2021年(令和3年1月) 49号

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料理家あさみ智子さんの「人参ケーキ」

撮影:塩川陽一

撮影・編集:塩川陽一

料理家・あさみ智子(ともこ)

1969年京都府生まれ。幼い頃から料理好き。自然を求めて育つ。東京でファッションモデル中心の活動をした後、1994年にオーガニックな環境を求めて、宮崎市へ移住。料理を仕事として、オーガニック関連店の立ち上げに係わり、ケータリングや料理教室をしながら精進し、2006年に玄米菜食.comを立ち上げ、カフェ山猫を始める。

2014年に現在地の綾町に移転。一男二女の母。

 コロナ禍による自粛要請の影響で、現在は予約のお客だけを受け入れているカフェ山猫の店内は、しっとりと湿気を含んだ空気が気持ちを落ち着かせてくれる。外は久し振りの雨。料理家あさみ智子さんが、動画を撮影する塩川陽一カメラマンと事前の打合せをしている。

 「最初、人参を回します。塩も量っておいた方が良いですね」と、この日使う材料一つ一つを小さな器に入れて調理台に並べている。

 「ベーキングパウダーはアルミニウムフリーのものです。薄力粉は前もってふるっておきましたけど、南九州の地粉だと薄力にできなくて、中力寄りになっちゃうんですよね。ふすま粉も加えます。人参は、(宮崎県)綾町尾立で完全無農薬、無化学肥料、それに動物性肥料も使わないで韓国人の農家が作っているものなんですよ。尾立は約4000年前の縄文後期に属する遺跡がある土地なんですよね」

 外が雨という気分が影響しているのか、あさみさんの人参ケーキ作りは話が横道に逸れながらゆっくりと始まった。

 「それから木綿豆腐、摺り下ろしたリンゴ、蜂蜜、落花生、イタリアの塩田の塩を準備します。本当だったらジンジャーを入れるんですけど、しつっこくなるから今日は止めます」

 ようやく調理が始まった。調理台の上には人参が3本。「普通、ここは使わないんですけど、私は使うんですよね」と言ったあさみさん、人参の葉の付け根の部分も一緒に荒っぽく乱切りにしている。乱切りにした人参をフードプロセッサーに入れ、スイッチを入れる。20秒ほど回して蓋を取り、人参の状態を確認してから、ゴムヘラで容器の縁に付いた人参を掬うように中に落とし、もう2、3度、数秒間ずつ回す。「次に硬いのは落花生ですね」と落花生を加えてスイッチを入れる。7、8秒回して蓋を取ったあさみさん、「めっちゃ香りが良いですね。人参と落花生は季節のものですから」と感激の声だ。

 熱々の「はちみつ大根の唐揚げ」を戴く。歯を当てるとスーッと切れ、同時に大根に染みた出し汁が口中に広がる。ふくよかでしっかりした味だ。油濃さは感じないが、添え物の唐草大根を噛むと口中が一新する。それにしてもと、疑問が芽生える。これなら唐揚げにする必要があったのだろうかと……。

 「唐揚げにするのはサクットロッという食味ですね。唐揚げにすることで大根の中が蒸されてトロッとした食味が出るんです。炊くだけではトロッが出ないですね」

 勿体ないの気持ちを抑えて出汁の素材と手間を惜しむなかれだ。たかが大根の唐揚げと軽んじてはならない。

 「次は豆腐」と小声で呟き、豆腐をフードプロセッサーに加え、中で押し潰してからスイッチを入れ、10秒余り回す。続いて摺り下ろしたリンゴを加えて、更に10秒ほど回す。ここで一息だ。続いて菜種油、きび糖を加え、蜂蜜もここで加える。さらに塩を加え、「ナツメグです」と呟くように小声で言いながらナツメグを加える。「これベーキングパウダーです。重曹でも良いですよ。ここで一回混ぜますね」とあさみさん、フードプロセッサーを更に10秒ほど回した後、容器の縁に付いた材料をゴムヘラで掬うようにして中に入れる。

 「ここからはグルテンが出るのが嫌なので、ざっくりと混ぜます」とあさみさん。あらかじめふるっておいた地粉とふすま粉を加え、5秒間ほど回してから蓋を取り、様子を確認して更に3秒ほど回した。

 「後は型に流せば良いんです。本来は、粉はボールで混ぜ合わせるんですが、今日は楽をしたいのでフードプロセッサーの中で混ぜました」と誰にということではなく断りながら、あらかじめ油を塗っておいた型に材料を流し入れる。「型紙を敷いても良いですし、小さな型に入れてもいいですよ」と言い、材料を流し入れた直径20㎝ほどの型を持ち上げてはトンと落とし、中の空気を抜く。表面を平らに均して再びトントンと軽く持ち上げては落としていく。「大きな空気を抜く位ですね。これを170℃に予熱したオーブンレンジに入れて50分間焼きます」。

 人参ケーキを作る作業はこれで終了。50分後に焼き上がるのを待つばかりなのだが、その時間を利用して木綿豆腐とココナッツミルクで生クリームを作ることに……。

 「豆乳は原液があれば良いんですけど、市販の豆乳は固形分が10%くらいなんで、原液がなければ木綿豆腐を使ってください」と、木綿豆腐をフードプロセッサーに入れ数秒間回し、様子を見ながら3、4回繰り返す。

 ココナッツミルクの缶詰を開け、ゴムヘラでミルクを掬い出しながら、あさみさんが独り言のように呟く。「ココナッツミルクはクリームの固形分を使いたいですね」。できるだけ固形部のところをフードプロセッサーに加え5、6秒回す。「これはすり鉢でも作れるんですよ」と言いながら、器の縁に付いた豆腐とココナッツクリームをゴムヘラで中へ落とし込む。更に5、6秒回すと、真っ白でトロトロのクリームが出来上がった。味は付けていない。

 「このクリームは甘くはないんです。ケーキの甘みが少ないので、クリームに甘みを加えるとケーキにもっと甘みを加えないとケーキが活きてこないのです。クリームは自然のままで味を付けないでおきますね。盛り付けは季節のフルーツにしようかと思っています」

 オーブンレンジから取り出した「人参ケーキ」は、こんがりキツネ色。粗熱を取った後、三角に切った人参ケーキに真っ白なクリームをたっぷりと掛け、赤いイチゴと緑色のバジルを添えた。クリームと一緒に人参ケーキを口に運ぶ。クリームの豊潤な香りが印象的だ。柔らかいけど弾力のあるケーキ。自然な優しい甘さが次のひと口を促す。ボリューム感があって食後のデザートというには重いが、はっきりと役割を持った小腹押さえの一品だ。

 「ふすま粉が入っている時点で重さが出てしまうのでしょうね。今のケーキ屋さんはまったく使わないですから」と、あさみさんが我が意を得たりの顔をする。素朴なケーキというか、イタリアの田舎で味わうマンマの味とでも言うのだろうか。

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