2020年(令和2年7月) 44号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

暇を持て余して蜜蜂に出合う

 親子ほど歳の差がある2人が偶然に出会い、蜜蜂園を受け継ぐことになった。そんな2人を繫ぐ物語を聞き出そうと、岡山県玉野市滝にある一の滝養蜂園を訪ねた。

 「私らは、にわか養蜂ですからね。それも40(歳)も過ぎてからね」と話し始めたのは、創業者で現在も指導的役割を務める武部光三(たけべ こうぞう)さん(71)だ。

 「高校を卒業して中電工(中国電力系の電気設備工事会社)に勤めたんですけどね。広島市の本店に転勤になりましてね。山ん中に中電工の教育施設がありましてね。配電線工事をやっておったもんで、50人の新人の教育担当にさせられたんですわ。土曜、日曜は休みですわね。教育施設は山ん中にあったもんで、岡山市の自宅にはちょこちょこは帰られんようになったもんで、会社の寮で寝泊まりすることにしたんですわ」

 「ある日、暇を持て余していると、寮の賄いのおばさんから鹿児島の養蜂家の畑添(はたぞえ)さんいう人が蜜蜂を近くに持って来とると、教えてもろたもんで行ってみたら畑添さんが気のいい人で、何回も行くようになって、それで蜂をいろう(扱う)ようになったんですわ。それで少しは蜂の世話もできるようにはなっていましたが、3年後に岡山支店に転勤になり、自宅に帰って来ることになって、車で生活道具を引き取りに行った時、畑添さんから『一箱持って帰れ』と餞別で一群いただいたんですね。それからは毎週のように電話して教えてもらって、何とか一群から増やしてくることができましたね。畑添さんは今でも、鹿児島県出水市におられますよ。蜜蜂は賢いな思うてな。友だちが鳩を飼っていたけど、鳩でも鳩舎に帰るように訓練するんですからね。蜜蜂は教えもせんでちゃんと巣箱に帰ってくるんでね」

 「畑添さんから蜂蜜を食べさせてもらうと、一般に売っているものとは香りも味も全然違うでしょう。驚きましたね。自分で養蜂を始めてみて、飼うのを止めよかということはなかったな。2回ほど全滅させたことはあったけどな。ダニが蜂に取り付くというようなことがあるんかと思うてな。知らなんだですからな」

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    蜂蜜は売らずに上げよった

     一の滝養蜂園を訪ねた6月下旬は、最後の栗蜜を採集する時期だった。玉野市を南から北へ貫いて流れ、児島湖へ流れ込む鴨川支流の渓流に作られた小さな堰を渡ると、右手下に作業場と整然と並んだ巣箱が目に入ってくる。

     「うちは養蜂場ではなく、養蜂園ですからな。周りの景色が園でしょう。この作業場は、私が仕事で親しんだ電柱を使って手造りで建てたんです」

     案内してくれた武部さんが得意げだ。見回すと渓流の対岸に農家らしき建物が一軒だけ木立の陰に見えるが、蜂場は深い木立に囲まれた谷間で、仙人が隠遁生活を送る森とも見える景色だ。

     「ざっくり言うたら、最初の頃の蜂蜜は売らずに上げよったんじゃけど、『美味しかった。まだ、ありますか』と言うてくれるんは励みになりますね。調子に乗って頑張りますね。蜂蜜というのは採る所によって味が違いますからね。そのうち買ってもらうことにしたんですけどね。最初の頃は売れんで困りました。そんな時にうちの蜂蜜を買うて助けてくれたお客さんが、今も買うてくれて、これまで続けてこられた訳ですからね。有り難いですよ。止める訳にはいかんのですよ」

    変かも知れんけど、やっぱり愛情や

     「サラリーマンをしよったけど、これは時間から時間に縛られてな。養蜂をやるようになってからは時間が自由になって、こんなにも良いもんかと思いましたね。蜜蜂も奥が深いですね。教えてくれと何人も来るんじゃけど、なかなか続かんな。しかし、彼は続いた。昆虫に愛情を掛けるというのは変かも知れんけど、やっぱり愛情やと思うよ。今では彼の方になついてな。わしが蜂場に入ったらな、わしを刺しに来るんじゃからな。もう、嫌になるよ」

