2015年(平成27年4月)5号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

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熊本県熊本市西区沖新町 中村養蜂園

1万回飛んで、スプーン一杯の蜂蜜

ちゃんとした蜜蜂の一生を送らせてやりたい

|「蜂は健気(けなげ)ですもんね。一生働いて死なすとやけん。全部女で、すごかもん。1万回飛んで、スプーン一杯の蜂蜜って言わすもんね。ちゃんとした蜜蜂の一生を送らせてやりたいという思いはあっとですたい。生まれたからには一生懸命働いて、旨いもんを食ってですね。蜂が減っとるとは悔しかと言えば悔しかですもんね」

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    久し振りに太陽が姿を見せた4月中旬の朝、勢いよく巣箱から飛び出していく蜂たちを愛おしげな眼差しで見つめる中村邦博(くにひろ)さん(57)は、持って行き場のない憤りを抱えていた。

    |「ほんとなら900箱が、今100箱ですよ。21日単位で増えよって、秋口までは毎年増えかかって、秋が過ぎたらドンと落ちて、そんままです。5、6年前までは、何じゃなかったですよね」

    働き蜜蜂が5〜7週間の生命を全うする前に死んでしまう現象が、5、6年前から続いているのだ。原因は定かでないが、邦博さんは農薬を疑っている。そうは言いながらも、養蜂家の1年が始まる春ともなれば、ハウス園芸の交配用に貸し出す蜜蜂の動きも活発になり、蜜蜂への愛おしさは自ずと募っていくようだ。「こぎゃん蜂の元気の良かとは、(今年では)今日が初めてやけん」と、邦博さんは目を細める。

    蜂が返ってくっと、
    ハウスの中の状態まで分かっとだけん

    中村養蜂園のある熊本県熊本市西区沖新町は古くからの干拓地で、区画整理された田んぼや畑が連なる広々とした農業地帯だ。近在の農家では、タカミ、アンデス、クインシーなどのメロンをハウスで栽培しているため、蜜蜂で交配する時期を迎えていた。蜜蜂の動きが止まる夕方になると、交配用に貸し出していた蜜蜂を返す農家や、新たに借りる農家が中村養蜂園にやってくる。そのため午前中は、農家から返えされてきたハウス蜂を観察し、状態によっては砂糖水の餌を与えるなど、次にまた貸し出せるような元気な状態を保つために世話をしなければならない。邦博さんと長男の晃(あきら)さん(31)、二男の規裕(たけひろ)さん(30)の3人皆が口ひげを蓄えた立派な体格で、面布を付けて、蜜蜂を騒がせないようにゆっくりとした動作で巣箱を観察する様は、厳粛な儀式を見ているようだ。

    |「蜂がハウスから返ってくっと、(蜂の様子で)貸し出したハウスの中の状態まで分かっとだけん。除草剤が流行っとっけん、そっがいかんとですもんね」

    蜜蜂が巣箱で活発に動いているかどうか、蜜蜂が増えているかどうかなどで、ハウス内のメロンの花の状態を推測できると、邦博さんは言うのだ。

    女王蜂の翅を切って分封を防ぐ

    翅を切られた女王蜂、その周りは働き蜂

    この日は、レンゲ蜜を採集するための前段として行う整理蜜作業の準備が始まっていた。昨秋以降は一度も採蜜していないため、この日までに蜜蜂が集めてきた様々な花の蜜が巣箱には溜まっている。レンゲ蜜が最盛期を迎える前に、その蜜を、すべて採蜜して、その後に蜜蜂が集めてくる蜜を純粋なレンゲ蜜のみにするためだ。この作業を、整理蜜作業と言う。

    遠心分離器を始め、蜂蜜を漉す網やタンクなどを、水圧洗浄機で洗って天日に干している。ふつう養蜂家は、巣箱を置いている養蜂場の現場で採蜜するのだが、中村養蜂園では蜜の溜まった巣板を持ち帰って、自宅の広い倉庫で採蜜する方法をとっている。

    |「現場で採蜜すっと、なるべく早く終わらせんと、蜂は働きよるけん、新しい蜜が入りますけんね」

     邦博さんの妻良子さん(56)は、採蜜作業では蜜ブタ切りが担当だ。

    |「ミカンの時がすごいんですよね。巣板が蜜で倍くらいの厚みになって真っ白ですよ」

    邦博さんが、中村養蜂園自慢のミカン蜜を説明したくてうずうずしている。

    |「うちはミカン蜜を、1回しか採りよらんですよ。蜜が溜まって、巣箱を上にどんどん積み上げていくけん。(その間に蜜が濃縮されるので)うちは(糖度が)84度くらいまで上がっですがね。ミカン蜜は(一斗缶で)300本とか、それ以上採れよったですよ。巣箱1箱から、1斗缶に5本採れよったけんですね。そっが自慢だったですよ。糖度が80度以上になっと、香りが閉じ込められて匂いがせんとたい。お客さんが、うちんとはミカンの味がせんと言わすとですよ。何でかっていうと、口に含んでしばらくすっと、喉ん奥からふわーっとミカンが香ってくっとですよ。もっと(蜜を)薄く採りなっせと言うけど、そげんとはせんと言うてかいね」

