2021年(令和3年3月) 51号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

〒880-0804 宮崎県宮崎市宮田町8-7赤レンガ館2F

花粉パックを半分に切っているのは

自分に対するプレッシャー

セイタカアワダチソウの蜂蜜で蜜蓋が全面にできた蜜巣板。「もの凄い匂い。ほんとは
(蜂に)食べて欲しいんですけどね」

何をやっても正解はないんですから

巣板を盛り上げるようにムダ巣を作っていた。早春としては群の勢力が強くなっている
嬉しい証しでもある

勢力が出てきた群に追加する巣板を祐輝さんが
軽トラックから持ってくる

稲常蜂場での内検が終わり、アナグマ避け電柵の電線を繫ぐ

 稲常蜂場の内検が終わろうとしていた時だ。「いやーっ、きつい」と祐輝さんが呟く。最後に残った巣箱の蓋を開ける前から聞こえてくる羽音が尋常ではない。不協和音の羽音を立てて群全体が騒いでいる。「これ何かあったのか」と、祐輝さんが7枚入っていた巣板を1枚ずつ丹念に見ていく。巣房の底を見ていた祐輝さん「3、4日前に産んだ卵がありますね。卵の片方が少し傾いてきている」と、私に知らせるように語り掛ける。「最後の最後に残念な群が出てしまった。産んだ卵もあるのに、女王蜂が居ない。今から変成王台を作って新女王が生まれるのは4月上旬。雄蜂が居ればいいけど……。うちは基本、移虫しないんで、変成王台を作ってくれるかどうかも分からない。生き残れない可能性の方が大きいでしょう。これが4月か5月だったら変成王台を作るわ、と思えるんですけどね。今は蛹の状態なんで、それが産まれてくると、どんどん増えるんで巣板を追加したり忙しくなりますね。あーあ、これからが養蜂は愉しい季節になってくるんですよね。女王蜂が1000個の卵を産んでいれば、毎日、1000匹ずつ増えていくんですもんね」

 祐輝さんが、内検最後の巣箱が無王だったことを忘れたいかのように明るい声を出す。

産んだ卵もあるのに、女王蜂が居ない

蜂に生かしてもらってる

 翌朝も午前10時と遅い時間に集合だった。事務所から5分ほどの小高い丘の上にある坂田蜂場へ行く。しかし、まだ気温が上がらず。蜂場に隣接して建っている大きな倉庫の中を見せてもらった。広々とした倉庫の奥に朝丸さんが作った巣箱が積み上げられている。「丸太の大きいやつを買(こ)うてきて、それを製材所で幅25センチ幅に引いてもろうて」と、朝丸さんが言っていた巣箱を作る板材も積んである。入口の右側には駆防器が積み上げてある。「このスズメバチ捕獲器はお祖父が作った物から改良を重ねてきているんです。スズメバチがどう動くか、蜜蜂がどうするのか、じっと何時間も見ていて改良してきたんです」と、祐輝さんの自負がちらっと覗く。

 「最初に蜜を搾った時の感動は忘れがたいですね。蜂に生かしてもらってるという実感はありますよ。200万匹の社長が居って、俺一人社員。蜂に使われていると、友だちに冗談を言うんですよ」

 倉庫の外でしばらく立ち話をしていたが、丘の上の蜂場は風が通るためか気温が上がらない。「今日予定していたもう一か所の蜂場へ先に行ってみますか」と、坂田蜂場では何もせずに安井蜂場へ向かう。千代川の支流になる八東川沿いの国道482号線を東へ向かい山の裾野へ入り込んだ秘密の基地のような場所だ。軽トラックの助手席に同乗させてもらい道中に話を聞く。「以前はぜんぜん関心無かったのに、今では草木の花に反応するようになりましたもんね」「レンゲ畑が少なくなっていますね。化学肥料が増えて天然肥料は後退していくばっかりです」

