2020年(令和2年10月) 46号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

真珠の核入れもしました

 3番目の蜂場はヒノキ。文字通りヒノキ林の中に巣箱が並ぶ。

 「冬へ向かう今の時期だと、イタドリや萩、あと葛の花が咲いたと分かると、越冬の餌が確保できるので、ちょっと安心ですね。以前から自然の中を歩くのは好きだったけど、養蜂をやるようになって、より野の花が気になるというか。オフロードバイクに乗って山野をあちこち行って、ここは蜂場に良いなとか考えて回りますね。実際に蜂場にできる可能性は少ないんですけど……」

 「北海道の網走にある東京農大のオホーツクキャンパスで水産の研究をしていて、卒業論文が〈カキ〉だったので、真珠屋に就職して仕事場は九州でした。漁場観測といって、天草から島原半島を半日掛けて回って、有明海のプランクトンの量や水温など水質調査をしたり、真珠貝の成長具合を確認したりしていましたね。白蝶貝やアコヤ貝で真珠の核入れもしましたし、奄美大島やミャンマーにも出張して現地の日本人に貝の管理法や核の入れ方の指導もしました。ミャンマーでは国と契約して真珠を作らせてもらってましたので、真珠養殖場を軍隊が警備してましたよ」

 蜂場を移動する軽トラックでは、理一郎さんの自然観や経験談が聞けて興味深い。

秤の上に瓶を載せて正確な量の蜂蜜を瓶詰めする

計量用のステンレス製容器に良近さんが蜜蜂を注ぐ

蜂蜜と花粉を混ぜて自家製の餌を作る

餌用の砂糖は使ってない

 4番目の斉竹蜂場は、渥美半島の北側にある。

 「こっち側は、夏にカラスザンショウの蜜が余るくらい入るので、年明けには巣箱を南側へ移すんですけどね。南側の蜂場では近くの田んぼを借りて、レンゲの種を蒔いてレンゲ蜜を採らせてもらっているんです。来春で3回目のレンゲ蜜を採ることになりますね。ソメイヨシノの蜜を採れるようになれば、養蜂家として1人前と、同業者から聞いて『それじゃやってみようか』と、5年前から桜蜜に挑戦しているんですよ。うちは越冬の餌用の砂糖は使ってないので、掃除蜜(本格的な採蜜期の前に蜜巣板の古い蜜を取り除く作業)も必要ないですもんね。ちょうど冬の餌が切れた時に春の新しい蜜が入ってきているんでしょうね」

 5番目は竹藪蜂場。

 6番目は切通。「昔、土を採った跡地みたいですね。ここはスズメバチが多いんで困っちゃうな。後ろに見える山のこっち側は蜜源がないみたいで、全然だめなんですけど、向こう側に行くとクロガネモチが入るんですよ。見た目は同じようでも蜜源は違うんですよね」

 7番目は池の上蜂場。

 8番目が建材蜂場。蜂場の奥右側にエンゼルトランペットの群生がある。

 「このエンゼルトランペットは、挿し木をして自分で増やしたんですよ。ここは自分の土地なんで、周囲に陰を作るようにハゼの木を植えているんですよ。父は、冬場の花粉用と防風、それと目隠しを兼ねて椿を植えていましたね」

分封した群、高くて手が出せず自然の巣

 9番目は長興寺蜂場。この蜂場は冬の間、長野県の養蜂家が越冬のために巣箱を置いている場所だ。「夏の間だけ、蜜もそれなりに採れるので、ここに巣箱を置いているんですけど、長野から越冬の蜂が来るまでには移動します」

 最後の10番目は、家の裏だ。文字通り両親が暮らす自宅と道路を挟んだ裏である。キウイフルーツの棚の下に巣箱が並び、入口には大きな花を付けたエンゼルトランペットが群生している。後ろ側には見上げるように大きなクロガネモチが数本。日本養蜂協会が30年前に全国の養蜂家に苗を配った木だ。

 理一郎さんが上を見上げて指差す。トチノキの高い所に何層にもなった蜜蜂の自然の巣がある。

 「この蜂場から分封した群れなんですけど、高くて手が出せないので放っておいたら自分たちで巣を作ったのですよ」

 理一郎さんが蜜蜂の営みに感心したような言い方をする。

蜂蜜を計量しながら瓶詰めする理一郎さん

瓶詰めした蜂蜜の蓋をする良近さんの手

田原連山の裾野に300群の蜜蜂

 翌日もスズメバチ対策の蜂場見回りから始まった。

 2番目の吉胡蜂場へ行った時だ。

 「ここは周辺の様子を見て、地主に頼みに行って(巣箱を)置かせてもらっている開拓した蜂場なんですよ。周辺に民家もないし、田原市が菜の花は植えてくれるわ。巣箱が置いてあるのが外から見えないのが重要なんです。農業が盛んなのは養蜂家にとっても有り難いのですが、キャベツの生産は大丈夫なんですけど、ブロッコリーは『巣箱をどかしてくれ。糞害で出荷できない』となるんです」

 吉胡蜂場の見回りが終わった後、渥美半島の全貌を見渡せる蔵王山展望所に案内してくれた。標高250mの展望所から南西には大企業の社宅や街の様子が望め、その先に太平洋の広がりが確認できる。

 「暖かいということは自然が豊かということなんでしょうね。ここから見える渥美半島の背骨とも言われる通称田原連山の裾野に、およそ300群の蜜蜂を点々と置いているんです。この小さな範囲で定地養蜂ができるのが当たり前だと思っていましたけど、他の養蜂家に比べると恵まれた環境なんだと分かりますね」

