2021年(令和3年2月) 50号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/

編集:ⓒリトルヘブン編集室 〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

血統の良い女王蜂と入れ替え

 トントンと軽く蓋を叩いて、高幸さんが継ぎ箱の蓋を開ける。蜜巣板が10枚きれいに並んで入っている。養蜂家が巣枠の間隔を12ミリ空けるために使う三角コマは使っていない。

 「寒い時には間隔を狭くして、暑くなったら広げるようにするんで、三角コマは使わないんです」

 継ぎ箱の蜜の入り具合を確認すると、間に挟んであった隔王板を除いて一段目の巣箱の内検だ。

 「隔王板を使わないやり方を池宮さんから習ったんですけど、難しかったです」と言いながら、巣板の端の方に少し膨らんで並んでいる雄蜂の幼虫が居る蓋を削り、ダニの有無を確認している。「削った雄蜂の巣房は働き蜂がきれいに掃除して、又、雄蜂の巣房になるんですけどね。巣房の径が少し大きくなっているので雄蜂しか産まれないんです。巣箱では卵を産み付ける巣板に蜜蓋が掛かっていることもあるんですが、蜜蓋を削って蜜を採れるようにしてやっていると、蜂が蜜を食べて掃除して、次には、全面に卵を産む巣板にしてくれるんです。このやり方も池宮さんに習ったんです」

 隣は継ぎ箱を載せていない単箱の群だ。高幸さんが女王蜂を探し出して王籠に入れ、無王群にしている。

 「女王蜂によって強い弱いがあって、この女王蜂は卵をあまり産んでなくて、同じ巣房に産んでいたりするので、血統の良い女王蜂を別の蜂場で作っているんで、明日の内検で成功していたら、その女王蜂と入れ替えようかなと思って……。今日は4匹の女王蜂を捕って……。この女王蜂は、欲しいという人が居たら貰ってもらうことになるんですけど……」

 巣箱をよく見ると、黄色と青、赤の印が付いている。「黄色は去年生まれた女王蜂の居る群で、青は一昨年、赤は一昨々年の女王蜂ですけど、赤の女王蜂はもう居ませんね」

 女王蜂の血統や若さが群の勢いに影響するという現実は避けられないのだ。

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    気ぃ荒いですね。もう止めましょうね。

     翌日は、風の強い曇り空だった。蘭さんの両親が経営する森井農園の道路向かいにある森井蜂場で内検だ。高幸さんが空を仰ぎ、雲行きを確かめている。内検を始めるかどうか、迷っているようだ。

     「いつも内検は午前中で終わらせているんですよ。午後からは蜂が(巣箱に)返ってくるんで、箱の中がワサワサしてくるんで……」と、高幸さんが意を決したように熱帯樹林の中に点々と置かれた一番手前の巣箱の蓋を開ける。

     「こっちの女王が上等なんですよ」と、巣箱の中に仕組んであった王台養成枠を点検する。誕生したばかりの新女王蜂の姿が出房王籠の中に見える。

     「この群には元々女王が居なかったので、働き蜂が自分たちで王台を作っていたのを王台養成枠に付けたのが今月3日でした。それから(女王蜂が誕生するまでに)14日間と読めるじゃないですか。それで昨日、古い女王蜂を(群から)捕ったんですよ」

     なるほど、昨日、産卵の良くない女王蜂4匹を群から捕ってしまったのは、この群の「上等の」血統を継ぐ女王蜂が4匹誕生することが分かっていたからなのだ。

     「残り3匹の女王も間もなく誕生するはずですからね。本来は、上等の群から女王蜂を一旦隔離して、女王が居ないと思わせて変成王台を作らせ、それを出房王籠に入れて誕生させるんです。でも、今回は女王を入れて隔離するはずの王籠をうっかり落としてしまい、女王を死なせてしまったんです。それで女王が実質的に居ない状態になってしまったんですが、今日の内検で王台があったんで、そのまま産ませようかなと思って……。出房王籠を使って女王を作っているのは今年からなんですよ。これまでは分封しようとする王台を見つけて移入してましたから」

     高幸さんは誕生したばかりの新女王が入った出房王台を養成枠から取り外し、次の継ぎ箱の内検を始めた。しかし、天候が悪く気温が上がらないためか、蜜蜂の機嫌が悪い。数匹の蜜蜂が面布の周りにまとわり付いて離れない。幾つかの巣箱の内検を終えた時、高幸さんが諦めたように声に出す。

     「天気悪いので、気ぃ荒いですね。もう止めましょうね。俺的にも気ぃ荒いの見てたらストレスになるから」

     巣箱の上に雨除けの青色のベニヤ版を被せ、その上にブロックを載せると、高幸さんは「新女王を移入しましょうね」と、昨日内検をした高田蜂場へ軽トラックを走らせる。

     「今回は、昨日捕ったばかりなので、ちょっと早いんですよ。群に馴染んでないと王籠の外から働き蜂に攻撃されて、ストレスになって死んでしまうこともありますからね。弱い女王蜂を取り除いて2、3日置いてから、誕生したばかりの新王を入れてやると馴染みやすいんですけどね」

     少し不安がありそうだったが、高幸さんは巣箱の蓋を開けると並んだ巣枠の上に王籠を置き、数秒間様子を見ると躊躇なく蓋を被せた。新王が群に馴染むまで、しばらく王籠に入れたまま巣箱に置いておくのだ。