     武部さんが、そう言って紹介する一の滝養蜂園の2代目は、黙々と栗の蜜を採っている森山直也(もりやま なおや)さん(49)だ。

     一の滝養蜂園の採蜜作業は一気に蜂場全体の巣箱から採蜜するのではなく、巣箱を3段にしておいて(女王蜂の行動を制限する)隔王板は使わず、女王蜂には2段目にも3段目にも卵を産めるだけ産ませている。内検をしながら2段目と3段目から蜂蜜が溜まっている蜜巣板を選び出して採蜜する。この時期は、採蜜のための蜜巣板を選び出すだけでなく、割り出しと言われる群数を増やす作業も同時に行われていた。女王蜂の存在を確認したら、その女王蜂が居る巣板一枚だけを、先ず別に準備した単箱に移動させ、3段になっている元の巣箱から餌になる蜂蜜や花粉が溜まっていて、卵を産む巣房のある巣板を8枚追加して一群とする。そうすると残った2段の群には女王蜂は居なくなってしまうが、この群にはいずれ変成王台が出来て、新しい女王蜂(新王)が誕生するのを待つことになる。こうして3段で一群だった群れは、昨年誕生した女王蜂の居る単箱の一群と新王の誕生を待つ2段の一群を併せて2群に増やすことができるのだ。

    女王蜂は2年ごとに更新しよるんです

     「採蜜する時には3段目と2段目だけの蜜を採って、一番下の巣箱はもういらわん(触らない)のですわ。それが基本でやってきました。ところが変成王台を作らん群が居るんですわ。その時には一旦別の巣箱に出した女王蜂を元の群に戻してやるんですわ」

     「女王蜂は2年ごとに更新しよるんです。2年経った女王蜂は潰してやらないかんのです。真夏は卵を産まんのですよ。今までよう頑張ってきたのに可哀想じゃなあと思うけどな、しようねえんや」

     養蜂家としての効率的な考えでは、誕生から2年以上経った女王蜂は産卵が少なくなってしまうので、新王に入れ替えなければならないと武部さんは言う。残酷な気はするが、養蜂家としては産卵数の少ない古い女王蜂を置いておくことはできないのだ。

     「蜜蜂を越冬させるためには、できるだけ数を増やして、密集させないかんのですよ。保温のためには数が多うないといかんのですわ。蜂数が多いのはどうにでもなる。少ないのはどうにもならんね。蜂不足は女王蜂を上手く育てられないということなんじゃけど、それは養蜂家の責任ということになるな」

     寒さで死なせることなく冬を越させるために、養蜂家にも感情では割り切れない切実な現実が待っているということなのである。

    コーヒー屋やりたくて会社員を辞めて

     翌朝、作業場を覗くと森山さんが遠心分離機を据え付けてある奥の部屋で、蜜巣板の蜜蓋切りをしていた。

     「これが先週だと、もっと盛り上がるように全面に蜜蓋ができていたんですけど、今週はもう終わりに近いのでそこまではないけど、蜜蓋は全面にできていますね。栗の蜜ですね。今年は特に温暖化を感じますね。蜂の立ち上がりがすごい元気で、びっくりするぐらいの立ち上がりだったですね」

     「コーヒー屋をやりたくて会社員を辞めて、まだ方向が定まらない頃で、この蜂場横の坂道を上った所にアトリエを構えているアートディレクターが企画した芸術祭を手伝うことになって、そのアトリエに通ってきているうちに武部さんと知り合って興味本位で養蜂を手伝うことになったんですけどね。高校生の時に喫茶店でアルバイトをして自分でネルドリップのコーヒーを淹れるようになり、そのうち自分で焙煎するようになって、コーヒーの有名店を飲み歩きするうちに自分でコーヒー屋をしたくなってですね。余生の楽しみにというくらいに思っていたんですけど、体力があるうちにやろうと、思いが高じて会社を辞めてしまったんですね」

