2020年(令和2年4月) 41号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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働き蜂を殺しちゃ駄目だ

 花の時期には少し間があるため巣枠の上に人工花粉を与える文男さんに、「花粉の餌が多いのでないか」と高田さん。「蜂は食べたくなけりゃ食べないのよ。あんたも酒を飲んでいても、腹一杯になったら目の前に酒があっても飲まないだろ。それと一緒だよ」と、文男さん。一つ一つに彼なりの根拠があるのだ。師匠に学んだ養蜂技術ではなく、基礎は本から、後は試行錯誤、失敗を繰り返しながら自らの経験から学んだ方法なので自信に満ちている。養蜂を始めた当時に採蜜で失敗した体験を話してくれた。

 「最初の年の採蜜は手回しの2枚掛けの遠心分離器を使って現場(蜂場)で採蜜したけど、盗蜂がどんどん飛び込んできて、蜜の中には入るし、蜂は死ぬし大変。『働き蜂を殺しちゃ駄目だ』と、次の年には大きな自動の遠心分離器を37万円で買って、自宅の作業場に持ち帰って採蜜するようにしたんですよ」

道具が仕事するんだから

 芝蜂場からの帰り道。軽トラックの運転席で文男さんの経験に基づく人生論を聞かせてもらった。

 「冬の間はね、巣箱を持って高知へ行って越冬させるのよ。『松本の蜂の飼い方は違うから、あいつの話を聞こうよ』と、高知で(巣箱を置く)土地を準備してくれて、楽しみに待ってくれている養蜂のグループがあるんですよ。12月に高知へ行く群を選り分けてロープを掛けて準備するんですけどね。そのために400万円の2tトラックを買ったんだけど、蜂を乗せて高知まで行くのに乗り心地が悪いトラックじゃだめだと、エアサスペンション(空気バネ)の改造費とダブルキャブ(客室)にした費用が480万円で、合計880万円。洋子は幾らか小切れ(値切れ)って言うのよ。私ゃ、トラック買うてちゃ、土地を買うてちゃ、そりゃせんのよ。若い時に農機具のセールスをしている時に農家が小切る訳よ。その時の売る側の気持ちが分かっとる訳よ。道具が仕事するんだから、小切らんと良い物を持たんとな」

風が冷たい日は、ビニールハウスの作業場で巣枠を作る

店舗前に置いた水瓶にたくさんの蜜蜂が水を飲みに来ていた

分封は鍋でいえば噴きこぼれ

 従業員2人と事務所で一緒に弁当を食べた後、文男さんは事務所前の広い庭に並んだ巣箱の内検を始めた。5箱ほど並んだ中の小ぶりな1箱の蓋を開ける。違う列の継ぎ箱(2段になった上の箱)から蜂が集ったままの巣板を2枚持って来て、噴霧器で何か2種類の液を振り掛けた後、先ほどの小ぶりな巣箱に差し入れた。

 「木酢液だよ、匂いがするだろ。もう一つは糖液。(巣板)4枚の群で蜂を売ってくれという人が居るので、この群が4枚には少し足らないので、2枚合同(群と群を一緒に)したのよ」

 木酢液は元の群の匂いを消して、新しい群に受け入れてもらうために振り掛けたのだ。

 「継ぎ箱の群は補強用の蜂群なんだよ。下の巣箱の群が強くなれば上に上がって来いや。そしたら弱い群に連れて行ってやるから、という役目なんだよ。そうすれば全体にバランスのとれた群になるだろ。群の勢いが強くなって分封させちゃ駄目なんだよ。分封は鍋でいえば噴きこぼれなんだよね。噴きこぼれは火が強いか中身が多いかなんだよね。そこでちょっと蓋をずらしてやると収まるのだから、その調整をする訳よ。昔の人は、嬢(女王蜂)の翅を切るんですよ。翅切ったって、また分封しますよ。女房が浮気をするからと言うて足を切るようなもんだよ。ちゃんと愛情を掛けないから浮気するのよ。上さ来るのは言ってみれば余り蜂。糖液を振り掛けるのは、新しい群に行くのだからお土産を持って行かなきゃ。お前、何か甘い物を持って来たなって、迎え入れてくれるのよ」

 文男さんの養蜂技術は、常に人間社会と照らし合わせて蜜蜂の心理を想像することに根拠があるようだ。

内検を終えた群におやつとして沢山の黒糖飴を与える

蜂場の作業が終わり移動する際は燻煙器の口に草を詰める

卵を産む準備ができた巣房の上で女王蜂(右)と雄峰が並ぶ

生まれて3日目ぐらいでマーキングされた未交尾の女王蜂。

「あと3、4日で交尾のたまに飛び出しますね」

大事なのは男よ

 蜜蜂の血統についても文男さんは一家言を持っている。

 「養蜂家の皆さんは女王蜂のことばっかり言うけど、大事なのは男よ。私ゃ牛飼いだから、それが分かるのよ。この巣箱はオーストラリアから輸入した女王蜂が入っているわけ。自分のところの血統とはまったく異なる血統の黄金種の女王蜂の卵を女王蜂の居ない家(うち)の巣箱に入れてやると、まったく新しい女王蜂と家(うち)の雄峰が交尾して新しい優れた能力の群ができる可能性が高いのよ。どうやって温和しい沢山の卵を産む女王蜂を作るかですよ。オーストラリアから女王蜂を輸入するのは、近親交配の蜂を作らないためなんですよ」