 次の蜂場ヒノキでは、スズメバチの来襲を確認した。理一郎さんが防虫網を手に羽音の主を追う。たちまち4、5匹のスズメバチを捕らえて、捕虫網の上から踏みつけて殺す。巣門のすぐ前で、脚に花粉球を付けたまま息絶えた働き蜂1匹の死骸を発見。すでに花粉球を求めて黒アリが寄って来ている。吸蜜して帰って来たところをスズメバチに襲われたのだ。「コガタスズメバチは1匹が蜜蜂1匹を獲っていくので、それほど気にしなくてもいいんですけどね」と理一郎さん。

 ヒノキ蜂場から出て山道を走っている時、理一郎さんが「センダングサが咲き始めましたね」と唐突に話す。「センダングサの花が咲き始めると花粉がすごく入るので、ひと安心なんです。蜂屋になる前には気付かなかったですが、今はこの花を見るのが嬉しいというか、霜が降りるまでずっと咲くので有り難いですね。以前は単なる雑草だったんですけどね」

依頼があればスズメバチの巣を撤去するのも養蜂家の仕事だ

ビニールハウスで政夫さんが育てているバナナ

政夫さんが飼っている犬のラン

働き蜂と女王蜂どっちが幸せ

 この日の午後は、ヒノキ蜂場での内検。ヒノキ林の中の緩やかな斜面に置いてある巣箱を1つ1つ点検し、来春へ向けて行ってきた建勢(特別に餌を与え蜜蜂を元気にするための作業)の効果を確認する内検だ。

 「働き蜂が巣房の蓋を破って出てくる時には可愛いと思いますね。毛に覆われて真っ白ですからね。女王蜂は働き蜂と同じ卵から選ばれて女王蜂になるんですけど、一生卵を産み続けなければならない。働き蜂とどっちが幸せなのかと思いますね」

 手前の列で3番目の単箱の蓋を開ける。巣板は6枚。「この箱は蜂蜜と花粉を混ぜた自家製の餌を与えた群なんです。数が少なかったのが伸びてますね。やった効果が見えると嬉しいですね」

 継ぎ箱(2段になった巣箱)から単箱にするのも、蜂の密度を高めて保温状態にする越冬を迎えるための作業だ。継ぎ箱には卵を産み付けた巣板はなく蜜巣板が入っている。

 「蜜巣板の全面に蜜蓋が出来ているか、蜂が食べてしまって空巣になっているか、どちらかでないと巣板を抜けないんです」

 全面に蜜蓋が出来ていれば春まで発酵することなく保存できるし、空巣になっていれば餌としての役割を果たした巣板なので巣箱には必要ないのだ。

 2段目の列の右端の巣箱を開けた理一郎さん。

 「これはちょっと厳しいですね。蜜が発酵していますね。蜂の数が少なくて蜜を濃縮する能力が足りていない。これは去年の王なんで、2019年に翅を切って2年目になるんかな。更新し忘れた群なんかなあ。去年の夏ぐらいまでは良かったと思うんですよね」

 理一郎さんは、内検の情報を巣箱の上に具体的に文字で書き込んでいる。一般的に養蜂家は、記号や印など暗号的な情報を巣箱に印して、自分の蜂場の機密を守ろうとするのだが理一郎さんは誰でもが理解できる方法なのだ。それだけに更新(新しい女王蜂に入れ替えてやる作業)し忘れた可能性はショックだったようだ。

 3段目中頃の巣箱。

 「これは、来年は、採蜜群になってくれそうですね。順調にいってくれればいいんですけど」と理一郎さん、嬉しそうだ。1箱1箱、蓋を開けるたびに一喜一憂で、養蜂の難しさが伝わってくる。

 3段目端から2番目の巣箱の蓋を開ける。蜂蜜と花粉を混ぜた自家製餌を与えていた群だ。

 「うーん、今一だなあ。今日は、もう終わります。最後の奴が、あれっというのがあって、テンション下がっちゃった。花粉を入れてやったのに半分も食べてないし……。ま、思い通りにいけば儲かってしょうがないんだから、逆にバネになるから」と理一郎さん、自らを励ますように声に出す。

 「今、産まれている蜂が越冬の蜂なんで、ここで沢山産ませておけば、春が楽なんで餌やって勢いを付けさせているんですけど……」

 どうやら期待して自家製の餌を与えていた群の伸びが、確認できなかったようだ。

蜜蜂だけだね、他に悪さしないのは

 時間は早かったが、内検の区切りを付けて鈴木養蜂園の直販店に帰ると、裏の畑で「ここはニンニクを植えて黒ニンニクを作るだで」と、政夫さんが無心に4本爪の鍬で畑を耕している。近くには鶏小屋があり、コッコッコッと沢山の名古屋コーチンが賑やかに走り回っている。「これは放し飼いにするだよね」と、政夫さんが鶏小屋の扉を開けると、一斉に飛び出して政夫さんを慕うように周りに集まってきた。

 「雌36羽、雄1羽、ヒヨコで42羽。生まれた奴を飼っているからね。3年も経ちゃ、ほとんど卵を産むごとなるもんね。秋になると結構キツネが来るだよね。1晩のうちに6羽も捕られたことがあったな。キツネも子どもが居ると餌が要るだよね。趣味だよ。一番の趣味は毎週北陸へ行って船釣りかな。まあ、楽しいことやってきた。蜜蜂も発端は趣味だよ。蜜蜂だけだね、他に悪さしないのは。他の虫は葉っぱを食べたり悪さするけど、蜜蜂は花粉交配して蜜を採るだけだで。虫の頂点に居るのが分かるで、皆、蜂って理解してくれんけど……」

 名古屋コーチンに囲まれた政夫さんを初秋の夕陽が照らし出している。

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