    巣板が蜜で倍くらいの厚みになって真っ白

    香りが閉じ込められて匂いがせんとたい

     

    女王蜂が出ようとする時は、
    子どもを持たんとですよね

    整理蜜作業の準備が終われば、ハウス蜂の管理と同時に女王蜂の翅切りだ。これからミカン蜜の採蜜までに、蜜蜂の数をできるだけ増やしておきたい邦博さんにとっては、女王蜂が群れを飛び出して新しい群れを作ろうとする分封の動きは禁物だ。その女王蜂の動きを防ぐため、翅を切って、群れから出られないようにするのである。

    |「女王蜂が(群れを)出よう出ようとする時は、子どもを持たんとですよね。蜂が過密になるけん、分封しようかって動きが起きっとですけん。巣箱を上に重ねてやれば、又、仕事が増えるけん、蜂は、上に巣が空いとんなら、蜜ば溜めようとして、(蜜を)どんどん上に上げてやらすとですよね。そっで、うちは横でなくて縦で仕事すっですもん。それが、人と違うとこですね。うちは蜂ば最大に増やすごつだけん。レンゲ蜜ん時は、隔王板(かくおうばん)を敷かんで、上の段の巣箱まで子を持たせてですね」

    通常は、下の巣箱から上の段に女王蜂が移動して卵を産み付けないように隔王板を敷いて、上の段は採蜜専用の巣箱にしている。しかし、中村養蜂園の作戦は、レンゲ蜜の量を減らしても蜂の数を増やして、ミカン蜜の時に、より多くの蜜を採ることなのだ。

    ハウスへ貸し出して返ってきた巣箱一つ一つを点検しながら、邦博さんが女王蜂を見付けては翅を切っていく。

    |「今は蜂が少なかけん、ぱーっと見たら分かっとですよ。仕事をしよる蜜蜂と女王蜂の動きはちょっと違うもんだけんですね」

    指を差して「これが女王蜂」と教えてもらっても、巣板の上を絶え間なく動く女王蜂をすぐに見失ってしまう。巣板の上で動き回る蜂の群れを一瞬見ただけで女王蜂を見分けるには、やはり熟練が必要のようだ。

    オスは要らんけん。
    家ん中に居ったっちゃ邪魔になるし

    邦博さんは、女王蜂の翅を切る際に、オス蜂の巣も切り取ってしまっている。

    |「オスは要らんけん。元々、蜂蜜も採りに行かんですしね。家(巣)ん中に居ったっちゃ邪魔になるし。隔王板を敷いとくと、オス蜂は上の段の巣箱にしか居られんけん出られんとですよ。蓋開けた時に、オス蜂はワーッと出てくっですね。その後で、家(巣)に入ろうとしても門番の蜂から追い出さるっとですよね。蜂の子ってあっでしょう。蜂の子は男なんですよ。男が幼虫の時に巣穴から出して、乾燥したやつなんですよ。だけん、ローヤルゼリーよりか栄養があっとですもんね。なんせ精子ば作る能力を持っとるけん。その分は栄養が男にあっとですもんね」

    女王蜂の翅切りにしても、オス蜂の巣を切り取ってしまう作業にしても、残酷なようだが、養蜂家にとっては、効率良く蜂蜜を採集するために培われた技術なのである。

    風で巣箱に戻りきらんで、
    蜂が寄っちゃうんですよ

    中村養蜂園では整理蜜作業の準備と併行して、レンゲ蜜を採るための準備も進めていた。中村親子3人は、2台の軽トラックに巣箱を載せるブロックを積み込み、農家から借りているレンゲ畑へ向かった。ハウス蜂の管理を除くと、今年初めての本格的な仕事だ。特に打合せらしいこともなく、現場に着くと直ちに邦博さんが草刈り機のエンジン音を響かせて、咲き始めたばかりのレンゲ畑の一角を刈り取っていく。晃さんと規裕さんはブロックを置いて、風除けネットを張る支柱を道路際に打ち込んでいる。

    |「ここは海沿いだけん、風がものすご強かけん。風で巣箱に戻りきらんで、蜂が寄っちゃうんですよ。レンゲ畑には4月20日に巣箱を置いて、5月10日にミカン山に上げます。なんさま去年と10日ぐらいずれとるけん。例年だと今の時期は、巣箱が完全に2段になっとるですもん。焦ってはおっとですけどね。これが5年も続くと、がっぱ(がっかり)すっですもんね。嫁さんに何ばしよっとと言われんばん」

    この日は、巣箱を置く準備をしただけだった。レンゲ畑が満開になるには、まだまだ日数がかかりそうである。陽は西に傾いたが、遅くなってハウス農家が来るため、しばらくは待機の時間だ。ふと目を遣ると、有明海を挟んだ島原半島の普賢岳が、意外と近くで夕陽に照らされ黄金色に輝いている。

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