 祐輝さんの断片的な話からも、養蜂家がいかに身近な自然に目を向けているかが伝わってくる。身近な自然が徐々に後退していく現実に、養蜂家は積極的に発言してもらいたいと思った。

朝丸さんが作った独自のハイブツールを祐輝さんも

受け継いで使う

ダニの駆除剤を巣板の隙間に差し込む

原因は特定できないが巣門の前に蜜蜂の死骸が幾つか

落ちていた

新女王が生まれてくる可能性はゼロ

 安井蜂場に到着すると直ちに、前日と同じように餌の花粉パックを半切りにする作業から始める。ここの蜂場は、西側が高い崖になっていて風避けの役割を果たしているようだ。ここでも淡々と花粉パックの半切りとダニの駆除剤を2枚、巣箱に入れていた祐輝さんが「おーっ」と声を出す。先の内検の時に与えておいた花粉パックの半切りが、ほとんど減っていない群があったのだ。

 「王が居ないかも知れない。王椀(王台)を作っちゃってますわ。こういう場合、普通は合同という作業をするんですが、今の時期だったら、他の群も受け入れてくれるんで、ばらしてしまいます。他の養蜂家が見たら邪道と思うかも知れないけど、卵が無かったんで、新女王が生まれてくる可能性はゼロなんです。群が騒いでなかったのは、フェロモンを出して働き蜂が女王の替わりをするようになると、群としては温和しくなるんですよ」

 こう言って、祐輝さんは巣箱から巣板を一枚一枚取り出し、まだ蜂数の少なかった他の群の巣箱の前で蜂を払っている。しかし、払われた蜂は、その巣箱には入っていかず、2つ間を置いた別の巣箱の前に集っている。

 「理由は分からないです。何か群同士の相性みたいなのがあるんでしょうね」

 祐輝さんは、どこの巣箱でも入ってくれれば良いという感じだ。

 安井蜂場の内検を終えた時、祐輝さんが話し始めた。「今日は珍しい王さんを見ました。新王じゃないかと思うほど小さい王さんなんですが、去年の7月に交尾して卵を産み始めているのを確認しているので、どうしたのかなと思って……。精子が尽きたんかなあ……」

 確かに、次から次へと新しい問題が持ち上がってくる。これら一つ一つに原因を追求し対策を取っていかなければならないのだ。蜜蜂を育てるのは、子どもを育てるのと同じなのだと思い至る。

針が抜ければ死にますからね

 午前中、気温が上がらず内検ができなかった坂田蜂場に引き返す。ここでも基本的には同じことの繰り返しだ。蓋を開けて麻布をめくり、軽く燻煙器で煙を吹き掛けると、半切りの花粉パックを巣枠の上に載せ、ダニの駆除剤を巣枠の間に差し込む。特に問題を感じなければ、巣板を持ち上げて巣房を確認することはない。気温が上がってこないので、蓋を開けている時間をできるだけ短く押さえたいのだ。一連の作業が終わると、蓋を閉める前に祐輝さんは重さを確認するように巣箱の後ろを持ち上げている。巣板の枚数に応じた餌になる蜜が入っているかどうかを確認しているのかも知れない。

 「あっ」と、声が出る。「(蜂を)指で押しちゃったかな。針が抜ければ死にますからね。この時期の一匹って、やっぱり惜しいですよね。ただでさえ減りますから」

 蜂の命と養蜂家としての経済。そのバランスをとるのが養蜂家という職業の面白さなのだ。

 「去年から本格的に父が手伝ってくれていて、4月から半年間だけなんですけどね。採蜜の時は母も一緒に手伝ってくれますね。父の給料は僕より良いんじゃないかと思いますよ。僕は残った分で生活ですから。蜂蜜を販売する方にも力を入れていかなければと思うんですけど、うちの蜂蜜はクオリティとしては低価格だと思うんですよ。それで来年からは容器も変更して、少し見直しをしたいと思っているんです。最近は『非加熱の蜂蜜作っている人がいるよ』という口コミが広がって、お客さんが来てくれているんですよね」

