2021年(令和3年1月) 49号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

沖縄でどれくらい蜜が採れるか

 恩納村立仲泊小中学校正門前の横断歩道を渡ると、目の前にHoney Bee 蜂優の店舗がある。店主の池宮崇(いけみや たかし)さん(45)は自らが養蜂家であるばかりでなく、培った養蜂技術を活かし、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の生態・進化学ユニットの一員であり恩納村のHoney&Coral Projectの養蜂指導員でもある。

 「独立して店を構えたのは2年前なんですけど、それまで沖縄市にある大手の養蜂場にいましたので、養蜂に携わってからは25年ですね。若い時に東京の建設会社で働いていたこともありましたけど、中学校で同級生だった嫁と付き合うようになったら、たまたま嫁の実家が養蜂業だったもので蜂の話を聞いているうちに、愉しいだろうなと思えてきて、どうせやるんだったら早く始めようと、23歳で結婚する2年前から、嫁の実家の養蜂場に勤め始めたんです。珍しいじゃないですか養蜂って。自分の手に職を持って一生の仕事に出来るって思いましたね。今のお店は2年目だから、まだ心配だけど、養蜂家としては一生の仕事にしていける自信がありますので不安はないです。沖縄の養蜂業はポリネーション用の蜂を増やすというのが一般的ですけど、ぼくは沖縄でどれくらい蜜を採れるかをやっていきたいですね。無農薬(ダニの駆除剤を使わない)で餌を与えないで、どこまでやれるかです」

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    百花蜂蜜は、年ごとに季節ごとに、
    味が変化する

     「沖縄でも餌を与えないで冬を越すのは蜂にとって過酷だと思いますけど、生き残った蜜蜂群は自然の環境に強くなっていくので、その種をなるべく残していきたいですね。蜜蜂をそのように作るのを始めて2年、まだ蜂を危ない目に遭わせることがあるかも知れません。可哀想だけど自分は強い蜜蜂を残していきたいので……。今(1月中旬)も蜜源になるアワユキセンダングサ(さし草)が咲いているのと、今までの経験があるので……。でも、今はまだ、結果が出ていないので強いことは言えないけど……」

     池宮さんは、言葉を選び迷いながらも、沖縄だからできる餌を与えず、ダニの駆除剤を使わない養蜂を目指す決意を語るのだ。

     「単純に3000万年以上も前から生き続けている昆虫なのに、何で餌をやらなきゃいけないんだろうと思ったんです。農薬(ダニの駆除剤)を使わない、餌も混じっていない、きれいな蜂蜜を採りたいと思ったんです。沖縄では百花蜂蜜になるんですけど、百花蜂蜜は年ごとに季節ごとに、味が変化することも良いなと思うんです。理想が現実になれば良いんですけど」

     池宮さんは前に勤めていた養蜂場で、自分が担当する蜂群を数年間、ダニの駆除剤を使わず、餌を与えないで飼っていた結果として他の人の蜂よりも強かったんですよ」と言う。実績に裏付けされているからこそ、池宮さんが描く理想の養蜂の姿に可能性を感じているのだ。

     編集室注:本土で冬季に餌を与えている養蜂家は、春になって採蜜する直前に整理蜜(掃除蜜)という採蜜作業を行い、餌として与えた砂糖水が蜂蜜に混入することはありません。

    年々蜜源が少なくなっている

     丈夫な金網フェンスに囲まれた広々とした畑の一角に、寒冷紗で覆った小さな蜂場。地面には砂利が敷き詰めてある。池宮さんが管理する蜂場だ。

     「去年10月初めの台風の時にアリが来て、5群がやられて駄目になってて、それで(アリの侵入を)管理し易くなると思って砂利を敷いたんですよ。餌をやっておれば強くなるんで、アリにもやられなかったと思うんですけどね。その上、台風の後の12月は、沖縄はずっと雨だったんですよ。それで餌が不足したため、まだ力が付いてなくて蜂が継ぎ箱に上がってくるスピードも遅くて……」

     池宮さんが蜂場の一番端に置いてある継ぎ箱の蓋を開けると、蓋と巣箱の隙間に小さなアリがびっしりと蠢いている。巣箱の中にまでは入っていないようだ。池宮さんに少しも驚いた様子がなく、蜂ブラシでアリを払い落としただけだ。払い落とした後は淡々と内検を始めた。1月中旬、女王蜂は卵を産んでいるか、ダニは入っていないか、餌となる蜜や花粉を貯めているかなどを点検しているのだ。

