2020年(令和2年7月) 44号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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60群ぐらいじゃお小遣い

 2017年1月に森山さんは武部さんと出会い、2月と3月は餌やりをしながら養蜂を教わり、4月後半からは採蜜を手伝った。

 「1年目2年目は、ほとんど付きっきりで教わったので、それは有り難いですね。春から本格的に手伝うようになって、今年で4回目の採蜜シーズンが終わった感じですね。本格的にやる気になって勉強したり、武部さんから聞いたりして、蜜蜂の自然との繋がりや生態を知ると面白いですよね。3年目からは、ほぼ独り。ただ興味本位で手伝うだけだったんですけど、人から喜ばれるものが採れるし、自然の中で仕事ができることが養蜂の魅力ですね。ひと口で言えば自然との一体感が、私を養蜂に惹き付けましたね」

 自作した作業場に私を案内してくれた武部さんは、森山さんが蜂場で仕事をしている間、作業場内で待っていると蜜蜂が数匹入ってきて刺されたと、作業場の外に出て小径に腰掛けて待っていてくれた。

 「今、群を分けたら60群ぐらいおるんじゃないかな。でも、それくらいじゃお小遣い程度じゃわな。私がそのつもりじゃったからな。私が44歳の時に始めて27年間。後継者が出てくれてひと安心じゃわな。今、思えば好き勝手な人生やったからな。うちの家内が理解があるからなあ。採蜜の時期はな、ずっと手伝ってくれとんのですよ。蜜蓋切りと遠心分離機を担当してくれよったんですよ。境子(けいこ)という名前があるんだから、名前で呼んでくれというけど、照れくそうて名前ではなかなか呼ばれんのう」

武部さんが最後の作品と言う茅葺き屋根の茶室。蜂場に出ない日は、この茶室で過ごす

一の滝養蜂園の名称の由来となった一の滝と渓流

森山さんが自筆した「蒼穹珈琲」の木製看板。蒼穹は建物の色から名付けた

蒼穹珈琲の店内で「コーヒー店と蜜蜂の両方で、ようやく定まった」と話す森山さん

島を買おうと思うたんですよ

 蜂場を離れて小径を歩くとすぐに渓流に出る。渓流に造られた堰を渡り県道の急坂を少し上ると、一の滝と呼ばれる小さな滝がある。その傍に渓流へ突き出すように建つ明るい空色の洋風建築が現れた。入口の大きな木製看板には達者な墨字で「蒼穹珈琲」と書かれてある。

 「まだ自分の家が借家の時代に、この山に滝の家を建てたんだが別荘とはよう言わん。本当は2階建てにするつもりだったんよ。だけど300万円足らんかった。もう一階でもええわと今のようになったんよ。ゲストハウスにするつもりだったんよ。金曜日の夜から同僚や近所のもんに来てもろうて、宴会ばかりしよったんですよ。妻の境子にも来てもろうて賄いですよ。サラリーマンが岡山市内に小さいけど家を建てて、それより前に山にも家を建てることは経済的にはできませんのよ。それを助けてくれたのが蜜蜂なんよ。海が好きでな。それで島を買おうと思うたんですよ。マイビーチが欲しかったんよ。バブルの頃じゃったんだけど、えらい高いんじゃ。こりゃ山の方がええと思うて、叔父さんが持っておった土地を買わせてもろて、今の養蜂場は、畑にしようと思うて近くの農家に借りとったんやけど、そこに蜂が来たんじゃ」

 武部さんが経緯を語る滝の家が、今では森山さんの念願だったコーヒー店「蒼穹珈琲」になっているのだ。

 「何もすることがなくなったら、ここで書道をしていますし、夜は毎日、一時間くらい無の境地で書を書いています。コーヒーにはこだわって、自分で焙煎してネルドリップで10分くらい掛けて淹れるんですけど、左手がピタッと止まってないと上手く淹れられないです。書も止めるところはピタッと止めることが大事なんですよ。コーヒーと蜂蜜も、味と香りを楽しみますからね。共通項は沢山ありますよね」

自然を楽しむ人生の集大成

 蒼穹珈琲を森山さんが2017年7月1日に始めて丸3年が過ぎた。「コーヒー店と養蜂の両方でようやく定まった」と森山さんが言っていたように、武部さんと森山さんが出会っていたとしても、養蜂だけでは一の滝養蜂園の2代目は誕生しなかったのではないだろうか。

 「武部さんは最初、『他所に行って自分で蜂を飼わなきゃだめだ』と言っていたけど、今では跡を継いでやってくれということになって、いずれ蜂は自分のものになるように、いくばくかの支払いは毎月しているんですけどね。いずれはお客様も蜜蜂も移行していくことに……。最初は、ここの環境に魅力を感じて養蜂をやってみようと思ったけど、その後、蜂の世話をやるたびに蜜蜂の魅力を知ったというところですかね」