 文男さんは若い頃に牛を飼っていた経験の他に、伝書鳩も飼っていたことがあり、優れた血統を作り出すことにはひとしお熱が入るのだ。それにしても独学でここまでの養蜂技術を獲得するには、独自の生き物に対する愛情哲学があってのことと納得である。

 同じ日の夕暮れ前。薄暗くなった庭先の蜂場で巣箱を見て歩く文男さんを見つけた。

 「午後一番に合同した群が成功したかどうか見ているんだよ。大丈夫だな。巣門の前には死骸が出てないな」

 もし群が合同を受け入れなかったら、他群の蜂は噛み殺されて巣門の外に放り出されてしまう。文男さんにしても、結果を見るまでは合同を受け入れてくれるかどうかは気になっていたのだ。

牛の餌だって不味いのは食べないよ

 翌朝のこと。文男さんは自宅すぐ前の白木蓮の咲く庭に並べた巣箱の内検を始めた。20群ほど並んだ一番端の巣箱の蓋を開けた途端、驚いたような声を上げた。

 「あっあっ、遅かった。無駄なことをさせてしまった。ムダ巣を作っている。もっと早く見なくちゃいけなかったのは分かっていたんだけど。風が冷たかったから、ついつい遅くなってしまったんだよね」

 自身へ投げかけている反省の言葉なのか、私への説明なのか。普段の文男さんとは思えない慌てようだ。文男さんは直ちに横のビニールハウスから準備してあった空巣を持って来て巣箱に入れてやる。文男さんが切り取ったムダ巣は巣門の前に放置され、巣房に溜まっていた蜜を採っているのだろうか、沢山の蜜蜂が群がっている。

 内検を続け、女王蜂の居ない群を女王蜂の居る小さな群と合同させようとすると、女王蜂の居ない群の巣板に変成王台が出来ているのを見つけた。文男さんは一旦、その変成王台を潰そうとしたがローヤルゼリーがびっしり詰まった王台だったため潰さないで、そのまま合同した。合同した群がこれから生まれてくる女王蜂を選ぶか、前から居る女王蜂を選ぶか、様子をみることにしたのだ。

 「牛の餌だって不味いのは食べないよ。それを怒るんじゃなくて美味しいものを作ってやれば良いのよ」

 ちょっと強引な例えのようだが、蜜蜂が自らで選んだ女王蜂が、その群に相応しい女王蜂ということなのだ。

蜂に使うものは惜しまない

 その日の夕方、文男さんはひとりで、菜の花が満開になっている畑の先にある「おっさん」と呼ぶ蜂場の内検に行った。西に傾いた陽が木立を抜けて蜂場に差し込んでいる。防風カバーを被せた巣箱が30箱ほど整然と並んでいる。内検を必要とする巣箱には目印として、波トタンの上に置いたブロックが立ててある。文男さんは、その一つの蓋を開けて巣板一枚一枚を観察する。

内検を終え麻布を被せる時、端に飛び出した糸を丁寧に切り取る

雄峰はピンセットで挟んで巣箱から取り出す

 「ここに女王蜂は居て、その辺りの巣房には餌は入ってないな。卵を産む準備はできているね。黒糖飴を3、4日で食べきっているね。おやつみたいなもんだよね」

 文男さんは人工花粉や砂糖水の他に、黒糖飴を巣枠の上に並べて与えている。これも文男さんの言う蜜蜂に注ぐ愛情の形なのだ。

 内検の目印としてブロックを立てた次の巣箱の蓋を開けた時、「良かった、こりゃ。蜂に無駄なことをさせるところだった」と独り言。巣箱の3分の2ほどは巣板が入っているが大きな空間のある側の麻布からはみ出して蜜蜂が溢れている。まさに今、ムダ巣を作ろうとしている状態だ。文男さんは空巣を持って来ていなかったため、急いで自宅へ空巣を取りに帰って、その巣箱に一枚追加した。この巣箱でも人工花粉の他に沢山の黒糖飴を並べて与えている。

 「蜂で生活しよるんだから、私ゃ蜂に使うものは惜しまないんですよ。一週間でも10日でも長生きしてもらって、私の出来ない仕事をしてくれる蜜蜂を大切にしたいのよ」

なぜなぜと考えて、先を読む

 内検が終わり巣枠の上に麻布を被せようとした時、まだ飛ぶことができない内勤蜂が1匹、巣箱の脇にこぼれ落ちた。文男さんはすぐに、ピンセットでその内勤蜂を摘まみ上げて巣箱に戻してやっている。

 「指でやっていると、うっかり蜂を摘まんじゃうことがあるからですね。刺されることもあるし、潰してしまうこともあるんで……」と、独自の方法だ。

 この日最後の内検をしていた巣箱に生まれて間もない女王蜂が居ることに気付いた文男さんがマーキングをする。

 「これは生まれて3日目ぐらいだから、あと3、4日で交尾のために飛び出しますね。早いのは生まれて12日ぐらいで卵を生み始める女王蜂も居るけど、だいたい生まれて2週間だよね」

 文男さんの声が心なしか弾んでいるように聞こえた。長い越冬の期間が終わり、流蜜の季節がやってきた蜜蜂たちの喜びが、そのまま文男さんの喜びと重なり合っているようだ。23年前、洋子さんに読んでもらった養蜂入門書を手掛かりに、独自の「牛飼い体験」を重ね合わせた養蜂技術は、いかにすれば蜜蜂に喜んで貰えるか「なぜなぜと考えて、先を読む」を実践する愛情養蜂なのである。

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