     3番目の巣箱の蓋を開けた時、池宮さんが「(蜂数が)相当減ってますね」と私に伝えるように声に出す。「年々蜜源が少なくなっているような気がして……。(土木)工事も多くなっているし、農薬の影響もあるのかなと思っていますけど……」。自然の変化に敏感な小さな命と共に暮らす養蜂家だからこそ、自然の変化に直感が働くのかも知れない。

     

    地元でやっている蜂蜜に興味を示す

     昨年はアリにやられて5群も駄目にしたというのに、ただ蜂ブラシで払っただけで良いのだろうか。気になって尋ねた。「1週間も払っていたら、ちょっとずつ少なくなっていきますね」と池宮さん。衝撃だった。アリを退治するという発想ではないのだ。確かにアリは無限に居るし、蜂のためには薬などを使うことはできない。そうなると、自然の一員であるアリの方から来なくなるのを気長に待つか、蜂が力を付けてアリが来ても追い返せるようになる以外に方法はないという訳だ。

     「いつも春先の花が咲くのを待っている感じです」。池宮さんは、アワユキセンダングサの他に、もっと多くの花が咲き始めるのを心待ちにしていると言う。池宮さんの気持ちは蜜蜂の心情に同化しているようだ。

     「昨年は20群あったんですけど、蜂蜜はすぐに完売してしまって……。地元の人たちは地元でやっている蜂蜜に興味を示してくれているんですけど、今年は10群。でも、これだけはダニにもやられず、餌なしで生き残ったので、強くなってくれると期待しているんです。一般的には冬場は蜂の密度を高めるために継ぎ箱を外して単箱に下げるんですけど、下げたら力が落ちる蜂も居るので、(春になれば)必ず(継ぎ箱に)上がってくるのは分かっているので継ぎ箱のまま置いていたんです。餌をあげてしまえば蜂を強くすることはできるんですけど、ここは我慢のしどころ、そうです、ゆっくりと……」

     池宮さんが自らに言い聞かすように話す。

    寄生虫と宿主の共進化の解明にも繋がる

     次に池宮さんが向かった先は、小高い丘の上に巨大でユニークな形状をした建築が建ち並ぶ沖縄科学技術大学院大学(OIST)の構内の茂みにある蜂場だ。池宮さんはOIST生態・進化学ユニットの一員として蜜蜂の管理を任されているため、週一回は構内蜂場の内検に訪れているのだ。

     2012年に開学した沖縄科学技術大学院大学(OIST)は5年一貫性の博士課程からなり、8つの分野の学際的研究が行われている。未来都市の要塞といった雰囲気の巨大な研究棟群は、敷地240ヘクタールに及ぶ野生の動植物の生態系を活かして建築されているのだという。OISTに数ある研究ユニットの中の1つである生態・進化学ユニットでは、地球環境やグローバル経済、世界の食料の確保などに深刻な影響を与える蜜蜂の大量死(蜂群崩壊症候群)の原因の1つが蜜蜂に寄生する2種のバロアダニ(ミツバチヘギイタダニ)であるため、そのダニの全ゲノムを解読した。これにより、バロアダニの防除の可能性を示すと共に、寄生虫と宿主の共進化の解明にも繋がると期待されている。

     OIST生態・進化学ユニットでの池宮さんの役割は、研究に必要なダニを発生させるために、冬季には餌を与えてダニが発生し易い環境を維持しながら、蜜蜂を世話することだ。

     「ここでは、ぼくが普通に餌を与えて蜂を管理して、研究者は増えたダニを研究しているんですね」と池宮さんには、不本意な養蜂なのかも知れない。ただ、求める結果はダニの防除やダニと蜜蜂との共進化なのだから、池宮さんの養蜂とユニットは同じ方向を向いていると言ってもよいのだろう。OISTの蜂場では餌を与えているだけに、すでに女王蜂が産む卵の数が順調に増え始めているようだ。

    赤土流出問題を蜜蜂を飼うことで軽減

     次に池宮さんが訪ねたのは、近隣5中学校の統合により2020年度に新設された恩納村立うんな中学校が管理する2群の巣箱だ。巣箱が置いてある広場にはニコニコマークになるようにヒマワリの苗が植えられ、その周辺にはコスモスや赤土流出対策として大きな株を形成し高さが2〜3mにもなるベチバーの根株が植えてある。内検をしていた池宮さんが、木陰に置かれた2つの巣箱の巣門前と斜面の下に沢山の蜜蜂の死骸が落ちているのを指差して教えてくれた。

