2020年(令和2年12月) 48号

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市川和希料理人の「はちみつ大根の唐揚げ」

撮影:塩川陽一

撮影・編集:塩川陽一

市川 和希(いちかわ かずき)

1989年生まれ 高校の調理科を卒業した後、岐阜県の料亭で日本料理を4年間修業し、郷里の宮崎でも修業を重ねた。2017年に宮崎市で開業した「美酒&肴 和季」の店主。農家の長男として生まれ、農家を継ぐべきか悩んだ末に、食材が軽んじられ生産者の顔が見えない現状を変えたいと、退路を断って料理人の道に入った。野菜ソムリエの資格を活かし、生産者が思いを込めた宮崎の食材を消費者とつなぐ料理を提供。「新鮮安全は当たり前、しっかりした手仕事で食材を昇華させる」を心掛けている。

 

 まな板に一本の大根。市川和希料理人は右手に包丁を持ち考え事をするかのように、左手を大根に添えたままじっと遠くを見つめている。やがて何か思い付いたように、大根の葉を一本切り取りまな板の上に置いた。葉を横向きに置き切り落とさない程度に数本の筋を入れた。続いて縦に置き直し、葉の両側を刃先でスーッと切り落とす。筋を入れた大根葉を氷水に浸けると、クルリと丸まって盛り付けの飾りが出来上がった。これを「唐草大根」と呼び、料理人の修業で最初に覚える包丁捌きなのだと言う。

 本題の料理が始まった。大きめの大根3分の1強を切り、「大根の皮を厚めに剥きます。勿体ないと思うかも知れませんけど、皮は干して他に使えますからね」と和希料理人。惜しげも無く厚み5ミリほどにクルリと皮を剥く。それを縦に4等分して角になっている3箇所を包丁で細く面取りをしていく。

 「煮崩れをしないように面取りをしますね。曲線になっている所も面取りすれば完璧です。面取りが出来たら、大根を水から炊きます。絶対に水から炊いてください。最初に熱い湯に入れてしまうと、外側だけが煮えて中に熱が入らないですから……」

 「最初は強火で炊いて沸騰したら中火にして、沸騰は維持するけど鍋の中の大根は踊らない状態を保ちます。根菜類は何でもですが、ずっと強火で炊くと材料がぶつかり合って煮崩れしてしまいますからね」

 大根を炊くには火加減に細心の注意が必要なのだ。

 「大根を炊くのは米の研ぎ汁でという方もいますけど、私は元々大根にえぐみがあると思っていないのと、宮崎は特に新鮮な状態で大根が手に入るので必要ないですね。そろそろ竹串を大根に刺してみて、何の抵抗もなくスーッと入れば大丈夫です。火を止めて、大根を氷水に浸けて冷やします。このように下茹でさえしておけば、大根の煮物で失敗することはないですね」

 下茹でした大根は冷蔵庫に入れて水を替えれば、一週間ほど保存が利くのだそうだ。続いて出汁を採るために和希料理人、400ccの水に10㎝角の昆布を2枚入れて弱火に掛け、ゆっくりと温度を上げていく。

 「昆布の白い結晶は旨みの塊なんで、僕はそのまま入れます。出汁を取る時に注意しないといけないのは、昆布は60℃くらいの温度で一番出汁が出るので、その温度を維持するのが良いんです。だけど家庭では難しいかも知れませんので、前日から昆布を水に入れて昆布水を作っておくと良いですよね。鍋の周りがプチプチと泡立つ程度が沸騰する直前なんで、ここで昆布を取り出します。勿体ないなと思うかも知れませんけどね。昆布を取り出したら、強火にして沸騰したら火を止めて、カツオ節20gを入れます。あまり長く浸けておくと酸味が出ちゃうので、1〜2分でカツオ節が沈んだらザルに取り出します。この時にカツオ節を搾るとえぐみが出てしまいますので、自然に垂れるの待ちますよ」

 出汁を取るという作業はストイックな行為だ。勿体ない気持ちを抑え我慢の連続である。「世界一高級な調味料としてギネスに載っていましたよね」と、和希料理人。昆布とカツオ節の一番出汁は贅沢の極みという訳だ。

 出来上がった一番出汁に薄口醤油大さじ2杯と蜂蜜大さじ2杯を加えてよく混ぜる。

 「蜂蜜が結構決め手で、甘みが柔らかいのと照りが出るのが良いですね。よく混ぜたら下茹でした大根を入れます。先ほど何故しっかりと大根を炊いたかというと、この出汁は沸騰したらすぐに火を止めて冷えるまで、そのままで置いておきます。沸騰の状態で長くおくと、味も濃くなりますし、折角一番出汁を採ったのに風味が無くなってしまいますから注意が必要ですね。大根を炊いた時のように氷水で急に冷ますと味が染みないので、室温で置いておきます」

 「揚げ物は温度差が大事なんで、鍋に大根を入れたまま充分に冷まします。大根の揚げ物で失敗するのは、気持ちが急いでまだ大根が温かい内に揚げると、カラッと揚がらないですね。大根が完全に冷めてから、地(じ)に浸かった大根を岡上げします」

 料理人の専門用語らしきことを和希料理人が言う。出し汁に浸かった大根を取り出して汁を切ることらしい。和希料理人はキッチンペーパーを敷いたバットに大根を取り出すと、一つ一つの大根に片栗粉をまぶし、180℃の油で揚げ始めた。

 「すごく多めの油で揚げてください。油は高温で、途中で大根を触らないことが大事です。途中で触ると衣に穴が開いて、大根の出汁が滲み出してベチャベチャになりますので注意が必要ですね。大根同士が中でくっ付かない程度の油の量があると良いですね。大根が油の表面に浮いてきたら、もう触っても大丈夫ですね。揚げますよ。熱いんですけど、この状態がすごく美味しいので、すぐに盛り付けしますね」

 熱々の「はちみつ大根の唐揚げ」を戴く。歯を当てるとスーッと切れ、同時に大根に染みた出し汁が口中に広がる。ふくよかでしっかりした味だ。油濃さは感じないが、添え物の唐草大根を噛むと口中が一新する。それにしてもと、疑問が芽生える。これなら唐揚げにする必要があったのだろうかと……。

 「唐揚げにするのはサクットロッという食味ですね。唐揚げにすることで大根の中が蒸されてトロッとした食味が出るんです。炊くだけではトロッが出ないですね」

 勿体ないの気持ちを抑えて出汁の素材と手間を惜しむなかれだ。たかが大根の唐揚げと軽んじてはならない。

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