    巣門が片側に寄っている巣箱

     この日、午後からは森井農園の作業場で巣箱作りとなった。材料の杉板を10枚ほど養蜂場の倉庫から持って来ると、電動丸鋸や電気鉋、万能木工機など木工具が揃った作業場で、最初に購入して使わないで置いてあった巣箱を見本に採寸しながら、高幸さんが作業を進める。言ってみれば、巣箱作りは初めて石垣島を離れて那覇市で叩き込まれた住宅設備技術の延長線上であるし、兼業のもう一方の建築業は現職。お手の物なのだ。次々と形になっていく巣箱を見ると、普通は真ん中にある巣門が左端に付いている。

     「巣箱を自分で作れる人の特権じゃないですかね。群の勢力が弱くて巣箱の巣板を少なくする時、片側に寄せますけど、巣門が真ん中だとヤモリやゴキブリなどが入ってきやすくなるし、万が一雨水などが巣箱に入った時、片側に巣門があれば傾けて出すことができるけど、真ん中だと両側に残るじゃないですか。寒い時に巣門を閉める場合は、塞ぐ板をずらせば巣門の幅を調整できますからね」

     理由は明快だ。巣門が片側に寄っている巣箱はこれまでに見たことがなかった。確かに自分で作れる人の特権なのだ。

     「2万円で友だちから譲ってもらった」と高幸さんが言う鉄の塊のような大きな万能木工機で巣枠の把手を引っ掛ける溝を切っている。こんな機械を扱えるのも若い時からの修業時代があったからだ。半日ほどで10箱の巣箱を作り上げた。

    爽やかな甘みセンダングサの蜜

     翌朝は、完成間近のリゾートマンションでユニットバスに棚を取り付けるもう一つの兼業仕事を30分ほどしてから、蜂場へ向かった。高幸さんは「太陽が出ているから」と気が急いているようだ。最初に蓋を開けた巣箱は、前日、高幸さんが「上等の群」と呼んだ一番手前の巣箱だ。王台養成枠を取り出して王台の状態を確認する。枠の左端の王台には、まだ蓋ができていない蛹になる前の女王蜂の幼虫が居た。高幸さんは、その王台を手に取って確認をして「まだローヤルゼリーをもらってる時期ですから」と、王籠を被せないまま王台養成枠に取り付けた。女王蜂誕生までには後10日間ほど掛かるということだ。

     この日も蜜蜂は荒れていて、面布の周りを執拗に飛び回り隙あれば刺すぞという雰囲気だ。私が蜜蜂の攻撃から逃げて、巣箱から離れた茂みに身を隠していると、高幸さんが「舐めてみます。グッと採っても大丈夫ですよ。どうせ蜂にやる蜜ですから」と、中央辺りが黒く皺が寄っている昨夏から蜜蜂が溜めている蜜巣板を持って来てくれた。ゴム手袋をしたままの小指でグッと真ん中辺りの黒い蜜蓋ができている蜜房を掬い取ると、ネットリとした濃い蜂蜜が小指に絡みついた。しかし、面布をしたままでは、その蜂蜜を舐めることができない。巣箱から離れた所へ移動して、面布を外して小指に付いた蜂蜜を口に含んだ。僅かに苦みを感じる。ネットリとしている割りに味はサラッと爽やかな甘みだ。これが蘭さんの言うセンダングサの蜜の特徴なのだと気付いた。

    去年が一番蜂蜜が採れた

     センダングサの蜜を舐めた後、面布を被り直して蜂場へ行くと、高幸さんと蘭さんが何やら話し合っている。

     「昨日、この群に王様を入れたんですけど、確認できないんです」

     本来、女王蜂は巣箱に居るのだが、昨日群に入れたのは産まれたばかりで未交尾の女王蜂だったため体が小さく、隔王板を潜り抜けて継ぎ箱に上がってきていたのだ。ようやく継ぎ箱に居る女王蜂を見つけ出した高幸さん、一旦マーキング用の王籠に入れて捕獲し、ひょっとして古い女王蜂が巣箱に居る可能性もあるので、居ないことをもう一度確認した後で巣箱に放してやっていた。

     実は、高幸さんと蘭さんには1月の建勢の時期に扱う巣板の考え方に意見の違いがあった。

     高幸さんは、巣箱に卵を産ませるための新しい巣板を入れる空間を作るため、卵を産んでいる巣房がある巣板も継ぎ箱に移動させることで、その卵が成虫になれば、その後は、蜜を溜める蜜房になるのだから、巣箱に新しい巣板を入れて産卵スペースを増やすほうが良いと考えている。

     しかし蘭さんは、蜜を溜めている巣板は蜜蓋を切って巣箱に置いたままにすべきで、餌の少ない時期だから増群に役立つと考えている。どちらの考えにも一理あるように聞こえるが、昨年は、池宮さんから習ったという蘭さんの考える方法でやった結果、「実は、これまでで一番蜂蜜が採れたんですよ」と高幸さん。「もう結果が出たんで、蘭のやり方が良いと思います」と素直だ。

     

     石垣島で生まれ育った高幸さんと蘭さん夫妻が、対等な関係の養蜂家として認め合い蜜蜂と接する姿は新鮮に映った。「蜂蜜を石垣島のふるさとの味として定着させたい」と抱負を語る蘭さんの言葉は、半径2キロ圏内しか飛ぶことのできない蜜蜂が背負った風土こそ、蜂蜜が内包している魅力であることを見事に言い当てている。養蜂歴8年ではあるが、高幸さんと蘭さん夫妻は蜜蜂から自然の価値を学ぶことができる本物の養蜂家なのだ。

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