 

 祐輝さんは独身だ。今年1月から両親との同居に決別し一人住まいを始めたばかり。祖父・朝丸さんの元を離れて丸4年間が過ぎた。ようやく養蜂家としてやっていける自信が芽生えてきたようだ。

 気温が上がるのを待って、この日最初の八坂(はっさか)蜂場へ向かった。千代川(せんだいがわ)近くで19群を置く広々とした蜂場だ。3月上旬の内検では、まだ花の少ない時期なので蜂数を増やすために人工花粉の餌を与え、採蜜期に影響を与えないよう早めにダニの駆除剤を投入していくのが主たる作業だ。アナグマ避けに張り巡らせた電柵の電源を切り、祐輝さんの作業は淡々と進む。巣箱の蓋を開け、越冬の名残で幾重にも被せてある麻布をめくる。巣枠の上を流れるように燻煙器で軽く煙を噴き掛け、半切りにした人工花粉のパックを巣枠の上に置く。続いてダニの駆除剤シートを2枚、巣板の間に差し込めば終了だ。しかし、前に与えた人工花粉が食べ残してあったり、巣箱から聞こえる羽音に異変があると、巣板を取り出して細かく点検し原因を調べなければならない。

 「ダニさえいなければねえ」と、祐輝さんが呟く。最大の難問がダニ対策なのだ。

 「雪解けからの内検は今回で4回目かな5回目かな。この時期って、細かく見た方が良いんで、(餌の)花粉パックを半分に切っているのは内検の機会を増やすためなんですよ。(餌が足らなくなると心配するように)自分に対するプレッシャーなんです。蜂が(人工花粉の)餌を食べてくれているのを見ると嬉しいですね」

 蜂のために養蜂家としての自分を追い込んでいるのが伝わってくる。

 巣箱の周りを見ると巣門の前辺りだけに草が茂っている。不思議に思って聞いてみると、「スズメバチにやられて、蜜蜂の死骸が巣門の前に落ちるので、それが栄養になっているんですよ」。祐輝さんが昆虫世界で繰り返されている争いのリアルな一端を語る。

 八坂蜂場の内検は滞りなく終え、28群の巣箱を置いている稲常蜂場へ向かう。到着すると直ちに、祐輝さんが軽トラックの荷台で餌の花粉パックを半分に切り、燻煙器の燃料にする麻布に火を点けて内検の準備をする。淡々と内検を進めていた祐輝さんが、一枚の巣板を持ち上げて私に見せる。全面に蜜蓋が掛かっている。

 「セイタカアワダチソウの蜜を蜜蓋が出来たまま食べ残しているんです。もの凄い匂い。ほんとは食べて欲しいんですけどね」

 「食べないんだったら採ってくるな」と蜜蜂に言ってやりたい気分だが、祐輝さんは淡々と新しい巣板と入れ替えている。祐輝さんの内検を近くで見ていると、巣枠に被せてある麻布の上を歩く蜜蜂に黒い体と黄色い体があるのに気付いた。

 「黒い方はカーニオラン種で黄色い方が一般的なヨーロピアン種ですね。カーニオランは耐寒性が強いと言われていますけど、僕は血統を追求して管理している訳ではないので、自然と混ざってしまったんでしょうね」

 「この時期にムダ巣を作っているのは珍しいですね」と、巣板を巣箱から持ち上げると、こんもりムダ巣が盛り上がっている。「この時期に」と祐輝さんが言うのは、まだ春早く多くの群がこれから勢力を増強していく時なのに、ムダ巣を作るだけの勢力が、この群にはすでにできているという証しである。この時期としては、祐輝さんに喜ばしい現象なのだ。

 「正直、今になってみれば、お祖父が(養蜂に)はまるのが分かりますよ。何をやっても正解はないんですから。一発失敗した時の打撃が大き過ぎるんですよ、精神的にも」

 祐輝さんの脳裏に4年目の大きな失敗が甦ってくるようだ。

 

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