 蒼穹珈琲で自慢のコーヒーを戴きながら、森山さんの話を聞いていたところに武部さんがやってきた。森山さんがコーヒーを出す。

 「私ゃコーヒーの味は分からんから、わしにはこれを淹れてくれとインスタントコーヒーを持ってきとるんよ。高級なコーヒーはお客に出してやれ言うてな」

 武部さんが森山さんの話を引き継ぐ。

 「どうしようかなと考えよった頃やからな、タイミングも良かったんよ。コーヒー屋はうちでやればいいじゃねえか、滝の家を貸しちゃるぞということで。養蜂の方も、これまで何人も来た人間と同じに、また興味本位で言いよるけど、続けばええなと思いよったけど、この男は続くんよ」

 「ここが自然を楽しむ自分の人生の集大成やからな。若い時からアウトドア派じゃったからな。よう海へキャンプに行きよったですよ。子どもが大きくなったら一緒に行かんようになって、その頃からやなあ。ここにゲストハウスを建てて、予算も決まっとったからな、自由に使える金は一千万円しかなかったからな。それからは全部自分で作って、最後が茅葺きの茶室じゃからな。最初に作った岩風呂は東京のテレビ局の「うちの風呂大賞」という番組で全国一位になって取材にも来たんですよ。水車も作って発電しよったんですよ。もうだいぶ壊れてしもた。岩風呂は上の段に五右衛門風呂を作って、そこで7、8回焚いて岩風呂に湯を落として入りよったから4時間くらい掛かりよったですわ。掃除をしてから入りよったから一日仕事になりよったな。最初から最後まで独りでやり遂げることに意味があるんで、だからこそ出来上がって、私と小学生の娘とうちで飼っていた犬で入ったんですけど、そりゃ感動ですよ。感動の意味が違うわね。独りでやったんだから」

武部さんが最初の一群を餞別として貰った時の巣箱

蜂蜜を搾って空巣になった巣板を巣箱に戻す森山さん

採蜜する蜜巣板を選ぶため巣箱の蓋を開け燻煙器で煙を少し掛ける

手を掛けなきゃ原始 手を掛けて自然

 ここまで聞かせてもらって、実際に岩風呂を見せて貰わない訳にいかない。案内を請うと、「湯を張ることはできない」けどと小雨降る中、武部さんが整備した遊歩道を歩いて洞窟の中にある岩風呂へ案内してもらうことができた。人一人がようやく潜り抜けられる大岩の隙間に造られた階段を後ろ向きになって数段降りると、大岩の下は洞窟になっていて、大岩の隙間から川面を眺めることができる。地面の岩を四角く組み合わせて畳2畳分ほどの岩風呂になっている。

 「これを造るのに一年近く掛かったからな。勤めをしよる時からな、これが最初の作品なんですわ。自分で作ったんやから作品でしょ。ここから始まって、渓流沿いを整備していったんですよ。風呂に入っとったらな、すぐそこをフワーッと蛍が飛んでいくんじゃからな。川の中に風呂があるんじゃから。最初はなここに茶室を造ろうと思うたんやけど、大水が出たら流されてしまうがな。それはいかんというので、大水が出ても後で掃除するだけでええからというので、岩風呂にしたんだけどな。手を掛けなきゃ原始じゃ言うんよ。手を掛けて初めて自然になるんよ」

 武部さんの自然観なのだ。一の滝養蜂園を受け継ぎ、滝の家を蒼穹珈琲として受け継いだ森山さんと武部さんが、渓流の傍らに座り込んで目の前の大きな岩の割れ目に生えてきた草を抜くか抜かないかで議論をしている。武部さんは抜くべきと譲らないが、森山さんは自然に生えた草の必然を主張している。

 蒼穹珈琲から山道を数メートル上に行くと、武部さん自作の最後の作品である茅葺き屋根の茶室が建っている。茶室の前は自然の大岩を活かして苔むした庭園が設えられている。夕方になって茶室を訪ねると、武部さんがホースで苔に水をやっていた。

 「色々ありましたけど、人生これで終了です。あとは一生懸命に息をするだけですわ」

 親子ほども歳が違う2人の男が辿ってきた遍歴には大きな違いがある。しかし、自然と自由を愛する共通の心を持つ男2人は、自らに正直に生きてきた。そんな2人を結び付けたのは、与えられた使命にひたむきに生きる小さな命の健気さを知った感動なのだと思えてきた。

養蜂組合連合会が共同で仕入れた飼料を渓流の堰を渡って作業場へ運ぶ

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