     「先週、内検に来た時に発見したんですけど、昨年暮れにトラックにタンクを積んで街路樹の消毒をしていたらしいので、その影響だと思うんですけど、原因は今のところ特定できてないですね。ここの巣箱は恩納村が取り組んでいるハニー&コーラル・プロジェクトの一環で飼っている蜜蜂なんです」

     このプロジェクトは、昨年夏に本格的に始まったばかりの環境保全プロジェクトだ。雨によって土壌の表面が浸食され、雨水と共に農地から流出する赤土が河川に流れ込んで海に到り堆積することで、サンゴ礁の白化現象の原因の一つとなっている。沖縄県の大きな環境課題である赤土流出問題を、蜜蜂を飼うことで蜜源植物を植栽するなどして軽減できないかという試みなのだ。昨年夏には蜜蜂の飼育を希望する農家などに説明会を開催し、10月頃からは実際に約50人の希望者の中から10人を選び、巣箱を設置してもらって飼育を始めている。池宮さんは役場から依頼されたこのプロジェクトの養蜂指導員なのだ。

     「将来は自分たちで採った蜂蜜を商品として、ラベルも作って販売までやりたいという話は出ています」

     池宮さんが果たす役割は、養蜂家という職能を活かした社会貢献になっている。

    巣箱の底に蜜蜂の死骸が大量に

     この日、池宮さんはハニー&コーラル・プロジェクトで蜜蜂を飼育している支援者を訪ね、養蜂指導を行う事になっていた。うんな中学校の次に、恩納村苗畑の責任者を務める農林水産課の伊芸竜二さん(34)を訪ねた。

     「苗畑では村の防風林や道路の植栽に使う植物の苗を栽培しています。私の親が観葉植物を仕事にしているので子どもの頃から植物には関心を持っていましたね。養蜂は昨年11月から始めたばかりで、作業を覚えるのと蜂への理解を深めるのは今からです。今のところ刺されたことはないです。蜜蜂には、アボガドの受粉を助けてもらったり、蜜源植物のセンダングサを植えて赤土流出防止にもなれば、蜂蜜が採れて環境にも良いと期待しています」

     熱帯植物でもある月桃やクワズイモなどが防風林として帯状に茂り、その根元に巣箱が置かれ、内検は10分足らずで終わった。

     「蜜蜂に力がないんで……」と、池宮さんは少々沈みがちだ。「12月の天気が思っていたより良くなかったんで、予定していたようには蜂の力が上がっていないですね」。

     この日の最後は、恩納村役場庁舎奥の林と屋上に置かれた巣箱の内検だ。庁舎奥の林に置かれた巣箱の一つには、巣箱の底に蜜蜂の死骸が大量に落ちていた。これも恐らくうんな中学校の巣箱と同じ原因と思われるが、特定することは出来ていない。

    蜜蜂に助けて貰おうかと思って

     翌朝は、恩納村商工会の屋上に置かれた巣箱の内検から始まる事になっていた。午前9時に屋上に上がると、10人余りの人々が集まっていて中にはカメラを構えている人も居る。聞けば、恩納村が依頼した観光プロモーションビデオを作成するためにハニー&コーラル・プロジェクトを取材するのだという。このプロジェクトの仕掛け人で恩納村農業環境コーディネーターを務める桐野龍さん(44)が、その場を仕切る責任者なのだが控えめに人々の端の方で佇んでいる。プロジェクトの目的を尋ねると「蜜蜂に助けて貰おうかと思って」と、言葉も控えめだ。

     ビデオの取材チームは、池宮さんが恩納村商工会青年部部長を務める仲村大輔さん(38)に、新しい巣板を巣箱に入れる際の考え方を伝える場面の撮影を始めた。

     「産卵をさせたいんだったら(巣箱の)真ん中、蜜を貯めたいんだったら(巣箱の)端に新しい巣板を差します」と、池宮さんが説明するのを面布は着けているが素手で作業をしている仲村さんが頷きながら聞いている。

     「青年部の活動に繋げられたらと思っています。7月に村の『うんなまつり』があるので、そこで蜂蜜を子どもたちに配れたらいいな」

     現在は1群だけの巣箱だが、この飼育が上手くいけば群を増やし、群が増えれば夢も大きくなるというものだ。

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