     「大学は経済学部だったんですけど卒業後は実家の飲食店を手伝ったり、アメリカを長く旅したり、専門学校へも行きましたが上手くいかずに、大阪や、岡山に帰って地元の会社にも勤めました。42歳の時にその会社も辞めて東京で営業の仕事を一所懸命やりましたね。高校卒業してから中電工で定年まで勤めた武部さんの人生とは正反対の人生ですね。この歳になって、コーヒー屋と養蜂家の両方で、ようやく定まったという感じですね。私が武部さんと出会ったのは、彼が玉野市の後継者募集に申し込んだばかりの時で、タイミングも良かったんです。『自分で蜂は飼わなきゃ分からんぞ』と武部さんは言っていたけど、私は養蜂家になるつもりは全くなくて、この養蜂場を取り巻く環境を受け継いでいきたいと思っていたんですね。金銭面では大変ですけど、実家で暮らして独身だからできることなのだとは分かっていますけど、ここに居るとお金に囚われない生活をしてみたいと思うようになりましたね」

    ゆっくりやったら燻煙器の煙は要らない

     蜜巣板の蜜蓋を一枚分切ると遠心分離機にセットし、9枚の蜜巣板をセットし終わると遠心分離機のスイッチを入れる。ゴッゴッゴッゴーッと遠心分離機が回り始まると、次の蜜巣板を取り出して蜜蓋切りに取り掛かる。何ともゆっくりした時間の流れだ。作業場に持ち込んでいた蜜巣板の採蜜が終わると、採蜜室から作業場の軒下に、空巣を入れた巣箱を持ち出し、次に選び出す蜜巣板と入れ替えて巣箱に戻していく。これならば時間は掛かるが、独りでも採蜜作業を進めることが可能だ。

     一の滝養蜂園の3段になった巣箱には、屋根型に4枚の瓦が載せてある。内検は、この瓦を巣箱に立て掛けるように脇に置き、蓋を開け、巣枠の上に載せてある麻布を取り除き、巣板を取り出すのだが、森山さんの作業は丁寧で静かだ。

     「ゆっくりやったら燻煙器の煙は要らないですもんね」

     蜂蜜を搾る蜜巣板を選びながら、女王蜂の存在と産卵の状態を確認する。昨年初夏に生まれた女王蜂を見つけて、別に準備してあった巣箱に巣板ごと移し、餌となる蜂蜜と花粉の状態、それに産卵の状態を確認しながら巣板8枚を追加する。これで越冬させる一群が完成だ。新しい群として構成された単箱の横に森山さんは「624 2-5」と白チョークで書き入れた。6月24日に2列目5番の群の女王蜂を、この単箱に移動させたことを記録するためだ。単箱の前面には、昨年誕生した女王蜂であることを示す黄色のピンを刺した。

     内検を終えた時、森山さんは巣箱の縁を撫でるように手で払った後で、蜜蜂が居ないことを目で確かめてから蓋を閉めている。

     「蜜蜂一匹たりとも死なせたくないです。一匹を大事にできなかったら、5万匹も大事にできないですよ」

     養蜂家になるつもりはなかったと言いながらも、すっかり養蜂家の魂を会得しているのだ。

     「大雨の時は巣門の前で蜂たちがひと塊になってじっとしているんですね。雨が巣箱の中に入らないように自分たちの体で塞いでいるのだと思うんですよね。チョンチョンと指で触っても動かないですから」

     採蜜と割り出しを同時進行で行うためには、餌としての蜂蜜も残してやらなければならない。一枚の巣板の蜜を搾るか餌とするか、その基準を森山さんに聞いた。「巣板を巣箱から取り出して、蜜蓋の状態を見た時の勘かな」。

     秋口には越冬のために全ての巣箱を、掃除が終った単箱に移動させ、蜂を密集させる作業が待っている。「群数が欲しいんで、2年経った女王蜂でもなるべく潰さない方向でいきたいですね」。森山さんは、武部さんとニュアンスの少し異なることを言っている。

     「今年は蛾が多くて、毛虫が何百匹っていましたから、とってもとっても。藤の葉を食べられてしまったので、藤の花がほとんど咲かなかったですね。採蜜にも影響しましたね。その分、秋口にはスズメバチも多いんじゃないかと思って……。こういう山の中で毎日、自然を見ていると、変化に敏感になりますね。皆が里山で暮らすようになると自然がきれいになって、猪も出てこなくなると思うんですけどね」

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