど、蜂も刺せば死ぬのだから良く考えて刺してねって思いますね。面白いのはやっぱり採蜜かな。自然に係わる仕事をずっとやっていきたいです。母の実家が福島県の郡山だったので、子どもの頃は良く行きました。お祖母ちゃんの家での楽しい記憶が原体験になっているのかなあ。東京に対する反発はありませんけど、偶に帰るくらいが東京は楽しいですね」

 交配用蜜蜂の内検では、女王蜂は居るか、卵を産んでいるか、巣板を足した方が良いかどうか群の勢いなどを確認している。池上さんの仕事振りを見ていると、取り出した巣枠を巣箱に納める時、ゆっくりと巣箱に差し込み前後に揺すってからそっと置く。巣箱の縁にいる蜜蜂が退くのを待って巣枠を納めているのだ。池上さんの仕事は万事が丁寧でゆっくりしたペースである。

石垣新空港近くの畑の中にある交配用蜜蜂の蜂場へ池上さんが急ぐ

元堆肥工場だった場所を使用した交配用蜜蜂の蜂場で内検をする

蜂蜜はアルカリになろうとする体の働きを助ける

 他の列の巣箱を内検していた畝日さんが声を掛ける。

 「池上さん、そっちの列にも餌がないような軽い巣箱がありますか。最近の雨で餌が減っちゃったような……」

 石垣島での養蜂は、冬にも何らかの花が咲き続けるので本来は餌不足を心配しなくても良いのだが、雨が続くと餌不足が気掛かりになるのだ。

交配用蜜蜂を出荷した後の群は、巣板が2枚から3枚で女王蜂の居ない小さな群になっているので、そこから勢いのある群に成長するのには時間が掛かる。

 「女王蜂が居ない群に他の巣箱から卵を産み付けている巣枠を移し入れてやると、蜜蜂はその卵を女王蜂にしようとします。その流れを作ってやるのが人間の仕事なんです。確実なのは移虫してやることなんですけどね。やっていることは単純なんですけど、その群その群の状況に応じて判断しなければならないんです」

 交配用蜜蜂は群が小さいので、内勤役の若蜂の割合が多くなると餌の蜜が足りなくなり、外勤役の老蜂の割合が多くなると蜜を溜めすぎて豊かになり働かなくなる。群が大きいと若蜂と老蜂のローテーションが極端になることはないが、群が小さいとどちらからに片寄ることもあって、蜜巣を取り上げて空巣を入れてやるなどの人間の関与が必要になってくるのだ。

 「人間の体は常にpH7〜8のアルカリなんですね。疲れた時には酸性になろうとするのに対し、体はアルカリに戻そうとするんですよ。蜂蜜は人間の体の中に入るとアルカリになるので、蜂蜜はアルカリになろうとする体の働きを助けてくれる甘味料なんですよ。蜂蜜以外にそんな働きをしてくれる甘味料はないそうですよ。競輪選手の時代には、いかにすれば試合に最高のパフォーマンスを出せるかを考え、練習の疲れを持ち越さないようにしてきたので、つい当時をベースに考えてしまいますね」

 畝日さんの原点は、あくまでも競輪選手の視点である。

内検の途中で雨が降り始め軽トラックの運転席で雨宿りをする

取材を終え離島する私を空港まで見送りに来てくれた由香さんと畝日さん

蜜蜂と人間が共生できる養蜂を模索

 午後からは、長く使っていた巣箱を掃除するため、掃除の済んだ別の巣箱と入れ替える作業をする。古い巣箱から新しい巣箱に巣板を入れ替えると、花蜜や花粉を採りに出ていた蜜蜂が帰って来て戸惑っている様子だ。花粉団子を脚に付けて一旦巣門に入るのだが、「あれっ、これ私の家じゃない」と思うのか、引き返して巣門の前で巣箱へ入るのを躊躇しクルクル回る蜜蜂もいる。そのうち門番役の蜜蜂が中に入るのを見定めると、何ごともなかったように活発に巣門を出入りし始めた。

 巣門を出入りする蜜蜂を見ていた畝日さん。

 「カボチャ(の花粉)が入ってきていますね。オレンジ色の花粉はシロバナセンダングサなんですけど黄色はカボチャなんです。良いですね。カボチャが入ってくると、群が大きくなるんですよね」

 健気な蜜蜂の働きぶりを見て、畝日さんが嬉しそうに声を上げる。

 競輪選手として常に人体に関心を持ち飽くなき健康への探究心。それに蜜蜂への愛情と自然への畏敬の念。変わり種の養蜂家は、儚く小さな命の蜜蜂と向かい合う術を身に着け、真の意味で蜜蜂と人間が共生できる養蜂のあり方を模索しているように思えた。

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